ファミレスを出た俺達は────
「は、灰賀君……ここは?」
「「ほえ~……」」
「俺の家」
俺の家の前にいた。何度も言うように外観はデパートで周囲に人気がなく、事情を知らない奴が見ると俺達は廃墟と化した建物の前で遊ぼうとしているバカな若者にしか見えない。その証拠に瀧口の顔はこれまでにないくらい引きつり、言い争いをしていた二人は口を開け、呆けている。で、由香と飛鳥は……
「初見じゃこうなるよね……」
「あたしも最初はここに人が住んでるだなんて信じられなかったから気持ちはよく解かるよ……」
瀧口達を見てひそひそ話をしていた。安心しろ、俺なんて見て叫んだから
「とにかく、ここにいて通報でもされたら敵わん。中へ入るぞ」
顔を引きつらせた瀧口と未だアホみたいに呆けている瀧口好きーズ、由香と飛鳥を連れ、家の中へ。
薄暗い中、エレベーターへ向かっている道中、瀧口が不意にこんな質問をしてきた
「は、灰賀君」
「んだよ?まさか男のクセして怖いとか言わねぇよな?」
「い、いや、そうじゃなくって……ここは君の所有物なのかい?」
「分かんねぇ。ここを提供してきたのは親父。その前にここを買い取ったのは爺さんだ。所有権って話になると多分、権利は爺さんにあると思う」
ここの所有権が今どこにあるか俺が知るわけがない。不登校だった俺をここへ放り込んだのは親父で買い取ったのは爺さん。所有権が誰にあるのかどころか月々の光熱費が誰の支払いなのかすら知らないのに所有権の在り処なんて知るかってーの
「君の家は大金持ちだったんだ」
大金持ち……ではないと思う。俺が中学までいた家は普通の一軒家で親父は病院のリハビリ科に勤めていて……理学療法士だっけ?作業療法士だっけ?どっちでもいいか。とにかく、俺の家自体はどこにでもある一般家庭で金を持っているのは灰賀の爺さん婆さん。孫一人の為に空き店舗とはいえ一人暮らしするには目に余るくらいデカい建物を用意してくれたんだから彼らの経済力は計り知れない
「ちげーよ。俺の家じゃなくて俺の爺さんが不動産会社の会長で少々金を持ってるってだけだ」
正直なところ爺さんの経済力は少々どころではない。俺をここに住まわせてる時点でそれはお察し
「そうなんだ……それにしても君のお爺さん?お父さん?はよく子供をデパートの空き店舗で一人暮らししろって言ったね」
そこについては俺も同感だ。普通に考えて高校生が一人暮らしするような大きさじゃない
「俺もそう思う。まぁ、今は一人暮らしじゃないけどな」
行けば分かる事だから口に出しはしないが、俺の一人暮らしは初日に零を拾った事により幕を閉じた。一人暮らしをしていた期間があったとしたら一日……いや、四時間程度だ
「それって────」
「行けば分かる」
エレベーター前に着き、上に向かうボタンを押す。するといつもと同じように扉はすぐに開き、最初に瀧口と瀧口好きーズ、その次に由香と飛鳥を中へ入れ、俺は最後に乗り込む。俺が乗り乗り込み、扉が閉まったのを確認した飛鳥が八階を押した
八階へ到着し、俺は瀧口達を引き連れ自分の部屋へ向かった。その道中、誰一人として喋る者はおらず無言。あっという間に十四番スクリーンの前に到着し、入口の前で立ち止まると瀧口達の方を向き……
「ここが俺の部屋だ」
と高らかに宣言してやった
「…………冗談だろ?」
「バカなの?」
「小学校からやり直してはどうです?」
俺へ疑いの目を向ける瀧口、ジト目で見るギャル、ゴミを見るような目の転入生。彼らの反応は三者三様。女子達の意見が辛辣なのは気にしない。言いたくなる気持ちも分かる
「冗談じゃねぇよ。中へ入ればすぐに分かる」
俺はスクリーンのドアを開け、エレベーターに乗った時と同じようにして瀧口達と由香、飛鳥を室内へ。
室内へ入り、瀧口達を見ると……
「は、灰賀君……」
「な、何これ……」
「冗談ですわよね?」
目の前に広がっている光景を見て固まっていた。俺は薄暗いまま進もうとしたから固まる事はなかったが、普通の人間が見たら目を疑うだろうよ。外見は営業当時と変わらないスクリーンなのに扉開けて中入ると普通の家と何ら変わらない玄関があるんだからな
「初見じゃこうなるよね……」
「あたしも最初はここに人が住んでるだなんて信じられなかったから気持ちはよく解かるよ……」
驚く瀧口達を横目に飛鳥と由香がまたもヒソヒソ話を始める。そのやり取り家の前でも聞いたぞ?
「言いたい事は解かる。とりあえず上がってくれ」
驚く瀧口達とオバサンの井戸端会議擬きをする飛鳥と由香を余所に俺はリビングへ。
「あ、おかえり、恭くん」
リビングに入ると琴音がお茶を片手にテレビを見ながらせんべいをかじっていた。見ているのはニュースバラエティー。スマホで時刻を確認すると十三時を示していた
「あ、ああ、ただいま。それより、客が来てんだが……」
「え!? 恭くんのお友達!? 恭くんお友達いたの!?」
俺の口から客というワードが出たのがそんなに珍しかったのか琴音は目を輝かせた
「友達じゃなくて客。俺に友達がいないのは知ってるだろ?」
溜息を吐きながら俺はカバンを下ろし、瀧口達がいるであろう玄関へ────
「「「お、お邪魔します……」」」
「「ただいま~」」
向かう前に瀧口達が来てしまった。琴音への説明まだ終わってねぇのに何で来るかねぇ……。飛鳥と由香も足止めくらいしろよ! 特に頼んでないけど!
「いらっしゃい! 恭くんのお友達でいいのかな?それと、おかえり、飛鳥ちゃん!由香ちゃん!」
説明する前に琴音は瀧口達に詰め寄る。それを見て由香と飛鳥は苦笑い。詰め寄られた瀧口達は開いた口が塞がらない状態だ
「琴音、俺が人を連れてくるだなんて珍しくないだろ?」
「珍しいよ! 恭くん、普段はお友達全然連れてこないじゃない!」
「別にいいだろ?家で遊ぶばかりが友達じゃねぇんだしよ。それに、高校生ならゲーセン行ったり、ショッピングしたりが普通で友達を家に呼ぶ方が珍しいんだ」
「そうなの?まぁいいや! お茶入れてくるね!」
琴音はそう言うとキッチンの方へ走って行った。俺が客を連れて来たってだけで大袈裟過ぎるだろ……。
「全く、琴音は大げさなんだよ……」
俺は琴音の走って行ったキッチンの方を見て溜息を一つ漏らす。友達を家に連れて来たという意味じゃ今日が初めてだ。ワケあり人間なら何度かあったけど
「あ、嵐のような人だったね……今の人は灰賀君のお姉さんかい?」
「それにしてはあまり似てませんわね」
入学式の事を知らない瀧口と転入生は率直な感想を口にする。ギャルの方は────
「アンタ、何人姉さんいんの?」
一緒の入学式に出てただけあって琴音を姉と信じて疑わない。俺には書類上の姉が一人いるだけなんだが……
「その辺の事は聞かないでくれると助かる。気持ちのいい話じゃねぇし話していいかは俺の一存じゃ決めらんねぇんだ」
この家にいる連中の事情を話すには俺一人の判断じゃ決められない。零と闇華の事なんか特にな。
「込み入った事情があるみたいだね」
「分かってくれて何よりだよ、瀧口。それより、お前の悩みを解決してやろうと思う。だが、その前に一つ約束してくれ」
「何だい?」
「ここから先何があっても悲鳴は上げないでくれ。後、この事は他言無用で頼む。両親はもちろん、学校で他の奴に言うのもナシだ。この二つさえ守ってくれればすぐにでも瀧口が抱えてる悩みを解決してやろう。どうだ?できるか?」
「それで僕の悩みが解決出来るのなら喜んで!」
「よし。んじゃ、女性陣はその辺に座っててくれ。瀧口、お前は俺と来い」
女性陣に適当な場所に座ってるよう言った俺は瀧口だけを外へ連れ出そうとした。理由は簡単で転入生とギャルはお袋の姿を見えるようになる必要はないからだ
「分かっ────」
「待ちなさい!」
瀧口だけを連れ出そうとした俺をギャルが引き留める。この期に及んでまだ何かあるのか?
「何だよ?」
「アンタ、祐介に何する気?」
「何って特別な事は何もしねぇよ。ただ、コイツの優柔不断を叩き直すだけだ。それとも何か?俺と瀧口が二人だけになると不安か?」
俺も瀧口も男だ。二人きりになったところで間違いが起こる事なんてない
「当たり前っしょ! 祐介が昔アンタにした事は聞いてるよ! 何でも酷い目に遭わされたんだってね!」
余計な事を……。俺は瀧口へ恨みの視線を向ける
「だからなんだ?俺にとってはどうでもいい事で全て切り捨てた過去だ」
中学時代の事は俺にとってはどうでもよく、切り捨てた過去でしかない。今更過去の事を持ち出されたところで余計な事を喋ってくれたな程度にしか思わん
「そんな事言って! 本当は二人きりになって祐介に復讐するつもりなんでしょ!」
瀧口はこの女に何を話したんですかねぇ……
「しねぇっつーの! ったく……」
呆れてものも言えない。俺はそれを体験すると同時にこの女が元・虐められっ子にどういうイメージを抱いてるのか分かったような気がする。
「嘘! そんな事言って祐介をボコスカ殴るんでしょ!?」
さすがにこの発言に俺達は言葉が出なかった。瀧口はもちろん、由香と飛鳥、転入生までもが言葉を失ってしまう
「ゆ、弓香、灰賀君はそんな事しないって……」
俺達のやり取りを見ていられなくなった瀧口がギャル────弓香を宥める。元を正せば瀧口、お前が余計な事を言ったからこうなってんだぞ?止めるならもう少し早く止めてくれよ
「祐介……でも……」
当の瀧口が言ってなお納得出来ない様子の弓香。その証拠に射抜かんばかりに俺を睨んできている
「最初に話した時言っただろ?彼には転入してきた日に謝ったって」
「う、うん……」
瀧口スマイルにやられ、微かに頬を染め、俯く弓香を見て恋は盲目という言葉が頭を過った。第三者の意見なんて聞かないクセに好きな人の意見は聞くって……納得いかねぇ!
「はぁ……あんな事してっから拗れるんだよ……」
瀧口と弓香。二人のやり取りを見て俺は由香が言っていた事の一部を理解出来たような気がした。
「分かってもらえて何より! じゃあ、僕はこれから灰賀君と話があるから行くね!」
はい、出ましたー、瀧口スマイル!これだけで堕ちる女もどうかしてるが、誰にでも優しく微笑みかけるのもどうかしてる。スマイルは大事だけどよ……
「話が纏まったところでそろそろいいか?」
「ああ! 早く行こうか!」
今度こそ邪魔者が現れませんように。そう祈りながら俺達は部屋を出ようと……
「お待ちなさいな」
出来ませんでした! 今度は転入生かよ……
「何だよ?」
「先程の弓香さんのお話じゃありませんが、灰賀君。貴方、本当に祐介に危害を加えないって約束出来ます?」
「出来るも何も俺に害意がないってのはさっき瀧口自身が証明しただろ?それだけじゃ不満か?」
「ええ。言うだけなら誰だって出来ますわ。いくら口では危害を加えない、加えるつもりはないと仰ってもいざ二人きりになり、人目がなくなって万が一という可能性は捨てきれません」
弓香より言い方は若干マイルドだが、意味は同じだ。コイツも俺が瀧口と二人きりになったら何をするか疑ってるのかと思うとゲンナリしてくる。俺はそんなに信用ないですかねぇ……
「万が一って……俺は瀧口に害を与える気はないんだがって、言っても無駄か」
「ええ。人間は簡単に嘘を吐きます。お生憎様、私はこの目で見たもの以外信じない主義ですの」
お嬢様な上に幽霊とか信じないタイプかよめんどくせぇ……
「はぁ……ならここでやるか」
「やる?何の事ですの?」
「黙って見てろ」
俺はそう言って瀧口の手を握る
「は、灰賀君?僕に男色の趣味はないぞ?」
手を握られた瀧口は戸惑い、弓香と転入生には穴が開くほど睨まれる。今日は本当に厄日だと思いながら俺は霊圧を瀧口へ注ぐ。この作業も最初は不安の中やってたが、慣れとは恐ろしい。今じゃ何の不安もなく出来てしまう自分がいる
「俺だってねぇよ! こうすりゃお前の悩みが解決すんだよ!」
「そんな事言って本当は────!?」
ゴミを見るような目を向けていた瀧口が俺の右斜め後ろを見て固まり、俺も同じ方向に目を向けると……
『やほ~』
そこには能天気に手を振るお袋がいた
「どうしたの?祐介」
「灰賀君の後ろに何かいますの?」
固まる瀧口を見てキョトンとする弓香と転入生。お袋の姿が見えてないから二人がそうなるのも無理はない。見えてる由香と飛鳥は特に気にした様子はないが、初めて見る人間からすると見知らぬ女性がいきなり現れ、宙に浮いてるなんて驚きの光景だろう。
「は、ははははははは灰賀君?君の隣にいる女性はだだだだだだだだだだだだ誰だい?」
悲鳴を上げる代わりキョドったか
「「女性?」」
見えてない二人が首を傾げる
『私はきょうのお母さんだよ?瀧口祐介君』
お袋、瀧口がキョドってるのはお構いなしか
「は、ははははははは灰賀君のおおおおおおおおおおおおおお母さん!?」
『うん~、私は前から知ってるけど、君から見ると初めましてだね。きょうの母、灰賀早織です☆』
目の横でピースすんなよ……若々しく見えるけどいい歳のオバサンなんだから
「ここここここここここここここれはゆ、夢だ……」
そう言うと瀧口は死んだ魚のような目で狂ったように笑い始めた
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
読み終わったら、ポイントを付けましょう!