「きょ~う~! よくも揶揄ってくれたわね!!」
飛鳥に手を引かれてバイキング会場に入り、いつもの面子とテーブルを囲んでいる俺は現在零に睨まれております。自分で蒔いた種とはいえ、怖いものは怖い。
「わ、悪かったよ、揶揄ったのは謝る」
蛇に睨まれた蛙。この状態の俺と零を表現するのにこれほど適切な諺はない。もちろん、蛇が零で蛙が俺なのは言うまでもなく、零よりも強い力を持っていても怖いという感情を抱かずにはいられない
「当たり前よ!」
腕を組み、鼻を鳴らす零は口に出さずとも私は怒ってます感が尋常じゃなく、俺はこれの埋め合わせをしなきゃならないのかと思うと胃が痛い。本当、数時間前の自分をぶん殴ってやりたいくらいだ
「う、埋め合わせはするから許してくれよ。な?」
「ふぅ~ん、埋め合わせしてくれるんだ?」
いかにも悪役っぽい厭らしい笑みを浮かべ俺を見る零。コイツは何を考えている?つか、俺に何をさせる気だ?
「あ、ああ、毎度言ってるが俺に出来る範囲でな」
毎度の事ながら俺は前置きとして出来る範囲でと伝える事は忘れない。何でもするとは言ったものの、人間には出来る事と出来ない事が存在する。例えば、高層ビルの一番上から飛び降りて無傷でいろだなんて超人かバトル系マンガか小説の主人公でもない限り無理だ。それでも無理難題を突き付けてくる人間はいるもので、零がそうだとは言わないけど、保険をかけておくに越した事はない
「分かってるわよ! アタシだって鬼や悪魔じゃないわ! そうね……この旅行中にアタシ達一人一人にプレゼントでも買ってくれたらそれでいいわ! 当然! 全員違うやつよ!」
この女……よりにもよって簡単そうで意外と難しい要求しやがって……。こんな事ならいっそキスとかハグを要求された方がまだマシだった
「な、何とかしよう……」
埋め合わせをすると言ってしまった手前、無理だとは言えない。零達へのプレゼントか……。蒼へのプレゼントというなら適当に男子が喜びそうなマンガとかを見繕えばいいけど、蒼だけじゃなく、今回は同居人全員で男女比で言えば圧倒的に女子が多い。その上、女子の年齢層が下は十四~五歳で上は二十代~三十代前半でバラツキが激しい。この例えは俺の予想でしかなく、零、闇華は俺とタメ、飛鳥は二歳差、東城先生は……確か九歳差だった。盃屋さんもそれくらいでセンター長は……考えるのは止そう
「ふん! 期待しておくわ!」
そこは期待しないでほしかった
「俺の独断と偏見で選ぶだろうから期待しないでほしかったんだけどなぁ……」
期待してくれている零には申し訳ないが、俺は女子へのプレゼントなど選んだ事が一度もない。女性へのプレゼントというのであればお袋が生きていた頃に毎年母の日と誕生日にプレゼントを贈ってたから何とかなりはする
「恭は女慣れしてるんだからアタシ達へのプレゼント選びくらい朝飯前でしょ?」
「そんな事実ねーよ! つか! 彼女どころか仲のいい女子すらいなかったんだぞ?」
俺が女慣れしていると思うのならそれは俺の過去に関係し、その過去は思い出したくない過去ではなく、単に思い出すと疲れるから思い出さないだけ、話さないだけだ
「一人暮らしを始めてすぐにアタシの胸触った事あるわよね?その時全く動じてなかったじゃない」
一人暮らしを始めてすぐに零の胸を触った事なんてあったか?俺が記憶している中ではそんな嬉恥ずかしエピソードなんてない。そもそもの話、これまでの日常で曲がり角でぶつかった女子のスカートに顔突っ込んだとか、風呂入ろうとしたら着替え中の女子と遭遇しましただなんてラブコメのテンプレ展開的思い出など皆無。そんな日常を過ごしてきた俺が零の胸を触る?この女は夢でも見てたのかと疑わしくなる
「腕に当たってた事ならあるけど、触った事はないぞ」
あのデカすぎる家で迎えた初めての朝に零の胸が俺の腕に当たってたって事はあった。それを触ったと言われたらそれまでだが、俺の中でカウントするならあれは触った事に該当しない
「は?あるでしょ?アタシが転がり込んだ日の翌日の朝よ?覚えてないの?」
なるほど、零の中であの日俺の腕が彼女の胸に当たったのは触った事とカウントしているのか
「あー、あの時かぁ……」
あの日から自分の周囲が目まぐるしく変わり、一人暮らしを始めたのが何年も前のように感じてしまう。思えばあの日から同居人が増えていったなぁ……なんて思い出に浸っていると────────
「へぇ、恭君は私には手を出さないのに零ちゃんには手を出したんですね」
零の右隣で禍々しいオーラを漂わせながらハイライトの消えた目で俺を見る闇華が口を開き、冷たい声で言った
「恭ちゃん、一緒にプールへ行った時に私にも手を出さなかったよね?」
闇華に続き、今度は零の左隣に座る東城先生も同様にハイライトの消えた目で俺を見る。よく見たら琴音、飛鳥、なぜかセンター長も同じ目をしており、双子は苦笑いを浮かべ、闇華色に染まってない盃屋さんは俺のピンチを心底楽しそうに眺めていた
「家の中とはいえ教師に手を出す生徒がいるかよ……、それに、他の連中に至っては責任を取るどころか恋人でもないのに手なんて出さないっての」
女に対して軽薄な振る舞いをする爺さんと親父を見ていると俺はあんな風にはならない、なりたくないと思う。その反面で自分はあんな風になってしまうんだろうなぁとも思う。前者だと自分も同じ道を辿りそうだから後者を心に決めて生きてる俺は賢い
「そう言うって事はいつかは私達の誰かに手を出すって事でいいんだよね?」
琴音さん?近いですよ?手を出すって何の話でしょうか?
「何の話してんだよ……」
「恭くんが私達の純潔をいつ奪うかって話だよ?」
純潔を奪うって……マジで何言ってんだよと口に出そうになったところをグッと堪えた。理由は簡単で零、闇華、飛鳥の十代組と琴音、東城先生の二十代前半(?)組はいい。ここにはセンター長というある種の地雷がいる。本人に結婚する気など毛ほどもないのならいいのだが、いくらそんな気ゼロだったとしても思うところはあるだろう。逆に結婚願望が強かったらと考えると俺は地雷を踏みぬく危険性が出てくるからだ
「それは俺の気が向いた時だ」
今の言葉だと俺が女を食い荒らしているように捉えられても文句は言えなく、むしろビンタの一発でもお見舞いされても仕方ない発言だ。具体的に何歳になったら~とか、恋人になったら~とか言うと……明言はしないけど、零達に包丁を向けられた日の第二波がやって来そうな予感がすると言えば分かるだろ?
「「「「「「ソレジャアキガムクマデマッテルカラ」」」」」」
妖艶な笑みを浮かべながら言う零達の頭には、俺にその気がこれっぽっちもないって事はないらしい
「はいはい、ちゃんと考えるからそれまでいい子で待ってようなー」
『きょう~、今のは適当すぎない~?』
お袋喧しい。例え適当でも本人達が喜んでるからいいんだよ! 見てみろ、零達の顔を
「「「「「「え、えへへぇ~」」」」」」
スッゲーだらしない顔して喜んでるだろ?だからこれでいいんだよ
『ふ~ん。ま、お母さんは零ちゃん達みたいにチョロくないけどねぇ~』
そう言って余裕の笑みを浮かべるおお袋。本当か?とかなんとか言って簡単に絆されないか?
「そうだな、この世で一番大事な俺のお袋は簡単に騙されたりしないもんな」
『え、えへへぇ~、きょうったら~、そんなにお母さんが大事なの~?』
何がチョロくないだ。零達と同じ顔してんぞ?
「はぁ……、俺の周りって何でこんな変な女しか集まらないんだよ……」
「それは恭さんが変だからですよ」
「だね。ヘタレがヘタレだからだよ」
俺の独り言に満面の笑みで辛辣な意見をぶつける双子だが、一つ言いたい。
「人が大変な時にずっとくっ付いてイチャついてたお前らも十分変だからな?」
今まで一切言葉を発しなかった双子は俺がピンチに陥ってるにも関わらずずっとイチャついてた。具体的に言うと終始ハグとキスの繰り返し、これだけで大げさなと笑う奴もいるだろうが、それは実際に目の前で見せつけられてないからそんな事が言えるんだ!
「恭さん、人間はどこかしら変なんですよ?」
「ヘタレ、少しは人間というものを勉強しなよ」
先ほどとは裏腹に真顔で理解不能な事を言う蒼と碧。何でいきなり真顔になるんだよ……。まぁ、人間はどこかしら変だという意見には全面的に同意だ。人がピンチの時でもお構いなしにイチャつける図太い神経を持った奴らもいるくらいだからな
「確かに、人がピンチの時に平然と────────」
くぅ~
俺が双子に文句を言ってる最中に可愛い音が鳴る。その音が何なのかは言うまでもなく、俺と双子はその音が聞こえた方向を見ると────────
「す、済まぬ……、せ、拙者は腹が減ったでござる……」
顔を真っ赤にし、下を向いてる盃屋さんがいた
「「「……………」」」
真っ赤になった盃屋さんに掛ける言葉が見つからない……。それは双子も同じようで口を閉ざしている
「と、とりあえず飯にするか」
「で、ですね! 姉ちゃん行こ!」
「お、おう! そうだな! 蒼!」
双子は慌てて席を立つと逃げるように料理を取りに行った。盃屋さんのフォローを俺一人に押し付けて
この後の話を少しすると双子が逃げた後、俺と盃屋さんは無言になってしまって気まずい空気が流れたかと思いきや妄想の世界からいの一番に帰ってきた飛鳥が『恭クン、料理とりに行こ?』と言ってくれたお陰でその場にいた全員が席を立ち、盃屋さんが腹を鳴らした事実は有耶無耶になった。そして、夕飯が終わり、俺は────────
「あ”~、づがれだぁ~」
海が一望できる大浴場で一人今日の疲れを流していた
『きょう~おっさんくさ~い』
「うるさい。今日は拉致られて疲れてんだからこれくらいいいだろ?」
幸いここには俺一人しかいないからお袋に茶化されても言い返せる。他の人……特に盃屋さんの事務所関係者がいたらこうはいかないけど、声優陣と爺さん達は不在でこの大浴場はほぼ俺の貸し切り状態。お袋と話をしていても不審に思う人間など一人もいない
『でもでも~、お母さんはきょうにはいつまでも若々しくいてほしいんだよぉ~』
いつまでも若々しくって、俺は生きてる人間なんだからそれは無理だろうに……、嫌でも年齢を重ねれば禿げるし老ける。
「年齢を重ねれば嫌でも禿げたり老けたりするから永久に若々しくってのは無理だな」
実年齢よりも若く見られる人は世の中探せばいくらでもいる。でもそれは若く見えるってだけって話だ。美しさは永遠ではなく、いずれ朽ち果てていくものだと俺は思う
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