「ま、待て! 恭!」
ロケットを開け、中にはお袋の写真が収められていた。それだけでロケットはお袋の物だというのは明白だ。なのに未だに意を唱えようとする親父は何なんだ?
「何だよ? ロケットの中からお袋の写真が出てきたこの状況でまだ何か言いたい事でもあんのか?」
親父の言いたい事が現実逃避の類なら見苦しい。男女問わず大人の現実逃避は見苦しいものがある。人間誰しも目を背けたくなる現実はあるから口に出して咎める事はしないが
「そ、そのロケットは母さんが生前由香ちゃんにあげた物かもしれないじゃないか!」
親父の言い分は見苦しいを通り越して哀れだ。ま、仕事仕事で家にいる事が少なかった親父ならではの見苦しい抵抗と捉えておくか
「ほう、お袋は病気が見つかってからは病院に行く時以外はほとんど家から出ない生活を送っていた。んで、当時ソイツとソイツの彼氏を始めとするバカ連中にイジメられてた俺は家に呼べる友達なんて全くいなかった。そんな状況でお袋がどうやってソイツに物を渡せるって言うんだ?」
俺が引きこもりになった原因は人間関係が面倒になったから。でも、学校に行かなくなったのはお袋の看病をするため。中学生だった俺はクラスの連中自体どうでもよかったから登校しようがしてなかろうがどうでもよかったんだけどな
「母さんの具合ってそんなに悪かったのか……?」
親父が知らなかったのも無理はない。仕事仕事で家庭を顧みなかった的な事を言ったが、あの頃は親父の担当した患者の中にドクターストップが掛かってるのに無茶をしようとしたバカがいて日々精神をすり減らしていた。それを俺は恨んだ事なんてない。もちろん、お袋も
「ああ。必要な時以外は家にいろと言われてた。俺は実際にお袋の通院に付き添ってたが、家から病院までの道でソイツに会った事もなければ話も聞いた事すらない。さっき親父が言ってたお袋が生前にロケットを渡しただなんてあり得ないんだよ」
死ぬ少し前は入院してたからもしかするとその時にって事も考えられなくはない。普通ならな。毎日病院に通い詰めていた俺が見た事も話を聞いた事もないから生前に会ってすらいないのは確実だ
「由香……」
自分の娘をただ見つめる女性。母親である彼女は何を思い、この一件が片付いたら何を伝えるのだろう?
「こ、これは彼氏から貰った初めてのプレゼントなの……確かに灰賀がこれを付けて街を歩いてるとこ見て灰賀からこれを奪っちゃおうってみんなで話したし、奪っちゃったのも悪いと思う……で、でもっ……これは彼から初めて貰った大切なプレゼントなの」
人から強奪した物を彼から貰った初めてのプレゼント?それが大切?怒りを通り越して呆れる……元々コイツには同情するつもりは微塵もないから別にいいんだけどよ
「そうか。それを聞いて安心した」
コイツがペンダントを奪う計画を立てたという話を聞いて安心した俺はゆっくりと近づいた。
「わ、悪かったとは思ってる! だから殴らないで!!」
盗人は近づいた俺に懇願する。殴る? 殴りはしない。それじゃさっきと同じだからな
「殴りはしねーよ」
「よ、よかっ──────!?」
よかったと言い終える前に俺は顔面を思いっきり蹴った。盗人は殴った時とは違い、言葉を発する間もなく吹っ飛ぶ
「殴りはしねーよ。蹴りはしたけどな」
言葉というものは面白い。『殴らない』と言ったからには殴っちゃいけないという戒めのようなものがあるが、だからと言って蹴っちゃいけないという事にはならないんだから
「きょ、恭!!」
「いくら何でも酷すぎるわ!! 女の子の顔を蹴るだなんて!!」
吹っ飛んだ盗人に駆け寄り俺を非難する親父達の姿は些か滑稽に見える。誰が蹴らないって言った?
「殴らないとは言ったが、蹴らないとは一言も言ってない。ソイツだって殴らないでとは言ったが蹴らないでとは言ってないだろ?」
蹴られたせいで鼻血をダラダラと垂らしながら俺を見る盗人の目には涙が浮かんでいる。お袋の写真が出てきた時点で大人しくペンダントを返しておけばこんな目に遭わなくて済んだのに
「屁理屈を言うな!! 恭!!」
「屁理屈? 確かに俺の言ってる事は屁理屈だな。だがな、証拠が出てきた時点でペンダントを返さなかった奴が悪い。いや、それ以前に人の物を盗んだのが悪いのか……」
好きな奴から貰った物なら金額関係なく嬉しいとは良く言ったものだ。彼氏からの初プレゼントだったら奪った物でも嬉しいと思えるんだからな
「だからと言って女の子の顔を蹴っていいという事にはならないでしょ!!」
「俺に綺麗事言う前に自分の娘にいくら欲しい物でも人の物を奪ったら泥棒だって教えるのが先だろ? どこぞの携帯モンスターゲームでも言ってただろ? 人の物を取ったら泥棒だって」
例えで出した携帯モンスターゲームは子供向けのものだ。子供向けゲームでさえ人の物を取ったら泥棒だとちゃんと注意する。だというのにこの女性は自分の娘に当たり前の事を教えてないんだから世も末だ
「そ、それは……そうだけれど……」
「だろ? まぁいいや……」
ここからの俺は客観的に見たら鬼か悪魔に見えたと思う。まず、上手く喋れない盗人を徹底的に痛めつけた。途中、親父と女性が止めに入って来たが、腹に一発ずつ食らわして沈めた。で、盗人の方が動かなくなったところで首からペンダントを外した。ペンダントを外された盗人が必死に『彼から貰った初めてのプレゼントなの!!』と言ってしがみついて来たが、知った事ではない
一連の作業が終わり現在リビング内には悲痛な表情の親父と女性。泣きじゃくる盗人がいた
「さて、奪われた物も返してもらったし後は……俺とお袋のアルバムをどうするかだな」
親父達を無視し、今もなお家にある俺の私物とこれから邪魔にしかならないであろうお袋の私物をどうするか考える。
「今日持って帰れる範囲で持って帰って……残りは学校がない日にでも取りに来るか」
ペンダントをズボンのポケットに入れ、無言の親父達を放置し、リビングを出てかつての自室に向かう。俺が出て行ってから何もしてなければ私物が多少残っているはずだ
「捨てられてなきゃいいんだがなぁ……」
あのアホ母娘がいつから家にいるかは知らない。知ったところで俺にはどうでもいい。重要なのは俺の私物が捨てられてないか否かだけだ
「とりあえず回収できる分だけ回収しとくか」
親父が俺の私物を捨てるとは思えない。女性と盗人の方は……どうなんだろうか? 考えるだけ無駄だと結論付けた俺は自室のドアを開けた。
「マジかよ……」
開けた先は俺の自室だった頃とは違い、いかにも女の子らしい部屋になっていた。言われなくてもこの部屋は盗人の部屋だという事が解る
「何の皮肉だよ……」
自分の部屋がどう変わっていようと構わない。女の子らしい部屋になっていても同じだ。皮肉な事に盗人の部屋になっていた事に対しては言葉を失ったが
「ま、いっか。とりあえず俺の物さえ回収できれば」
俺は部屋を一通り見回した後、クローゼットの方へ行き、扉を開けた。
「弄って無ければここにアルバムがあるはずなんだけど……」
親父達が弄ってなければアルバムが仕舞ってあるはずだと思い、開けてはみた。実際はそんなのどこにもなく、目の前には小さめのタンスがあるだけだった。
「親父のヤツ……俺のアルバム捨ててねーだろうな……」
もしも親父がアルバムを捨ててたら痛めつけよう。親だろって?そんなの関係あるか
「とりあえずリビングに戻るか」
アルバムを見つけられなかった俺は部屋から出て一度リビングへ戻る事にした。戻ったら怒鳴られるだろうなんてのは予想済みだ。俺の親父はいつから話が通じない人間になったかなぁ?と思ってはみるものの、義理とはいえ娘が出来たという目先の状況を喜んでいるのかと思えば腹も立たない
「恭……よく平気な顔で戻ってこれたものだな」
リビングに戻った俺に親父から浴びせられたのは怒声ではなく、嫌味とも似た言葉だった
「ああ、探し物が見つからなかったからな。場所を聞こうと思って戻って来たんだ」
苦々しい表情の親父を余所に視線を義母(予定)の方へ移すと鼻からの出血が収まった様子の娘に寄り添っている。盗人の方は泣きじゃくっており、時折『ごめんなさい……』と言っているが俺には全く関係のない事だ
「そうか……それより、由香ちゃんに……義姉さんに言う事があるだろ?」
盗人に言う事か……そうだな、あるっちゃあるな
「俺のアルバムをどこにやった? ついでに何で俺の部屋を使ってるかも聞かせてもらおうか?」
「違うだろ!! 謝れと言っているんだ!!」
「謝れ? 一体何に謝れと? 大切な物を取り戻してごめんなさいとでも言えばいいのか? なぁ? 親父?」
過去の話なんてしてもしょうがない。イジメられたのだってもしかしたら俺に原因があるのかもしれない。だとしても他人の物を奪ってもいいという理由にはならない
「一方的に殴る蹴るした事を謝れって言ってるんだ!!」
あ、そっちか
「はぁ……義理とはいえ娘が出来たのが嬉しいのは解るが、その娘が過去の事とはいえ悪い事をした。それを叱る事をせず、今の俺がした事を叱りつける……そんなんで俺の父親面してんじゃねーぞ? あ?」
過去の話をしてもしょうがないとさっき言ったが、それは相手が自分のした事を反省した場合のみだ。反省すらしてない奴に言う謝罪の言葉なんて俺は持ち合わせていない
「そんなのどうでもいいだろ!! 俺は今の話をしてるんだ!! 父親として息子であるお前がした事を許すわけにはいかない!!」
ラノベの主人公ならこの言葉を聞いてキレるキャラがいるかもしれないな……
「父親として……ねぇ……」
「そうだ」
「はぁ……さっきも言っただろ? 義理のだとしても自分の娘が過去にした事でもちゃんと叱れってよ。解ってないようだから言うけど、アンタの娘がさせた事っつーのは窃盗行為なの。解るか?」
なんて言っても娘命状態の親父に理解なんて出来るわけがないのは知ってる
「…………そんな事言ったら恭のした事はただの暴行だろ!」
「そうだけど? それが? サンドバッグを殴る蹴るして何が悪い?」
うん、自分で言っといてアレだけど、スッゲー屁理屈!
「由香ちゃんはサンドバッグじゃない!! 人間だ!!」
熱血バトルマンガに出てくるような台詞を吐く親父。マジもんのバカだ
「アンタがそう言うならそうなんだろ。俺にとっては違うけどな」
俺にとってはタダのサンドバッグ。殴る蹴る以外の需要が全く持って見つからない
「恭!!」
娘のした事は無視するクセして息子のした事は咎める。普通なら理不尽だと怒りをブチまけるところだ。生憎俺は飽きてきて怒りは全くない
「はぁ……」
「何溜息吐いてるんだ!! 俺は真剣に話しているんだぞ!!」
真剣に話しているからこそバカバカしくて溜息しか出てこないんだよ。そろそろこの戯言にも飽きてきたし……適当に痛めつけて帰るか
「アンタ等の戯言にも飽きてきたんだよ。俺にしてるように娘も叱ったらどうなんだと言い続けてもやろうとしない。とんだ娘命だな。まぁ、二度と逆らえないようにすっからいいんだけどよ」
俺は親父にゆっくりと歩み寄る
「な、何をするつもりだ!? 俺はお前の親なんだぞ!!」
「一方のした悪い事を叱りもしない奴なんて俺の親じゃねーから」
俺は親父の頭を掴み、テーブルに叩きつけた。そして、それを見ていた義母の髪を掴み、親父にした時と同じ要領で壁に頭を叩きつけ、最後に盗人は隅っこでガタガタ震えてたから適当に殴る蹴るして終了。全てが終わり、リビングを出ようとした時だった
「きょ、恭……」
親父がよろけながら立ち上がり、こちらへ
「あ? 何だよ? まだ娘に謝れとか言うのか?」
「ち、違う……お、お前にこ、これを……」
親父が懐から取り出したのは二通の封筒。封筒にはそれぞれ『灰賀へ』『恭君へ』と書いてあり、書いた人物と中身の検討は大体ついた
「これは?」
「お、お前の……義母さんと義姉さんが書いた手紙だ……」
思った通り封筒の中身は手紙で書いた人物はアホ母娘
「そうか。これをどうしろと? 捨てていいなら捨てとくぞ?」
「ど、どこででもいい! か、必ず……必ず読んでくれ!!」
立つ事がままならず俺の足にしがみついて懇願する親父。そこまでされたら……別に読まなくてもいいか
「気が向いたらな。そんなくだらない事より、俺のアルバムが仕舞ってある場所はどこだ? 教えてくれたら手紙の事は考えてやる」
「し、寝室のく、クローゼットの中だ……」
「寝室のクローゼットか……道理で見つからないわけだ」
足にしがみつく親父を引きはがし、寝室へ向かい、クローゼットを開ける。すると……
「あった」
中から二冊のアルバムと昔俺が使っていた大き目のスポーツバッグが出てきた。
「これに入れて持ち帰るか」
アルバムをスポーツバッグに入れ、寝室を出た俺は玄関を目指す前にリビングへ
リビングに行くと親父達が倒れていた。
「帰る前に言っとく。結婚するのに俺の許可を求める必要はない。したきゃ勝手にしろ」
祝福をするでもなく、拒絶するでもない言葉を親父達に浴びせる俺は客観的に見てどう映る?どう映っていようとどうでもいいか
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
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