朝になった。普段は寝起きの悪い先輩も今日ばかりは早くに起きて準備を始めていた。
「えっとこれを、あとこれも……あ、それも」
先輩は暗殺道具をどんどんアイテム袋に仕舞っていく。
その内に全く関係なさそうな物まで入れ始めた。
「先輩……ピクニックに行くわけじゃないんだから」
「だって、必要になるかもしれないじゃん!!」
「だとしてもランタンは絶対に要らない」
アイテム袋に仕舞える量にだって制限はある。
「私も手伝うからもう一度整理するよ」
「うぅ、はーい」
必要な物と必要じゃない物で、どんどん仕分けていく。
仕分けを続けていると歯ブラシまで出て来た。この人、本当にどこ行くつもりだったんだろう。
「うん。こんなもんかな。だいぶ減ったね」
「ちょっと減らし過ぎじゃない? やっぱり、僕はランタンも持っていくべきだと……ごめん! 謝るからビリビリはやめて!!」
先輩のお陰で緊張は和らぐけど、和らげ過ぎるのもあまり良くない。
とりあえず、アルマ先輩のアイテム袋の整理を終え、私も自分の装備を整える。
「先輩。まだ時間はあるけど、そろそろ着替えをしといたら?」
「うん。そうするー」
ソファーの上でゴロゴロしていた先輩に声をかけ、先輩が伸びをして立ち上がる。
すると先輩は部屋に戻らず、そのまま目の前で服を脱ぎ出す。事前に着替えを持って来ていた様だ。
「先輩……もうちょっと女の子らしく恥じらったらどうですか? 堂々と着替えられるのはちょっと」
「別にいいじゃん。見られたって減るもんじゃないしさ」
「ええ……」
おそらく先輩が、こんな風に着替えをするのは私の前だからだと思うが、そんなにチラチラと視線を送るのはやめてほしい。
着替えってそんなまじまじと見るようなもんじゃないでしょ? あ、でも私、カノン様の着替えを凄いまじまじと見てた。
うん、だったら着替えはまじまじと見るものだな。
着替えを終えた先輩が、クルクルと見せびらかす様に回ってみせる。
「どう? 似合ってる?」
「似合ってると思うよ」
「えへへ〜嬉しい」
今、先輩が来ているのはギルド職員の制服だ。胸元のリボンが可愛らしい。スカートの下のタイツも魅力的だ。普段の先輩だったら絶対にタイツなんて履かない。
こういう時にだけ見られるレア先輩だ。
「良かったね。先輩に合うサイズの制服があって」
「あ、今僕の事馬鹿にしたー!」
「馬鹿になんてしてないよ。良かったねって言っただけじゃん」
「それが馬鹿にしてるんだよー!!」
◇◆◇◆◇
私も暗殺用の服に着替え、最終チェックを行う。コンディションはバッチリだった。
今なら雷剣5本同時に作れそうだ。
「エト、アルマ入っていい?」
「どうぞ」
戸口が叩かれる。
私が返事をすると、これまたギルド職員の制服に身を包んだクロエが入って来た。
「アルマを迎えに来た」
「先輩ならお花を摘みに行ってるから少し待ってて」
「分かった」
クロエの全身を見る。アルマと違いクロエは身体の至る所が細く、華奢な女の子という印象を人に与える。
「わーもうクロエ来てた!」
先輩がトイレから戻ってくる。
先輩はクロエとは真逆で女性らしい身体つきといえた。
「え、何見てるの?」
「なんでもないから気にしないで」
もう一度クロエを見る。
こうして服を着ていると分からないが、細い見た目とは裏腹に、実際は結構鍛えている。
一緒にお風呂に入った時、思わず声が出てしまったくらいだ。
「アルマはエトと別行動。寂しい?」
「さ、寂しいって言われたら寂しいけど、こればっかりは仕方ないって割り切ってる」
「先輩、泣かないで下さいよ」
「泣くのはエトの方だよ。僕がヘルハウンドの炎に呑み込まれた時だって泣いてたのは……」
「あー何も聞こえません」
私は耳を塞ぐ。先輩が何か言っていた気がするが、あいにく聞こえなかった。
「もういいよ、クロエ行こ。マチルダさんもすぐ近くに来てるんでしょ」
「うん。私たちが商業ギルドに行くと他の職員に怪しまれるから」
一応、アルマとクロエの設定は新米受付嬢だ。だから普段見ない顔を見てもトルメダは不思議がらない筈。
それに元々、商業ギルドとレイスフォード家は接点がないそうだし、初見で正体がバレるという事はないだろう。
「じゃあエト。また後でね」
「はい、また後で」
「エト。アルマは私が守るから安心して」
「クロエにはとっても期待してるからね!!」
「僕とクロエで対応違い過ぎじゃない?」
「同じ、同じ。ほら気にしない気にしない」
「やっぱり僕の事、馬鹿にしてるよね!?」
先輩達とは一旦ここで別れ、私も先輩達と離れ別行動だ。
イリアさん達も既に動き始めている頃だろう。
「後でか……」
アルマの言葉が耳に残る。自分で言った言葉には責任持って返さなきゃと思う。
だからお互い生きて会わないとね。
◇◆◇◆◇
エトと別れ、マチルダさんと合流した僕達は、侯爵の贈り物を持って屋敷までやって来た。
ここに来るのも久しぶりだ。母と家を追い出されて以来だった。
「行くわよ……」
「うん」
「いいよ」
マチルダさんが意を決して門番に声を掛ける。
僕とクロエは大人しくトルメダへの贈り物を抱えていた。口下手な僕たちが喋ると余計な事になりかねないから、黙っているよう言われていた。
「あの、17時から面会を申し込んだ商業ギルドのマチルダです。ここを通してもらえますか?」
「…………話は当主から伺っています。どうぞお入り下さい」
マチルダさんがほっとしたような表情を浮かべる。
第一段階はクリアした。
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