スマホを買って家路に就いた俺達は現在、目の前の状況が飲み込めずにいた
「お、おなかすいた……ご、ごはんたべさせてぇ……」
スマホを買って帰ってきた俺達の前に倒れているのは大学生かOLだと思われるスーツ姿の女性。持ち物はバッグ一つか……。ここで倒れている理由は知らんけど空腹だというのは分かる
「何でここで倒れてるんですかねぇ……」
零の時は玄関先で座っていただけ。それだって別にここじゃなくてもいいだろうとは言いたい。だが、この女性は家の玄関先で倒れていた。何で?
「だ、だって、こ、ここはで、デパートでしょ?だ、だったら、試食品くらいあると思ってドア開けたら閉まってて、そこで力尽きたんだもん……」
確かにこの建物は元・デパートだ。しかし、現在は俺の家になっている。家と呼ぶには些かデカすぎるけど
「確かにここはデパートですが、現在は俺の家です」
「じゃ、じゃあ、試食品は……」
「当たり前ですけどありません」
「そ、そんな……、お、おなかすいた……ガクッ」
どうやら女性は力尽きたようで無言で地面に突っ伏してしまった
「恭君、とりあえずこの女性を中へ私達の部屋まで運びませんか?さすがにこのままじゃ……」
闇華さんの言う通り生きているとはいえ、さすがにこのままじゃマズイ。誤解した誰かが警察を呼びかねない。そうなったら大騒ぎになりそうだ
「だな。このままじゃ騒ぎになる。一旦部屋まで運ぶか」
「そうね」
「ええ。このままじゃ騒ぎになるのもそうですが、なんだか私もお腹が空いてきました」
「奇遇ね! アタシもお腹が空いてきたところなのよ!」
俺は腹なんて全く空いてないのだが、このままだと騒ぎになりそうだったので戸締りを零に、荷物を闇華さんに任せ、俺が女性を背負うという事で家の中へ
家の中へ入ったところで俺はある事に気が付いた
「なぁ、エスカレーターはともかく、さすがにエレベーターは動くよな?」
エスカレーターは動かない。が、エレベーターは動いていてもいいと思う。というか、実際に家具の搬入時は動いていた。作業服集団のリーダーにエレベーターは動いてるからいつでも使える的な事を言われていたような気もする。
「動くわよ。家具が届いた日に言われたじゃない。今のところ八階にしか人がいないからエスカレーターは動かせないけど、エレベーターは動かしていくって」
「今まで使っていなかったので動く事を忘れていても無理はありませんが、エレベーターはちゃんと動きますよ」
闇華さんの言う通りエレベーターは今の今まで使ってなかった。そもそも、俺達は家から出てすらいない。俺は通信制の高校で私服ОKだから制服を買う必要がないってのと、零と闇華さんは制服が必要ではあるが、親父に確認したところ二人の制服もあった。その為俺達は外へは一切出ていない
「それならよかった。いくら何でも人を背負って八階まで歩いては行けないからな」
手ぶらならまだしも人を背負って八階までは行けない。エスカレーターが動いてないからな
「そりゃそうでしょ。いくら鍛えている人でも人一人を背負って八階まで行くのはキツイわよ」
この時ばかりは零もエレベーターを使う事に対して文句は言わなかった
エレベーターを使い八階まで登った俺達はすぐさま住まいに直行。女性の靴を脱がし、リビングに寝かせ、俺は休憩、零と闇華さんは簡単なものを作りにキッチンへと向かい現在、調理中。
「それにしても零然り、この女性然り、どうして家の前にいるかねぇ……」
闇華さんは駅で絡まれたところを連れてきたからノーカンとしてだ、この女性も零も家の前にいる意味が理解出来ない。この元・デパートは親会社が経営悪化で倒産し、空き店舗となった場所。だというのに零も女性も玄関前にいるのは変だ。しかも、女性に至ってはまだ営業していると思っていた節がある
「とりあえず女性には飯を食わせてから、零には戻ってきてから話を聞くか」
女性から話を聞くにしても零から話を聞くにしても当人が空腹だったり、いなかったら意味はない。俺は待っているしかなかった
十分後────。
「とりあえずお昼にしては遅いからパスタにしてみたんだけど……」
「好き嫌いを聞く前に倒れてしまいまいしたので一応、ナポリタンにはしてみたんですけど……」
零と闇華さんがナポリタンを持って戻って来た。トマトの香りが鼻孔を擽る。これなら女性も起きるだろ
「いいんじゃね?ナポリタンやミートソースは王道だからな。にしても時間掛かったな。調理に手間取ったのか?」
パスタの面を生地から作っていたのならまだしも、家にあるのは茹で時間五分のか七分のしかない。だというのに十分は掛かり過ぎだ
「調理に手間取りはしなかったんだけど、名前も知らない相手だからメニューに迷ったのよ」
「さすがに恭君や零さんのご飯を作るのとはわけが違いますからね。アレルギーとかあったらどうしようって二人で試行錯誤してたんです」
「なるほどな」
付き合いが浅いとはいえ俺達ならば互いの好き嫌いは把握している。アレルギーまでは把握しきれてないのは今は置いとくとして、見知らぬ人に料理を出すってのは大変なんだな。飲食店じゃねー限りは
「それにしても、せっかくご飯が出来たってのにこの人起きないわね」
零と闇華さんが戻って来た時からトマトの香りが漂っているにも関わらず女性は全く起きる気配がしない
「だな。起きなかったら俺がこのナポリタン食────」
「ナポリタン!! どこ!?」
「「「────!?」」」
デジャヴ……俺が最後まで言い終わる前に女性は勢いよく起き上がった。何だろう……スマホという単語を聞いた時に目をカッと見開いた零と闇華さんを彷彿とさせる
「ナポリタン!! どこ!?」
起き上がりナポリタンを探す女性の目は血走っていた。まるで餌を探す肉食獣のようだ
「そ、それならテーブルの上にありますけど」
闇華さんが若干引き気味になりながら答えた。闇華さんは若干引き気味だが、俺は完全に引いている
「ナポリタン!! いただきます!!」
ナポリタンを見つけた女性は素早くフォークを持ち、ガッついた。
「どんなに空腹でもこうはなりたくないわね」
目の前で食い物にガッつく女性を見た零は今後どんなに空腹でも食い物にガッつく事はないだろう。俺はそう信じたい
「そうですね、さすがにこれは……」
闇華さんも同意見だったようだ。だがな、お二人さんよ、お前達だって俺が拾わなければこの女性と同じ運命を辿っていたのかもしれないんだぞ?
「まぁ、ガッつくほど零達が作った飯が旨かったんだろよ」
零と闇華さんが作ってくれる飯はお世辞抜きに旨い。今は何つーか、もしかしたら年上かもしれない女性をフォローする為に言ったんだけどな
「「そ、そんな……え、えへへ……」」
自分の料理を褒められて嫌だと思う人はいない。それは零と闇華さんも例外じゃなく、頬を赤く染め、子供のように喜んでいた
「さて、飲み物でも持ってくるが、オレンジジュースでいいか?」
「え、ええ、いいけど……」
「わ、私もそれでいいですけど……」
「ふがっ!」
零と闇華さんはオレンジジュース、女性もオレンジジュースでいいんだろうが、返事をする時くらい食うのを止めろ
「んじゃ、行ってくる」
テーブルを立ち、キッチンへと向かう。
「待って恭」
「んだよ?」
キッチンへ向かおうとした俺を零が呼び止めた
「恭にしては気が利くじゃない。何かいい事でもあった?」
『恭にしては』は余計だ。それに、何もいい事なんてなかったのは俺と一緒にいる零、お前が一番よく知っているだろ?
「別にいい事なんてない。ただ、もうそろそろだと思ってな」
「────?」
零は『コイツ何言ってんだ』って顔で俺を見るが、食い物系である王道パターンだともうそろそろ“あの展開”が来るんだよ
「恭君、もうそろそろって何の事ですか?」
「見てれば分かる。とにかく、俺はオレンジジュース持ってくるわ」
「はい、行ってらっしゃい」
何を言っているのか分からないといった顔の闇華さんと頭に疑問符を浮かべる零を残し、キッチンへ
キッチンへ来た俺は二リットルのペットボトルではなく、五百ミリリットルのペットボトルが入った冷蔵庫前に立っていた
「零と闇華さんにゃ俺のではないが飯を作ってもらった。それには感謝しているが、さすがに他人が食いモンを詰まらせるシーンならともかく、食いモンを口から噴射するシーンなんて見たくないんだ。悪いな」
零に言った『もうそろそろ』とは『もうそろそろ女性が食いモンを詰まらせるか口から噴射するんだ』という事なのだが、何も起きてないのにそんな事を言えるわけがない。それにだ。俺の取り越し苦労かもしれないから何とも言えないのだが……
『ちょ、ちょっと! 噴き出す事ないでしょ! 汚いわね!』
『は、はわわ、ふ、拭くもの! 拭くものはどこですか!?』
『んー! んー!』
噴き出しただけじゃ飽き足らず詰まらせたか……いや、違うか、詰まったから噴き出して、それでもなお詰まらせているって感じか
「よかった。抜け出してきて。おっと、ジュースと拭くもの持ってかねーとな」
俺は急いで冷蔵庫から四人分のオレンジジュースとふきんを持ってリビングへ戻る
「遅かったか……」
戻るとテーブルは女性が噴き出したナポリタンまみれになっていた。もうちょい早く戻って来るべきだったな
「“遅かったか……”じゃないわよ! 戻って来るならもう少し早く戻ってきなさいよね!」
「そうです! おかげで私達まで被害を被ったじゃないですか!」
零と闇華さんの顔は女性が噴き出したナポリタン塗れになっていて俺的には近づいてほしくない状態だ
「わ、悪かった。まぁ、パソコンが無事だったのは幸いだ」
幸いパソコンは別のテーブルに置いてあるので何の被害もない。俺の中での優先順位は一位パソコン、二位零と闇華さん、三位テーブル。テーブルは拭けばいいが、パソコンは一度壊れたら修理に時間が掛かるし、最悪キーボードはキーを一つ一つ外して掃除しなきゃならん。優先させるのは当たり前だ
「パソコンよりアタシ達の心配をしなさいよ!」
「そうです! 私達は顔全体がナポリタン塗れなんですよ!」
「俺の中のでの優先順位はパソコン一番! お前達二番なんだよ! 人間の中では一番だけどな!」
「「うっ、怒るに怒れない……」」
パソコン一番、零達二番だけじゃ怒られる。そんなのは火を見るよりも明らかだったのだが、人間で換算すると零達が一番だという事を伝え、俺はいろんな意味で事なきを得た。これが無かったら危なかった
「それより、とっとと顔とテーブル拭け」
俺は零と闇華さん、女性にふきんとジュースを渡す。いつまでも汚いままじゃ困る
「ふぃ~、ご馳走様です~」
ハプニングはあったが、女性が無事にナポリタンを完食。
「「お粗末様」」
満足気な女性とは対照的に零と闇華さんは不機嫌だった。原因はもちろん、顔面にナポリタンを噴出されたからだ
「んじゃ、片付けは俺がやるからガールズトークでもして盛り上がってくれ」
零と闇華さんに作らせてしまったから片付けは俺がと思い、空いた皿とフォークを片付けようとした時────
「片付けはアタシ達でやるから恭はその人と世間話でもしてなさい」
「そうですよ。片付けは私達がやります!」
そう言って闇華さんが俺の手から皿とフォークを取り、そのまま零と二人でキッチンへと行ってしまった。んで、二人きりにされた俺達はというと
「「……………」」
二人して黙り込んでしまった
「あ、あの……」
「ひゃ、ひゃい!」
黙ったままじゃ前に進まないと思い、話しかけてみたのだが、この人、男と話すのは慣れてないのか?
「いや、そんなテンパんなくったって……俺は家の前で倒れていた理由を聞きたいだけなんですから」
「す、すみません……わ、私、男の人ってあんまり慣れてなくて……」
「そ、そうでしたか。ですが、俺としても家の前で倒れていた理由とか諸々聞きたいんですけど……まずは自己紹介からしませんか?」
「そ、そうですね、お、お互いの名前も知らないとどう呼んでいいか分かりませんよね」
「え、ええ」
めんどくさいとかはない。ただ、男慣れしてない分事情を聞き出すのに手間取りそうだとは思った。
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