茜が家に越して来てから一夜が明けた今日────。平日の平和な昼下がり。外に遊びに行く事なく自室でダラダラして過ごすという絵に描いたような引きこもり生活をエンジョイしている俺なのだが……
「いい加減離れてくれませんかねぇ……」
「「いや!!」」
両サイドから義妹二人にくっ付かれていた。オマケに……
「義妹の零ちゃん達ばかりに構ってないで義姉のあたしにも構ってよ!」
由香に身体を揺さぶられる。俺の平穏な夏休みはどこへ……
「はぁ……」
くっ付いてる零達にも身体を揺らす由香にも強く言えない俺は溜息を吐くしかない。ストーカー騒動や幽霊騒動に比べれば可愛い方だが、意思疎通が可能な分、犬や猫よりも悪質だ。離れろと言えば上目遣いで『だめ……?』って聞いて来そうで怖い
「お兄ちゃん! 溜息なんて吐かないでよ! 辛気臭い!」
「兄さん! 私達に抱き着かれるのが不満なんですか!」
「恭! あたしは女の子に囲まれて溜息を吐くような義弟に育てた覚えはないよ!」
う、うるせぇ……。女三人寄れば姦しいって言うが、マジでうるせぇ……
「零ちゃん達ズルい……私も恭クンに抱き着きたいのに……」
ふと視線を移すと頬を膨らませた飛鳥がこちらを睨んでいた。俺は慌てて視線を別の場所に移す。すると……
「恭さん、頑張ってください!」
「ヘタレ、男を見せな」
蒼と碧の双子コンビがサムズアップ。学生組が使い物にならないと分かった瞬間である。仕方なくお袋に目をやると……
『きょう! ハッキリ言っちゃいなよ! お母さんのハグが一番いいって!』
胸を張ってドヤ顔をしていた。
「ダメだ……ここには俺を助けてくれる奴はいねぇ……」
藍達がいればこの状況も少しは違ったのかもしれない。しかし、その藍達は仕事に行ってて今は不在。職業は違えど彼女達は社会人。学生が夏休みでも学校はあるから教師は学校へ、声優の仕事は今じゃアニメのアフレコ、映画の吹き替えだけに留まらず、ネットラジオ、動画で配信されている番組など多岐に渡る。何が言いたいかと言うと、仕事がある人間はこぞって家にいないという事だ。琴音を除いて
「何よ?義妹に抱き着かれて嬉しくないって言うの?」
「兄さん!義妹は大事にしないといけないんですよ?」
「義姉も大事にしないとダメなんだよ!」
ついこの間まで同居人だった二人の女の子がいきなり義妹になるだなんて衝撃的すぎるだろ。その上、何を思ったか義妹特権とでもいいたいのか甘えまくってくるしよ……。甘えてくる二人に触発されたのか由香も義姉特権とでもいいたいのか甘えまくってくる。結果、飛鳥や琴音、藍といった蚊帳の外組は機嫌を悪くし、蒼と碧の双子には冷やかされる。いい事なんて何もなかった!
「はいはい、義妹も義姉も大事にするからトイレに行かせてくれ」
「すぐ戻ってくんのよ?」
「寄り道しちゃダメですよ?」
「可愛い義姉が待ってるんだから早く済ませてね!」
「はいはい」
義妹、義姉を大切にしろという暴論に耐え切れなくなった俺はトイレに行くと言って部屋を出た
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
部屋を出た俺の口から出たのはお袋や零達への恨み事ではなく溜息。零達の言ってる事は義妹や義姉の立場を利用した暴論でしかないのは確かだ。今はまだ抱き着く程度に留まっているからいいけど、これが金銭の要求や暴力に耐えろとかの理不尽な要求に変化したらと思うと恐ろしい
『きょう~、溜息吐いてると幸せが逃げるよ~?』
そう思うなら助けてくれてもいいだろ?
「うるせぇ。そう思うなら助けろ」
お袋に限った事じゃねぇけど、口では好きだといいながらも助けを求めた時に助けてくれないのはどうかと思う。本当に俺の事好きなのか?と疑わしくなるぞ
『そんな事言って~、本当は女性に甘えられて嬉しい癖に~』
「嬉しかねぇよ。引っ付いてきて動きづらいし、夏だから暑い」
俺も零達とのやり取りで言葉に困ったらハグに走るから彼女達にくっ付くな! と一方的に言えた立場じゃないのは自覚している。自分がしてるのに人にはするなというのは理不尽で筋が通らない
『またまた~、本当は嬉しい癖に~』
「しつこい。別に嬉しかねぇし甘えろと頼んだ覚えもねぇ」
闇華がここへ来たばかりの頃、零にもここにいたければずっといろとは言った。他の連中にもな。だけど、甘えろとは一言も言ってない、言った覚えはない
『そ、それを言われると反論できない……』
「だったら暴走気味の零達を止めるくらいしろよ……」
経緯は違えど両親がいない零と闇華なら解かる。闇華に至っちゃ幼い頃に両親を亡くし、親戚の家に引き取られはしたものの、人間として扱われなかった話は零伝手に聞いた。彼女が異様なくらい甘えてきたのはその反動なんだろう
『止めたいのは山々なんだけど……、きょうのお部屋にいる子達の経緯が経緯だからね~……強くダメって言えないんだよ~』
強く言えないって言われるのは何となく予想がついていた。にしても……零と闇華以外は違くね?
「零と闇華は話に聞いてるから解かるけど、琴音達は違うだろ?琴音や藍、真央や茜は知らんけど、飛鳥と双子にはちゃんと親兄弟がいるぞ?」
藍の母親とは荷物を取りに行った時に会ってる。飛鳥と双子の両親は集団で家の前に段ボールハウスを建ててたからな、嫌でも顔合わせ済みだ。残る琴音、真央、茜は成人してるから家族の話はしてないが、多分、ご健在だ。お袋が言う俺の部屋にいる子達ってのが零と闇華を含めた全員なら同列に語るのは明らかに変だ
『琴音ちゃん、真央ちゃん、茜ちゃんのご家族についてはお母さんも知らないし飛鳥ちゃん、由香ちゃんと双子ちゃん達にちゃんとご両親がいるのはお母さんだって知ってるよ~?でもね、彼女達は全員同じなんだよ。もちろん、きょうもね』
お袋は俺と琴音達が同じだと言うが、何が同じなんだ?
「同じって、琴音達は家無しだったって共通点があるけど俺は違うだろ?実家だってあるし一人暮らしをする先だってある。家無しだったアイツらと何が同じなんだよ?」
零と闇華は除外するとして、琴音達と同じっつーのは納得いかない。俺と出会った時点で琴音、飛鳥、双子は家無し。真央と茜は家無し擬き。対して俺はデカすぎ、広すぎの家を持っていた。この時点で彼女達と俺とじゃ圧倒的に違う
『見捨てられたってところだよ』
お袋の何気ないこの一言が俺の心に深く突き刺さる。零、闇華、琴音は両親や親戚、会社に見捨てられたと言っても間違いじゃなく、小・中時代の俺も教師に見捨てられたと言われたらその通りだから否定はしない。しかし、飛鳥や双子、真央や茜は違うんじゃないのか?
「俺や零、闇華、琴音はそうかもしれねぇけど、飛鳥や双子、真央や茜はちげぇだろ?確かに真央は小学校の頃虐めに遭っていたとは言ってたが、両親や教師、同級生に見捨てられたって話は聞いてねぇぞ?」
『それは知ってるよ、お母さんも聞いてたしね。詳しい事は機会を見つけて真央ちゃんに聞くといいよ。話は戻るけど、同居している子達は全員過去に見捨てられた事のある人達なんだよ。お母さんと他のお部屋にいる人達含めてね』
お袋が何を言いたいのか分からない。社会に出れば見捨てられる事なんて山ほどある。理由はどうあれ誰もが一度は経験し、そこから成長に繋がって自分はそうならないって心に決める人もいれば自分なんかと卑下する人もいて捉え方は様々。類は友を呼ぶじゃねぇけど、見捨てられた経験があるってだけで俺の周囲に人が集まるのなら世界中の人が寄ってくる事になる
「生きてりゃ見捨てられる事だってあるだろ。それを言ったら世界中の人が俺に寄ってくる事になるぞ?」
『きょうの中ではそうなるのか……ん~、困ったなぁ……』
お袋は唸りながら顎に手をやり言葉を探す
「困ったのは俺の方だ。見捨てられたにも種類があるだろ?」
『種類?』
「ああ。例えばだ、メンヘラやヤンデレなんかは好きな異性だけを束縛するわけじゃない。仲の良い友達を拘束する事もあるって聞いた事がある。結果、拘束された方は拘束した方から離れて行くらしいしな」
ネットで見つけたメンヘラ・ヤンデレと付き合うメリット、デメリットが書いてあるブログの記事を読んだだけで零達を除くとメンヘラにもヤンデレにも会った経験がねぇからこうだとは言えず、話半分で読んでたから信憑性はなく、単に零達の系統から例え話として出しただけだから合ってるとも限らず、見捨てられたと言うには怪しいところだ
『それだよ!』
いきなり大きな声を出すな。それだよ! って言われてもどれか分かんねぇから
「はい?」
『きょうが今言ったじゃん! 拘束された方は拘束した方から離れて行くって! まさにそれだよ!』
「いや、それだよじゃ分かんねぇから。ちゃんと説明してくんね?」
このままだと自分まで親しい間柄にある人間を拘束する奴みたいになってしまうと思った俺は説明を求める。ついでに零達が会って間もない俺に好きだって言う理由を込みの説明だと非常に助かる。本人達に聞いても居場所のない自分に居場所をくれたからと言われるだけだしな
『うん! って言っても小学校低学年くらいの頃から廃墟廃墟って揶揄われ続け、中学時代では由香ちゃんにしつっこく絡まれて経験を持つきょうに説明する事なんてほとんどないんだけど……きょうは昔からお友達少なかったでしょ?』
ヘイ、マイマザー?暗にお前はボッチだ、コミュ障だとでも言いたいのか?確かに小学校、中学校どころか幼稚園の頃から友達と呼べる人間が多い方じゃなかったけどよ
「少なかったと断定されると少々傷つくが……そうだな、多い方ではなかったな」
友達が多い方じゃなかった俺だが、友達が欲しいか?と聞かれると微妙なところだ。友達の定義が分からないのではなく、遊ぶ事を考えると固定の友達なんていなくても遊べる。例えばトレーディングカードゲームの対戦。ラノベのボッチ主人公あるあるエピソードだと身内としか対戦しませんでしたなんてよくある話だが、ネットが発達し、家にいながら人とコミュニケーションが取れ、カードショップがあるこのご時世、固定の友達と対戦するのが全てじゃない。話がズレたが、そういった意味じゃ友達なんて必要ないとすら思える
『そこはいいの! とにかく! きょうはあまり友達がいなかったんだよね!?』
「あ、ああ、そうだな。俺にはあまり友達と呼べる存在はいなかったな。とは言っても家に帰るとお袋がいたし、学校じゃ揶揄われた時以外は同級生に手は出してなかったぞ?」
小学校低学年の頃は揶揄われ我慢の限界を迎えると相手をボコボコにしていた。それで教師に何度怒られたか……
『きょうを揶揄ってた蟻共になんて興味ないよ! それより、話を戻していいかな?』
先に友達の話を出して話を脱線させたのはどっちだ?とは言わず、俺は短く返事を返す
「ああ」
『でねでね! きょうは友達が少なかったけど、揶揄ってきた子はいた。その子達ってお家でどんな扱い受けてたと思う?』
どんな扱いを受けてたと思うと聞かれても興味なんてないから分からん。中学時代絡んできた由香を道端の石ころ程度にしか思ってなかったのと同じだ
「知るか。今もそうだが、揶揄ったり絡んだりしてくる奴には興味ねぇ。俺にとっちゃ小学校の頃に揶揄ってきた奴も中学時代の由香も道端の石ころ。小学校の頃限定で話をするとだ、度が過ぎたり危害を加えてきたら泣くまで殴るが、それ以外だとソイツらが家でどんな扱いを受けてようと俺の知った事じゃねぇよ」
嫌な事をする相手に興味を持ったところで時間の無駄。無駄な事に時間を使うなら別の事に時間を使った方が有意義に決まってる。俺の考えは間違いだろうか?
『冷たい! きょう! 冷たすぎるよ! お母さん、きょうに冷たくされたら泣いちゃう!』
お袋はどこからかハンカチを取り出すとそっと目元に当てて『よよよ……』と泣き真似をした
「ウゼェ泣き真似すんな。それより、話を先に進めろよ……。もう揶揄ってきた奴が家でどんな扱いだったかは言わなくていいから結論だけ言え」
お袋に限らず泣き真似はウゼェ。泣きゃ何でも解決すると思い込んでるんだろうなと思うとぶん殴ってやりたくなる
『きょう冷たい! 自分の愛する女が泣いてるんだよ!? 少しは慰めるとかしてよ!』
め、めんどくせぇ……
「あー、はいはい、泣くなお袋ー、可愛い顔が台無しだぞー?」
『棒読みじゃん! やり直し!』
マジめんどくせぇ母親……。中学時代に幾ばくか救われた部分もあっから言いたかねぇが、アンタ子供か?亡くなった時の年齢は確か────いや、止めた。年齢を思い出すと悲しくなりそうだ
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