零と闇華の入学式は俺が大量の母娘を拾うという形で幕を閉め、一応、無事に終わった。それはそれとして、現在、俺、灰賀恭は自宅……ではなく『ホテルヤルマハ』のロビーにいた
「ったく、婆さんはどういうつもりなんだよ……」
新入生全員が母と二人暮らしだというのは入学式の時の婆さんの発言で何となく察しが付いた。それが何だって俺の家に住む話になるのかは理解出来ない
「ま、まぁまぁ、恭くん、落ち着いて。きっと何か事情があったんだよ」
俺を宥めているのは渡井琴音。津野田零や八雲闇華と同じように俺が拾った女子の一人だ。
「いやいや、事情があったにしろいきなり大量の母娘を住まわせろって会場に何組の親子がいたと思っているんだよ?」
新入生だけでカウントするとクラス二つ分。つまり、一クラス三十八人だとして、それが二クラス分で七十六人。家に部屋が余っているからいいとしても、いきなりは困る
「そ、それはそうだけど、お婆さんだって考え無しにあんな事言ったんじゃないと思うよ?」
「当たり前だ。あんな事を考え無しに言われても困る」
別に俺は怒っているわけじゃない。ただ、理由と事情を聞きたいだけで。と言うわけで現在は婆さんの出待ちをしている
「恭……やっぱり待ってたね。もうすぐ零ちゃんと闇華ちゃんが来ると思うから待ってておやり」
何気ない顔で平然とロビーにやって来た婆さんの顔から悪気は全く感じられない。っていうか、待ってるのは零と闇華だけじゃないだろうよ
「待ってるのは零と闇華だけじゃないだろ。他の新入生も待ってなきゃならんだろうに」
「おや、シングルマザーとはいえ恭が見ず知らずの母娘を住まわす事に反対しないとは意外だねぇ」
入学式の最中に『決定事項だから!』とか言ったババアがよくもまぁ、抜け抜けと……
「式の最中に決定事項だとか言って勝手に決めた婆さんが何言ってんだよ。それに、婆さんの言う通り部屋は余ってるんだ。事情さえ聞かせて貰えれば俺はそれでいい」
俺の住まいである十四番スクリーンはタダでさえ広すぎる。一人だった時も四人に増えた時もそうだが、とにかく広い。加えて住まいとなる部屋が俺達が住んでいる場所以外に残り七つもあるんだ。中はどうなっているか知らんけど、拒否する理由はない
「女の子には随分と優しいじゃないの。恭がそこまで女好きだとは知らなかったねぇ~」
厭らしい視線を俺に向けてくる婆さんだが、その手には乗らん
「別にそんなんじゃねーよ。ただ、広すぎる部屋が七つも余ってるんだ。クラス二つ分の母娘くらい住まわせても問題ないと思っただけだ。ちょうど俺達がいない間の掃除係も欲しかったところだしな」
いわゆる寮の管理人さん的な人が欲しいとは思っていた。今回の婆さんが言った事はちょうどいいと思った。ただそれだけだ
「そうかい。そんな優しい恭には今回の新入生達の事情を話すとしようかねぇ」
「最初からそうしてくれ」
零と闇華が入学できた時点で俺は口には出さなかったが、変だとは頭の片隅で思っていた。
「恭にはあの娘達の生い立ちを話すよりも現状を伝えた方が手っ取り早そうだから生い立ちはあえて話さないけど、早い話が彼女達新入生は零ちゃんや闇華ちゃん同様家庭の事情によって学校に通う事が不可能だった娘達だよ。理由は様々だから一人一人説明はしないけど、零ちゃんと闇華ちゃんの置かれていた状況を聞いた恭なら何となく察しは付くだろ?」
零と闇華を拾い、詳しい話を聞いた俺は彼女達が置かれていた状況を知っている。だからなのか零と闇華が置かれていた状況と言われ全てを察する事は無理でも金銭的なものだというのはすぐに解かった
「家庭の事情で彼女達が学校に通う事が無理だったってのは解かった。で、それがどうして俺の家に住まわせる理由になるんだよ?保護者の人達は全員正装だったぞ。俺が見る限りじゃ金に困っているって感じは全くなかった」
娘の入学式だから無理をした。そう言われれば返す言葉もない。しかし、家庭の事情で学校に通う事が不可能だったと聞かされて金に直結させる俺も俺だとは思う。学校に通えない理由の相場は金と決まっているからそう思っただけなのかもしれない
「そりゃ、あたしの幼馴染から要らないドレスを大量に貰ってそれをあげたんだ。正装出来て当たり前さね」
婆さんは何言ってんだコイツ? みたいな目で俺を見てくるが、何も聞かされてない俺からすると何も当たり前じゃない。ちゃんと事前に説明くらいしろよと思うぞ
「俺からしてみれば当たり前ではないんだけど? それと、いくら母子家庭だとはいえ母親達は仕事の一つでもしてんだろ?」
母親達は働いてるんだから自分の娘が学校に通う事が出来ないくらいは大げさだと思うのは俺だけだろうか?
「そりゃ働かなきゃ飯を食う事すら出来ないだろ。それでも、今日来ていた内の大半は仕事を掛け持ちしていた。そうしなきゃいけないのが来ていた母親達の現状だよ」
「はぁ……」
婆さんから聞かされた話はおおよそ中学卒業したてでまだ高校入学を果たしていない子供である俺に聞かせていい話じゃない。それを直接言うわけにもいかず俺は溜息を吐くだけだった
「呆れたかい? 母親達の現状を聞いてさ」
「呆れたわけじゃない。子供である俺には荷が重すぎたと思っただけだ」
母親達だって好き好んで娘に苦労を強いてるわけじゃない。望んでないのにそうなってしまっただけ。それだけ何だとは思う。自業自得な部分があるかもしれない、出て行った、あるいは死別した夫のせいでって事かもしれない。だから俺は悪戯に母親達を責める事は出来ない
「そうかい。で、恭。あの子達を住まわせるのかどうか早く返事してやんなよ。みんな待ってるんだからさ」
「みんな?」
「そうだよ。後ろを向いてみな」
俺が振り向くと新入生達とその母親達が期待の眼差しを向けてきていた。まるで捨てられた子猫や子犬のような眼差し。俺が見捨てたらこの人達は行き場を失くしてしまうのか……
「部屋は余ってるから住まわすのは構わねーけどよ、この人達だって今住んでるアパートなり何なりがあるだろ。だから今日からってわけにゃいかねーんじゃないのか?」
この人達だって貧乏ながらそれぞれの家がある。それが一軒家なのかアパートなのかは置いといてだ
「この子達はアンタが一人暮らしを始めるずっと前に家賃が支払えなくて住んでたアパートを追い出されたんだよ。だから今は全員あたしの家にいる。でもねぇ、あたしの家はアンタのとことは違って元はお屋敷なんだよ。だから全員住めたとしても結構ぎゅうぎゅうでねぇ」
「だから俺の家ってわけか」
「そう言う事さね。話が早くて助かるよ」
幼い頃に婆さんの家に行った事はある。婆さんの言う通りデカい屋敷ではあったが、二クラス分のホームレスを住まわせられるかと聞かれればそうではない。精々一クラス分が精一杯だ。それに比べて現在俺が一人暮らししているところは二クラス分の人間を住まわせるくらいなんてことない
「そういう話は先に言えと言いたいところだが、ちょうど俺も管理人的なポジションの人を探していたところだ。全員まとめて引き取りはするけどよ、この人達はみんな働いてるんじゃねーのか?」
婆さんの話ではこの人達は今現在婆さんの家で下宿している状態らしい。それはいいとしてだ、下宿している状態と働かないというのはわけが違う。下宿していても働かなきゃ必要なものを買ったりする事は出来ない。特に女性は日用品が男よりも多いからな
「それがねぇ、不思議な運命の巡り合わせとでも言うのか揃いも揃ってパワハラで仕事を辞めてきたんだよ」
本当に不思議な運命の巡り合わせだ。全員が全員、パワハラで仕事を辞めるとか宝くじ当てるよりも確率高いんじゃねーのか?
「不思議な運命の巡り合わせっつーか、宝くじ当てるよりも難しいんじゃないか?」
零にも闇華にも琴音にも最初に拾った時に言った言葉。“仕事は紹介出来ないけど住む場所くらいは紹介出来る”これを言うと零達は目を輝かせたり、絶望したような顔をしたりと反応は様々だった。目の前にいる人達はどうだ?娘はともかく、母親達は仕事がないと困るだろ
「まぁ、全員シングルマザーだからねぇ、どうしても好奇の目で見られてしまうのさ。時にはその容姿に惹かれ、子供なんて捨てて自分のものになれだなんてバカな男も寄ってくるくらいだよ」
婆さん、それが原因でここにいる全員が仕事辞めたとしたらそれはパワハラじゃなくてセクハラだぞ?
「そんなのでも仕事出来るんだから世も末だな。はぁ、とりあえずこの親子達は俺が引き取るのはいい。その代わり条件を付けさせてもらうけどいいよな?」
俺が条件を付けると言った瞬間、零、闇華、琴音を含めた女性陣全員の顔に不安の色が浮かべた。母娘連中に至っては今にも泣きそうだった
「そりゃ内容にもよるね。この職なし、金なし母娘達から家賃でも取ろうってならあたしゃ首を縦にゃ振らないよ」
婆さんは俺が外道か何かに写ってるらしい。俺としてはスッゲー心外なんだけど?
「俺が職なし、金なしの奴から金を巻き上げようって外道ならとっくの昔に琴音から目玉が飛び出る程の家賃を巻き上げてるっつーの! そうじゃなくて! さっきも言っただろ! 管理人的なポジションの人が欲しいって! 琴音含めた全員を家の管理人として雇えってのが俺が出す条件だ」
社会の事はよく知らん! そんな俺でもこれだけは言える。琴音もだけどこの人達を外で働かせたところでどうせ長くは持たない。別にコイツ等には仕事が出来ないとか言ってるんじゃないぞ?ただ、どこにでもゴミのような人間は必ずいる。そんなんで仕事を辞められたら面倒な事この上ない。だったらどうする?簡単だ。家の管理人として雇わせればいい
「何だい、そんな事でいいならあたしゃ全然構わないよ。爺さんにはあたしから話すけど、ダメだとは絶対に言わないだろうしね。恭、あんた外道じゃなかったんだねぇ~」
何だろう?提示した条件がアッサリ受け入れられて嬉しいはずなのに俺が知らぬ間に外道認定されていた事の方が悲しいや……。しかも、零達も零達で感動したって顔してる
「俺は職なし、金なしの連中苦しめて喜ぶ趣味なんて持ち合わせてないんだけど?つか、早く帰ってゲームしたいんだけど?」
もうここまで来たら話すのすら面倒だ。後は勝手にやってくれよ……
「帰るのは勝手だけど、この子達の事を忘れるんじゃないよ」
婆さんが指刺したのは零達と大量の母娘達。忘れてないから皆一様に捨てられた小動物のような目で俺を見るのを止めなさい!
「忘れてねーから! とりあえず、バスか何か回してくんね?さすがにこの人数を引き連れて移動するのはキツイ」
ただでさえ今日だけで新しく住む人間が大量に増えたんだ。家への道中くらい楽がしたい
「それならお安い御用だね」
婆さんは俺が言った通りバスを手配してくれたようで俺達はホテル玄関前に止まっていたバスに乗って家まで帰った。親父からは一人暮らししろって言われて今の家に放り込まれたのにいつの間にか一人暮らしじゃなくなってきているのは気のせいだろう
「つ、疲れた……」
帰宅後、母娘集団を拾った俺はすぐさま住まいに直行。布団も敷かずにリビングでグッタリしていた
「恭君、シワになっちゃうのでスーツくらい脱いでください! 脱いでからゴロ寝してください!」
母親または嫁さんみたいな事を言わないでくれ闇華。いきなり来賓代表の代わりとかやらされて疲れてんだから
「ちょっとだけ! ちょっとだけゴロっとさせてくれ! いろいろあって疲れた!」
今日はマジでいろいろあった。あり過ぎた。俺としては欲しいと思っていた管理人さんが大量に手に入ったから結果オーライだけど
「それは解かります! 解りますけど! それとスーツがシワになるのは話が別です! 横になるのなら着替えてください! それと、早いところ新しく来た人達にこのフロアを案内してあげてください!みんな外で待ってますよ!」
「そうだった……仕方ねぇ、着替えるのは後にして案内だけ先に済ますか」
案内するだけなら零に任せればいい。何しろここに来て初めて拾ったのが零であり、フロアを一緒に見て回ったのも零だ。女性で唯一この家(?)に詳しい人間だ。俺が案内しなくてもよくね?とは思うが、零曰く『家主の恭が案内するのが筋でしょ!』との事だ
「だったら早く行ってあげてください! それとも、私からの熱い口づけがなきゃやる気が起きませんか?」
闇華のような女の子にキスしてやろうか的な事を言われて嬉しくない男はいない。が、俺は物や餌で釣られるような男じゃない
「行ってくる」
俺は闇華の問いにYESともNOとも答えず部屋を出た。
「恭! 遅いわよ! みんな待ってるんだから早くしなさいよね!」
部屋を出ると外にはご立腹の零と苦笑いしている琴音がいた。何だこれ?デジャヴ?
「悪かった。ちょっとグダってた」
「グダってる場合じゃないのよ! この人達は部屋すら決まってないんだから早く案内しなさい!」
「はいはい」
俺は零にケツを蹴とばされる形で新しい入居者達に一番から七番スクリーンの案内をする事になった。今日は本当に疲れる日だな……
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