「マジか……」
外の状況を確認した俺は窓から離れ、ベッドに寝ころぶ。どうしてこうなった?なんてのは考えるだけ時間の無駄であり、考えるべきはこれからどうするかだ
『マジだね。人数やギャングかどうかは分からないけど、病院内に立てこもり犯がいるのは確かだと思う』
「これって訓練の一環だったりとかは……」
『しないだろうね~』
「だろうなぁ~」
訓練の一環だったら前もって患者に何等かの知らせがあるはずだ。それがないという事はいきなりやって来て病院内を占拠したと考えるのが妥当。不思議なのは何で俺の病室には誰一人として押しかけて来なかったのかだ
『それはそうときょうは運がよかったね~。立てこもりの人がここに来なかったんだからさ~』
「確かにな。逆に不思議ではあるけど、今は押しかけられなかった事を喜ぶか」
現在人質になっている方々には申し訳ないとは思いつつ、少しの間俺は押しかけられなかった喜びを噛み締める。問題はこれからどうするかだ
『だね~、押しかけられなかった理由やこれからどうするかは一端置いといて今は喜びを噛み締めよう~! ついでにお母さんとイチャつこうぜ~!』
お袋?一応、今は非常事態だって分かってるか?
「この非常事態に何言ってんだよ……。それにだ。いつまでも喜んでられないだろ?これからどうするか考えなきゃいけないんだからな」
そもそもが実の母親とイチャつこうだなんて思わない。母親からイチャイチャしようだなんて言われて喜ぶのはマザコンだけだ
『きょうのケチ! どうするか?なんて簡単なのに……』
「俺はマザコンじゃないんでね。それより、どうするかだなんて簡単だって言ったな。どういう意味だ?」
立てこもっている奴がどんな連中で何を考えてるか不明確なのに簡単にだと言われてもピンとこない
『どういう意味も何も立てこもっている人達に神矢想子にした事と同じ事をすれば簡単に制圧出来るし、きょうにはそれだけの力があるでしょ~?』
神矢想子にした事とは言うまでもなく霊圧を当てて動きを封じる事だ。そういやアイツはそうして黙らせたっけ……
「そういやそうだったな。飛鳥の方を優先させてて忘れてたわ」
『もう! きょうったら! 神矢想子にした事のついでにお母さんと感動の再会を果たしたのまで忘れようとするんだから!』
神矢想子の事を忘れてただけなのに何でお袋との再会すら忘れてる事になってんだよ……それと、お袋との再会は感動でもなんでもなかったぞ
「悪かった悪かった。神矢想子は取るに足らない存在だったしお袋との再会は思い出すと嬉しくて涙が止まらなくなりそうだから思い出さないようにしてたんだよ」
嘘を吐く時は本音を混ぜるとバレにくいと誰かが言っていた。それに倣って俺もそうしてみたが、果たして上手くいくのか?
『ふ、ふん! そ、そんな事言ってもゆ、許してなんかあげないよ~!』
お袋、口からは否定の言葉しか出てこないが、顔はニヤケてるぞ?
「はいはい、んじゃ、俺に恋人が出来てファーストキスを済ませたらセカンドキスくらいはやるよ」
『本当!? お母さんにキスしてくれるの!?』
「ああ、俺に恋人が出来てファーストキスを済ませたらな」
『約束だよ!? 別にきょうが幽体になってキスしてくれてもいいんだよ!?』
約束を取り付けるのと自分の願望を言うのどっちかにしろ
「幽体になってって件は考えておく。とりあえず予約は承った」
『うん!』
この後、お袋はいつもの倍テンションが高く、『えへへぇ~、きょうとのキス~』とか言ってはしゃいでいた。はしゃぐお袋を見て俺は小声で『その時になって覚えていればの話だけどな』と言ってみるも当の本人には全く聞こえてないようだ。聞かれてなくて助かったと言い換えるべきか
そんなこんなでそろそろ動かないと人質のメンタル的にも手術の進行的な意味でもヤバいと思った俺はベッドから起き上がった
「さてっと、歩けるかどうかは知らんけど行くか」
様子を見るために窓を覗いた時は立ち上がっただけだから歩かずに済んだが、今はそうもいかない。一週間も身体を動かしてない状態で不安ではあるものの、この事態がいつ終息するのかも分からない。とりあえず立てこもりを黙らせて警察に突き出してさっさと寝るとしよう
『おっ! ついに行くの?』
「ああ、いつまでもこの事態を放置しておくと終息がいつになるか分からないしな」
『それもそっか。さっき窓を確認したけど、未だに警察は突入出来ずにいるみたいだったし、それに野次馬が増えてきてたよ~』
「つー事は進展ないんだな……」
『まぁ、人質が一人や二人じゃないからね~、警察の方からするとやりづらいんでしょ』
本当に面倒な事になったモンだ。そう思いながら俺は立ち上がり、病室を出た。
「意外と歩けるもんだな……」
ケガが治り、目を覚まし、包帯や点滴が必要なくなったとはいえ、歩けるか?と訊かれれば話は別だ。昏睡期間が一週間だったとしても動かすとなると上手く動かせない場合もあるって話をチラホラ聞いた。出入口に向かって歩けたからそんな問題も杞憂に終わったけどな
『本当にね~、お母さんはてっきり歩けないと思ってたよ~』
「俺もだ。まさかこんな形でちゃんと歩けるって証明されるとは思わなかった」
『リハビリ必要ないんじゃない?』
「だな。この騒動が終わったら鉄仮面にリハビリなんていらねって言うか」
『それがいいね』
「その為にもとっとと立てこもり黙らせに行くか」
『そうだねぇ~。でも、立てこもり犯がどこにいるか知ってるの?きょう』
立てこもり犯がどこにいるのかを知ってるかって?ドラマで正面玄関に集められている描写がある。セオリーに従うならそこにいるだろ
「ドラマだと正面玄関に人質集めてギャーギャー騒いでるだろ。とりあえずそこに行けばいいと思っている」
『うわぁ……ベタだなぁ……』
お袋は俺の発言になのか、立てこもり犯の短絡的発想のどちらかにドン引きしている。自分で言っといてなんだが、本当に正面玄関で人質を取っていたらマジで引く
「ベタでも何でも行ってみる価値はあるだろ」
『そりゃそうだけど~』
「何はともあれ行ってみるしかない」
『きょうがそうしたいならお母さんは止めない。でも、その前に一ついい?』
「何だ?」
『ここ八階だよ?どうやって降りるの?』
「考えてなかった……」
自分がいる病室の階は来る時にチラっと見たから知ってる。通常であればエレベーターを使えば簡単に降りられるのだが、今は非常事態。エレベーターが動いていればいい方だ
『ダメ元でエレベーターに乗ってみる?』
「そうする」
零達なら考えなしの俺に説教の一つでもしてた場面なのにそれをしないお袋マジで女神。親子じゃなかったら迷わず告白して結婚だろう。なんてアホな事を考えながらお袋の指示に従い、エレベーター前までやって来た
『一応、動いてはいるみたいだね~』
「ああ。それにしても立てこもり犯は何で俺の病室には来なかったんだろうな」
ここに来る途中、誰にも会わなかったところを見ると立てこもり犯は八階にも来て患者とナースを全員一か所に集めたと見るのが自然だ。だが、俺の元へは来なかった。ここだけが引っ掛かる
『さぁ~?もしかしてきょうの病室だけ気が付かなかったとか?』
「そんなわけな────」
そんなわけないだろ。と言いかけたところで俺はそれ以上の言葉が出なかった。立てこもり犯が俺の病室に気が付かなかった。それよりも大事な事があったからだ
『どうしたの?』
「立てこもり犯が俺の病室に気が付かなかったのは置いといてだ、お袋、聞きたい事がある」
『何?』
「この病院が占拠されたであろう時に悲鳴のようなもの聞いたか?」
立てこもり犯ばかりに目がいって考えもしなかった。俺はナースや患者の悲鳴を聞いてない。気が付かなかっただけと言われればそれまでなんだけど
『言われてみれば……悲鳴の類は聞いてない』
悲鳴を上げさせないように人質を取るなんて方法はいくらでもあるだろうから考えても無駄なのは理解している。これは単なる俺の好奇心だ
「悲鳴を上げさせずに人質を取る方法なんていくらでもあるだろうから特に気にする必要なんてないかもだけどよ、何か今回の騒動は不可解な事多くね?俺の病室を見落としたりとかな」
『うん、もしかしたら忘れているだけかもしれないけど、本当にそうなのかな?って気がしてきた』
「俺もだ」
俺は思考を一度停止させ、ダメ元で一階へ向かうべくエレベーターのボタンを押してみた。すると……
「…………」
『……………来ちゃったね』
チーンという音と共にエレベーターの扉が開いた。
「えーっと、今回の立てこもり犯ってもしかしなくても……」
『間抜け……かもね』
エレベーターが来た時点で俺はさっきまでの考えを捨て、新たに立てこもり犯間抜け説を立てた。多分だけど音もなく人質を取れたのは銃か何かを見せ、とりあえず黙らせて画用紙に書いた文字で従わせたと考えれば辻褄は通るだろう。
「人質がいなかったらこんな間抜けな立てこもり犯あっという間に捕まるだろうな……」
『お母さんもそう思う』
「まぁ……何だ?ひとまず一階に行ってみるか」
『そうだね……』
別にスリルを求めてはいないものの、さすがに高校生の俺ですら考えつくような単調な手段を取った立てこもり犯に飽きれつつ、俺はエレベーターに乗り込み、一階へと向かった
一階に到着。エレベーターを降りて玄関周辺に来た俺の目に飛び込んできたのは怯える人質と猟銃か何かを持った覆面集団の姿だ。間抜けなクセに顔はしっかり隠すのな
「えーっと、どうやって出て行ったものか……」
『どうやってって、犯人達に霊圧を当てながら普通に出て行けばいいと思うよ?もしかしてきょうヒーローになりたかったの?だったら大丈夫! お母さんの中ではいつでもヒーローだから!』
ドヤ顔で何を言ってるんだ我が母親は。つか、ヒーローになりたいなんて一言も言った覚えないからな?
「そうかい。とりあえず犯人の注目を俺に集中させてから一気に霊圧当てようかと思っただけだ。別にヒーローになりたいとかは思ってないぞ」
『そうなの?』
「ああ。ほら、悪あがきされたりとかしたら面倒だろ?」
『確かに……じゃあ、とりあえず起き上がるのに困難な量の霊圧当てながらカッコよく登場してみる?』
「登場の仕方はともかく、それでいくか」
俺はカッコいい部類の人間じゃないからカッコよく登場は無理だ。起き上がるに困難な量の霊圧は当てられたとしてもな
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