「よし、大人しくなったところで早速……」
俺は大人しくなった凛久也と気を失っているのかピクリとも動かない女性陣を一瞥し、居間を出ようとした
『早速じゃないでしょ~? お母さん達に言う事あるでしょ~?』
『そうよ。私達に隠してる事あるでしょ?』
「何の事だ?」
隠してる事は……たくさんある。けど、お袋達が何を話せと言っているのかが分からない。あれか? 俺の好きな女のタイプか?
『何の事? 惚けられると思ってるの~? 君はきょうであってきょうじゃないでしょ~?』
『私達にバレてないと思ってたのかしら?』
「バレるも何も言っている意味が分かんねぇから。俺は他の誰でもない灰賀恭だ。何者だと聞かれても灰賀恭だとしか答えられん」
入れ替わってはいるが、俺も灰賀恭だ。何者か聞かれたところで答えようがない。というか、どうして何者か聞かれているかが分からない
『え~! でもでも、君はきょうじゃないでしょ~?』
「いや、恭なんですが……」
『嘘ね。恭様なら早織さんは呼び捨てで、私の事はフルネームで呼ぶはずよ。貴方は私を想花、早織さんをお袋と呼んだじゃない』
「そうだが、何か文句でもあんのか? 呼び方なんて人それぞれだし、そん時の気分によるだろ」
我ながら苦しい言い訳だと思う。微妙な年齢になって父親や母親の呼び方を変えるのとはわけが違う。俺は灰賀恭であって灰賀恭じゃない。俺はアイツの霊圧。何にしても面倒な事になりそうだ
『君は高校生でしょ~? 呼び方変えるような歳じゃないよね~?』
『恭様、呼び方はコロコロ変えるものじゃないのよ?』
ごもっとも。幼少期ならいざ知らず、高校生が呼び方をコロコロ変えてるのは変だ
「ぐうの音も出ないが、今明かすつもりはねぇから。凛空と凛久也の問題解決が先だ」
この二人に感づかれたのはめんどくせぇが、今はそれどころじゃない。問題解決が先だとは言ったが、この一件が終わっても話す気はない。それはこの二人も解かっているようで
『この問題が解決したらちゃんと話してよ?』
『絶対に話しなさい』
お袋と想花に圧をかけられる。だが……
「気が向いたらな」
俺は分かったとは言わなかった。承諾してしまうと話さなきゃならない。誤魔化せば話しても話さなくても済む。俺って天才か?
『『絶対!!』』
「気が向いたらだ」
俺は睨むお袋と想花を無視し、居間を出た
居間を出て玄関に来ると蒼と彼に支えられた凛空がいた。蒼の方はいつも通りだが、凛空の方はまだ若干涙目だ
「落ち着いたみてぇだな」
「はい。それよりそっちは大丈夫でしたか?」
「大丈夫……とは言い切れねぇけど、落ち着きはした。んな事より凛空はもう平気なのか? 落ち着きはしたようだけどよ」
「ええ。恭さんの事情全て話しましたから」
「そうか、それはなによ……り?」
コイツ、今何て言った? 俺の事情を全部話したっつったか?
「はい、そう言いました」
「俺まだ何も言ってねぇだろ」
「言ったじゃないですか。心の中で」
「人の心読むんじゃねぇよ。で? 何で話しちゃったの?」
科学技術が進歩を遂げた現代において幽霊や呪いといったオカルト話など荒唐無稽。ありもしない幻想話でしかない。俺自信が灰賀恭の霊圧そのものであり、お袋と想花が見えてるからこの家に幽霊がいると言われても信じる。だが、一般人はオカルト話を聞いたところで鼻で笑うだろう。蒼が凛空に俺の事情を全て話したという事はだ、当然、お袋と想花の事も話したと捉えられるわけだ。住まいが営業してないとはいえ、デパートのだって話すら信じられないというのに
「そりゃ、ボクの事は恭さんなしじゃ語れないからですけど?」
何言ってんだ? みたいな顔でこっち見んな。俺の方が何言ってっか分かんねぇから
「なしでも十分語れるだろうに……」
俺はビックリするくらい蒼の口が軽かった事実に眉間を抑える。アイツが口止めしてなかったとはいえ、おいそれと関係ない奴に人様の諸事情を話すなよな……
「語れませんよ。ボクにとって恭さんは必要不可欠ですから」
そう言った蒼は満面の笑みだった。必要不可欠と言われ、悪い気はしない。けどなぁ……包み隠さず事情を話されるのはプライバシーの観点から見るといただけないんだよなぁ……
「さいですか。はぁ……」
結局怒るに起これなくなった俺は溜息を吐くしかなかった
「さいですよ。それよりも落ち着いたなら早く居間へ行きましょう。凛空の義母さん達が心配ですし」
蒼に支えられ、涙目の凛空が無言で頷く。俺の事情を全て聞いたなら幽霊関連の話も知ってるだろうけど、聞くのと実際に遭遇したり見るのは違うから仕方ないと言えば仕方ない。つか、もうめんどくせぇ……
「俺は外で待ってる。後は勝手にやってくれ」
俺は凛空と蒼達の横を抜けた。抜けざまに凛空の肩へ触れ、蒼と同じ状態にして外へ出ようとしたのだが……
「見捨てるんですか? 恭さん」
外へ出ようとしたところで蒼のドスの聞いた声が響いた
「見捨てねぇよ。ついでに突き放してもいねぇ。ただ、無関係な人間がいるのは無粋かと思ってな。後は当人同士で勝手に話し合ってくれ。必要なら呼びつけてくれていいからよ」
俺は必要な用件だけ伝えて外へ出た
陽が落ち、辺りは薄暗い。もう秋だから日が短いが、こうして見ると本当に秋になりつつあるのだと嫌でも実感させられる
「ふぅ……終わった……」
一条家の塀に背を預け一息。途中で恭と入れ替わったとはいえ、一日が長かったような短かったような気がする。騒動に巻き込まれたから時間の経過が早いのか?
「よく心が擦り減らないよな……アイツはストレスを感じないのか?」
薄暗い空を見ながら俺はアイツ────灰賀恭の事を考えた。アイツは俺で俺はアイツだ。普段表に出ているアイツは予期せぬ形で騒動に巻き込まれる。その度に文句言いながらも困ってる人を助けてきた。飛鳥や高多さんがそうだ。俺はアイツの側でそれを見てきただけ……
「時として見捨てる事も必要なんだがな……」
困っている人間を見捨てられないのは灰賀恭のいいところであり、悪いところだ。しかし、アイツも人間。心が擦り減らないわけがない。飛鳥の一件、高多さんの一件、今回の一件は本来、大人が対応すべき問題。たかが高校生のアイツが出るべきものじゃなかった。全くどうして……
「周りにいる大人は情けないかねぇ……」
お袋も想花も琴音達も俺から言わせてみれば単なる情けない大人だ。立ち向かうべき事に立ち向かわず、アイツに任せてばかり。幽霊達は仕方ないとして、生者である琴音達は第三者視点から見るとものすごく情けない。高多さんは状況が悪化する前に引っ越せばよかったし、灰屋さんは被害が大きくなってるって分かった時点で警察に行けばよかった。霊圧の俺ですら簡単に行きつく答えに大人の彼女達が行きつかないとは情けないにも程がある
「戦う事から降りるような大人になりたくねぇなぁ……」
俺は空を見ながら周囲にいる大人達をディスり、時間を潰した。途中、凛空の悲鳴が聞こえたような気がするが……気のせいとしておこう
あの騒動から一週間が経過した。あの騒動を霊圧の俺が解決してくれた後、家に戻って入れ替わった時はそれはそれは大変だった。早織と神矢想花に質問攻めに遭うし、蒼にはガッツリ怒られたし……オマケに、零、闇華、琴音、藍、飛鳥、蒼、碧、センター長、由香といった同居メンバー古株陣に幽霊が見え、自分にだけ幽霊が見えないのは理不尽だと神矢想子が騒ぎ立てるし……そん時にひと悶着あったが……話すのが面倒だからまた今度だ。そうそう、悶着で思い出したが、琴音が俺達のスクーリング先にいた理由は曰く爺さんに管理人として来てくれと頼まれたとの事。俺達より先にいたのはヘリを使ったかららしい。さて、スクーリングが終わり、俺は平和な学校生活を……
「恭、寝てるなら案を出して」
送ってなかったんだなぁ。これが。九月も中盤。秋の訪れが一歩、また一歩と近づく教室で惰眠を貪っていたのだが、担任の藍に起されちまった
「案ねぇ……」
前方に視線をやると瀧口ともう実行委員女子がホワイトボードの前で苦笑い。高校初の文化祭でどんな出店を出すか、どんなステージをやるか現在進行形で話し合っている最中だ。だからこそ寝てたんだがな
「そう。何でもいいから」
「何でもいいって言われても……」
何でもいいが一番困る。例えば飯のメニュー。何が食いたいかと聞かれ、何でもいいと返って来たら作る方は何を作っていいか分からない。今の俺がそれ。この校舎は元はスーパーマーケットだった建物。広いは広いが、使える場所は限られている
「とりあえず案だけ出してよ。じゃないと決められないしさ」
「とは言われてもなぁ……」
既に出ている案はお化け屋敷とか焼きそば屋と当たり障りのないもの。俺的にはお化け屋敷だろうと焼きそば屋だろうとどっちでもいい。つか、文化祭自体に興味なし
「このままじゃ実行委員に持って行って被ったらまた決め直しなの。だからとりあえず案を出して」
案を出せと言われても……ぐうたらダメ人間の俺に何を求めているのやら……準備期間中ガッツリサボる予定だし。案……案ねぇ……お化け屋敷と焼きそば屋だろ……もうない……事もないか。ちょうど家にあるガラクタ処分したかったし
「え、えっと……リサイクルショップとか?」
「リサイクルショップね。分った」
藍が瀧口へ目をやると彼はホワイトボードにリサイクルショップと書き足した。今更だが、何で瀧口が書記をやってんだ? クラス委員だからか? まぁ、どうでもいいか
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