「づがれだ~」
新しい入居者達に一番から七番スクリーンの案内をした俺はスーツという堅苦しい鎧からTシャツ、スエットに着替え、リビングで布団も敷かずにゴロ寝していた
「お疲れ、恭」
「恭君、お疲れ様です」
そんな俺を労ってくれるのは零と闇華で琴音は現在、料理の真っ最中。今日の昼飯は何になるのか楽しみだ。そんな時だった
「あ、あの、灰賀さんにお聞きしたい事があって来たんですけど……」
一人の女性が俺の元を訪ねてきた
「お客さんみたいね。恭は休んでて。アタシが行ってくるから」
「おう、頼むわ、零」
普通なら入口の声は聞こえないと思うじゃん?でも、ここは元スクリーンだけあって室内なら音がよく響く。それに加えて静かだったってのもあり小さな声だったとしても余計に響く。俺は入学式での唐突な来賓代表の代わりと新しい入居者達の案内で疲れ切っていたため零が代わりに応対すると言って出入口の方へ向かって行った
「いいんですか? 恭君。代わりを買って出てくれたとはいえ零ちゃんに行かせて」
「俺がここに住み始めて最初に来たんだから俺と同じくらいここの勝手は理解しているだろうから安心だろ」
闇華に言った通り零は俺がここに来て最初に拾った奴だ。俺と同等レベルでここの勝手を理解しているから何も問題ないはず。と思われていたのだが……
「恭、この子が家具とか食材とかの事で聞きたい事があるって」
「そうなんです……」
零と共にやって来たのは黒髪ロングで清楚が服を着ているような感じの女子。好みか好みじゃないかで言えば正直微妙なところだ。
「家具とか食材? あー、そういえばこの部屋以外家具の類がなかったっけ?」
俺の記憶が確かならこの部屋以外は家具の類は一切ないと記憶している。一番から七番スクリーンは大浴場だったりプールだったりと各部屋それぞれが違うものになっているから見て回ったが、八番から十三番は居住スペースとなっているから全く見てなかった。それが今回裏目に出たらしい
「は、はい、布団の類はリネン室から運び出しましたが、家具と食材は一切なかったのでどうしようかと思いまして……そ、それで私が代表で灰賀さんに聞きに来たんですけど……今大丈夫でしたか?」
黒髪ロングの娘は控え目な性格らしい。そんな娘がどうして代表で俺のところに来たのかという疑問は後にしてだ。どうしたものか……
「家具と食材か……」
今日住み始めたばかりで仕事も金もない人達に対して自分で何とかしろだなんて無粋な事を俺は言わない。だが、ここは俺の部屋にあったものプラス爺さんか婆さんが用意した家具や食材があるだけだ。食材に関しては大量にあるからいいとして、問題は家具だな
「恭、食材はともかく、家具はないと不便だってアタシ達が一番よく知ってるわよね?何とかならないかしら?」
「そうですよ、恭君。家具がないと不便な事この上ないです。何とかならないでしょうか?」
零と闇華の言う通りなのだが、こればかりは俺一人じゃどうにもならない。そもそも住まわせろと言ったのは婆さんだ
「婆さんに電話してみる」
この家の家主は俺だから家の事に関して聞かれるのはしょうがない。それとこれとは話が別で家具や食材に関しては爺さんか婆さん、あるいは親父が管理しているから俺にはどうしようもない。
「え?灰賀さんが家具や食材の管理してるんじゃないんですか?」
スマホを持ち、部屋を出ようとしたところで黒髪ロングっ娘が意外そうな顔をしていた
「してない。俺だって自分の父親からここへ放り込まれたクチだ。んで、君達と同じ新入生である津野田零と八雲闇華、今ここにはいない渡井琴音は君と同じで俺が拾った。そんなわけでここへ放り込まれただけの俺は家具はもちろん、食材がどうなっているのか全く把握してない」
一人暮らしを命じられたのに今じゃ他人と同居している。それを一人暮らしと呼べるかどうかは置いといて、家具に関しちゃ俺にはどうしようもない。食材に関しちゃ言い出しっぺに直接聞くしかない
「そ、そうだったんですか……」
「ああ。それに、君達を入居させろと言ったのは婆さんだ。新しい入居者の生活用品全般は言い出しっぺに聞くのが手っ取り早い」
「た、確かに……」
その場の雰囲気と女性達からの捨てられた小動物の眼差し攻撃があったとはいえ、引き取ったのは俺だ。引き取った以上は責任を持って面倒を見る責任がある
「んじゃ、気を取り直して婆さんに電話してみるから俺は一旦出るぞ」
人を犬猫のように扱うのは不本意だが、引き取れと言ったのは婆さんだ。だから家具と食材だけじゃなく、引き取った人達の生活用品に関する事は婆さんに聞くのが一番だ。婆さんに電話すべく部屋を出ようとしたその時……
じりりりりん! じりりりりん!
俺のスマホが鳴った。着信画面には『婆さん』と表示されていたので俺としてはこちらから掛ける手間が省けて助かる
「もしもし」
『恭、お祖母ちゃんだけど、今大丈夫かい?』
「ああ、俺も今電話しようと思っていたところだ」
『それはちょうど良かった。恭に引き取ってもらった母娘達の分の家具と食材に関してなんだけどねぇ』
「ああ」
『それ、もうすぐ届くから一階の玄関に行っとくれ』
「マジかよ……まぁ、早いに越した事はないか。了解」
『じゃあね』
「ああ」
俺から聞こうと思っていた事を淡々と話す婆さんに家に着く前に報告しろと毒づきはするものの、迅速な対応を取ってくれた事に対しての感謝が勝っていたので今回に関しては何も言うまい
「三人共さっきの電話聞いてたよな?」
俺が電話に出たのは部屋の外ではなく、部屋の中。当然零達の目の前だったから聞かれているのは承知の上だ
「「「バッチリと!」」」
零達は親指を立て、サムズアップ。そんな零達に言う事は一つだけ
「んじゃ、俺は一階に行くけど……お前達も来るか?」
「行くわ!」
「「行きます!」」
零と闇華に至っちゃ二度目で、前回の事で知ってるとは思うが、俺達住んでる側の人間はやる事が全くない
「了解。一応、俺は琴音に声掛けてから行くから、零達は他の人達に声掛けてきてくれ」
「「「OK!!」」」
俺達の部屋に家具が来た時はまだ三人だった頃だ。しかし、今回は人数が増え過ぎた。出迎えに行く組と待ってる組と別れるのは当たり前なのだが、自分達の判例を思い出すと搬入から配置まで全てやってくれた記憶がある。今回もそうだとしたら前もって知らせておく必要があるのだ
「それじゃあ、各自行動開始な」
俺の宣言により零達は部屋を出て行き、俺は琴音がいるキッチンへ向かった
キッチンに入るといい匂いが漂ってきた。この匂いからは多分、焼きそばだと思う
「琴音、今大丈夫か?」
「あ、恭くん! もう出来るけど、待ちきれなくなって来ちゃった?」
琴音は俺が空腹に耐えかねて飯の催促をしに来たと思っているようだ
「いや、確かに腹は減ってるが、それとは別件で来たんだよ」
琴音の言う通り昼飯が待ちきれないという気持ちはある。それもあるのだが、今回は完全に違う用事で来た
「別件? 何かな? 何か重要な事?」
「重要な事っつーか、今日入って来た人達の部屋に家具と食材が届いて今から搬入準備をしに行くんだけど、一緒に来るか?」
琴音からすると家具と食材の搬入は一度見ている事になる。その時はまだここに住んではいなかったけど。だから今更だとは思う
「行く! すぐ準備するから!」
「お、おう……」
琴音はもの凄い勢いでコンロの火を止め、出来た焼きそばを三枚の皿に盛りつけ、ラップを掛けた
「さあ! 準備出来たから早く行こう!」
「あ、ああ」
俺は琴音に引きずられる形でキッチンを出て、そのまま部屋の外へ。
部屋の外へ出るとドヤ顔の零と新入居者母娘が全員揃っていた
「恭!全員集めてきたわよ!」
「ああ、ご苦労。んじゃ、全員揃ったし、一階へ行くとするか」
「「「「「「「はい!!」」」」」」」
俺の合図に全員が返事を返してくれた。それはいいとして、一瞬だが俺は中学で体育会系の部活をしていたらこんな感じのノリがあったのかもしれない。そう思ってしまった
さすがに今回は人数が人数だったのでエレベーターは使えず、動いてないエスカレーターを使って一階まで降り、玄関までやって来たのだが……
「何か作業服の人達増えてね?」
玄関までやって来て思った。今回は新しい入居者の人数が人数なだけに人が増えるのは仕方ないとして、俺達の家具搬入時よりも人が増えているのは気のせいだろうか?
「前回もこんなものだったでしょ?気のせいよ」
「そうですね、前回もあんな数でしたし、恭君の考えすぎじゃないでしょうか?」
俺の目には明らかに人数が増えているように見えても零と闇華にはそう見えないようだ
「えーっと、琴音は前回遠目から見たような話をしてたと思うが、前回よりも増えてるように見えるよな?」
頼む! 琴音だけは増えているように見えると言ってくれ!
「うーん、どうなんだろう?私、前回は本当に遠目からしか見てなかったから何とも言えないや」
ですよね、知ってた。遠目から作業服の集団が入っていくのを見てここが新店舗になると思ったくらいだからあまり期待はしてなかった
「そ、そうか……それより、家具を運び入れてもらう準備をするから、全員ドアから離れてくれ。じゃないと家具が運べないからな」
俺の指示により、全員がドアから離れる。俺はというと左右のドアを全開にし、作業服集団が入りやすくした。ドアを全開にしてから僅か数分後、作業服集団は前回と同じように家具や食材を運び入れてくれたのだが、前回と違うのはここからだった
「恭様、少々よろしいでしょうか?」
生活に必要な物のほとんどを運び終えた頃、作業服を着た一人の男性が声を掛けてきた
「は、はあ、何でしょうか?」
「暦様からこのフロアの一部および五階、六階、七階の工事を依頼されております事をお伝えします」
「は、はあ、工事ですか……」
マジ婆さん、唐突過ぎる……いきなりの事でもう突っ込む気にすらならない
「ええ、暦様からのご依頼では今後の事も考えてこのフロアの一部および五階、六階、七階を人が住めるようにしろとの事です」
作業服の男性の話を聞いて分かった。婆さんは俺に一人暮らしさせる気全くねーわ。いや、デパートの空き店舗だから一人で住むには持て余すか
「分かりました。他の人達には伝えておきます」
「お話が早くて助かります。それから、我々の仮設事務所をこの八階の駐車場に建てさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」
「それは全然構いません」
「それでは、失礼します」
「はい、工事の方、よろしくお願いいたします」
俺は作業服の男性が去った後、一人一階まで行き、ドアの鍵を掛けた。そして────────
「ただいま~」
残業を済ませたサラリーマンよろしく部屋へ戻る
「あっ、お帰り! 恭くん!」
部屋に戻るとえらくテンションが高い琴音が出迎えてくれた。
「お、おう、ただいま。テンション高いようだけど何かいい事でもあったか?」
琴音のテンションが高いのは珍しい事だ。だが、テンションが高かったのは琴音だけじゃなく、零と闇華も同様だった。その理由は琴音が懇切丁寧に説明してくれたが、掻い摘んで話すと自分専用のパソコンが届いて嬉しかったらしい。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました
読み終わったら、ポイントを付けましょう!