『恭、今どこ?』
冷や汗が止まらない。飛鳥と代った東城先生の声は明らかに怒っている。心当たりは山ほどあり、具体的にこうだというのは挙げない。
「え、えっと、マイクロバスの中かなぁ~……」
『恭、もしかしなくてもふざけてるよね?』
家では優しい東条先生なのだが、この時ばかりは厳しくなる。やっぱ説明放棄して逃げてきたのがマズかったか?
「いえ、滅相もございません! 真面目に答えております!」
俺はスマホを片手に土下座する。傍から見れば滑稽な姿だと思う。見てるだけなら滑稽と思おうが哀れと思うがタダだ。実際する側に来てみろ。マジで怖いから!
『そう? 私には恭がふざけてるように思えたんだけど?』
「いえ、灰賀恭は至って真面目です!」
『そう。武装集団の事はセンター長が校舎を提供してくれた人が防犯訓練の一環として派遣してくれた人って上手い事言ってくれたからいいとして、強盗を雇うだなんて言った理由。みんなにちゃんと説明してくれるよね?』
え? それってしなきゃダメ? 加賀が強盗したのは悪い事だけど、雇うって言った理由は俺個人の問題だから別にしなくてよくない?
「しないとダメでしょうか? 私めは別に一般生徒と教師が知る必要なんてないと思うんですよ。つか、関係ないとまで思ってるんですけど……」
今言った事は俺の本心だが、理由はもう一つある。言うまでもなく加賀が嫁を説得し終えるまでに説明しきれる自信がないって事だ。
『ダメだよ。私達教師も生徒も怖い思いをした。なのにそんな人を警察へ突き出さずに雇うだなんて許されるわけないでしょ。ちゃんと説明して』
うん、東城先生の言う事は正論だ。何も言い返せねぇ
「分かったよ。ちゃんと説明すりゃいいんだろ?」
『当たり前でしょ』
説明するのはいい。ただ、説明した以上はちゃんと納得してもらわなきゃ困るんだよなぁ……
「説明するのはいい。その後の異論反論その他は受け付けねーぞ? ついでに金を貸せとか自分を雇えとかもな。それでいいなら俺の現状を含めて説明してやるよ」
説明をするのは面倒だ。それ以上に面倒なのが雇い主である俺が雇うと言ってるにも関わらず異論反論を言う奴と爺さんの孫という事で金を集って来る奴と面倒な就活をしたくないからと言って採用目当てにゴマを擦ってくる奴
『それは私の一存じゃ決められない』
東城先生から返ってきた言葉は否定の言葉でも肯定の言葉でもなかった。せめて金貸せとか自分を雇えとかは言わせないという約束だけでもしてほしかった
「そうか。んじゃ説明するとしたら東城先生と飛鳥、センター長と副センター長だけだ。一般生徒と教師には何の説明もしない」
最初からこうしておけばよかった。強盗を雇うと言った理由なんて家に住んでる飛鳥と東城先生、女将学習センターのセンター長と副センター長だけが知っていればそれでいいって早く気付くべきだった
『私はそれでもいいけど、それだと他の生徒と教師は納得しないよ』
「他が納得しようよしなかろうと関係あるか。家に住んでる人間はもちろん、学習センターのツートップが知ってりゃいい。他のモブみたいな生徒と教師が知る必要なんてない」
本音を言うと一般生徒と教師は知る必要がないから説明は必要ない。最終的には家に住んでる飛鳥と東城先生、センターのツートップが知ってりゃいい。モブの意見なんて知るか
『恭、さっきも言ったと思うけど、私達は全員平等に怖い思いをした。そんな人を雇うだなんて言って連れ出したんだからちゃんと説明して』
東城先生との話し合いはこのまま続くと水掛け論になる。ここは俺が折れるしかないか
「分かったよ。全部説明してやっからスピーカーにしろ。学校へ戻りたいところだが俺には行くところとやる事がある」
本当は学校へ戻りたいところだがと言ったな。アレは嘘だ! 学校になんて誰が戻るか!
『分かっ────』
東城先生から承諾を得たところで俺は電話を切った。
「ふう」
電話を切り、スマホをマナーモードにしてからズボンのポケットへ。今は加賀の家族優先で星野川高校の連中に構ってる暇は皆無なのだ
「恭様、よろしいのですか?」
男Bが諦めの表情を浮かべながら訪ねてきた
「今は加賀の家族優先で星野川高校の連中に構ってる時間なんてない。アイツ等への説明なんていくらでも出来る。加賀の事だってどうとでも誤魔化せるからいいんだよ」
加賀のした事は決して許される事じゃない。それは俺だって理解している。だとしてもアイツには家族があるし再就職が出来ない理由を考慮するとイタズラに警察へと突き出していい奴じゃないと俺は思う
「いや、さすがに誤魔化しきれないんじゃ……」
「誤魔化しきれるさ。武装集団が油断しきったところに強盗として押しかけてくれって上司である俺が指示した。コイツはウチの会社の社員だって言えばな」
今いった理由が通用するという保証なんてないが、幸いな事に怪我人は一人も出ていない。加賀に捕まった由香だって包丁で脅されてはいたものの、それが本物だと直接確かめてはいないんだ。言いくるめられはするだろう
「は、はぁ、恭様がそう言うなら私は何も言いません」
「悪いな。えーっと……」
「丸谷でございます」
「悪い、丸谷」
男B……丸谷は『いえ、これも仕事ですから』と言って前の席へ座った。
それから少しして加賀が嫁を連れて戻って来たのだが、嫁の目は真っ赤に腫れ、加賀の顔にはくっきりと紅葉の後があった
「とりあえず加賀の嫁さんに説明したいんだけど……」
加賀が嫁を連れて戻って来たのはいい。問題は雰囲気が険悪過ぎて本題を切り出せずにいたところだ
「説明してくれて構わない」
加賀の嫁さんはアレだな。男らしい口調以外は東城先生と似たようなところがあるな
「分かりました。説明の前に自己紹介させて頂きますが、俺の名前は灰賀恭。高校生の身ではありますが、お宅の旦那の雇い主です」
「加賀竜二の妻の阿由菜」
「このような形で申し訳ありませんが、よろしくお願いします。阿由菜さん」
右前の席に座る阿由菜さんに俺は頭を下げる。ちゃんとした車もあるんだろうけど、学校を占拠する武装集団まして社員だけが乗るマイクロバスに会長の孫が乗り込んで来た挙句、強盗とその嫁を乗せるだなんて思いもしない。背中越しの挨拶になってしまうのは仕方ない
「こっちこそ、ちゃんと顔も見ずの挨拶になってしまい申し訳ない」
「何もかもいきなりの事でしたので仕方のない事です。で、説明の方ですが、貴女の旦那さんである竜二さんにはこれから俺の家で俺専属の運転手をしてもらいたいと考えております」
「「「「「はぁ!?」」」」」
丸谷を始め武装集団と加賀夫妻が驚きの声を上げる。仕事内容を誰にも言ってなかったから驚くのも無理はない
「驚かせてしまって申し訳ない。一介の高校生である俺がいい大人を専属の運転手として雇うだなんてふざけた話だとは思います。ですので俺が何者かは……丸谷達の誰か説明してくんない?」
高校生である俺が灰賀不動産会長の孫である事を言うより第三者である丸谷達から説明してもらった方が手間が省ける。今の格好で信じてもらえるかは別として
「では、僭越ながら私めが恭様に代わりご説明させて頂きます」
「悪い。えーっと……」
「紹介が遅れました。私は津田でございます。運転は瀬川です」
「頼む、津田」
「承りました」
意外な形で武装集団の名前をコンプリートする事になった。これで男Aだの男Bだの言わなくて済むから良しとしよう
「娘が帰ってこないうちに夕飯の支度したいから早いとこ説明してくんない?」
イラついた阿由菜さんが説明を急かす。東城先生と似た感じがすると言ったが前言撤回。全く似てない。阿由菜さんの方が威圧的だ
「失礼。では、ご説明させて頂きます。貴女の夫である加賀竜二の雇い主様である灰賀恭様は灰賀不動産が会長灰賀恭一郎様の御令孫でございます。現在はデパートの空き店舗にて一人暮らしをしております」
津田の説明は若干雑なような気がする。俺の現状を簡単に説明してくれたから文句は言わないにしてももう少し何かないのか?
「はぁ!? 灰賀不動産ってあの有名な?」
「はい、その有名な灰賀不動産でございます」
「嘘でしょ!?」
「本当でございます。しかも、将来は現会長の後を継ぐ予定でございます」
阿由菜さんはもちろん、夫である竜二も驚きのあまり口をあんぐりと開けている。こんな高校生のガキがと内心思ってるに違いない。一方の俺は爺さんの後を継ぐ事を津田が知っていた事に対して驚きのあまり開いた口が塞がらない
「津田! その事はまだ内密にって会長に言われてただろ!」
運転席から瀬川の怒声が。津田の言った事はどうやら社内ではまだ秘密にする案件だったようだ
「も、申し訳ございません! 瀬川さん!」
「全く……津田、あんまり口が軽いと重大なプロジェクトから外されるぞ?」
「い、以後気を付けます!」
「当たり前だ!」
津田が部下で瀬川が上司か……ここで武装集団二人の意外な力関係を知る事になろうとは
「津田、瀬川。その辺にしておけ。恭様の前でみっともないぞ」
「「すみませんでした! 丸谷さん!」」
なんと! 丸谷が津田と瀬川の上司だったのか! 何なんだ? この武装集団
「謝るのは僕にじゃないだろ! 恭様にだろ!」
「「申し訳ございません恭様!」」
車が動いてる最中だから目の前に来て頭を下げられないのは仕方ない。説明を任せたのは俺でアレは言うなとかこれは言うなとは言ってないから別に現状を加賀夫妻に言われたところで何の問題もない
「別にいい。説明を任せたのは俺だ。ところで瀬川。加賀夫妻の娘達が通う小学校にはあとどれくらいで着くんだ?」
「あ、後三十分程掛かります」
「分かった。丸谷、着いたら起こしてくれ。俺はそれまで寝る」
「了解しました恭様」
丸谷に起こすのを頼んだ俺は加賀夫妻の娘が通う小学校に着くまで一眠りする。今日は丸谷達武装集団、加賀竜二の強盗と普通の高校生活からかけ離れた行事が目白押しで疲れた。眠るくらいいいだろ
「何だアレ?」
加賀夫妻の娘が通う小学校へ着いたらしく、丸谷に起こされた俺はとんでもないものを目撃する羽目になっていた
「何って、小学校だけど」
「小学校って……もっと綺麗な場所じゃないのかよ……っていうか、何で児童は揃いも揃って服が薄汚れてたりボロボロだったりすんだよ」
俺が目撃したものはボロボロの校舎。そこから出てくる児童は皆一様に服が薄汚れてたりボロボロだったりと酷い有様だった
「何でってこの小学校は親の職種は違えどウチと似たり寄ったりの生活を強いられてるからに決まってるでしょ」
よく言えば掘り出し物を見っけた。悪く言えば社会の闇を見た。都合よく貧乏生活を送っている児童が集まるわけないだろ!と声高らかに叫びそうになったが、現実として目の前にあるものを否定しきれない自分もいる
「とりあえずバスとトラックの手配から始めるか」
ここで加賀一家を引き取るのは簡単だ。しかし、それだと他の家族が可愛そうだ。そんな気持ちになった俺がいた。零や闇華、琴音や飛鳥を拾ったせいなのか俺は居場所のない人間や貧乏生活を送る人間は見て見ぬフリが出来なくなってきているようだ
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