「一日短くね?」
休憩を終えた俺達は旅館を出て真央の仕事場に同行。ラジオの収録といってもほんの一時間程度で終了。今から戻るのだが、空を見上げると真っ赤に染まっていた。作業をしていると時間の経過が遅く感じてしまうが、何もしてないに近い状態だと時間の流れが速く感じる
「それはグレーが何もしてないからでしょ? 私も強く言えた立場じゃないけど、仕事をしていると一日一日が長く感じるよ」
「そうでござる! 恭殿は何もしてござらぬから一日が短く感じるのでござる!」
二人の仰る通り。ぐうの音も出ない
「正論過ぎて何も言えねぇ……」
社会人だけあって今の二人に逆らえる気がしない。学生の俺と社会人の二人じゃ勝負をする前に決着がついてしまう。勝負したつもりなどサラサラないがな。
「私と真央はこれでも社会人だからね!」
「高校生の恭殿には負けないのでござる!」
「はいはい」
そう言って声優二人は俺の左右に回ると腕を絡めてきた。もう好きにしてくれ。人生経験じゃ年上連中には敵わん
両手に華状態で旅館に戻ると俺達は受付で鍵を受け取って部屋に戻り……もう語るまい。休憩で戻った時と同じだ。俺が適当な場所に腰を下ろし、声優二人が左右を陣取る。ここへ来てからこれが一連の流れ。早織と神矢想花も同じ。何が一番恐ろしいってこの状況をすんなりと受け入れてる俺だ
「全く……」
俺の腕をきつく抱きしめる声優二人と火でも起こせるのんじゃないかってくらい胸板に頬ずりをする幽霊二人。人間どう転んだら四人の異性────それも年上が頭おかしくなりそうなくらい甘えてくるという状況を作り出せるのやら……不思議で堪らない。多分、デパートの空き店舗で一人暮らししてなし崩し的に家なき子や事情を抱えた連中を拾うとこうなるんだろうなぁ……俺は呆れながらも彼女達が満足するまで成すがままだった
「満足したか?」
あれから何時間経ったかは分からんが、時計に目をやると十九時を回っていた。さすがに腹が減ったという事で声優二人は自分から離れ、幽霊二人は────嫌いになるぞと脅して強引に引きはがした。おかげで腕の感覚ねぇよ
「うん!」
「うむ!」
『大満足だよ!』
『これからも甘えさせなさい』
女性陣が満足してくれたようで何より。できれば少し甘える度合いを抑えてほしいものだが……俺の周りに集まる女性陣って加減を知らないからなぁ……無理っぽいなぁ……はぁ……
「はいはい……俺でよければいつでも甘えてくれ」
茜達は加減という言葉を知らないと分かっている俺は彼女達を受け入れるしかなかった。拒否したつもりは全くないのだが、断ると後が面倒というか、絶対にヤンデレ発動するから断らないんだけどな。断る理由もねぇし
「うん! 遠慮なく甘えるね! グレー!」
「さすが恭殿!」
『お母さんはきょうみたいな息子が持てて鼻が高いよ~』
『恭様はいいって言ってくれるって信じてたわ』
信頼度高くね? いや違うか。俺がめんどくさがり屋だって知ってるから拒否しないって最初から分かってたんだ。甘えていいって言った途端に笑みを浮かべるとは……ヤンデレって案外単純なんだな
「独りで辛い、甘えたいって言ってる奴を俺は拒否したりなんかしねぇよ。例外はあるけどな」
俺は他人を必要とした事などある一回を除いてない。だから、独りぼっちが辛いってのは分かんねぇ。甘えたいって気持ちも同じだ。しかし、どっちも誰でもいいから側にいてほしい、必要としてくれる人がほしいっていう承認欲求なんだと思う
「例外があるでござるか? 恭殿?」
「当たり前だ。俺は聖人君主じゃねぇ。来るもの拒まずの俺にだって拒否する対象ってのはあるんだよ」
「ふーん、グレーにしては珍しいね」
「珍しくねぇよ。俺にも甘えられて嫌だと思う相手くらいいる」
基本的に来るものは拒まない俺だが、コイツに甘えられるのは無理だって相手くらいいる。茜や真央、早織や神矢想花に教えてやるつもりはねぇけどな
『きょうが人を拒む姿なんてお母さん想像できないなぁ~』
『恭様は誰でも助けてくれると思っていたのだけど?』
「買い被り過ぎだ。俺は神様でもなきゃスーパーヒーローでもねぇ。助けたくない相手だっているさ」
俺にだってできる事とできない事があるし、助けたくないと思う相手だっている。今までは拒否する理由がなかったから文句垂れながらも騒動に立ち向かってきたってだけで
「意外でござる……恭殿にも嫌だと思う人がいるだなんて……」
「私も思った。グレーなら何だかんだ言って目の前で困ってる人全員助けるものだとばかり思ってたんだけど……」
目を丸くして俺を見る茜と真央。いやいや、俺にだって助けたくないと思う相手はいるし、心の底から拒否する相手だっているんですよ?
『由香ちゃん達の時は本気で拒否してなかったきょうにも助けたくない人がいるんだね』
『かなり意外だわ』
コイツらの中で俺はどんな存在なんだよ……俺が人を拒む姿が想像できないってか?
「俺にだって嫌だと思う人間くらいいるっての。それより、腹減ったんだが……」
「わ、私も……」
「せ、拙者もでござる……」
満場一致で俺達は受付へ電話を掛けた。夕食のメニューは俺が和食、茜が洋食、真央が中華と見事に分かれたが、この旅館のスゴイところは結構融通が利くもので和洋中とジャンルがバラけてもちゃんと料理を用意してくれるってところだ。ついでに言うと食堂で食うか部屋で食うかの選択も可能。前回は食堂に行ったが、今回は部屋で食う事にした。動くの面倒だしな
夕食が終わり、腹が膨れたところで────
「ぐ、グレー……恥ずかしいんだけど……」
「きょ、恭殿? 拙者達を求めてくれるのは嬉しいのでござるが、さすがにこれは……ど、ドキドキするでござる……」
三人で川の字になって寝ている。彼女達の顔が赤いのは俺の抱き枕になっているからだ。夕食後すぐに甘えたいから川の字になって寝ようと提案し、彼女達が寝そべって油断したところで俺が思い切り二人を抱きしめた。最初は驚いたような顔してたが、次第に顔を真っ赤にし、今に至る
「うっせぇよ。人に散々甘えといて自分がされたら恥ずかしいだなんて道理が通るか。大人しくしろ」
そう言って俺は二人を抱きしめる力を強める。自分が攻める時は積極的なのに自分が攻められたら途端に恥ずかしがるとは……面白い事を知ったな
「う、うん……」
「せ、拙者達を抱きしめる事で恭殿が満足してくださるのなら我慢するでござる……」
恥ずかしそうに答える茜と真央は普段とは違う可愛さを醸し出している。まぁ二人共いつもは可愛いってより美しいって言った方が合っているのだが、甘える時は可愛い。例えるなら猫だな。んで、今はそうだな……子猫と言ったところだ
『きょ~う~』
『茜さんと真央さんだけ抱きしめてズルいわよ』
「うるせぇ。早織も想花も後でしてやる。二人は黙って俺の側にいろ。お前らは無条件で俺にとってかけがえのない存在なんだからよ」
ジト目で見下ろしてくる幽霊二人に対し、我ながらクサい台詞を吐いたと思う。これで堕ちる女は単純だ。俺が女ならくっせぇ台詞だなぁくらいにしか思わんのだが……
『きょう……』
『恭様……』
どうやら幽霊二人は単純だったようだ。くっさい台詞だっつーのに茜達と同じく顔を真っ赤にしてやがる
「ったく、単純すぎるだろ」
俺は抱きしめてる茜と真央の頭を撫でながらそっと呟いた。単純すぎてものも言えん
翌日。俺は昨日と同じく茜達より先に目を覚まし、彼女達の寝顔を眺めるのだが……
『きょう~、零ちゃん達がこっちに向かってるみたいだよ~』
『後数分後くらいには着くわよ?』
突然の凶報に俺の思考は停止した
「マジで?」
『うん、マジ~』
『零さん達────正確には零さんと闇華さんだけれど』
零と闇華かぁ……あの二人がこちらに向かっているのか……
「嘘だろ……」
零と闇華なら頼めば黙っててくれるだろうが、二人共帰れと言ったところで大人しく帰るタイプではない。むしろ事情を聞いた上で自分達もと言い出しそうだ
『お母さんきょうに嘘吐かないよ~』
『嘘だと思うのなら自分で霊圧を探ってごらんなさい』
早織達に言われた通り俺は霊圧を探る。すると────
「マジかよ……」
零と闇華の霊圧が徐々に近づいてるのを察知。幽霊二人が言ってる事は本当のようだ
『だから言ったでしょ~?』
『少しは信用しなさい。私達は恭様に嘘なんて吐かないわ』
「へいへい、悪かったよ。にしても……どうしたもんかなぁ……」
力をひけらかすわけじゃないが、霊圧を当てればどんな屈強な奴も一発でノックダウン。警察官が何人集まろうと無駄なのだ。あの二人が今どのような状態かは知らんが、暴走でもされてみろ。確実に事後処理が大変なレベルの面倒事が起こる
『零ちゃん達だけだったらこっち側に引きずり込んじゃえば?』
『その方がいいわよ? 恭二郎さんだったらダメとは言わないでしょうし』
「それしかないよなぁ……」
零達を受け入れるのはいいんだが……仕方ねぇ……
「爺さんに罪を擦り付けっか」
学校祭の準備をサボったのは俺だが、旅館を提供してきたのは爺さん。場所を特定されたくないと言ったのも爺さん。罪を被せるくらい許されるだろ。俺は茜達の寝顔を見ながら零達の到着を待った
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