「広い……」
俺、灰賀恭は広すぎる自室で誰に愚痴るでもなくこの広すぎる部屋で一人呟いた。それもそのはず。俺がいる場所は元デパートの店舗だ。自室として使っているこの場所も元はシネマコンプレックスのスクリーンの一つ。とてもじゃないけど高校生が一人暮らしをするには広すぎる
「空調設備はOK、キッチン、風呂、トイレもある。後は部屋が八個か……」
今いる場所をリビングとして、キッチンや風呂、トイレと生活に最低限必要な設備はあり、その他に右の通路側に部屋が二個、映画館の座席で言うところのL~О席の左右に三個。合計八個の部屋があるのは確認済みだ
「部屋が八個でもまだ広いってどういう事だよ……」
個別の部屋が八個もあるのにそれを感じさせないくらい広すぎる。狭い家、狭い部屋とは不便な事この上なく、逆に広ければ快適かと聞かれればそうじゃない。人間、部屋は適度に広く、適度に狭い方がいいのさ。
「こんな改装工事するんだったら更地にして駐車場にでもしろよ……割と駅から近いんだからよ」
駅から近いこの場所なら更地にして駐車場にでもすればそれなりに儲かると思うのだが、建物を解体するのにどれくらいの金が掛かるか、廃棄物がどれくらい出るか等の事を知らない立場の人間が考えつく短絡的な発想だ。実際は解体出来ないからこうして残っている
「ブツブツ言ってても仕方ない……このフロアだけでも探索するか」
自分の住む部屋があるフロアだけでも探索する事に。この後外に出る予定だから店舗探索はまた今度だ
「探索するとは言ったものの……一から十三スクリーン全部調べなきゃいけないのか……」
俺の住まいとなるのは十四番スクリーン。それ以外となると一番スクリーンから十三番スクリーンまである。普通ならどこのスクリーンにも椅子がある。しかし、十四番スクリーンという例外があるので他のスクリーンに何があるのかはこれから探索しなければ分からない
「親父のヤツせめて各スクリーンが何の部屋なのか教えてくれれば良かったのに……」
親父は俺を新しい住まいとなるこの場所の前に送って来た後、何も言わずにすぐに帰ってしまった。そのせいで俺はエスカレーターが動ない事も部屋の出入口に段差があり、土足厳禁だという事から始め、各スクリーンがどんな風になっているのか全く知らないでいた
「歩き回るの嫌だなぁ……」
ここがデパートとして営業していた時、映画を観に足を運んだ事がある。その時だって広いと感じたのに閉店し、空き店舗となり俺以外の人間がいない今だと尚の事広いと感じてしまう
「歩き回るの面倒だから親父に電話するか」
あまりにも広すぎると感じた俺は親父に電話する事に。各スクリーンがどう改装されてるか聞くついでにこのデカすぎる建物を好き勝手出来た理由も聞こう。それを心に決め、スマホを取り出し親父に電話を掛けた
1コール……
2コール…………
3コール………………
『もしもし、どうした恭?』
3コール目で親父が電話に出た
「どうしたじゃねーよ! 各スクリーンにどんな改装が施されてるのか全く聞いてねーんだけど! それと! どうやってこんなデカい建物を好き勝手出来るようになったのかも聞かせてもらおうか!」
各階の空きテナントの事は後回しにしてとりあえず各スクリーンにどんな改装が施されているのかとデパートの空き店舗をどうやって好き勝手出来るようになったかを聞く事にした。各階の空きテナントに関しては後で確認すればいい事だ
『一遍に聞くな。どれから答えていいか分からなくなるだろ』
「じゃあ前もって説明しろよ! いきなりデパートの空き店舗で一人暮らししろとか言われてテンパったんだよ!」
普通のアパートやマンションで一人暮らしをしろと言われるなら解る。しかーし! デパートの空き店舗で一人暮らし?分かるわけねーだろ!
『中学時代は死んだ目で家にいて部屋に引きこもっていたお前にはちょうどいいだろ?』
「よくねーよ! 確かに親父の言う通り俺は中学時代は引きこもってたけどよ!」
中学時代、親父の言う通り俺は学校にも行かずに家にいて部屋に引きこもるという生活をしていた。部屋から出るのは朝飯・昼飯・晩飯の時とトイレ、風呂の時だけ。後は喉が渇いた時くらいだ。お袋にも親父にも迷惑を掛けたと思う。それとこれとは話は別なんだけどな
『引きこもっていたお前がアパートとかマンションで一人暮らしなんてするところを想像したら俺ァ頭と胃がキリキリと痛むんだ。だから、お前の爺さんが買い取った閉店して使い道がなかったその場所をお前の一人暮らしの場として使う事を思い付いたんだ。俺がその建物を好き勝手出来た理由だ』
親父がこんなデカい建物を好き勝手出来た理由は爺さんがここを買い取ったから。親父はリハビリテーション科で働いているが、爺さんは不動産関係じゃかなり有名な会社の社長をやっている。そんな爺さんが買い取った場所なら親父がここを好き勝手出来た理由も納得がいく
「親父がここを好き勝手出来た理由は解った。んで? 各スクリーンにゃ何があるんだ?」
建物を好き勝手出来た理由は解ったが、俺にとってはそんなの割とどうでもいい。各スクリーンに何があるのかが俺にとっては重要だったりする
『一番スクリーンから七番スクリーンは大浴場やプールだ。それで八番スクリーンからお前がいる十四番スクリーンは居住スペースだ。あっ、大浴場は男湯と女湯があるが、女を連れ込む度胸のないお前に女湯なんて無縁の長物だったな』
「じゃあ作んな!」
『いや、万が一って事もあるだろ? まぁ、女を連れ込めたら褒めてやるよ! じゃあな』
俺を煽った親父は電話を切り、電話口からツー、ツーという無機質な音だけが俺の耳に入るだけとなった
「あの野郎ぉ……」
親父にヘタレだと馬鹿にされた俺は高校生活の中で絶対にヘタレを治すという目標を立てた。
「とりあえず各スクリーンに何があるかは分かったし周囲の探索に出かけるか」
直接この目で確かめはしなかったものの、各スクリーンに何があるのかを大筋で把握した俺は外へ出かける事に。家にいるのもいいとは思うが、その家がデカすぎる上に広すぎる。これじゃ落ち着かない
「中学の頃は家にいるのが大好きだったが、一人暮らしを初めて嫌になってきたぞ……」
一人暮らしを初めてまだ初日だというのにもう嫌になってきた。一人で住むにはデカすぎて広すぎるのだ。そう思った俺は鍵と財布とスマホを持って外へ出る事に
「ん~、初めて外に出る事が気持ちいいと感じたなぁ~」
暗い場所から明るい場所に出て昔からインドアだった俺は今日初めて外へ出て気分がいいと感じた。それは新たな住まいがデカい上に広すぎて落ち着かないせいなのか、今が春だからなのかは分からない。言える事は昼間の太陽がこんなにいいものだとは思わなかったという事だ
「さて、戸締りも済んだ。出かけるか」
ドアの鍵を掛け、俺は外へと繰り出した。親父には駅から近いと言われたが、実際は少し歩く。それでも五分くらいだから近いっちゃ近い
「出かけるっつてもどこに行くか……」
今まで家に引きこもっていた弊害なのか、俺は具体的に行きたい場所が思いつかずにいた。周囲に何があるかという探索だが、右を見るとコンビニや飲食店、スーパーマーケットがチラホラと見える。左を見ても同じ事だ。コンビニや飲食店、スーパーマーケットが立ち並んでいた
「まぁ、少し歩くとはいえ駅から近いから当たり前だよな……」
右を見ても左を見ても似たような配列で似たような建物が建っているという事実にガッカリしつつも俺は右に行く事に。電車に乗ってどこかに行くのはまた今度にしよう
家(デパートの空き店舗)を出た後、俺は適当に街をぶらついた。街をぶらついてる中で立ち寄ったところと言えば本屋・電気屋・ゲームショップ・ゲーセンくらいだったが、本屋とゲームショップとゲーセンで一時間づつ時間を消化し、気が付けば夕方。今日は暗くなる前に家に帰ろうと戻ってきたのだが……
「……………」
家の玄関先で顔を伏せ体育座りしている女を発見した
「捨て犬……じゃねーよな?」
捨て犬じゃないのは一目見て分かった。今は夕暮れ時でこれから夜にかけて徐々に気温は下がってくるのはアホでも分かる。小学生ならとっくの昔に家に帰っていてもおかしくはないが、体育座りをしている女の見た目はどう見たって小学生には見えない
「誰かと待ち合わせだろ。無視だ無視」
普通なら待ち合わせ場所は駅を指定するが今日はたまたま俺の住まいであるデパートの空き店舗を選んだという勝手な解釈をした後、俺は体育座りをしている女の横でドアの鍵を開け、中へ──────
「待ちなさいよ!」
入れなかった。体育座りをしていた女がよりにもよって俺に声を掛けてきた
「な、何でしょう?」
「アンタね! 人が困ってるんだから声くらい掛けなさいよ!」
俺の目には貴女が家の前で体育座りしているようにしか見えませんでしたけど?
「声掛けたら不審者かナンパと間違えられて通報されそうだから無視したんですけど?」
「そうだとしてもよ! 普通女性がデパートの空き店舗前で座り込んでいたら声くらい掛けるでしょ!」
デパートの空き店舗前で女が座り込んでいたら不審には思う。不審に思いはしても俺は声なんて掛けない! 通報されたくないからな!
「さっきも言いましたが、声掛けて通報されたら嫌なので俺は無視します。じゃあ、そういう事で」
女との会話が面倒になった俺は早々に切り上げ中へ────────────
「待ちなさい!!」
入れなかった。女が中へ入ろうとした俺の腕を力いっぱい掴んだからだ
「ま、まだ何か? つか痛いんで離してもらえます?」
「ここアンタのもの?」
「そ、そうですけど?」
「ふぅ~ん……」
値踏みするような視線で俺を見つめてくる女。一体何だと言うんだ?
「あ、あの……」
「アンタ、もしかしてこの建物の管理人か何か?」
「ま、まぁ、そうですけど?」
管理人と言っていいのかは不明だが、この空き店舗に住んではいるから強ち間違いではない
「ふぅ~ん。ところでアンタ、アタシの話聞く気はない?」
唐突にこの女は言い出すんだ?出会って五分と経たない女の話なんて聞くわけないだろ
「ありません」
「そう……」
腕を掴んでいた女の手がパッと離れた。これはチャンス! と思ったのもつかの間。
「うわっ!?」
掴んでいた腕を離し、今度は俺の胸倉を掴んできた
「もう一度聞くわ。アタシの話聞く気はない?」
胸倉を掴まれ少し揺らせばマウストゥマウスでキス出来るんじゃないかという距離に女の顔があった。近い!近い!
「えーっと、掴んでいる胸倉を離してくれたら聞きます」
初対面の女の話なんて聞く義務なんて俺には全くない。だが、聞くと言わないと離してもらえなさそうだったので仕方なく女の話を聞く事にした
「そう。最初からそう言えばいいのよ」
自分から聞くように仕向けたクセによく言ったものだな
「いや、そう仕向けてきたのは貴女じゃ──────」
「何か?」
「いえ、何でもありません」
そう仕向けてきたのは貴女じゃありませんか?と言い終わる前に女に睨まれそれを言えなかった。その視線が若干恐ろしかった俺は思わず委縮してしまったのだ。
「アタシの母親はアタシが小さい頃に余所で男作って蒸発した。で、アタシは父親に育てられる事になったんだけど、その父親も昨日アタシに借金を押し付けて失踪した」
「は、はあ、それは災難でしたね」
唐突に始まった女の身の上話に語彙力の少ない俺は災難でしたねくらいしか言えない。俺はまだ入学式を果たしてないがただの高校生だ。そんな俺に莫大な金があるわけないだろ?女の借金を肩代わりしろと言われても無理だ
「でしょ! アンタもそう思うでしょ!?」
「ええ、情けないご両親を持って本当に災難だと思います」
「そうでしょ! で?そんな可哀そうなアタシに何か言う事はない?」
「これから住む場所を探すの頑張ってください。それじゃ」
女は初対面の俺に何を求めていたのかは知らない。女の苦労話を聞かされた俺に出来るのは応援くらいだ。精々借金返済と住居探しを頑張ってくれ。俺は心の中で女にエールを送りこの場を去ろうとした
「待ちなさい!」
「グエッ! ゲホッ! ゲホッ!」
今度は女に首根っこを掴まれ俺は思わずカエルの鳴き声のような声を上げてしまい咽た
「アンタね! 女の子が住む場所がなくて困ってるのよ! もっと他に言うべき事があるでしょ!!」
女はそんな俺にお構いなしだ
「ゲホッ! ゲホッ! テ、テメェ、いきなり何すんだ!!」
さっきまで敬語だったが、人の首根っこをいきなり掴んでくるヤツに敬語は必要ねぇ! 俺だって言いたい事を言わせてもらうぜ!!
「アンタがデリカシーないのが悪いんでしょ!! 普通女の子が住む場所と仕事がないって困ってたら住む場所と仕事を提供するのが普通でしょ!!」
なんつー理不尽な女だ……
「俺は普通じゃねーよ‼ つーか!! 仕事はともかく住む場所を提供してほしいなら素直にそう言えよ! こっちは別にテメェの苦労話なんて毛ほども興味ねーんだよ!」
初対面の人間がする苦労話に興味があるのなんて弁護士と警察くらいだ
「悪かったわね! 興味ない話聞かせて!」
「ああ! いい迷惑だ! じゃあな!」
俺は女と別れ、家の中へ────────────
「待ちなさい!!」
入れなかった。女に腕を掴まれたからだ
「今度は何だ?」
「……………ぐすっ」
振り向くと目に涙を溜めた女が俺を見つめていた
「ちょちょちょ! な、何で泣いてるんだよ!?」
中学時代俺は学校へ行かずに部屋に引きこもっていた。そんな俺が泣いてる女を見たらどうなるか?答えは簡単……テンパる
「ぐすっ、な、ないてなんか、な、ないわ! た、ただ、めにごみがはいっただけよ!」
涙を流しながら否定しても説得力はない。必死に涙を拭う彼女を見て俺は可愛そうだと思った。母親が蒸発し、父親は借金を押し付け失踪した。女からしてみれば泣きっ面に蜂だ
「はぁ……」
「な、何よ! アンタ! アタシを憐れんでるの?」
「仕事は紹介出来ねーけど住む場所くらいなら提供してやるよ」
「え!? 本当!?」
「本当だ。泣いてる女相手に俺は嘘なんて吐かねーよ」
仕事は紹介できないけど住む場所は提供出来るというのは本当だから嘘は言ってない
「ふ、ふん! アンタがそこまで言うなら……し、仕方ないわね! 提供されてあげようじゃないの! 勘違いしないでよね! べ、別に嬉しくなんかないんだから!」
素直じゃねー奴だな。嬉しそうな顔をしながらそんな事言っても説得力は全くねーのに
「素直じゃねーな……」
「ん?何か言った?」
「いや、別に」
「それで?住む場所ってどこなの! 早く案内しなさい! か、勘違いしないでよね! 別にどんなところかな?って楽しみになんてしてないんだから!」
「はいはい」
一人暮らし初日、俺はツンデレ系女子を拾った
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