食堂を出て部屋に戻ってきた俺と瀧口は向かい合う形で互いのベッドに腰かけていた。彼の顔色は未だ優れず、とても話を出来る状態じゃない。そこが気になりはするが、本人たっての希望だ。ゲームの話として話す事にしよう
「早速だけど、君が知ってる事を話してもらうよ」
「話すのは構わねぇけど、他言無用で頼むぞ?恐怖を拡散させる必要はないからな」
悪夢の夜というサウンドノベルゲーの舞台となった建物にいる以上、油断はならない。あの予告通りなら今夜零時に星野川高校か灰賀女学院どちらかの生徒か教師が消える。だけど、恐怖を拡散する必要なんてなく、今後の展開を知るのは瀧口と談話室にいた生徒だけでいい。そういう意味も込め、俺は瀧口に他の奴には言うなと釘を刺した
「わ、分かった……。でも、零さん達とあの場にいた子達には話しておいた方がいいんじゃない?他の子達には適当に言って誤魔化せばいいけどさ」
「これからお前にする話を零達とあの場にいた連中にするかどうかは置いとくとしてだ、本当の事を言うと俺は瀧口にも話していいか迷う部分はある」
口では話すのは構わないと言ってたが、本音を言うと話そうかどうか迷っている。顔色が悪い人間にゲームではこれから殺人事件が起きるだなんてとてもじゃないが言えない。このスクーリングじゃ殺人事件とまではいかないが、何かが起きるとは言いずらい
「どうしてだい?僕が信用出来ないかい?」
「信用の問題じゃねぇよ。顔色が悪い人間にこの館の元ネタを含め、これから何が起きるか話せるわけねぇだろ。俺にとっちゃ瀧口の顔色が悪いのはある意味で好都合だけどな」
人の恐怖心や不幸を喜ぶのは最低だと思う。だが、俺にとって都合がいいのもまた事実
「この館の元ネタ?詳しく教えてくれないかい?」
「お前の顔色が元に戻ったらな。つか、何でなんで顔色悪いんだよ?ここへ来るまで何ともなかったのに」
「ははは……実は、あまりホラーが得意じゃなくてね……」
弱々しい笑みを浮かべる瀧口。要するに顔色が悪かったのは体調不良とか精神状態が安定しないとかじゃなく、単に怖がってただけだったようだ。幽霊が見えるってのに……ホラーがダメで幽霊が見えるのがOKとは……コイツの基準はどうなってんだよ?
「だったら尚更言えねぇんだが……」
俺がやってた悪夢の夜は分類するならホラー。瀧口が苦手とするジャンル。怖いのがダメな彼にすべき話じゃない
「そこを何とか頼むよ……。これから何が起こるかだけでも知りたいんだ」
そう言って瀧口は頭を下げる。学年のリーダーが頭を下げてまで頼み込んできてるから期待に応えたい気持ちはあるんだが……ホラーが得意じゃないって言ってたしなぁ……一応、確認だけしとくか
「ホラー系の話でもいいんだな?」
「ああ!」
「この話を聞いた以上お前にはこれからする事を手伝ってもらう事になるぞ?」
「構わない! 僕に出来る事ならなんだってする!」
「分かった。そこまで言うなら話す」
「本当かい!?」
瀧口は勢いよく頭を上げた
「本当だ。だが、最初に言っておく。今からする話はあくまでもゲームの話だ。俺達が置かれている状況とは全く違うしゲーム内で起きた事が実際に起こるとは限らない。そこだけは注意してくれ。いいな?」
「もちろん!」
俺は瀧口にこの館が悪夢の夜というゲームの舞台になった事、ゲーム内で殺人事件が起きた事とこのスクーリングで実際にそれが起こるとは限らない事を話した。
「────って事なんだが……」
「ふーん……」
一通り話終え、瀧口が俺に向けてきたのは可哀そうなものを見るような視線。彼の目はゲームと現実の区別がつかないのか?と言っている。俺だって二枚の手紙がなければ単なる聖地巡礼程度の気持ちだったさ……
「疑わしいのはよーく解る。俺も第三者から同じ話をされたらお前と同じ事を考える。無理に信じろとは言わねぇ」
「疑わしいけど、全てが嘘だとも言い切れない。現に零さんが談話室で見つけた手紙の場所をあの時いなかった君は言い当てた。だから全て嘘だとは言わないけど、俄かには信じ難いというのが僕の感想かな」
苦笑を浮かべる瀧口。今の彼は完全に俺の話を信じるわけじゃなく、だからと言って完全に否定するわけでもなく、立場的な話をするなら中立。俺も建物がゲームの舞台で零が談話室で見つけた手紙は館を管理している会社か学校側がイベントに用意したものだと思っている。つまり、自分で言うのもなんだが、俺の話には信憑性がない
「だろうな。俺も自分で話しといてなんだが、信憑性が薄いと感じてる。何はともあれ、俺はこれから館内の探索に行こうと思うんだが、瀧口はどうする?」
そう言って俺はベッドから立ち上がる。この館の主要な場所で見たのは談話室と食堂のみ。それも軽く部屋の中を見ただけでちゃんと調べたわけじゃない。
「僕も同行させてもらうよ。僕に出来る事ならなんだってするって言ったし喉も乾いたしね」
「なら食堂に行くか。あの写真とミニカーのせいで探索中断しちまったしな」
俺と瀧口は部屋を出て食堂へ向かった。
食堂に着き、俺達は変化がないか辺りを見回す。特にこれと言った変化はなく、あったとしても写真とミニカーがないくらいだ。俺が払いのけたからないのは当たり前か
「相変わらず薄暗いね……」
「だな。それより、飲み物だ」
「そうだね。ところで、この館はゲームでもそうだったのかな?」
「そうだったとは?」
「普通、宿泊施設だったら自販機の一つくらい置いてあってもいいのにここにはそれがない。ゲームでも自販機はなかったのかい?」
瀧口の疑問はもっともだった。宿泊施設には自販機あるいはそれに準ずる何かが置いてある。しかし、この館にはそれがない。ゲームじゃこの館本来の役割が牢獄で主人公が訪れた時も名残か言いつけかどっちかの設定で自販機は設置してなかった。ここまで再現せんでもよかろうて……。まぁ、あのトリックじゃ電気を消費するから自販機を設置出来なかったとしても無理はない
「なかったな。ゲームじゃここは元々かなり昔に建てられた牢獄。自販機なんてあるわけがない。主人公が来た時だって貴族が買い取ったのをそのまま使ったって設定だったからな」
「そうなんだ……」
「ああ。それよりも探索だ。この食堂に何かあるとは思えねぇが、万が一って事もある。二手に……」
分かれようと言う前に瀧口が俺の腕を掴んできた。男に腕を掴まれて喜ぶ趣味はないぞ……
「た、頼む、ふ、二手に分かれるのだけは勘弁してくれないか……」
弱々しい笑みを浮かべながら懇願してくる瀧口を見て俺は彼がホラーが苦手だと言っていたのを思い出す。思い出したところで手を取ってクサい台詞を吐くつもりはない。瀧口が一緒に付いて来ても探索には不自由しないしな
「分かった。分かったから腕を放してくれ」
求道と北郷がこんな姿見たら……幻滅するどころか母性本能くすぐられて過保護になる気がする。
「本当かい?本当に僕から離れないでくれるのかい?」
腕を掴んでる瀧口の手が震え、目には薄っすら涙が浮かぶ。男にときめく趣味はないから何とも思わんが、思う事があるとしたら一つ。そういう顔は求道と北郷に見せるべきだ
「本当だ。いざという時は早織達を頼るから何の問題もない」
瀧口が引っ付き虫になっても早織達がいる。人手という意味じゃ何の問題もない
『まっかせなさい!』
『必ず恭様の役に立つわ!』
早織と神矢想花はドヤ顔で胸を張る。それを見た瀧口は……
「な、なら安心だね」
安心しきった顔で胸を撫で下ろした
「とにかく、早いとこ済まそう。見つかったら面倒だ」
「うん」
『了解だよ! きょう!』
『そうね』
こうして俺達は食堂の探索を開始した
捜索開始から少しした頃────。
「灰賀君、これ以上探しても怪しいところや仕掛けは見つからないんじゃないかな?」
俺と同じくテーブルの下に潜り込んでいた瀧口が声を掛けてきた
「だな。ここには人が隠れられそうな場所もこれと言った仕掛けもなさそうだ」
ゲームでも食堂に人が隠れられそうな場所も仕掛けもなかった。早織と神矢想花の方はどうか分かんねぇけど、これ以上の探索は時間の無駄だろう
「そうだね。早織さん達の方は……」
テーブルの下から出た俺と瀧口が早織達の方を見ると二人は無言で首を横に振った。俺達と同じで何も見つからなかったらしい
「何もなかったらしいな。次は調理場の方に行ってみるか。もしかしたら管理人に会えるかもしれねぇしな」
「うん。管理人さんに一言挨拶したいしね」
俺達は女学院の先生が話をしている最中からの参加で管理人を知らない。学級委員でも何でもない俺と瀧口が挨拶をする必要があるのかと聞かれれば正直分からない。星野川高校か灰賀女学院の教師あるいは生徒が代表してこれから四日間お世話になります的な挨拶は済ませてあるはずだ
「お前がしなくても星野川高校か灰賀女学院の教師か代表生徒がしてると思うぞ?」
「それでもお世話になる以上、ちゃんと挨拶はしておきたいんだよ」
「そうかい」
俺達は食堂を後にし、調理場へ移動した
調理場へ移動した俺達は管理人には会えなかった。仕方なく、調理場の探索をしてはみたが、結果はある事を除き、収穫はゼロ。残る浴場とトイレも調理場と同じ結果に終わり、管理人室はプライバシー等の観点から探索を断念し、部屋へ戻り、俺と瀧口はひたすら二人だけのババ抜きをして過ごした。
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