「何を言っているんだ……?」
もう一人の俺が何を言っているのか理解出来ない。零達に本当の自分を出す?ゴールデンウィークの一件以来俺は彼女達に対し、言いたい事は言ってるし自分がしたい事しかやっていない。十分に本当の自分を出している。そんな事を言われる筋合いはない
『何って、お前はいつになったら本性を出すんだと聞いているんだ』
「本性を出すって今でも十分素の自分を出している。今更出す本性なんてねーよ」
素の自分を出してなきゃダメ人間発言なんてしてない。零達に言いたい事を言っているのか?と聞かれても現状特に言いたい事などないからそれに関してはノーコメント
『あー、聞き方が悪かった。お前はいつになったら自分に危害を与える人間を容赦なく痛めつけるんだ?』
もう一人の俺の顔が歪む。これまでの生活の中で俺に危害を与える人間はいた。神矢想子や親父の勤める病院を襲撃した連中、加賀なんかがそうだ。それぞれ事情や目的があり、俺はそれに巻き込まれた。正直、迷惑だとは思ったけど、痛めつけたいとかは思った事はない
「容赦なく痛めつけるんだと聞かれても、これまでいろんな騒動に巻き込まれてきたけどよ、痛めつけたいとかは思った事なんて一度もねーよ」
神矢想子を例えにすると彼女の起こした騒動というのは結論を言えば生徒の為を思っての事。やり方や言動に問題はあったにしろ痛めつけるほどじゃなかった。迷惑ではあったけどな
『本当にそうか?』
「何が言いたい?」
『加賀と病院を襲撃してきた連中は除外するとして、神矢想子はお前の家庭事情……強いてはお袋がいない事をガキみたいに突いてきたよな?そん時にお前は無意識の中でこの女を殺してやりたいと、そう思わなかったか?』
神矢想子に対しては飛鳥の幼児退行を除いても思うところはあった。特に家庭環境に口出しされた時は本気で怒りを覚えた。だからと言って殺してやりたいとは思わなかった
「別に。あの女は所詮雇用形態で言うならパート。勤務している教師に言われたのなら多少なりとも殺意は覚えたかもしてない。だが、いつでも首を切れる状態にある人間に対して殺してやりてぇとは思わねぇよ」
センター長に彼女の雇用形態について詳しく聞いてなかったから実際はどういった形で雇われていたのかは分からない。東城先生の話じゃ当時の神矢はパートでセンター長がクビを言い渡せばいつだって星野川高校から叩き出される。そんな人間に殺意など覚えるわけがない
『綺麗事だな。俺自身の口からそんな綺麗事が出てくるとは……』
綺麗事か……。確かに俺の言っている事は綺麗事かもしれない。だけど、憎いからって相手を殺していてはキリがない
「うっせ、憎い相手をただ憎いからって理由だけで殺してたらキリがねーだろ」
そもそも日本の法律上殺人は犯罪だ。どんな理由があっても人を殺すだなんて事は許されない
『そりゃそうだ。だが、お前……いや、俺達には人知を超えた力があんだろ。それを使えば何の痕跡もなく憎いと思う奴を殺せるぜ?』
「だとしてもだ! それをやると悲しむ連中がいる。悲しむ連中がいなくても俺は人殺しなんてするつもりは全くないけどな」
俺はダメ人間だ。夏は暑いから外に出たくなく、冬は寒いから外に出たくない。願わくば一年中引きこもっていたとすら思っている。そんなダメな俺だが、人の道を外れるような事はしたくないと思っている
『さすが俺。人の道を外れるような事はしないって信念を曲げなかったか』
「当たり前だ。自分がダメ人間だって自覚はあっけどよ、人の道を外れちゃ終わりだろ」
『だな。まぁ、本当の自分をいつ出すかって質問は今の言葉を引き出すためのフェイクだから別に人を殺したいって猟奇的な思想だったとしても構わなかったんだけどな!』
もう一人の俺の歪んでいた顔はいつの間にかドヤ顔に変化していた。
「フェイクだったとしても趣味が悪いぞ」
『悪かったよ。面白くなってつい夢中になっちまった』
夢の中とはいえ、自分自身に遊ばれるとは……
「お前なぁ……」
目の前にいるのは自分自身だったとしても呆れるしかない
『悪かったって、ただ、これからする話はさっきの話と少し関係してくるんだよ』
「はぁ……。とりあえず言ってみろ」
さっきの話とこれからする話にどんな因果関係があるのかは分からないんだが……
『んじゃ、遠慮なく言うけどよ、お前というか、俺達は零、闇華、琴音、藍、飛鳥、由香、茜からLOVE的な方の好意を寄せられているだろ?』
「ああ、そうだな」
『でだ、零、闇華、琴音、藍、飛鳥、茜はいいとしてだ、由香から好意を寄せられる事に対して、いや、由香が同居する事についてお前はどこかに不安があるだろ?』
真顔で訪ねてくるもう一人の俺。由香に好意を寄せられている事や同居する事に対しての不安?そんなの考えた事もなかった
「不安があるだろ?って言われてもそんな事考えた事すらないぞ」
今の由香は中学の頃とは違うと言うつもりはない。興味すらなかった人間の変化など俺が気づくわけがないのだ
『だろうな。幽霊とはいえ、お袋と再会でき、形見を取り戻す事が出来た。現状に満足しているお前じゃ由香から好意を寄せられ、同居すると言われたところで何の不安も感じるわけないよな……』
「その言い方じゃお前は由香に対して不安を抱いてるって言い方だな」
『その通りだ。俺は由香に不安を抱いてる。むしろ不安しか抱いてねぇよ』
もう一人の俺は由香にどんな不安を抱いているというんだ?
「興味すらなかった人間の変化なんて全く興味ねぇけど、由香は変わったぞ?かつては女子の中心で興味を抱かなかったって理由だけで俺を虐めてきた奴だが、今じゃ俺に危害を加えようとはしないからな」
もっとも、俺に危害を加えないというだけで学校にいる他の誰かに危害を加えている可能性は否定できないがな
『それは表面上だろ?家族だから、お前がぶん殴ったから、星野川高校という通信制高校で一クラスの人数が少なく、学年全体の人数を合わせてやっと普通高校のクラス一つ分程度の人数しかいない環境にいるからそう思うだけだろ?』
「な、何を言ってるんだ?」
『何ってお前が思っている事だよ。由香が変わった?それはお前の見える範囲での話だろ?本当は何も変わってないんじゃないか、いや、中学時代よりも更に悪化し、他人の物だけならまだしも金まで奪っているんじゃないかと心の奥底ではそう思ってる。つまり、お前は由香を無意識のうちに疑ってんだよ』
俺が由香を疑っている?
「俺が由香を疑っているとして、その理由は何だ?」
『過去に由香からされた仕打ちとでも言えばいいのか?人のものを盗むクセというのは治そうと思えば治る。しかし、仮に治ったとしても一時的にだ。永久にじゃない。いつまでも過去の事をネチネチ言いたかねぇけど、好意に答えるにしても同居するにしてもアイツがお袋の形見をお前から奪い取ったっていう過去は消えねぇ』
過去は消せない。そんなの言われなくても解っている
「だから何だよ?例え過去がそうだったとしてもこれから先の未来で補えばいいだけの話だろ?」
過去は誰がどう足掻いたって消えないが、未来なら変えられる。由香が俺にした事は到底許せるものじゃない。だけど、未来でそれを補えばいい。それだけの話だ
『ほぉ、んじゃ、これから先、由香が盗みを働かないと、お前はそう言い切るんだな?』
「言い切らねぇよ。本人の前じゃ恥ずかしくて言えないが、俺はただアイツを少しは信じてみようって思っただけだ」
疑ってばかりというのは疲れる。それが当たり前になってきたら人の親切全てを疑わなきゃならなくなり、そのうち人間不信になりそうだ
『くっさ! 自分自身だとはいえ、さすがに今の台詞はクサいぞ?』
「喧しい! つか! 突然出てきてお袋のケツがどうとか、本当の自分をいつだすとか、由香がどうとか理解不能な事ばかり言ってきたお前にだけは言われたくねぇから!」
俺自身だからあんま強く言えねぇけど、脈絡のない話をしないでほしい
『それはすみませんねぇ! こっちとら今のお前を見てると不安なんだよ!』
今の俺のどこが不安なんだよ……
「今の俺のどこに不安があるんですかねぇ……」
『どこって────────』
もう一人の俺が何かを言う前に目の前が真っ白になった
「ん……。そうか……俺は零達に詰め寄られている最中で気を失ったんだった……」
目が覚めると俺はベッドの上にいた。天井は……どこも同じか。違うのは薬品の匂いがするってとこだけ。考えるまでもなく、俺は医務室に運ばれたらしい
「ったく、なんつー夢だよ……」
我ながら理解不能な夢を見た。100%由香を信頼しているというわけじゃないが、疑ってもいない。それが今の俺だというのに夢に出てきたもう一人の俺は由香への不信感100%だった。中学時代にされた事が事だから疑ってしまうのも仕方ない事なのは理解出来る。未だに分からないのは何で夢に出てきた俺は由香を疑うように仕向ける発言をしたかだ
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