熊外駅構内─────。俺の実家はバスと電車どちらでも辿り着けるが、電車の方が圧倒的に早い。時間短縮の為に電車を利用すべく現在、熊外駅構内にいる
「五月の初めとはいえ日中は暑いな……」
親父が言っていた話とは何なのか?それだけを思案しながら家を出た。五月の初めとはいえ、日中は気温が高い。それでも茹だるような暑さではなく、薄手のコートを着る程ではなく、ジャケットでも羽織れば事足りる程度だ
「はぁ……ったく、話があるなら電話で済ませろよ」
ゴールデンウィークの効果もあってか駅構内は人で賑わっている。不満を吐いたところで何の解決にもならないし、この騒々しさだ。誰も聞いてはいないだろう。
「とりあえず家に帰るまでのお楽しみだな」
爺さんが来た日に問いただす事は出来た。それをしなかったのは当事者である親父から直接聞いてもいないのに第三者である爺さんを問いただすのはお門違いだと思ったからだ。東城家に行った時に親父から電話をもらった時に問いただす事も出来たが、さすがにあの時は人の家だったからそれをしなかった
色々と言い訳を重ねてみたものの、俺は話の内容を聞くのが面倒なだけだった。
「俺に面倒事が降りかからなければ何でもいいや」
爺さんや親父からの話は大きく分けて二つ。一つはガチで真面目な話。一つは真面目を装っているものの、中身はしょうもない話。飛鳥の一件は……多分、ガチで真面目な話だったと思う。それは爺さんの方だけどな。
「帰る前に電話の一つでもしとくか」
改札を潜ってから電話しても遅くはない。しかし、改札を潜ると親父が迎えに来ている場合、潜った改札を出ないといけない。ただでさえ実家に帰るのが面倒なんだ。面倒事は一つでも少ない方がいいだろ?電話を取り出した俺は電話帳から親父の番号を呼び出し、電話を掛ける
1コール───────────────
2コール───────────
3コール────────
4コール───────
「出ない……」
いつもなら早い時で1コール、遅くても3コールで出る親父が今日に限って4コールを過ぎても出ない。念のために未だ電話は掛け続けている。この行為が無駄にならないといいが、やり過ぎるのもかえって迷惑になる
「一旦切るか」
人に帰省しろと言っといて自分はどこかに遊びに行っているだなんて事はしてないと思う。もしかしたら親父は運転中であり、電話に出られないのかもしれない。俺は事情があるなら仕方ないと思いながら電話を切った。
「親父が電話出ない以上、どうすっかなぁ……」
こんな事なら家を出る前に一本電話を入れ、帰る交通手段と時間帯を伝えておくべきだったと後悔する。今更そんな後悔しても遅く、親父から折り返しの電話が掛かってくるのを時間を潰しながら待つしかない
待つのは一向に構わない。ただその待っている間の時間をどう潰すかだ
「スマホでゲーム……バッテリーが勿体ないし零達の誰かと連絡を取ろうと思った時に困るよな」
琴音とはスマホを買った次の日に番号とアドレスを交換し、双子と連絡先を交換したのは入居する事を知ったその日の夜に交換している。東城先生は……連絡先を交換しようと提案した時に彼女の方は何故か連絡先を知っていたから俺の番号とアドレスを教えるだけ。長ったらしく話したが、結論を言うと同じ部屋にいる人間の連絡先は一通り網羅している
「スマホが使えないとすると本屋か電気屋に行くしかないが……この辺じゃあなぁ……」
女将駅周辺なら大きな本屋とか電気屋があり、暇を潰すにはちょうどいい。それに対して熊外駅は近くに何もない。あって自動車販売店か少し歩いたところに病院がある程度だ。健康な高校生の俺にはどちらも無縁のもので今日はゴールデンウィーク。自動車販売店は営業しているとして、病院は空いてない
「暇を潰すものなく適当にベンチ探して休むしかないのか」
暇を潰すものがなく、適当にベンチを探し、そこで休む。時期が時期なら五分と耐えられる所業じゃない。厳しい日差しが差し込む昼下がりに親父からの折り返しを待つためだけにベンチを探し待ち続けるという事をしなきゃいけないと思うと憂鬱になる。俺が勝手にしてるだけだけど
じりりりりん! じりりりりん!
ベンチを探そうとしていたところで俺のスマホが鳴った。ポケットから取り出し着信画面を見ると『親父』と表示されていた
「もしもし」
『あっ、もしもし?君が恭君かな?』
着信画面には『親父』と表示されていたのに電話口の声は女性のもの。この女性は親父とどんな関係なんだ?仕事の同僚か?
「そ、そうですけど……」
親父のスマホから掛かって来たから架空請求の類でない事は確かだ
『ごめんなさいね、君のお父さんは今運転中だから私が変わりに電話してるの』
「は、はあ、そうですか……ところで貴女は親父の何なんでしょうか?」
別にね?親父がどんな女と一緒にいてもいいんだよ?一人暮らし初日に親父にもお袋にも迷惑掛けた的な事を言ったと思うが、お袋はもう……おっと、こんな話してる場合じゃないよな
『恭君のお父さんと私の関係はまだ言えないのよ。私は貴方のお父さんから“今熊外駅の東口に向かってる”って伝えるように言われて電話しただけなのだから』
「そうですか……」
この女性が親父とどんな関係かは知らない。多分、この女性と親父の関係は友達とか仕事の同僚以上の関係……
『とりあえず恭君がどこにいるのか知らないけれど、熊外駅に着いたら改札は潜らないでくれるかしら?』
「りょ、了解っす」
『じゃあね』
電話口の女性はそれだけ言って電話を切った。俺も通話を終了し、スマホをポケットに突っ込んで駅構内から出る。指定された場所は熊外駅の東口。その東口から駅構内に入った俺は来た道を引き返すだけだから移動するのは簡単だった
「電話で話した女性が誰なのかは会った時に聞くか」
外へ出た俺はベンチを探す。立っていられないわけではないが、具体的な時間を言われてない。ずっと立ったままというのは疲れる。ベンチを探すついでに自販機を見つけたら飲み物を買おう。五月の初めと油断してたら熱中症になりかねん
ベンチを探して歩く事五分。ベンチの前に自販機を見つけた。熊外駅は差ほど大きな駅ではないので自販機を見つけるのに対して苦労はしない。安直な考えではあるが、自販機の側にはベンチがあり、すぐ側にはバス停。小さい駅、最高!
「ベンチよりも飲み物だ……」
今の俺にとって座れる場所より飲み物の方が優先順位的に高い。何度も言ってるように五月の初めとはいえ暑い! マジで暑い! これから夏に向かって行くんだから暑いのは当たり前か
「…………」
自販機を見つけられてラッキー! と思ったのもつかの間。自販機の前に来た俺はドリンクのレパートリーを見て言葉を失った。
「こ、故障中かよ……」
運が悪い事に見つけた自販機には『故障中』の張り紙が張られている。それが何を意味するかなんて考えるまでもない。飲み物を買う事が出来ないというのはアホでも解る
「このクソ暑い中飲み物なしで親父の到着を待たなきゃないのかよ……」
暑い中ただ待っている。これほどの苦行はあるだろうか?いや!ない!俺は見つけた自販機が故障中だという現実に打ちひしがれながら飲み物を手に入れる策を考える。実際は考えるまでもなく駅構内の売店を利用すればいいだけの話だったりする
「構内の売店行くか」
親父達には悪いが、今の俺にとって飲み物がないのは死活問題だ。多少待たせても怒りはしないだろうと勝手に結論付け、俺は売店へ向かうべく駅構内へ向かって歩き出した
駅構内に戻って来た俺は真っ直ぐ売店を目指した。お茶を買うか、ジュースを買うか、コーヒーを買うかはまだ決めていない。今の俺は飲めればそれでいい。だからと言って酒を買おうとは思わない
「いらっしゃいませー」
売店に着いた俺は店員であるおばちゃんの怠そうなテンプレ挨拶を無視して一目散に飲み物へと視線を向ける。
「何にするかな……」
目の前にはジュース、お茶、コーヒーと未成年が飲める飲み物と缶ビール、チューハイと未成年が飲めない飲み物がある。未成年たる俺は当然、飲める物の中から選ぶ。というか、大人でもこんな真昼間から酒を飲もうと思う奴はいないだろう。車を使う予定があるなら尚更だ
「ここはコーラだな」
買う飲み物を決め、店員のおばちゃんに声を掛ける。この売店は非常に珍しい。自分で飲み物を冷蔵庫から取り出して会計をするのではなく、店員に声を掛け、欲しい飲み物を注文する。その注文を受けた店員が客から飲み物を指定された数取り出し、会計をするというものだ
売店でコーラを買った俺は指定された東口を目指して歩く。そのついでに時間を確認すると時刻は十一時。あと一時間もすれば昼だ。
じりりりりん! じりりりりん!
東口目指して歩いてるところに着信が入った。相手は確認するまでもなく親父だろうと予想。ポケットからスマホを取り出すと『親父』と表示されていた。
「もしもし」
親父かさっきの女性かは分からなかったが、一応、電話に出る。
『もしもし、恭君?』
電話口には名も知らぬ女性が
「はい、そうですけど」
電話口の女性が親父の関係者だという事は分かっているし、聞きたい事と言いたい事はある。主にアンタは親父とどんな関係なのか?と俺の番号に掛けたんだから俺が出るに決まっているだろって事だ
『もう駅に着いてるのだけれど、貴方は今どこにいるのかしら?』
「俺も駅にいますよ」
自分の居場所を答えながら故障中の自販機を目指し歩く。駅にいるとは言ったが、正確には駅構内だ。
『それじゃあ話は早いわね。バス停近くにある自販機の前に車を止めてあるからそこに来てくれないかしら?』
自販機の前に車を止めてあるからそこへ来いと言われても困る。小さな駅で東口とはいえ自販機は複数存在するんだ。自宅の車でも同じ車種で同じ色のものはこの世に五万と存在し、運転者の顔を確認しなければ家の車だと断定は不可能だ
「それはいいんですけど、せめて自販機の特徴くらい言ってくれませんか?」
『あら、ごめんなさい。故障中の張り紙がしてある自販機の前よ』
「了解です」
故障中の自販機と言われ、居場所はすぐに分かった。俺が最初に辿り着いた自販機だから考えるまでもない。親父の話が何なのか、電話口の女性が誰でどんな関係なのかは会って話をすれば分かる
『じゃあ、待ってるから』
最初に電話した時と同じような感じで電話を切られた俺はすぐに故障中の自販機を目指し歩き出した。
故障中の自販機に辿り着いた俺は親父のワゴン車を見つけ、近づく。幸いだったのは停車している場所がバス停ではなかった事だ。助手席には見知らぬ女性がいる事から電話口の女性はこの人だと確信した。その女性の感じは一言で言うと清楚な感じとだけ言っておく
「一か月振りだな! 恭!」
運転席の窓から顔を出した親父。頼むから車から顔を出して呼びかけないでほしい。恥ずかしいから!
「頼むからその位置で叫ばないでくれ……」
窓から顔をだして呼びかけてくる親父を無視し、後部座席のドアを開け、車へ乗り込む。
車に乗り熊外駅から家までの道中、俺達の間には何の会話もなかった。微妙な空気のまま家に着き、部屋へ向かおうとした俺は親父にリビングへ来るように言われ、親父達と共にリビングへ
「恭、そこへ座れ」
リビングに着いた俺は中学まで自分の席だった場所へ無言で座る
「恭弥さん、私は娘を呼んでくるわね」
「そうだな。この話はあの娘もいた方がいいだろ」
あの娘というのは女性の子供か?俺が一人暮らしをしてる間に名も知らぬ女性が親父と親しそうにしている。で、その女性には娘がいてこちらも親しそう。これだけの情報で俺は何となく親父の話がなんなのか分かってしまった
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