「勝手に入っていいのだろうか?」
カフェだった場所を前に中へ入るのを躊躇う。普通なら入るのに許可を取る必要も躊躇う必要もない場所なんだけど、今に限って言えば幽霊の住まいだとはいえ、人の家に勝手に入るという行為には思うところがある。いくら常人には見えず、会話すら不可能だったとしても住まいに変わりはなく、勝手に入るのは何かが違う
『いいんだよ~。ここはカフェでお母さん達はお客さんなんだから』
なんて呑気に言うお袋。確かにここは一応カフェで俺達は客と言えば客だ。店に入る時、いちいち許可を取ってから入るだなんて奴はおらず、仮に許可を取ったとしても取材の許可のみ。でもなぁ……
「見た目だけで言えばお袋の言う通りなんだけど、ここは穏健派リーダーの住まいだし一応、インターホンを鳴らすとかノックするとかしてからの方がいいと思うんだよ」
人の部屋に入る時はノックを、人の家を訪ねた時にはインターホンを鳴らす。大切なマナーでこれを怠ると信用を無くす。というより、他人の家や敷地に無断で入るのは不法侵入でそこを突かれると返す言葉もない
『きょう、律儀なのはいい事だけど、いつまでも入口に立ちっぱなしでいると邪魔になるし不審者だよ?大丈夫だよ! いつもお店に入るようにして入れば!』
そう言ってズカズカと店の奥に進むお袋とそれに続く東城先生。勝手に入って本当に大丈夫なのかと不安に駆られるも会わなきゃ話にならないと思い、俺も彼女達に倣い店の中へと入った
『やっほ~、きょうを連れてきたよ~』
当たり前だけど店内には誰もおらず、ガラガラ。ここへ来る道中もそうだったようにここもテーブルと椅子が散乱しているなんて事はなく、きちんと整頓されていた。廃墟ですと言われても疑わしくなるレベルだ
『は~い! お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様方!』
店の奥から出てきたのはメイド服を着たロリッ娘。彼女が穏健派のリーダーなのだろうか?
『お祖母ちゃん、おひさ~』
十五歳にして耳が悪くなったか?お袋はロリッ娘をお祖母ちゃんと呼ばなかったか?
『早織ちゃん、お祖母ちゃんじゃなくて詩織ちゃんでしょ?』
『ごめ~ん、詩織ちゃん』
『まったくもう!』
プリプリと怒るロリッ娘────もとい詩織さん。俺の記憶が正しければ詩織ってのは曾祖母の名前だ
『ごめんって。その代わりきょうを連れて来たから許してよ~』
『恭がいるなら許す!』
剥れていた詩織さんは俺を一瞥すると不機嫌な顔が一変。あっという間に笑顔を浮かべ────
「あ、あの、ち、近いんですけど……」
俺に急接近してきた
『恭~! 会いたかったよ~!』
「は、はぁ、それはどうも……」
接近してきた彼女に抱き着かれるも生身と幽体。触れられるわけがなく、回された腕は俺の身体をすり抜けた
『お祖母ちゃん! きょうは私のものなんだから勝手に抱き着かないでよ!』
『え~! いいでょ~! お祖母ちゃんだって恭とお喋りしたい~!』
両腕を広げ、詩織さんを近づけまいと通せんぼするお袋とそれをどうにかこうにか通り抜けようとする詩織さん。二人の会話はまるで年頃の娘と母親のやり取り。それよりも何で詩織さんはメイド服?それと、お祖母ちゃんって何?
「誰かこの状況を何とかしてくれ……」
泊まっているホテルに帰ると身体を乗っ取られた真央。今はメイド服の美少女とわが母親の低レベルな言い争い。現状をどうにか出来る猛者がいたら俺と変わってほしい
『灰賀君も大変ね』
「あ、あはは……」
他人事のように平然と言ってのける千才さんと額に汗を滲ませながら苦笑いを浮かべる東城先生。どうやら俺は神に見放されたようだ
『ヴァーカ!! ロンだよぉぉぉぉぉぉ!!』
『チクショォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』
どうにもならない目の前の状況に絶望しかけた時、ここへ入った時と同じ声のロン宣言と悔しがる声。俺には希望の声と言っても過言じゃない声だ
『『『………………』』』
「「………………」」
さっきまで言い争いをしていたお袋と詩織さん、傍観を決め込んでいた千才さんとこの喧嘩をどうしようかと悩んでいた俺と東城先生。この場にいる全員が今の間抜けともいえるやり取り一つで沈黙。お袋達幽霊組は何を思って黙ったかは知らんけど、俺が黙った理由はただ一つ。叫び声が廃墟という場所に似つかわしくなく、怖さの欠片もないからだ
「と、とりあえず、何だ……穏健派のリーダーを呼んでほしいんですけど……」
皆が沈黙する中、俺は穏健派のリーダーを呼び出してほしい旨を伝えるのが精一杯だった
『お前ら、うるせぇよ』
『『『す、すみませんでした……』』』
あの雄叫びが響き渡ってすぐ詩織さんが大慌てで店の奥へ飛んで行き、その僅か数秒後くらいに悲鳴が店内へ木霊し、引きずられる形で声の主達が俺達の目の前に姿を現した。何をしていたのかは分からねぇけど、言えることは一つ。メイド服のロリッ娘に引きずられ、正座させられる三人の青年という絵面はそれはもうシュールの一言に尽きる
『お爺ちゃんたちも懲りないね~、また麻雀してたの?』
『大声だして詩織さんに怒られるの目に見えてるんだから止めればいいのに……』
「は、ははは……」
呆れた様子の幽霊組と苦笑いするしかない東城先生と────
「どうすればこんな状況になるんだよ……」
三人の青年達がロリッ娘に正座させられている光景に頭が追い付かない俺。
『麻雀すんのは構わねぇよ?でも、いちいち跳満、役満上がられたくらいで叫ぶなっていつも言ってるよな?あ?その耳は飾りか?』
正座する青年達を仁王立ちで見下ろすロリッ娘。これまで親父と爺さんの情けない姿を見続けてきた俺だが、こんなにシュールな光景は未だかつて見た事がない。というか、とりあえず詩織さんには是非とも怒りを鎮めてほしい
「いつになったら俺の要件を聞いてもらえるんだよ……」
ここへ入ってからお袋と詩織さんのじゃれ合いから始まり、次に青年達のお説教。いつになったら俺の要件は聞き入れられるのだろうか?
『ああなったお祖母ちゃんは怖いからね~、多分、お爺ちゃん達へのお説教が終わってからだと思うよ~』
「それはいつ終わるんだ?」
『分かんない!お祖母ちゃんの機嫌次第だもん』
女心と秋の空と言ったところか。詩織さんの気が変わるのを待つしかないのか……。そういえば────
「さっきから気になってたんだけどよ、何で詩織さんをお祖母ちゃんだなんて呼ぶんだ?」
「あ、それ私も気になってました」
ロリッ娘も正座させられている青年達も見た目は若い。普通ならお祖母ちゃんではなく詩織ちゃんと呼んでもいいものだ。しかし、お袋はお祖母ちゃんと呼ぶ。何となく理由は分かっているから聞くまでもないんだろうけど気になりはする。それは東城先生も同じだったらしい
『だって私のお祖母ちゃんだもん。あっ、きょうにとっては曾お祖母ちゃんね』
『ついでに言うとあそこで正座している人達も青年って年齢は優に超えてるわ』
なるほど、あのロリッ娘は俺の曾婆さんだったか。だからお祖母ちゃんって呼んでたわけね。って……! えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
「はぁ!? あのロリッ娘が俺の曾婆さん!?」
『うん』
「really?」
『Yes』
し、信じられない……あの見た目で曾婆さんだなんて……
「し、信じられない……いくらなんでも若すぎる……」
目を丸くして詩織さんを見る東城先生。人間思う事は同じだったようで俺の思っている事を見事に代弁してくれた
『二人の気持ちは解かるけど、魂だけになった今じゃ自分の姿なんて自由に変えられるんだよ~?さすがに人間から動物ってのは無理だけどね~』
何それ初耳なんだけど?
「初めて聞いたんだけど?って事はアレか?お袋も女子高生になれるって事か?」
『きょう?それはお母さんが老けてるって言いたいの?』
「そんな事言ってねぇだろ! ただ、お袋や千才さん、紗李さん達も同じ事が出来るのかって思って聞いただけだ!」
千才さんや紗李さん達は置いといて、お袋は生前から若々しく、老けてるだなんて思った事はただの一度もない
『な~んだ、てっきり老けてるって言ってるのかと思ったよ! まぁ、お母さんや千才ちゃん達も見た目なら変えられるけどね!』
「ソウナノカー」
俺は考えるのを止めた。何から突っ込めばいいか分からん……
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