瀧口二股宣言から一週間が経ち、九月。季節は夏から秋に移り変わったとはいえ、まだまだ暑い日が続く中、星野川高校に入学して初の泊りがけ行事。三泊四日の夏期スクーリング初日の今日、俺達一学年の生徒は船に揺られ、孤島にある港に降り立った。青い空、照りつける太陽、透き通った海、自然豊かな景色だけなら文句なしの百点満点だ。文句があるとしたらたった一つ。それは……
「何で婆さんが作った学校の連中と合同なんだよ……」
灰賀女学院と合同スクーリングってところだ。婆さんや藍、センター長も人が悪い。前もって言ってくれれば俺だって諦めがついたのに……って言っても集合場所と移動するバスが違ったから気付きようもなかったんだけどな
『恭様、溜息吐くと幸せが逃げるわよ?』
『そうだよ、きょう。せっかくの合宿なんだから楽しまなきゃ~』
神矢想花も早織も他人事だと思って軽い感じで言う。全く当事者じゃない連中は気楽なものだ
「はぁ……、灰賀女学院と合同だって知ってたら絶対来なかったのに……」
灰賀女学院の生徒全員と同じ家に住んでる俺からすると全く新鮮さを感じない。同じ部屋に住んでる零と闇華は特にな。それにしてもアイツがこのスクーリングに引率として参加しているとは意外だった
『きょうがそんなだから藍ちゃんは言わなかったんだと思うよ~?言ったら絶対に来なかったでしょ~?』
当たり前だ。知ってたら絶対に仮病使って休んでた
「せっかくのスクーリングだって言うのに溜息なんて吐いてどうしたんだい?」
相も変わらず爽やかなスマイルの瀧口が声を掛けてきた。二股宣言をしてからというもの、学校がない日や土日の休日はどう過ごしているか知らんが、登校日には必ずと言っていいほど休み時間や放課後は求道と北郷の瀧口バカーズを侍らせているのに今日に限ってそのバカーズの姿はなかった。
「予想外の出来事で疲れただけだ。それより、求道と北郷はどうした?一緒じゃないのか?」
学校にいる時はごく自然な形で瀧口バカーズを侍らせていた彼が一人でいるだなんて珍しい
「彼女達なら灰賀女学院の子達と一緒に行くって言ってたよ。ほら」
瀧口が指さした先にいたのは歩きながら灰賀女学院の生徒と談笑する求道と北郷。そういや、コイツ等が泊まった日に軽く紹介だけしたっけ。どうでもよ過ぎて忘れてた
「なるほど、お前は彼女二人に置いて行かれたのか」
「違うよ。僕が君とゆっくり話がしたいと言って席を外してもらったんだよ。当然、他のみんなにもね」
「話すって言っても俺とお前じゃ話が合わないと思うぞ?」
「合う合わないは話してみないと分からないだろ?ひとまず歩こうよ。遅れると先生達が心配する」
「だな」
俺と瀧口は山へ向かって歩き出した
山道を進み始めて少しした頃。談笑していた求道達の姿を見失ってしまっていた。木々が生い茂り薄暗い中、気晴らしにと左を見ると遠くの方に赤い鳥居が目に入る。この島は何かの神様を祭っているのか?
「どうかしたのかい?」
「何でもねぇよ。ただ、求道達を見失ったなと思ってな」
「そうだね。僕達は完全に出遅れたようだ」
瀧口はそう言って額の汗を拭う
「言われなくても分かってる」
「それにしても、九月だって言うのに暑いね」
「そうだな」
「お互い熱中症には気を付けないとね」
「ああ。倒れたらせっかくのスクーリングがパーだ」
「お互い楽しい四日間になるといいね」
「…………そうだな」
暑さのせいか会話はここで終了し、俺達は無言で歩く。いざって時はスマホで藍に電話して迎えに来てもらうか早織に霊圧を探ってもらってそれを頼りに進めばいいから何の心配もしてない。
そうして山道を歩き続け、辿り着いた先にあったのは……
「嘘だろ……」
高さ七メートルはあると思われるレンガ造りの塀と俺達を誘っているかのような扉。背中を嫌な汗が伝う。俺がこの島に来るのは今日が初めて。しかし俺はこの塀と中にある建物を知っているような気がする。
「どうかしたんだい?」
「何でもない」
「ならいいんだけど、すごい汗だよ?大丈夫?」
「それを言うならお前もだ」
俺達は汗を拭いながら扉を潜った
扉を潜り、あったのは小さな丸い噴水とコンクリート造り二階建てのコの字型の館。窓が二階の隅にある一部屋にしかないところと窓の下までビッシリとコケが生えている以外はどこにでもありそうな館。俺はこの館に既視感しか感じない。
「え、えーっと……み、ミステリアスな館だね。ね?灰賀君?」
「あー……そうだな」
窓が一つしかなく、壁一面にビッシリと生えたコケは風呂の汚れを彷彿とさせる。褒める要素など皆無な建物を頑張っていいように解釈しようとした努力は認める。だがな、瀧口。無理して褒めなくていいんだぞ?
「は、入ろうっか」
「そうだな」
苦笑を浮かべる瀧口と完全に嫌な予感しかしない俺。ここで四日間過ごすんだと考えただけで始まってすらいないのに帰りたい気持ちでいっぱいだ
館内に入ると先生が待ち構えているものだと思っていた俺の予想とは違い、妙に静かだった。電気は点いてるものの辺りは全体的に薄暗く、蒸し暑い。
「みんな来てるはず……だよね?」
あまりの静けさに瀧口が不安気な表情で尋ねてくる
「来てるだろ。多分談話室か食堂にでもいるんじゃねぇか?」
「そうなのかな?」
「多分な。とは言っても実際のところ分かんねぇ。とりあえず行ってみるしかないだろ」
「そうは言っても案内図すらないのにどこに談話室があるのか分かるのかい?」
瀧口の言う通り案内図はない。入ってすぐのところか目立つ場所にあるはずなんだがなぁ……
「俺だって始めてきた場所だぞ?分かるわけねぇだろ。早織ならすぐに藍の居場所くらい分かるだろ?なぁ?早織?」
『うん! 藍ちゃん達は談話室だよ! 案内するから付いて来て!』
こうして俺達は早織案内の元、談話室を目指す。その道中、瀧口が『早織さんそれでいいのか?』と呟いていた事だけ言っておこう
談話室前に着き、ドアを少しだけ開け、隙間から中の様子を窺うと星野川高校、灰賀女学院の人間全員いた。女学院の先生が話をしている最中で俺達に気付く気配はなく、そっとドアを開け、コッソリ自分のクラスの列に混じる。だが────
「恭、祐介。遅い」
不幸な事に藍に見つかった
「「ご、ごめんなさい……」」
遅れたのは事実だと自覚していた俺達は素直に謝る。
「次から気を付けてくれればいい。話も問題行動を起さないようにっていうだけだから聞いてても聞いてなくてもどっちでもよかったしね」
問題行動を起さないのは当たり前だが、諸注意を聞いてても聞いてなくてもどっちでもいいって言うのはどうかと思うぞ?
「教師がそれでいいのかよ……」
「お、怒られずに済んだんだから深くは聞かないでおこうじゃないか」
「祐介の言う通りだよ、恭。軽い注意だけで済ませたんだから感謝して。それとも、恭だけ私の部屋で過ごす?私は全然構わないよ」
家でも一緒だから俺は気にしない。他の生徒の手前もあり、了承はし兼ねるがな
「他の生徒もいるんで遠慮しておきます」
俺はそう言って自分のクラスの列に混ざった。俺が聞いた話の中身は藍の言う通り人の物を盗らない、お世話になる施設の備品を壊さないと当たり前の事だった。管理人らしき人物がいないような気がするけど、紹介が終わったんだろう。
スクーリング諸注意の話が終わり、俺達は食堂に移動。クラスごとに集められた
「これから名前が書かれている紙袋を配るからその中にスマホと充電器を入れて。入れ終わったら袋は回収する。それと交換でしおり渡すから自分の部屋とルームメイト確認しておいて。部屋に戻ったら各自自由行動にしていいから」
そう言うと藍は一番前にいる生徒一人一人に袋を配り始める。スマホを預かる意味が分からない。緊急を要する連絡手段は必要なんじゃないのか?
「一体何なんだ?スマホを預かるだなんて普段ならしねぇのに」
いつもだったら教師がスマホを預かるだなんてしない。生徒の中には俺と同じく納得がいかずグチグチと不満を言う者、藍を訝し気な目で見る者がいた。形は違えど皆それぞれ不満があるようだ。
「後で聞いてみるか」
機会を見つけて話を聞いてみよう。灰賀女学院との合同スクーリングになった理由も聞かねぇといけないからな! 俺は藍が自分のところへ来るのを待った
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