「あ、茜さん、零ちゃん達は悪い子じゃないから恭クンの切り札について聞かなくてもいいんじゃないんですか?」
俺が切り札についてどう説明しようかと迷っている事を察したのか飛鳥がやんわりと茜を止めてくれた。同じものを持つ者として自分も同じ立場になったらと考えての行動なのかもしれない
「飛鳥ちゃんは黙ってて。今は私がグレーと話してるんだから」
飛鳥が止めるのをお構いなしと言った感じで茜は俺を不安そうな目で見る。彼女が何の意図があって切り札について知りたいのかは分からない。でも、不特定多数の前に出る機会が多い茜にお袋の事や霊圧の事を知られるわけにはいかない。盃屋さんの前で使った事あるだろ?って?アレはノーカンだ
「で、でも……」
「いいから、黙ってて。私はグレーに質問してるんだから」
茜の有無を言わさない態度に飛鳥は押し黙ってしまう。俺も俺で切り札についてどう説明したものかと戸惑う中、お袋は……
『きょう、言いたくないなら茜ちゃんの意識を昏倒させちゃえば?』
などと若干物騒な事を言っていた。お袋の言うように最終的にはそうする事も念頭にはある。でも、一つ訂正しよう。言いたくない事ではなくて言いづらい事だ
『どっちでも同じでしょ~?』
確かにお袋の言うように霊圧云々の話は俺にとって言いたくない事であり、言いづらい事。同じだと言われてしまえばそれまでなのは認める。
「詳しくって言われてもなぁ……、切り札は切り札でそれ以下でも以上でもない」
「私はその切り札が何なの?って聞いてるの!」
「何なのって……俺が握っている零達の飛鳥にも茜にも言えない秘密だ」
普段同じ部屋で寝食を共にしているから零達が飛鳥にも茜にも言えないような秘密を作れる機会なんてほとんど存在しない。まぁ、それは俺もなんだけど
「秘密って……、あの零ちゃんって子達どんだけ変態なの!?」
うん、何で飛鳥にも茜にも言えない秘密=変態って構図が出来上がったんだ?茜の考えはよく解からない
「へ、変態って……、何でそんな方程式になるんだよ……」
「だ、だって! 人に言えないような秘密ってアレでしょ!? 零ちゃんって子達が夜な夜なグレーのパンツをクンカクンカしたり、寝ているグレーの顔をヨダレ塗れにしたりとかそういうものでしょ!?」
確かに茜が言うように零達が夜な夜な俺のパンツをクンカクンカしてたら変態だ。零達には悪いが、茜を誤魔化すためだ。ここはそういう事にしておくか
「た、確かに、零達にはそんな気があるけどよ……」
実際はどうか知らんけど、これ以上切り札について言及されても困るのでこの場はそういう事にしておいた。ゴメンよ、零達。これは仕方なかったんだ、お前達がしょうもないドッキリを仕掛けようと企まなきゃ俺だって……
「でしょ!? だからさ、グレー」
「んだよ?」
「この旅行が終わったら私の家に住まない?」
「はい?茜、何を言って─────」
いるんだ?と言おうとしたところで肩を掴まれ、そちらを向くと……
「私から離れようとするだなんて許さないよ?恭クン」
光のない目で微笑む飛鳥がいた
「離れるも何も俺は住むって一言も言ってないぞ?」
今朝の話を考慮すると茜の家に俺が住む確率よりも茜が俺の家に住む確率の方が高く、飛鳥から俺が離れる可能性は低い。
「その言葉、信じるよ?恭クン」
「あ、ああ」
今更どうしてこうなった?と考えるのは時間と労力の無駄だから考えない。言える事があるとしたら飛鳥、零、闇華、東城先生は人が離れていく事を極端に嫌う。彼女達がこれまで積み重ねた事がそうさせているのか、それとも、単なるトラウマか、それは分からない
「グレーは私と一緒に住むの嫌なの?」
飛鳥を納得させ、一段落。とはいかず、今度は茜が飛鳥と同じ目、同じ表情を浮かべこちらを見ていた
「茜と一緒に住むのが嫌だとは言ってないだろ。ただ、あの話を聞いてると俺が茜の家に住む確率よりも茜が俺の家に住む確率の方が高いなぁとは思うけどな」
盃屋さんの時もそうだったように茜のストーカーも一度痛い目に遭えばソイツは懲りるだろう。しかし、ストーカーが複数いたとしたらどうだ?痛い目を見た一人は懲りるだろうけど、他の奴は全く懲りない。懲りるどころかエスカレートする事だってある。そう考えると被害者女性にとって俺の家は鉄壁の城塞だと思う。
「そ、そっか……」
顔を赤らめ俯く今の茜は人気声優というより普通の女の子だ
「ああ。それより、早いとここのしょうもないドッキリを終わらせるとするか」
飛鳥とこれからも一緒に生活する未来、茜が家に入居し、新たな生活が始まる未来。どちらも悪くはない。それを実現させるにはまず、現状のしょうもないドッキリを早く片付けなきゃならない。全く、旅行くらい普通に楽しみたかったぞ……
「そ、そうだね、グレーと同棲する未来の為にも早くこのイベントを終わらせないとね」
「だ、だね、私と恭クンの幸せな生活の為にも早くこのドッキリに決着をつけなきゃね!」
茜と飛鳥の言ってる事は半分、妄想なのだが、それを指摘する余裕など今の俺にはなく、一言そうだなと返した。この後の流れはシンプルでホテル内を徘徊している連中全員に俺は昨日飯を食った大ホールにいる。ビビった顔を見たい奴は来いと一言言い、連中が大ホールに行ったのタイミングを見計らって部屋を出た。出たのはいいんだけど……
「何で飛鳥と茜まで一緒にいるんだよ?」
なぜか飛鳥と茜まで付いて来た。しかも、ちゃっかり二人共俺の腕に抱き着いてるし……
「何でって、私と恭クンの仲を零ちゃん達に見せつける為に決まってるじゃん」
「私は真央っちを煽る為。それと、グレーと一秒でも一緒にいる為」
言葉は違えど二人共言ってる事は同じ。俺としては付いてくる分には構わず、言う事など特にない。問題は零達の方だ
「付いてくる分には構わないけどよ、くれぐれも下手な刺激を与えないでくれよな……」
「「分かった!!」」
抱き着いてる時点で何も分かってないんだよなぁ……。こんなところをお袋が見たら何て言うか……
『んふふ~、お母さんはきょうの頭も~らい!』
文句の一つでも言ってくると思われたお袋はちょうど俺の頭を自身の胸に当てる形で抱きしめていた
「突っ込むのもめんどくせぇ……」
本人達が幸せならそれでいいか。俺は自分にそう言い聞かせながらエレベーター前に向かい、そのままエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押した
一階へ着き、エレベーターを降りると辺りはシンと静まり返っていて人っ子一人いなかった。大きなリゾートホテルに客どころか従業員の影すらない。これほど薄気味悪い状況もない。それよりも……
「このまま行くのかよ……」
エレベーターに乗った時……いや、部屋を出た時からそうだったから今更感はあるものの、本人達が幸せならそれでいいかと放置してきたけど、言わせてくれ。この状態で徘徊者達が待つ大ホールへ行くのはさすがにキツイ。主に諸々が終わった後
「当たり前だよ! グレー!」
「茜さんの言う通りだよ! 恭クン! それとも、私達が抱き着いてたら恭クンには何か都合の悪い事があるのかな?」
「俺にとって都合の悪い事なんてないけどよ、茜はヤバいんじゃないのか?いくら同じ事務所の人間しかいないとはいえ、人気女性声優が男子高校生とはいえ特定の男性に抱き着いてるのはよ」
ただでさえ声優の顔出しが多くなり、SNSと言った誰でも気軽に有名人と繋がるチャンスが増えているこのご時世に人気女性声優が男子高校生のクソガキとはいえ特定の男性に抱き着いているだなんて広められたら人気が落ちるという事はなくとも炎上しかねない
「大丈夫だよ。事務所の同期や共演者達は当然、ラジオでも時々言ってるから」
「何て?」
「私には養成所時代から好きな人がいるって」
あ、それなら平気か。過激ファン達は自分の好きな声優の交際が不意打ちという形で明るみに出ると何をするか分からんけど、前々から好きな人がいると公言してれば交際が発覚しても大したダメージはない
「さいですか……」
茜がどこまで本気かは分からない。俺は茜から告白はされた。だけど、それがどこまで本気なのか……。
「うん! あっ、でも、ゲームで知り合った人とかは言ってないから安心して!」
当たり前だ。茜のやってるネトゲの数なんて知ったこっちゃないが、俺のプレイヤーネームとゲーム名を出してみろ、すぐに茜目当てで俺と同じアカウント名にし、接触を図るアホが大量に湧く。挙句の果てには同じプレイヤーネーム同士で争いになるという意味不明な状況が出来上がる
「当たり前だ。茜のプレイしてるネトゲの数は知らんけど、スペースウォーやってますとか公言し、俺のプレイヤーネームをバラした暁にはそこら中偽物だらけになるカオスな未来しか目に見えない」
もっと言うなら茜のプレイヤーネームを言ってみろ。俺と同じプレイヤーネームだったらワンチャンあるんじゃね?と考えたアホ共から大量にフレンド申請が来る
「にゃはは、大丈夫大丈夫! 私、表じゃ趣味は料理と食べ歩きって事にしてるから!」
「なら平気だな」
「うん!」
料理と食べ歩きなら誰もネトゲが趣味とは思わない。思ったとしてもそれは自身が声を当てているゲームをプレイしてるとかそういった半分仕事みたいなそれで実際は宇宙を舞台にしたゲームをやっていると考える奴は少ないだろうしな
「恭クン! 茜さんとばかりじゃなくて私とも話してよ!」
さっきからほったらかしにしていた飛鳥の抱き着く力が強くなり、さっきから俺の腕を伝う柔らかな感触がより強くなる
「ほったらかしにして悪かったよ」
抱き着かれているため、頭を撫でたりとか出来ず、とりあえず謝る。つか、飛鳥も茜も立派な胸を持っているのだが、慣れとは恐ろしいもので、両腕に豊満な胸の感触が伝わって来てもドキドキする事なんてなく、だからと言って抱き着かれて当たり前だとも思わないんだけど、何て言うか……抱き着かれたところでまたかって感じ?
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