「はぁ……」
親父と大喧嘩したせいで銃を突き付けられ俺は一気に興が冷めてしまった。何つーか……普通なら怯えの一つでも見せるところなんだけど、頭に被ってるパンツのせいで恐怖心が全く芽生えない
「何溜息なんて吐いてんだ!! 嘗めてんのか! あァ!! ぶっ殺すぞ!!」
犯人による殺す発言で周囲の人質は先程よりも更に怯えてしまう。まぁ中には怯えているのか笑いを堪えているのか判別つかない人もいるにはいる。頭の悪い恰好でも銃を持ってるってところを考慮すると後者なんだろうけど
「頭にパンツ被った奴に銃で脅されたら溜息も出るだろ。つか、アンタ達何人でこんなアホな事してんだ?それと目的は何だ?」
頭にパンツ被ってても立てこもりだ。漠然と立てこもりをする奴も中にはいるものの、下見の時はって言ってたから無計画でこんな事してないのは解かる。そうなると目的(理由)と人数だ。さすがに一人で院内にいる人間を一か所に集めるなんて芸当はほぼ不可能に近いだろうから仲間がいるはず……
「そんなのお前に関係ないだろ!! 大人しくしてないとド玉ブチ抜くぞ!!」
お約束の脅しをありがとう。改めてコイツの頭の悪さを痛感させられる
「まぁ落ち着け。他の人達は知らねーけど、場合によっちゃ俺はアンタ達に協力してやるよ」
当初の予定は犯人に霊圧を当てながら近づいて警察へ引き渡すだった。その計画は間抜けな話、俺が大爆笑して頓挫してしまったけどな
「恭!! 何を言っているんだ!! 犯人に協力なんて馬鹿な事を言うな!!」
今まで黙っていた親父が声を荒げ、それに同調した周囲の人達も口々に言う。『ふざけるな!』と。俺だって何の意味もなくこんなトチ狂った事を言ってるわけじゃない。コイツらは云わばオモチャが欲しいと喚く子供だ。ならそのオモチャを与えれば大人しくなるだろうというのが俺の考えだ。本当の狙いが他にあるのだが話したら後が面倒になる予感しかせず今は黙っておくのが吉だ
「馬鹿な事じゃないさ、俺達は助かりたい、犯人達は目的や理由があって病院に立てこもるなんてアホな事件を起こした。じゃあ、どうするか?答えは簡単だ。コイツらの目的さえ果たしてしまえばいい。な?簡単だろ?」
もっともその後で殺されないなんて保証はどこにもない。万が一そんな動きがあったら霊圧当てて黙らせるんだけどな
「恭! お前ッ!」
親父は勢いよく立ち上がり、俺の胸倉を掴んできた。そんな親父に俺は────────
「じゃあこのまま何もせずに黙って殺されるか?こんな目に遭った理由も知らずに死ぬか?」
淡々と問いかけた
「そ、それは……」
「それは何だよ?別に今自分に出来る事をやった。なんて言うつもりは毛頭ねーけど、せめて殺される理由くらいは知りたいだろ?人数や犯人達の要求はともかくな」
「それは……」
「だからそれは何だって聞いてんだよ。もしかして親父は犯人に協力しないつもりか?冗談だろ?助かりたくねーのかよ?」
「それは出来る事なら助かりたい……」
弱々しい声で助かりたいという親父。当たり前だよな?死ぬのは誰だって怖いもんな?親父の言葉に人質達全員が首を縦に振ってる。思いは皆同じというわけだ……。ほいじゃあ、俺もここから本当の作戦に出るとしますか
「だったらここは協力しとくのが吉だろ。頭にパンツ被ってるような連中だぞ?素直に従い、目的さえ果たせれば素直に開放してくれるだろ。何しろ覆面の代わりに女性用のパンツをチョイスするセンスゼロ、頭は悪く一つの病室は下見に来た時に人がいなかったから今回もいないだろうって短絡的発想且つ警戒心なんて皆無だ。人数こそ不明ではあるが、どうせ複数いたところでバカには変わりないんだからよ」
「い、言われてみれば確かにそうだな……」
「だろ?つか、親父だって立てこもり犯が何でパンツ被ってんだ、宴会用ではあるが覆面なんて百均に売ってんだろ、用意出来なかったとしてもレジ袋に必要な穴を空けてそれで代用できるだろ」
いつもの俺なら否定しろと一言いうところだが、今回の立てこもり事件の犯人(犯人達)に関しては何も言えない。いや、言いたくない。覆面代わりにパンツ被ってくるような連中だぞ?弁護の余地なんてねーだろ。それはそうと犯人の方は……
「テメェ!! さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって!! ぶち殺してやろうか!! あァ!!」
俺の予想通り大層ご立腹。その怒鳴り声にビックリしたのか人質達は悲鳴を上げた。子供に至っては泣き出しいてパニック状態とはまさにこの事
「殺すって……どうせその銃だってモデルガンか何かだろ?こんなアホな事件を何人で起こそうかと思い立ったか、その目的なんて知ったこっちゃない。ただ、被り物や人質にする人間の見落としで頭の悪さを証明してるだろ。っていうか、さっさと人数と目的を言え」
親父を始め周囲の人達がパニックになる中、俺は普段と変わらぬ態度で犯人に尋ねた。何でいつも通りなのかって?そりゃ後々分かる
「目的を話せだぁ!? 俺らをバカにすんのも大概にしろよ!! ガキが!!」
俺らね……つまり、ここにいるのは一人だけだが、別の場所、あるいは人質連中の中に仲間がいるのか。
「何べんも言うが、覆面に下着をチョイスした時点でお前らはバカだ。バカにするのも大概にしろ?だったらバカにされるような事すんなよ。つか目的はよ。教えてくれたら協力してやるよ」
場合によっては協力出来ない。この犯人達の場合、立てこもり場所に病院を選んだという事はだ、病院関係の人間に恨みがあるかこの病院の医院長を脅して金をむしり取るのが目的と見て間違いないだろう。そう思っていた
「ガキが上から目線で何言ってんだ!! 大人嘗めてんのか!!」
「嘗めてねぇよ。いいか?よく考えてみろ。アンタ達にとってこの状況は最も有利なんだ。それに目的の内容によっては人質の中から共感して協力しようと考える人も出てくるだろう。目的を話さないのはデメリットしかないけど、話すのには多少なりともメリットがあるって言ってんだよ。分かったらとっとと話せ」
今の話に裏があるとしたら目的を話すのには多少なりともメリットがあるという部分だ。例えば自分達が一生遊んで暮らせるくらいの金が欲しいとかなら人質にとって協力するメリットはない。言い換えるのなら同情を誘う理由ならメリットがあるという事だ
「ちっ、このガキ……」
苦虫を噛み潰したような顔をする犯人。大人としてのプライドが判断を鈍らせてるのか?
「どうした?多くの無関係な人間を巻き込んでまで仕出かした事だ。当然、それ相応の理由があるんだよな?それとも何か?アンタじゃ決められないのか?」
犯人グループ内でコイツの立場がどこなのかは不明だ。もしかしたら金に釣られて目的も聞かされずにって場合も視野に入れて考えておく必要がある
「それ相応の理由はあるし、俺から話してもいい……」
「じゃあ話せ。ハッキリ言って俺もだが、ここにいる人質達はアンタ達に大変迷惑している。当たり前だよな?医者やナースは業務がたくさんあるのに拘束され、それ以外の人達は様々な理由で入院したり通院して来てたりする。アンタ達が銃を持ってなきゃ馬鹿じゃねぇの?って言って叩き出してたところだぞ?話してもいいじゃなくて話すのが筋だろ」
銀行強盗にしたってそうだ。給料日で金を下ろしに来た、所要で金を振り込みに来た、自分の店を構えたくて融資を申し込みに来たと人それぞれの事情で銀行に来てるのに強盗のせいで怖い思いを強いられる。しかもだ。当の強盗は自分の金が欲しいって理由で無関係な人達に怖い思いをさせてる。せめて何で金が欲しいかを話すのが筋ってもんだろ。コイツ等はその強盗と同類ってワケなんだけどな
「しかしだな……」
ここまで言われてまだ言わないつもりかよ……。全く、ここまで来ると飽きれるぞ……
「しかしもかかしもあるか! 無関係な人を巻き込んどいて今更隠す……狡いと思わないのかよ!! 俺がアンタらをバカにした時は大人を振りかざしといて自分が追及されたら隠すなんて情けない事してんな!! 目的があんなら素直に話したらどうなんだ!!」
犯人はハッとした顔をし、顔を逸らした。そして────────
「わ、分かった……全てを話す」
観念し、全てを打ち明ける。そう言った
「最初から大人しくそう言ってりゃいいんだよ」
「す、済まなかった……。俺達の目的はただ一つ、ある警察官からの謝罪だ」
「謝罪?」
「ああ……」
俺の独断と偏見で申し訳ないとは思う。それでも言わせてほしい。警察官は絶対に頭を下げないと
「ある警察官からの謝罪って事はだ。ソイツが誤認逮捕でもした、あるいはアンタ達の誰かが誤認逮捕された。そういう認識でいいのか?」
謝罪を求める理由なんて俺は誤認逮捕以外考えられない。それ以外の理由だと脅しに近い事情調書とかくらいだ
「いや、俺達の身内や俺達自身は誤認逮捕されてない。謝罪の内容はソイツが警察官になる前……ガキ、ちょうどお前くらいの歳にあったとある出来事の事だ」
今の俺は高校生だ。とある警察官というのが誰なのかは分かりかねる。その警察官が高校生の頃コイツらに何をしたのかもな
「俺くらいの歳って事は高一か中三の頃の出来事って認識でいいんだな?」
「ああ、ちょうど高一の頃の出来事だ」
高一の頃か……その頃に何をされたら人を立てこもり犯にしてしまうんだ?俺には想像がつかない
「一体何が……」
「虐めだよ。それもかなり陰湿で自殺者が出たくらいのな」
俺は犯人の口から出た衝撃の発言に言葉が出なかった。それは他の人質も同じだったようで誰一人として言葉が出ないといった感じだった。現職の警察官が過去に虐め……した方は覚えてない。一方でされた方は現在も鮮明に覚えている。自殺者が出たとなればかなり悪質なものなのは間違いない
「自殺者が出たって……それは虐めを通り越して犯罪だろ」
俺は犯人に向けて一言言うしか出来なかった
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