日が傾く中、蒼に連れられ、熊78のバスに乗って俺と琴音がやってきたのは閑静な住宅街の一角にある一軒の和風な家の前。目の前にある門から覗く大きな家を見て主が結構な金持ちなんだろうと思う反面、マジで面倒な事になる予感しかしない
「今から帰りてぇ……」
ドラマとかなんかじゃ大きな家を持つ家族の問題というのは相場が決まって面倒なものだ。例えば、遺産相続だったり、跡取りだったりと一筋縄ではいかないものばかりだ。金なんてあると思うからもっと欲しくなるし、跡取りだって今後も会社が安定すると思うからその椅子が欲しくなる。だが、金なんて使えばなくなるし、日本経済だったり会社経営が傾く可能性があるから仮に今は莫大な遺産を得たり、跡取りになれたとしてもずっとじゃない。人間は所詮目先のものに囚われ、未来の事など考えもしない愚かな生き物なのだ
「恭くん、ここまで来てそれはないでしょ? 一度引き受けた以上は最後まで責任持たなきゃ」
「そうですよ、恭さん。何も貴方に跡取り問題や遺産相続の仲介人になってくれって言ってるんじゃないんですから」
「当たり前だ。そんなんだったら俺は今すぐにでも帰る」
大きな家を見ると嫌でも醜い争いを連想してしまうが、俺が来た理由は蒼の友人が悩んでるから何とかしてやってくれって頼まれて仕方なく。これだけ大きな家だ。たかが中学生の悩み事と言えど俺の想像を絶するものに違いない
「とりあえず中へ入りましょう。ここでこうしていても埒が明きません」
「そうだね。時間も時間だから入ろっか」
「だな……」
面倒事は早いとこ処理するに限る。俺は嫌々ながらも歩き出そうとした
『はい、ストップ~』
『蒼君と琴音さんはいいけど、恭様はちょっと待ちなさい』
歩き出そうとしたところで幽霊二人から待ったがかかった
「何ですか? ここまで来て今更恭さんに見ず知らずの人間なんて助ける必要ないとでも仰るつもりですか?」
蒼が鋭く早織と神矢想花を睨む。もしかして俺が逃げ出せるようにしてくれるのか? それは有り難い
『違うよ~。中にいる人に一言言っておかないと後々面倒だからきょうは待ってって言ってるの』
『早織さんの言う通りよ。だから睨むのを止めてくれないかしら』
「ならいいです。睨んですみませんでした」
何がどういいのかサッパリ分からない。早織と神矢想花が言う中にいる人ってのが幽霊だってのは察しがつく。不本意ながらな
『別にいいよ~。蒼君にとってこれから会う友人は大切なんでしょ?』
「はい……」
『なら、きょうは全力で助けてあげなきゃね~。でも、その友人君だかちゃんに会う前にこの家にいる幽霊にはちゃんときょうが有害な存在じゃないって言っておかなきゃいけないの。二人なら理由言わなくても解かるよね?』
早織の言葉に二人は無言で頷く。信じがたい話だが、霊圧とは直接話をしたから俺がブチギレでもしない限り害はないと思うんだが……まぁいいや。二人の言う通りにしよう
『なら、待っててくれるよね?』
「「はい」」
『うん! 蒼君も琴音ちゃんもいい子だ。じゃあ、ちょっと待ってて。すぐ済むから』
『恭様は逃げ出さないようにね』
そう言って二人は家の中へ入って行った。俺は幼稚園児じゃないんだが……日頃のダメ人間宣言が原因だろうから仕方ないと言えば仕方ない
早織と神矢想花が家の中へ入り、残された俺達は────
「夕日が綺麗だな」
「そうだね」
「そうですね」
ぼんやりと夕日を眺めていた。本当は蒼の友人について少しでも話を聞いておくべきなんだとは思う。だが、聞いたところで分かるのは家族構成とか人間性とかの基本情報のみ。ハッキリ言って俺が必要なのは基本情報ではなく、ソイツが何に思い悩み、苦しんでいるのかだ。家族構成や人間性なんて直接会えば分かる。だから俺は夕日を眺めてるんだけどな!
「どうして俺はいつも騒動に巻き込まれるんだろうな?」
「「…………」」
俺が蒼と琴音に尋ねると二人はサッと顔を逸らす。こっち向けコラ、目を合わせろ。どうして顔を逸らすんだ? 言っとくが、俺はクサい台詞を言ってねぇから顔を背けられる理由はねぇぞ? 顔が赤いのだって夕日のせいだって知ってるんだからな?
「はぁ……」
顔を逸らす二人に言葉が出ない。蒼と琴音から騒動に巻き込まれた事はない。二人が顔を逸らす理由はどこにもないのだが……どうでもいいか。この二人が顔を逸らす理由を問いただすよりも今は訪れつつある騒動にどう対策するか考える方が先決だ
『話して来たよ~』
『今戻ったわ』
悩んでいると幽霊二人が戻ってきた。そのまま永遠に話してればいいのに……
「戻って来ちゃったよ……そのまま永遠に戻って来なければいいのに……」
『きょう~! お母さんを邪険に扱っちゃダメ!』
『恭様、私はこんなに貴方を愛しているのにどうして邪険に扱うの? ねぇ?』
早織が剥れ、神矢想花から目のハイライトが消える。邪険に扱ったわけじゃないんだが……
「邪険に扱ったわけじゃねぇんだが……まぁいいや、早いとこ蒼の友人とやらに会いに行こうぜ。面倒事は早めに片付けておくに限る」
ヘソ曲げた幽霊二人組を相手取ると日が暮れるので無視。元はと言えばお前が原因だろ? って?知るか。これから面倒な事に巻き込まれると思うと心が荒むんだよ
「で、ですが……」
「んだよ?」
「いいんですか? 早織さんと想花さん放っておいて」
「いいんだよ。後でキスの一つでもして黙らせるから」
「恭さん……スクーリングで何があったんですか……」
「なんにもねぇよ。それより、早くしないと俺は帰るぞ?」
俺達は門を潜り、中へ入る。蒼から同情の視線を向けられ、幽霊二人に睨まれた俺は不意に視線を庭の方へ移すと池を発見。綺麗に整備された庭に鯉がいるだろう池が俺の心を先程よりも更に憂鬱にさせる。蒼には友人の単なるお悩み相談と聞かされてるが、本当にただのお悩み相談なのか? ガチで面倒な悩み事だったら俺はマジで逃げ出すぞ?
玄関前に着き、蒼がインターホンを鳴らす。いよいよ来てしまったか……頼むから誰も出てきてくれるなよ
「はーい」
俺の願い虚しく玄関の戸が開き、中からポニーテールで少し背の高い二十代から三十代くらいの女性が出てきた。やっべぇ……今すぐ逃げ出してぇ……
「蒼です。凛空君と約束して来たんですけど……」
「凛空君のお友達かな?」
「はい。空野蒼といいます」
「蒼君ね。それから……」
女性の視線が蒼から俺と琴音の方へ移る。どう見ても兄と姉……には見えないよな?
「こちらは凛空君の気持ちを誰よりも理解できるだろう助っ人の灰賀恭さんとその付き添いで来た渡井琴音さんです」
蒼から紹介され、俺と琴音は軽く頭を下げる。琴音は付き添いだからいいんだけどよ、俺の紹介何? 凛空君がどんな奴か知らんけど、勝手に誰よりも気持ちが理解できるとかハードル上げないでくんない?
「凛空君の……そうですか……ようこそ我が家へ。どうぞお入りください」
「お邪魔します」
蒼が中へ入り、俺達も後に続く
居間へ通され、最初に目についたのは座椅子。畳の匂いは外観が和風だったから思った通りと言えばそうなんだけど、畳の匂いよりも気になるのは俺達を案内してきた女性と凛空君とやらの関係だ。俺の見立てだと彼女の年齢は二十代後半から三十代前半。二十代だったら母親と呼ぶには若すぎる。三十代だったら納得はいく
「凛空君を呼んでくるから座ってて待ってて」
そう言って女性は出て行った
女性が出て行って居間にいるのは俺、琴音、蒼だけ。質問するなら今しかねぇ
「なぁ、蒼」
「何ですか? 恭さん」
「お前と凛空君っていつからの付き合いなんだ?」
「小学校からですけど。それがどうかしましたか?」
「いや、さっきの女性お前と初対面みたいだったから少し気になってよ」
「そりゃそうですよ。あの女性は去年の冬にこの家に来たらしいですから」
どうりで……。中学に上がると友達の家で遊ぶよりも映画館やゲーセン行って遊ぶ機会が多くなりがちだから蒼が会った事ないのも無理はないか。遊ぶ場所は人に寄りけりだから断言はしないが、出迎えられた時の反応を見ると多分そうだ
「なるほどな……」
聞きたい事を聞き終え、俺は庭の方へ視線を向ける。あの女性と凛空君の関係は分からない。関係性どころか凛空君が抱えてるものすら分かんねぇよ
「他に質問ありますか?」
「んにゃ、ねぇよ。これ以上聞いたら全力で逃げ出しそうだから止めとく」
「逃げたら許しませんよ?」
「はいはい」
「あ、あはは……」
蒼が俺を睨み、琴音が苦笑を浮かべていた時だった
「お待たせ、蒼」
背後から声がし、そちらに顔を向けると普通を絵に描いたような男子がいた
「そんなに待ってないよ」
「そっか。ならよかった」
にこやかに会話する二人に変わった様子はない。俺がここに来た意味があるのかと小一時間問いただしたいところだ
「俺帰っていいかな?」
「ダメに決まってるでしょ」
誰に向けたでもない呟きを拾う琴音に脇腹を小突かれる。二人の様子を見てるととても困ってるように見えないんだもん! 帰ってもいいかなと思ったんだもん!
「困ってなさそうだしよ、俺いらないじゃん」
「それでもダメだよ。蒼くんと約束したでしょ?」
「分かってるよ。言ってみただけだ」
蒼からこのままじゃ壊れてしまいそうだ的な事を言われたんだが……今の様子を見てると壊れるどころか何も問題がないようにしか見えない。どうなってるんだ?
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