夕日に照らされた和室、目の前に置かれたお茶とお菓子。テーブルを挟み俺、琴音、蒼の正面に座るのは出迎えてくれた女性、凛空君、ショートカットの女性。俺は何をしに来たんだろうか……
「まず自己紹介からしましょうか」
司会進行っぽい蒼が立ち上がって切り出す。先程までにこやかに談笑していた蒼と凛空君は出迎えてくれた女性が入ってくると俺の正面に座り、女性が凛空君の右隣────蒼の正面に座った。続けてどこから帰って来ただろうショートカットの女性が左隣────琴音の正面に座り、現在に至るのだが、俺には男と見合いする趣味など持ち合わせていない。恋愛については真面目に考えなきゃとは思っているがな。それより……
「自己紹介って言うがな、蒼。誰からするんだよ?」
自己紹介しろと言われても順番が指定されてないんじゃ誰一人として口を開こうとしないのは明白だ。小学校とかだと窓際の一番前から順にとか、出席番号順とかやり様はあるが、ここは学校じゃない。司会進行が順番をキッチリ決めてくれなきゃ困る。というより、まず蒼が名乗るのが筋だと思う
「誰からって……誰からすればいいんでしょう?」
「あのなぁ……こういうのはまず最初に司会進行の蒼からして順次指名していくモンだろ」
「そ、そうですよね!」
頭を掻きながら笑う蒼に俺は不安を抱く。女性陣は苦笑を浮かべ、凛空君は溜息を吐く。こんな調子でいいのかよ……いつもは人にヘタレとか言ってるクセに……
「当たり前だ。気を取り直してもう一回やってみろ」
「は、はい。えー、気を取り直しても一度。ボクの名前は空野蒼です。よろしくお願いします。次、恭さん」
そう言って蒼が一礼した後、俺を指名してきた。彼の自己紹介が終わり、隣の琴音が拍手。それに釣られて凛空君達も拍手。まばらな拍手が辛気臭さを醸し出してるのだが、俺はここへ遊びに来たわけじゃない。辛気臭いとか盛り上がりに欠けるとかは気にしない
「はいはい」
自分の目的を早くも見失いつつ立ち上がり、そして────
「どうも灰賀恭です。よろしく」
軽く自己紹介を済ませ、座ったのだが────
「恭さん、短すぎません?」
司会進行の蒼は気に入らなかったらしい。文句付けてきやがった
「今はお楽しみ会じゃねぇんだからいいだろ。それに、名前以外何も言えねぇよ。人に自慢できる特技もねぇしな」
ここに呼ばれた理由はお楽しみ会目的じゃないから自己紹介なんて名前さえ分かればそれでよし。もう一度言う。俺はここへ来たのは合コン目的でもお楽しみ会目的でもない。凛空君が苦しんでるらしいから助けるためだ
「それでも、人と成りを知ってもらうのって大切じゃないですか」
「知るか。俺の人と成りなら蒼、お前から説明しとけ」
「えぇ……」
「それより、後が閊えてるだろ。早く次」
「分かりました」
蒼の顔立ちはどちらかというと女性に近しいものがある。不満気な表情を見て少しだけ可愛いなと思いはしたのは内緒だ。
「それでは次、琴音さんお願いします」
「う、うん……」
緊張した面持ちで立ち上がった琴音。自己紹介っつーのはいくつになっても緊張するものなのか? 俺にはよく分からん
「え、えーっと、わ、わた、私は、ど、渡井琴音でしゅ……」
琴音は顔を真っ赤にしながら一礼するとそのまま素早く座った。どんだけ自己紹介慣れしてないんだよ……。年齢=彼氏や彼女いない歴なんて言う奴がいるが、俺は年齢と積んできた経験は比例しないと学んだ。人間生きているだけで学ぶ事もあるんだなぁ……って、しみじみしてる場合じゃねぇや
「はい、ありがとうございます。それでは灰賀陣の自己紹介が終わったところで、次、凛空陣どうぞ!」
オイこら、俺には文句垂れといて琴音には一言もナシか? 俺は男で琴音は女だから何も言わねぇのか? 男女差別か? コラ?
「はぁ……」
理解不能なノリの蒼に俺の口から出てきたのは文句ではなく、溜息。呆れ……てはいないが、彼のノリについていけない
「それでは、張り切って行ってみましょう! まずは凛空から!」
蒼君? ノリがお楽しみ会のそれですよ?
「了解!」
類は友を呼ぶ。凛空君も同類だったか。指名された凛空君は勢いよく立ち上がる。悩んでたというか、苦しんでるんじゃねぇのかよ……。電話じゃ今にも壊れてしまいそうだと言ってただろ?
「うっす! オレの名前は一条凛空っす! よろしくっす!」
そう言って勢いよく頭を下げる凛空君を見て自分がここへ来た理由が分からなくなってきた。聞いてた話と違う……違いすぎる。
「はい! 元気のいい自己紹介ありがとう! 凛空! それじゃあ! 次!」
蒼が凛空君に感化されたのか、凛空君が蒼に感化されたのかは知らんが、ノリがウザくなってきた。ウザいってよりは暑苦しいと言った方が正しいか。とにかく、俺の苦手とするノリになってきたのは事実だ。この感じが後二人分続くとなると疲れる……
「つ、次は私だね……」
苦笑を浮かべながら立ち上がったのは俺達を出迎えてくれた女性。ウザいノリじゃないだけ助かったが、うん。精神的疲労が溜まる前にこの場を一度離れよう
「すんません、トイレ行きたいんすけど」
女性の自己紹介が始まる前に俺は手を挙げ、自己申告。本当にトイレへ行きたいのではなく、ここから離れたいというのが本音だ
「それなら廊下出て右っス! 恭さん!」
「そ、そうか、あ、ありがとう……凛空君……」
俺は苦笑を浮かべながら立ち上がると居間を出た
「はぁ……」
居間を出て後ろ手で襖を占めると今日何度目になるか分からない溜息を吐いた。聞いていた話とまるで違う。違いすぎる。とてもじゃないが、困っているようには見えない
「元気そのものじゃねぇかよ……ったく、あれのどこが困ってるっつーんだよ……」
琴音は何も言わなかったが、俺には凛空君が困っているようには見えない。空元気という可能性もなくはないが、まだちゃんと話を聞いてないから結論は出せないんだよなぁ……
『凛空君、苦しんでるよ』
「そうか? 俺にはとてもそうは見えなかったぞ。早織、アンタの目が節穴なだけなんじゃないのか?」
『恭様、私も早織さんに同意。あの子は今、とても苦しんでる。自分を偽ってまでそれを隠しているわ』
「偽ってるって単に騒がしいだけじゃねぇか。俺にはアレが素に見えるぞ?」
早織と神矢想花は凛空君が苦しんでいる、自分を偽っていると言うが、俺には彼女達の言う事が信じられない。爺さんと婆さんの悪ノリで耐性が付いてるから苦しんでると思えないのか、彼の心に巣食う闇をまだ見てないからかは分かんねぇ。あの感じじゃ心の闇────つまり、負の部分を引き出すのは一苦労になりそうだ
『苦しんでるよ。って言ってもきょうは信じないだろうから仏間行こうか?』
「は?」
早織が何を言っているか全く理解できない。他人様の家を勝手に徘徊する意味もだが、凛空君が苦しんでるのと俺が仏間に行くのと何の因果関係があるのかサッパリだ
『聞こえなかったのかしら? 早織さんは仏間に行きましょうと言ったのよ』
「それは聞こえた。仏間に行く意味が理解できないんだよ。他人様の家を勝手に徘徊するのはマズいだろ。それにだ、凛空君が苦しんでるのと俺が仏間に行くのと何の関係がある?」
この家に入る前に早織と神矢想花はここにいる奴に話をしてくると言っていたからこの家に幽霊がいるのは確かだ。だが、俺はその人と何の関わりもない。仏間に行ったところで手を合わせるくらいしかできないのだ
『関係大有りだよ。凛空君が苦しんでるのはその人が原因なんだから。簡単に言うと今の凛空君は中学時代のきょうなんだよ。支えてくれる人と蒼君って心配してくれる友達がいるだけ状況は違うけどね』
何となく凛空君が置かれている現状は理解した。状況は違えど話だけ聞くと凛空君は苦しんでいるようだ。本人を見るとそうは見えんけど
「はぁ……泣きべそ掻いて引き籠ってないだけマシだが……何となく俺にお鉢が回ってきた理由は分かった。本人見てると苦しんでるようには見えんけど」
本心を言うと幽霊二人の言っている事は俄かには信じがたい。こればかりは凛空君の本心をどうにかして引き出すほかないのだ
『信じられないと思うけど、事実だよ。彼は……いや、彼よりもあの人の方が苦しんでる……きょう、凛空君とあの人を助けてあげて。お願い』
そう言って早織は頭を下げる。はぁ……面倒事が増えた……実の母親から頭を下げられるとは……ったく、これだから人と関わるのは嫌なんだ。しかし、蒼と凛空君を出来る範囲で助けると約束しちまった以上、彼女の頼みも無碍にはできねぇよな……
「凛空君と同じで俺が出来る範囲でいいならな」
『うん! それでいいよ!』
『恭様なら引き受けてくれると信じていたわ』
俺はいつから目の前に苦しんでる人間を見捨てられなくなったのやら……自分の断り切れない性格が心の底から憎い。スパッと断れたなら同居人の友達を助けてほしいという面倒な事この上ない頼みを引き受ける事なんてなかったってのに……はぁ……
「面倒な事は嫌いなんだがなぁ……」
高校入学してから多くはないし、質も違うが、騒動に巻き込まれる事が増えた。それも全て自分の意図してないところでだ。どう転んだら中学まで引き籠っていた奴が高校入学を期に騒動に巻き込まれる生活を送れるようになるのやら……
「適当な口実を用意しとかなきゃな」
はしゃぐ幽霊二人組を後目に俺はここからどう抜け出したものかと考え始めた。蒼、琴音の二人だけなら抜け出す必要もないのだが、凛空君達がいる手前、やりづらい。これは……一日じゃ終わりそうにないな。本当に面倒な事を引き受けたもんだ
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