「まずは自己紹介から始めましょうか」
「そ、そうですね……」
お見合いするとこんな感じになるのか。どうも、灰賀恭です。現在、私は家の前に拾ってきた女性三号と大絶賛面接(?)中でございます。んで、自己紹介から始めようとしているわけなのですが、話が弾まねぇ……いや、名前すら言ってないから弾むも弾まないもないんだけどよ
「じゃあ、俺から。名前は灰賀恭。一応、この家で一人暮らしをしている」
ここを家と言っていいのかとか、零と闇華さんの女子二人と一緒に住んでる時点で一人暮らしじゃねーじゃん!とか突っ込みどころは満載なのだが、そこに突っ込むと話が前に進まないので今はそう言う事にしておく
「わ、私は渡井琴音です。よ、よろしくお願いします」
女性の名前は渡井琴音というらしいが、正直嫌な予感しかしない。最初に拾った零がツンデレ、次に拾った闇華さんがヤンデレとそれぞれ名前から〇〇デレが容易に連想出来た。
「よろしく。んで、早速だけど、どうして家の前に倒れてたんです?」
倒れるのに理由なんてないんだろうとは思う。それでも家主(?)としては気になる
「そ、それは、ここがまだ営業していると思って中へ入ろうとしたらドアに鍵が掛かってて入れず力尽きたとしか言えないです……」
渡井さんの言い方だと現在もこの建物がデパートであるかのような言い方だ。建物自体はデパートだが、実際はただのとは言い難いが、住まいに成り下がっている
「倒れてた理由は解りましたが、この建物がデパートだったのは去年の冬までですよ。親会社が経営悪化してデパートも閉店しましたから」
親会社が経営悪化した事もデパートが閉店した事もネットで得た情報だったから俺自身も本当に閉店しているとは思わなかったし、まさか自分がその空き店舗で一人暮らしをする事になるとは予想外。世の中何が起こるか分からんものだ
「そ、そうなんですか?」
「ええ、知りませんでしたか?」
ネットに通じる機器を持っているかこの街に住んでいるのなら閉店した事を知らないわけがない。ただ、渡井さんがネットもテレビも見ず、この街には最近来たと言うのなら知らなくてもまぁ、無理はないとは言い切れないが、無理はないとしておこう
「い、いえ、デパートが閉店したのは知ってます。ただ、一週間前に作業服を着た人達がこの建物に入っていくのを見て新しいお店になるのかな? って……」
一週間前、作業服を着た人達。渡井さんが言ってるのは家具を家に運び込んだ日の事だ
「それって家に家具を運び込んだ日です」
「え?」
渡井さんが固まった
「だから、渡井さんの言う一週間前は家に家具を運び込んだ日なんですって。その作業服を着た人達は家に家具を運び込んだ人達です」
「ええええぇぇぇぇぇぇぇ!? ここは改装して新しいお店になるんじゃなかったんですか!?」
「新しいお店どころか住居になりましたけど……」
自分の予想が外れたからって驚き過ぎでしょ
「そんな……私の新しい就職先が……」
自分の目論見が外れたからなのか分かりやすく落ち込む渡井さん。しかも、サラッと就職先がどうとか言ってるからこれはもしかなくても……
「もしかしなくてもですが、貴女、仕事を辞めたか会社が倒産でもしましたか?」
新しい就職先がどうのこうのの話を聞いた時に頭に浮かぶのは仕事を辞めたか会社が倒産したか。あるいはクビになったか。前者二つは言うのに躊躇いはない。最後のは面と向かって言うのは躊躇われる
「え、ええ、一週間前に勤めていた会社からクビを言い渡されました……理由は経営悪化によるリストラ……いつも仕事でミスしていた私は真っ先に首を切られました」
何だろう? 同情すればいいのか、それとも、自業自得だと切り捨てればいいのか判断に困る
「それは……何と言うか大変でしたね」
同情する事も切り捨てる事も出来ない俺は当たり障りのない返事をしてお茶を濁す事しか出来なかった
「そりゃもう大変でしたよ……仕事をクビになってからというもの、アパートは追い出されるし、アルバイトをしようにも履歴書を買うお金も写真を撮るお金もなく、食べるのにも困る有様で……」
渡井さんは俺達が発見するまで相当苦労してきたんだという事は簡単に想像出来る。自業自得じゃないかという部分もあるが、この人は現在住む場所も仕事もない状態だ。零や闇華さんと事情は異なるにしろ行く宛てがないのはこの人も同じというわけだ
「俺に仕事を紹介してあげる事は出来ません」
ただのガキである俺に仕事を紹介してやるだなんて事は出来ない。ガキというのを免罪符にしたくはないが、俺にはコネもなければ会社的な意味で強い力もない
「で、ですよね……はぁ、私はこれからどうしたらいいんでしょう……」
出来る事なら渡井さんに仕事を紹介してあげたい。でも、何のコネもない俺がそんな事到底出来ない
「仕事は紹介出来ませんが、住む場所くらいなら提供します」
「ほ、本当ですか!?」
「え、ええ、家賃や光熱費はタダでオマケに広い部屋も家具もあります。悪い話じゃないと思います」
「え!? そんなところあるんですか!?」
さっきとは対照的に渡井さんの顔には光が。まぁ、仕事をしてないこの人からすると家賃タダ、光熱費タダというのは十分過ぎるほど魅力的なんだろう
「ええ、ありますよ。といってもここなんですけどね」
「ええええぇぇぇぇぇぇぇ!? こ、ここですか!?」
「ええ、何か問題でもありましたか?」
「い、いえ、住む場所を提供してくれるのは有難いです!ですが、恭さんがいいと言ってもさっきの女の子二人が許可しないんじゃ……」
さっきの女の子二人というのは零と闇華さんの事だろうけど、その辺については何も問題はない
「あの二人なら大丈夫、ダメとは言わないと思います。彼女達も渡井さんと同じ拾われた身ですから」
零と闇華さんも渡井さんと同じ拾われた身だ。違うのは出会った場所くらいだ
「そ、そうなんですか!?」
「ええ、ツンツンした方は貴女と同じでこの建物の玄関にいました。で、敬語で話す方は駅前で絡まれて一先ずお持ち帰りという形ですがね。で、ここに住みますか?」
さっきも言った通り家賃も光熱費もタダという物件は非常に魅力的で住む場所がない渡井さんにとっては非常に魅力的だと思う。
「住みます! 住まわせてください!」
この瞬間、渡井琴音の入居が決定した。
「話は済んだかしら?」
渡井さんの入居が決定し、ちょうどいいタイミングで零と闇華さんが戻って来た
「ああ、ここに住むこの人もここに住む事で話はまとまったぞ」
「そうですか。じゃあ、これからはルームメイトって事ですね」
闇華さん?何サラッと渡井さんをルームメイトにしてるんですか?部屋は沢山あるんだから別のところで生活してもよくないでしょうか?
「え? 渡井さんもここに住むの? 隣でもよくない?」
確かに俺はここに住んでもいいとは言った。だが、別にこの部屋に住めとは言ってない
「恭! この部屋だってアタシ達三人いても持て余すのよ?ただでさえ広いんだから。なのに彼女だけ他の部屋で一人暮らしだなんて部屋が広すぎるわよ!」
確かに零の言う通りだ。この建物全体が俺の家で住まいがこの十四番スクリーンってだけだ。まぁ、元が映画を観る為に作られた場所だから一人で住むには広すぎるとは思う
「確かに零の言う通り一人で住むには広すぎるけどよ、女三人に男一人っていろいろと問題あるだろ?」
別に同居している男女比の割合が女の方に傾いてるのはいい。ただ、同じ空間に男女が揃うと間違いが起こりやすいってだけで
「うるさいわね! 恭に度胸がないのはアタシと闇華がすでに体験済みよ!」
「そうです! 恭君がヘタレなのは私達が身をもって知ってます!」
二人の言葉が胸に刺さる。ヘタレとか言うな!
「ヘタレとか言うな! それより! 渡井さんが同居する事に異論は?」
「ないわね」
「ないです」
零と闇華さんも渡井さんがここに住む事に対して反対はせず、渡井さんの方からすればケガの功名といったところだ。
「んじゃ、俺はゲームしに行くから女性陣は仲良くガールズトークでもしててくれ」
今日はただでさえいろんな事があった。婆さんが零達の抱える問題をいつの間にか解決していた事に始まり、渡井さんが倒れていた事に終わる。聞く人によってはいろいろとは言い難いとは思う。それでも俺からしてみればいろいろあった。
「ちょっと! 恭! ゲームしてくるってアンタ! また外へ出る気!?」
零の言う外とはどっちの意味だ?家の外か、それとも、部屋の外か……
「外へ出るって言っても三番スクリーンに行くだけなんだけど?」
三番スクリーンは種類豊富とは言えないが、ゲームコーナーになっている。俺の好きなゲームのラインナップとしては音ゲー、レーシング、格ゲー、クイズゲーだ。これも親父から俺が好きなゲームの種類を聞いた爺さんが面白半分で入れたに違いない
「三番スクリーン? ああ、ゲーセンね」
「「────?」」
三番スクリーンを実際に見た零は納得した顔を、見てない闇華さんと渡井さんは分からないと言った顔をしていた
「ああ。俺はそこにいるから、ガールズトークが終わった後で呼びに来てくれると助かる」
募る話もあるだろう。それにだ。零と闇華さんは顔面にナポリタンを食らって印象は最悪とまでは言わないもののよくはない。そんな人達が交流できる場を設けようとしてるんだから俺って優しい
「アタシ達も行くわよ!」
「はあ? お前、俺の話聞いてたか?俺は女子同士で交流を深めろって言ったんだぞ?」
「ええ、そう言われたわね。だからこそアタシ達もゲームコーナーへ行くって言ってんのよ! 下手に話し合うよりも遊びながらの方が交流は深まるわ!」
零、本当はゲーセンとか行った事ねーからただ行きたいだけなんじゃねーのか?
「とかなんとか言って本当は自分がゲーセンで遊びたいだけなんじゃねーのか? ん?」
「そ、そんなわけないじゃない! 交流の為よ!」
交流の為とか言ってるがな零。目が泳いでるぞ。
「そうか。それならいいが、二人はそれでいいか?」
「「はい!」」
満場一致でゲームコーナーへ行く事が決定し、俺達はゲームコーナーである三番スクリーンへ
「さて、遊ぶか」
「そうね」
三番スクリーンへ入って早速俺はダンスゲームへ、零はギターゲームの方へと向かう。で、残された闇華さんと渡井さんはと言うと……
「自分の家にゲームセンターがあるだなんて信じられません……」
「ほえ~、私、今日からこんなすごい場所に住むんですか~」
二人して呆けていた。そんな二人だったのだが、最終的には零と一緒にプリクラを撮るほどには楽しんでいた。いつの間にか仲良くなったらしく、零と闇華さんは渡井さんを『琴音ちゃん』と呼んでいたし、渡井さんは渡井さんで『零ちゃん』『闇華ちゃん』と呼んでいた。
「で?零と闇華さんが渡井さんと仲良くなったのはいいとしてだ。何で俺まで巻き込まれてんの?」
俺がダンスゲームを終えると女性陣にプリクラまで拉致られた。何それ怖い
「せっかく交流を深めるんだからアンタも一緒に写らないと意味ないでしょ!」
意味があるとかないとかはどうでもいいんだけどよ、女性三人でプリクラを撮るのは解かる。その女性三人の中に男である俺が入る意味が解からない
「いやいや、俺が入る意味が解からないから! そもそも、零達三人で撮ればいいだろ?」
「だーかーら! それだと意味がないって言ってんの! ごちゃごちゃ文句言わないでアンタは大人しく従ってればいいの!」
という零の暴論に従わされた俺は女性三人とプリクラを撮るという中学時代までだったら考えられないイベントに遭遇した。
ゲームコーナーで一通り遊んだ後は当然だが、住まいである十四番スクリーンへ帰る。時刻は現在十八時でゲーセンにいる時ならば補導対象になったり、『今日は珍しく金使い過ぎたー!』とか後悔するところなんだとは思う。ただ、ここは家の中でゲームも全て無料。そんな後悔する事もない
「さて、これから飯にするが……何にしようか?」
昨日までは三人で住んでいたこの部屋も渡井さんが加わり男子俺一人、女性三人の合計四人という数的にはバランスが取れているが、男女比的にはアンバランスという面子となった。それでも腹は減るもので、俺は今日の晩飯についてとりあえず聞いてみる事に
「アタシは当然! 鍋よ!」
何が当然なのかサッパリ分からんけど、零のリクエストは鍋か
「私はカレーがいいです!」
闇華さんはカレーか。となるとご飯を炊く必要があるか
「トマト料理希望です!」
渡井さんはトマト料理をご所望のようだ。一応、これで女性陣三人のリクエストが出揃いはしたが……
「纏まりがねぇ……」
零は鍋、闇華さんはカレー、渡井さんはトマト料理。纏まりがなさ過ぎる
「カレー鍋とトマト鍋にすればアタシ達全員の食べたい物が食べられるじゃない! 纏まりがないんじゃなくて恭! アンタの発想が貧困なのよ!」
言いたい事はもちろんある。この場面で言えるのはただ一つだけ
「俺の発想については後で話し合うとしてだ、カレーにしろトマト料理にしろ何で鍋という結論に至るのか教えてもらおうか?」
カレーに関して言えば普通に作っても大して変わらない。鍋にする必要性は全くない
「アタシが鍋、闇華がカレー、琴音がトマト料理。アタシ達の意見は見事にバラけたわ」
「そうだな。ものの見事に三人バラバラだな」
「でしょ? それで、このままじゃアタシ達三人の内の一人は食べたいものに在りつけるけど、それ以外の二人は我慢しなきゃならなくなるわよね?」
「ああ。まぁ、仕方のない事だとは思うが」
「そこで! トマト鍋とカレー鍋にすれば鍋が食べたいアタシもカレーが食べたい闇華もトマト料理が食べたい琴音も希望の物が食べられるじゃない!」
零はまともな事を言ってるつもりなんだろうが、俺としては全く持ってまともだとは思えない。別に二種類の鍋をする事は構わない
「いやいや、まともな事を言ってるつもりなんだろうが、俺としては意味不明だからな?」
それに、俺は自分の食いたいものをまだ言ってない
「意味不明じゃないわよ! アタシ達三人の希望を考慮した結果よ! それより! 恭は何が食べたいの?」
俺の食いたいものは最初から決まっている。零達のリクエストしたメニューの中に入ってもおかしくないものだ
「俺は魚が食いたい」
結局、今日の晩飯はトマト鍋とカレー鍋という事で話が纏まった。んで、これは余談なんだが、俺は闇華さんと渡井さんから『零ちゃんだけ呼び捨てで呼ぶのはズルい!』と詰め寄られ、二人を下の名前で呼び捨てにする事と渡井さん────琴音が自分の方が年上だからという理由で俺達に敬語を使わないと宣言した事を言っておこう
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!
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