地獄のような罰ゲーム執行から時は過ぎ、今日は夏休み明け。久々に登校してきた俺は……
『きょう~、起きて~』
二学期初日のHRだというのにコクリコクリと船を漕いでいた。普通の高校なら週五日で登校しなきゃならないが、俺の学校は通信制。各学年の登校日が決められていて登校日以外はバイトに励むもよし、家で何かするもよしと各自自由。俺もこの登校が久々だったりする。
「ん~……寝てねぇよ……」
寝てはいない。しかし、意識は夢と現実の狭間を彷徨っていて藍とお袋の声が心地よく聞こえ、油断するとあっという間に夢の世界へ行ってしまいそうだ。夏休み期間中この時間はまだ夢の中だった事が多く、早く元の生活リズムに戻さないとマズいとは思う。夏休み気分が未だに抜けきってないのか?と聞かれると答えはYES。俺は未だに夏休みが続いてるんじゃないかとそんな気がしている
『寝てるでしょ~?それとも、お母さんからの熱~いキスで起こしてほしいの~?』
熱いか冷たいかはともかく、息子を起すのにキスを使うな。新婚夫婦や恋人同士じゃあるまいし
「…………」
お袋のキス発言を華麗に聞き流し、俺は夢の世界へと旅立った。夏休み明け初っ端のHRだ、夏休みをどう過ごした?これから二学期が始まるから気を引き締めていこうと学期の始めに担任がする話は相場が決まっている。寝てたところで損をする事はない。
────う
───ょう
──恭、起きて
俺を呼ぶ声が耳朶を打ち、意識が一気に現実へ引き戻される。声のする方へ視線を向けると……
「おはよう、恭。目は覚めた?」
藍が立っていた。幸い怒っている様子はなく、重要な話をしていた感じでもない。
「いえ、後五分寝なければ覚めません」
俺は再び目を閉じ、夢の世界へ……
「ダメ、起きて」
旅立てなかった。藍に頭を叩かれ、再び意識を現実に引き戻されてしまった。夏休み明け最初のHRで話す事なんてなかろうて……寝てても問題ねぇだろ?一緒に住んでるんだから俺が素行不良してないのも知ってるだろうし
「はい……」
「よろしい」
そう言って藍は満足気な笑みを浮かべ、教壇に戻っていく。いつもならHR終わりまで寝かせてくれるのに今日に限って叩き起こされるとは……ついてねぇなぁ
「じゃあ、恭が起きたところで転入生を紹介する」
よく見ると藍の隣には見知らぬ女子が立っていた。巨乳で金髪縦ロールといかにもアニメに出てくるお嬢様って感じの女子。これでマジのお嬢様だったら笑える。
「転入生は女子か……まぁ、俺には関係ねぇな。寝直そう」
俺は転入生を一瞥すると机に突っ伏し、そのまま目を閉じた。転入生が来た?俺にとってはどうでもいい事だ。実は転入してきた奴が知り合いでした、実は許嫁でしたなんてオイシイ展開はアニメとラノベ、ドラマだけで十分だ。由香と瀧口の時は偶然そうなっただけで。
“ちょっと! アンタ祐介の何なの!”
静かなはずの教室に響き渡った女の怒声。俺の安眠はこの怒声によって妨げられ、顔を上げると……
「何なの?と申されましても私は祐介の許嫁ですわ」
苦笑を浮かべる瀧口を挟み、左右で女子が言い争いをしていた。争っているのはギャルの一人と転入生の女子。どっからどう見ても修羅場。教室のど真ん中で何してるんだよ……
「ま、まぁまぁ、二人共落ち着いて」
「落ち着いてられるわけない!! 祐介! この女が言ってる事は本当なの!?」
「え、えっと……」
「祐介、私と婚約してるとハッキリ言っておやりなさいな」
「い、いや、それは親同士が勝手に決めた事で俺は君と結婚する気は……」
彼女でもないのに責め立ててるギャルと自称婚約者の転入生、どっちつかずでハッキリしない瀧口。そして、転入生に睨みを利かせる一部女子と目に涙を溜めて瀧口達を見つめる一部女子。羨ましそうな視線を送る男子達。完全な地獄絵図だ
「触らぬ神に祟りなし。くわばらくわばら」
藍の姿がなく、他のクラスから人が集まっているって事からHRは完全に終わったらしい。俺は修羅場に巻き込まれないよう、カバンを持ってそっと教室を後に……
「ま、待ってくれ! 灰賀君!」
出来なかった。あと少しというところで修羅場の中心人物である瀧口に見つかり、振り返ると────
「助けてくれないか?」
大量の汗を掻き、顔を引きつらせた瀧口が。
「嫌だ。方やギャル、方やお嬢様転入生。モテモテじゃないか。俺にはハーレムを壊す趣味はない。じゃあな」
俺は瀧口を切り捨て、今度こそ教室を後に。背後から『裏切者ぉぉぉぉ!!』という瀧口の雄叫びが聞こえたが気にしない。
教室を出た後、俺はその足で職員室へ。特に用事らしい用事はなく、帰宅してもよかったのだが、何となく職員室の方向へ足が向いた。
「用事なんてねぇのに……」
職員室前に着くと俺はすぐさま踵を返す。進路に関して相談があるわけじゃなし、勉学で分からないところがあるわけでもない。用事もないのに来ると逆に迷惑だ。さっさと家に帰るとするか
玄関へ着き、俺はそのまま家への帰路に就こうとしたところで誰かに肩を掴まれた
「灰賀君! 見捨てるだなんて酷いじゃないか!」
振り向くとそこにいたのは瀧口。汗を掻いてるのは教室にいた時と変わらず。違うのは顔だ。本人は頑張ってるつもりなんだろうけど、笑顔が爽やかなものから鬼気迫るものになってる
「見捨てるも何もお前がハッキリしないのが悪い。それと、俺はお前の人間関係を全く知らねぇんだから助けようがない」
俺は瀧口を見捨てたのではなく、安全なところへ避難しただけ。断じて見捨ててなどいない!
「由香から聞いてないのか!?」
「聞いてるわけないだろ。どうして俺がお前の人間関係を聞かなきゃならねーんだよ?」
瀧口がクラスの中心的ポジションにいる人物だからといって彼の人間関係がどうなっているか、どうなっていたかを知りたいかと聞かれると答えは否。興味すらない
「そ、それは……」
「だろ?俺は別にお前の人間関係なんて興味ない。つか、どうやって逃げ出してきたんだよ?」
彼の姿をよく観察するとカバンを持っていない。まさかこのまま帰るつもりか?
「か、彼女達にはトイレへ行くと言って抜け出してきたんだ」
「そうか。じゃあな」
今度こそ俺は家に帰ると固く決意し、掴んでる瀧口の手を払い、歩き────
「ま、待ってくれ!」
出せなかったよ……
「何だよ?まだ何かあるのか?」
「た、頼む、た、助けてくれ……」
助けてくれと言われても困る。彼を助ける=修羅場に飛び込めって事だろ?何で俺がンな面倒な事しなきゃならないんだよ
「断る。教室での修羅場見てたけどよ、方や彼女ですらないギャル、方や婚約者の転入生。お前を巡る三角関係に優劣を付けるなら転入生が圧倒的に優勢だ。あのギャルとお前が特別な関係にない限りな」
客観的に見るとギャルの方は見た感じ瀧口の彼女じゃなく、強いて言うなら彼に一番近しい場所にいる異性の友達。転入生の方は嘘か誠かは置いとくとして、もし本当なら許嫁と転入生の方に分があるのは明白。助けてくれと頼まれたところで詳しい話を聞かない事にはどうしようもなく、ギャルが瀧口の彼女じゃないのならやりようがない
「そんな……」
この世の終わりみたいな顔して項垂れる瀧口
「分かったら手を離せ。俺を帰らせろ」
俺に瀧口を助けてやる義理も義務もない。コイツとは友達でも何でもなく単なるクラスメイト。加えて由香同様、中学時代の因縁もある。助けたところで何一つメリットはない。俺は瀧口の手を払うとその場を離れた。
照りつける太陽の下────。学校から女将駅へ向かう道中、思い出していたのは由香が転入してきた時の事。あの時、修羅場の中心にいたのは俺で言い争いをしていたのは由香と飛鳥。今日の瀧口達のと似ている部分があった。違うのは片方が婚約者を名乗っていた事くらいだ
「リア充様ってのはどうしてこうモテるかねぇ……」
瀧口祐介。転入してきた次の登校日辺りにはクラス、男女問わず友達を作りいつの間にか学年の中心的ポジションにいた男子。元・不登校や高校中退者が集まるような学校でクラスを超えて友達を作るのなんて積極性があれば簡単だろうし、陽キャ連中がいたとしても一部だけ。大半の連中がボッチや窓際でコソコソしてるような陰キャ。コミュニケーション能力が高い奴にとって星野川高校学年制覇なんて朝飯前だ
『リア充がモテるんじゃなくて自分に自信があり、男女分け隔てなく優しく出来る人がモテるんじゃないの~?お母さんはきょうが好きだけど!』
途中までいい感じな事言ってたのに最後で台無しだ。それにしても意外だったのは瀧口に婚約者がいた事。その婚約者というのが巨乳、金髪、縦ロールとアニメやラノベからそのまま飛び出してきた感じの容姿をし、口調もお嬢様口調と生まれてくる世界を間違えたような感じの女。俺の好みではないけど
「親同士が決めたってとこ除くとどこにも不満なんてないだろうに……」
瀧口の親父が何をしてる人なのかは分からない。婚約者がいるってくらいだからかなりの金持ちか俺みたいに祖父がどっかの大企業で社長か会長をしてるのだろう。
「気が向いたら爺さんにでも聞いてみるか」
瀧口を助けるつもりは全くない。よく言うだろ?人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって。俺は馬に蹴られたくねぇし人の恋路に口を挟むつもりもない。
「恋って難しいな……」
今日の修羅場を見たら嫌でもそう思ってしまう。恋愛は難しい。ゲームならスパッと決められる事でも現実だとそうはいかない。相手も同じ人間で喜怒哀楽がある。好きな人と結ばれれば嬉しいし、振られれば悲しい。リアルとゲームは別。全くその通りだと思いながら俺は女将駅を目指した
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