『えーっと、何から聞きたい?』
順を追って説明すると豪語したのにこの体たらく! 我ながら実に情けない
『何からって……とりあえず現状』
ですよねー、自分の夢に他人が入り込んでいるとか意味不明ですもんねー
『現状この世界は由香の夢で間違いない。なんて言ってるが俺も由香が自分の夢だとカミングアウトしてから気が付いたんだけどな』
本当に情けない話、由香の夢に入り込んだというのをこの世界は夢だと言われるまで気が付かなかった。もっと早い段階……親父と普通に話している時点で気付くべきだった
『恭って意外と抜けてるよね』
『うるさい。んで、俺はふと外に実家の様子が気になって来てみたら由香が泣いてた。どうにかして自分の現状を由香だけにでも伝えたいと思って由香の夢に来た。以上』
うん。実に分かりやすい説明だ。これ以上に要点だけをまとめた説明があるだろうか?ないな
『いや、肝心な事聞いてないからね!?』
『肝心な事?何だよ?』
由香の言う肝心な事とは何だ?
『今の恭がどんな存在なのかとか! 何であたしの夢に入ってこられたのかとかだよ!』
よりにもよって一番めんどくさい部分じゃねーかよ……
『あー、それについては俺もよく分かってない』
『はぁ!? 分かってないってそれはないでしょ!?』
由香の言う通りだ。夢の中に入って来ましたと言っといて方法が分かりませんじゃ納得できないのは当たり前だ。
『それを言われると返す言葉もないんだが、本当に分からないんだ。俺はお袋の言う通りにしただけだからな』
お袋の言うがままに俺は由香の頭に触れた。その結果、夢の中へ入る事ができた。原理を説明しろと言われたところで説明なんてできるはずもない
『お袋って……恭の本当のお母さんのだよね?』
『ああ』
『中二の時に死んだって言ってた?』
『ああ。そうだ』
『え?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』
腕の中で大絶叫する由香。何回も言うようだけどここは夢の中だ。腹は減らない、生理的欲求もない。当然、痛覚もないわけだから近距離で叫ばれたところで耳が痛いなんて事もない
『驚くのも無理はない。死んだ人間と話をしただなんて聞いたら誰だってそうなる』
俺は当事者だから平然と言ってのけたが、由香の立場だったら驚いていたところだ
『いやいや! え?え?何がどうなっているの!?』
俺は現状を把握しきれず戸惑いの色を浮かべる由香をどう落ち着かせたものかと考える。考えた結果……何もいい案が浮かばなかった
『まずは死んだはずのお袋と話が出来るようになった経緯から説明した方がいいか』
『当たり前でしょ! ただでさえ恭が夢の中にいるって聞かされて戸惑ってるっていうのにその上死んだお母さんと話をしたって聞かされてパニックだよ!』
ごもっとも……。だが、それだってどこから説明したものかと頭を悩ませる。ありのままを伝えるしかないんだけどよ
『んじゃ、お袋と話が出来るようになったキッカケから説明させてもらう。その前に神矢想子って覚えてるか?』
お袋の話をする際、どうしても神矢想子の一件は避けて通れない。特に大なり小なり関わりがあったのではないかと思われる人間に話す時はな
『ウチの学校に来てた傲慢な先生でしょ?それがどうかしたの?』
由香と神矢想子の関わりなんて俺の知ったこっちゃない。どれくらい深い関わりを持っていたのか?なんて知った事ではない。しかし、由香にでさえ傲慢だと言われるという事は余程独裁的な授業、振る舞いをしていたに違いない。
『お袋と話が出来るようになったキッカケを話すには避けて通れないんだよ。何しろ再会したのはアイツが起こした騒動の真っ只中にいた時だからな』
アホ教師が起こした騒動で死んだ実の母親に再会する。聞く人が聞いたら単なる皮肉だ
『えっと……、話が見えてこないんだけど』
『だろうな。時系列に沿って解りやすく説明するが、その前に飛鳥の精神が子供に戻ったって話は知っているか?』
『あ、うん。神矢先生が内田さんの服装について問い詰めてそれから無理矢理服を剥ごうとしたって噂で聞いた』
不登校や高校中退者が集まるような学校でも噂話ってあるんだなと感心しつつ、俺は話を進める。
『俺も実際にその現場に居合わせたわけじゃないから本当かどうかは分からない。が、おそらくは本当の話だ。それだけなら飛鳥は教師に無理矢理服を剥がされそうになった悲劇のヒロインだった。しかし、実際はそれだけじゃ済まなかった』
『うん……』
神矢が服を剥ごうとした。それで飛鳥が泣きじゃくるだけ、元気をなくすだけで済んだのなら俺はお袋と再会していなかったかもしれない。いや、遅かれ早かれお袋とは再会したいたか
『由香も知っての通り飛鳥の精神は子供に戻った。でだ、神矢の暴走はそこに留まらず今度は俺に難癖を付けてきたんだ。理由は俺が飛鳥を庇ってたって事と神矢に反抗した。それが理由だ』
生徒だって人間だからいくら教師の言う事だって自分が納得出来なきゃ反抗する。神矢想子はそんな当たり前の事が解らなかったんだと今では思う
『一人の生徒を庇った上に反抗したからケチを付けるって……子供じゃないんだから』
由香にすら呆れられる神矢想子。今のところ関わりないけど同情する
『全くその通りだ。まぁ、神矢が身体だけ大人で精神が子供というのは置いといてだ。飛鳥の精神が子供に戻ってしまってから数日?日数は覚えてないが、神矢想子をこれからどうしようかと思っていた矢先に俺はお袋と再会した』
その時は珍しく部屋の外にあるトイレを使っていたとか、青白い光がいきなり現れ、それを見た俺は爺さんの悪戯と思ってスルーしようとしたとかは……言わなくていいか。
『再会したって……死んだ話は嘘で本当は生きてたの?』
やっぱ再会した時の状況をザックリ説明しないとダメか……
『いや、お袋は死んでるよ。再会したのは真夜中。ちょっと部屋から出て別の場所に行ってた時だ。いきなり青白い光が俺の背後に現れ、その時は爺さんの悪戯と思ってスルーして部屋に戻ろうとしたんだが、何かに引っ張られるようにして俺は元いた場所に戻された』
『う、うん……』
『で、その青白い光はお袋の声で俺の名前を呼んだ。ここまで言えばもう分かるよな?』
分かるよな?とは言ったが、本当は分かってほしかった。これ以上お袋と再会した時の話をすると俺が由香の夢に入り込んでいる理由を説明する時間がなくなるからだ
『えっと、あたしの答えが合ってるなら恭のお母さんって今は幽霊……だよね?』
『ああ。その通りだ。しかも、俺に憑いてるからいつでもどこでも一緒だ』
『そ、そうなんだ……』
『ああ。それで、今の話を聞いただけじゃ神矢との因果関係がサッパリだと思うから簡単に説明するぞ?』
『あ、うん、お願い』
それから俺はお袋と再会する前に学校で神矢から呼び出しをくらい、否定の言葉を浴びせられた挙句、お袋がいない事を非難された。結果として俺がキレて原因不明の揺れが起きた話を掻い摘んで説明した
『────ってわけでこれがお袋と再会する前の話だ』
『うん……』
話を聞き終えた由香は明らかに元気を失っていた。心なしか声も涙声だ。もしかして幽霊が登場する話苦手だったか?
『ここまで話し終えといてなんだが、由香って幽霊の類苦手だったか?』
怖い話が苦手か否かなんて最初に確認しとくべきだった……
『ううん、怖い話が苦手とかじゃなくて、死んでなお自分の子供を思い続けてただなんて母親はすごいなって思っただけ。とにかく、恭がお母さんと再会できた経緯は何となくだけど理解したよ。それはいいんだけど、恭は何であたしの夢に入って来れたの?今の恭は何なの?』
由香の夢に入れた理由は俺にも分からないから答えようがない
『夢の中に入れた理由は俺にも分からないから答えようがない。が、現状の俺が何なのかは答えられる』
俺は一旦言葉を区切り、由香がどう返してくるかを窺う。もしかしたら全て答えろと言ってくるかもしれないし、現状の俺がどういった存在なのかだけを答えろと言ってくるかもしれない。どう言われたとしても彼女の質問には誠心誠意答えるつもりだ
『夢の中に入って来れた理由はいいや。今の恭がどういう存在なのかだけ答えて』
上目遣いで俺を見つめる由香の目は真剣そのもの。ならば俺もそれ相応の答えを用意しなければならない
『今の俺は生霊みたいなものだ。医者も言ってただろ?いつ目が覚めるか分からないって。何で今の状態になってるかってのもお袋から詳しい説明を聞くしかない。もしかしたら俺の答えが間違ってるかもしれないしな。だから今の俺はこんな答え方しか出来ない。現状言えるのはケガが完治した時に元の身体に戻る。それだけだ』
実際に戻れるかどうかは不安だ。後でお袋に聞くとしよう
『そっか……ねぇ、恭』
『何だよ?今の答えで納得できないってならマジで俺が目を覚ますのを待っててくれってしか言えねーぞ?』
何しろ幽霊関係の話をお袋から聞いたのが一か月前くらいだ。そんな俺が現状を相手が理解出来るように説明するのは無理だ。今の俺が何なのかだってこの答えで本当に合っているのかと不安になるくらいだからな
『それはいいよ。恭に聞いたって上手く説明できないってしか言わないでしょ』
否定したいがその通りだからぐうの音も出ない
『残念ながらその通りだ。で?何だよ?』
『目が覚めたらでいいんだけど、あたしにも恭のお母さんが見えるようにしてほしい』
何かと思えばそんな事か
『そんな事か。別にいいぞ』
俺と同じ状態……つまり、幽霊が見えるようになりたいって事だ
『いいの?』
『ああ。拒否する理由なんてないしな』
『やった!』
喜んでいる由香を見て俺の周りに集まる奴は変だと改めて実感する。自分が変な奴だから自ずとそういう奴が集まるのか?
『やったって……そんな喜ぶ事でもな────』
言い終える前に俺の視界は真っ白になり、気が付いたら────────────
『おかえり~、きょう~』
満面の笑みを浮かべているお袋がいた
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