私とシズルは、広間へとやってきた。そこにはおびただしい数の血と、死体が転がっていた。
「おえっ。なんて血生臭い、目も向けてられないや」
私は咄嗟に鼻を押さえて、目をそらしてしまった。首や胴が切れている死体が、たくさん転がっていたからだ。中には何本ものナイフが、刺さっている遺体もあった。
「殺されているのは全て、王族陣営の者達ね」
シズルは死体に近づいて観察している、凄いな。
「何それ、帝国は宰相側についてるって事?」
「たぶん、それに近い形で動いていると思った方がいいわね。少なくとも向こうは、宰相側につく事に利があるのでしょう」
「城にいるはずの貴族は、何やってるの? 普通の兵士になんかには負けない筈だよ」
「それがみんな死んだように眠ってしまっていて、全く目を覚まさないのよ。ローラと違う点はちゃんと生きていて苦しんでないということ……」
私は一つ思い当たることがあった。ローラのあの部屋の匂い……。
「毒……たぶん誕生日会の料理に、ローラとは別の種類の毒を盛られたんだよ、それも遅効性の毒を」
「成る程……それなら料理を食べていたのは貴族達だけだし、理にかなっているわね。という事は……今この国の貴族達の殆どが毒に侵されているってこと?!」
「シズル落ち着いて、毒に侵されているからって貴族達は死ぬ事はないはずだよ、本当に殺す気だったら、最初から猛毒を使っている筈だから」
「そうね、そうよね」
シズルが取り乱すなんて珍しい。その時私とシズルに向かって、短剣が飛んできた。
「危ない!!」
私は咄嗟にシズルを抱き寄せ、斜線上から外れた。
ガシャガシャと鎧を着た重装の男と、短剣を手に持った軽装の男が、こちらにやってきた。
あの印は帝国兵だ。
「私たちも、殺される対象みたいね」
「やるよシズル。こいつらを片付ける」
男達が私たちを一瞥する。
「は、俺達も舐められたもんだぜ」
「…….どっちを殺る?」
「俺は緑の髪のやつだ」
ダガーの男は自分の首筋にペタペタと刃先を当て、舌で舐めた。 うわぁ衛生管理悪そうだなぁ。
「では私は青い方をやろう」
鎧の男は真面目そうだ、男達はヘラヘラと軽口を言い合っている。
「私たちの事を甘くみないでよね、雷剣!!」
「水剣!!」
帝国兵の一部は、武器が統一されていない、ならず者達の班があるとは聞いていたけどたぶんこういう奴らの事ね。 でも、かなりの手練れみたい。
ダガーの男が私に向かって、何本か短剣を投げてきた。私もそれを斬り落とす。
男がいない、どこ! 私は咄嗟にしゃがみ、背後から首筋を狙った短剣を避けた。
「危っぶな!」
「やるねぇ、お嬢ちゃん」
コイツのらりくらりとした攻撃で、動きが掴めない。シズルの方は、果敢に攻め込んでいるが重装の鎧を軸とした、守りの戦法を破れないようだ。鎧の男は自分からは攻めず、ひたすら守りと反撃に徹している。
ああいうタイプは厄介だ、さっさとこの男を倒して助太刀に行かないと。
男はまた何本か両手に短剣を持つと一斉に投げてきた。くっ、数が多い。 さっきから全然近づけない。
ピッ、ピッ、ザクッ。 何本かかわしきれず足や肩に刺さってしまった。
ぐっ、私はすぐに抜いた。良かった浅い。
ダガー男は、先ほどよりも、長い短剣を手に取り投げてくる。
そんな一本で当たる訳が……。
ブシューー。
「うわぁぁぁー」
「エト!!」
シズルが私の方を向いた瞬間、鎧の男が攻勢に出た。
ダメ、シズルは自分の方に集中して。
「おやおや、たった一本なのに、避けそこなっちゃたのかな」
私の左頬が切り裂かれた。痛い。
「避けた筈なのに……」
「ほらもう一本行くぞ〜!」
私は今度は斬り落とそうとした、しかし当たる瞬間に短剣は消えてしまった。 気付けば私の肩に深々と突き刺さっていた。
「ぐっっ!」
「次は、ただではすまないぞ〜」
そういうと男は、どす黒い短剣を見せてきた。
「こいつは強力な毒付きだ。へへへ、くらったらすぐに苦しみ出して、死んでいくことになる」
男は今度は自分の舌で刃先を舐めるような事はしなかった。いやしろよ、そして死んでくれ。
どうすればいい、考えろ考えるんだ。 やっぱ投げる時に何かしてるのか。何故一本ずつしか投げない、なんで剣が当たらなかった。……そうか!
「幻影魔法……だよね?」
「ははっ、今更気付いたか。もうおせぇ死ね!」
男は黒いナイフを足元に投げつけてきた。
幻影魔法で位置がずらされている、どこに飛んでくるか見極められないなら。私は雷剣を解いた。
「はぁ!!」
かわりに全身に魔力を巡らせ、一気に放出した。 私の一定の範囲内に衝撃波が起こり、私の足元をめがけていた黒の短剣が消え、代わりに心臓に迫っていた、黒の短剣が地面に落ちた。
「くそっ!」
男は、また新しい短剣を取り出そうとする、させるか!
「《雷撃》」
「ぐわぁぁぁぁー」
私の魔法が男に炸裂した、しかし真っ黒に焦げていない。意外にも男が着ていた服は魔法を軽減するものであったらしい。 どうしたもんか。
「ううっ」
体が痺れて動けないようだ。私は掌に魔力を溜め、拳を握りしめた。
今の私の手は、めっちゃビリビリしている。どうするか分かるよね。
「おりゃぁぁぁぁー。死ねーー!」
「ぐわぁぁぁぁぁ」
私はダガー男をビリビリの拳で、何度も殴った。そのうち男の顔は膨れ上がった。
男は気絶してしまったようだ。後でシズルの水で起こして続きをしてあげようかと思ったが、可哀想なのでやめてあげることにした。私って優しい。
よし、私は鎧の男に目を向けた。
「くっ!」
鎧の男は、状況判断が早いようで逃げようとした。だが鎧の重さで速くは走れない。 ははっ、そんな足でどこへ行こうというのかな。
「行くよシズル!!」
「ええっ!」
「「《雷水の斬撃》」」
逃げようとして、防御に失敗した鎧の男は、鎧ごと切り裂かれ地面に倒れ伏した。
私の追加効果で痺れているようだ。
「良かったね、鎧のおじさん。あなたの鎧のおかげで死ななくて」
鎧の男は生身に少し傷が付いたくらいだった。だが私の心配は挑発と受け取られたらしい。
「くそ……ガキめ!」
「あ、今なんて言いやがった? ガキっていったか」
私は思いきり、鎧のおじさんの股間を踏み潰してさしあげました。うふふ。
「おふっ」
男は口から泡を出して気絶した、全くこれだから男はやだ。
「あなたって、結構えぐいわよね」
何言ってるのシズル。騎士をあんな冷めた目で殺したシズルが言えること? いや、お互い様かな。
「行きましょ」
私たちは男達を縛りあげた後、カノン様のいる場所まで向かった。
あともう少し、待ってて下さい。
ボッ、ゴゥゥゥゥゥオ!!
突如、私とシズルの前方が炎に包まれた。
「何?!」
「待っていましたよ、エト・カーノルド」
声がする方に目を向けると、フリーダが屋根の上に立っている。
「……フリーダ」
「フリーダさん、何で邪魔をするのかしら? 早くこの炎を解いて下さい、カノン様の元へ向かわなくちゃならないんですから。それとも貴方は違うんですか」
「ネルミスターさん。私は貴方には用はないから、行っていいわ」
「なっ! そんなやすやすと、エトを置いていけるわけ……」
私はシズルの肩に手を置く。
「シズルは先にカノン様の所へ行ってて、後で魔力反応を辿って、追いかけるから」
「エト……」
「私は……フリーダと決着をつけてくる」
シズルは、私とカノン様の事を天秤にかけているようだ、やがてフリーダに向かって。
「エトに怪我をさせたら、私が許しませんからね」
一言言うと、名残惜しそうに私をみて、引き返して行った。 まるで子を離される母みたい。
シズルが去った後、後ろにも炎がまわった。さながら炎の牢獄ね。 もう逃げられない。
屋根の上からフリーダが降りてきた。
「さぁ始めましょう、どちらかが死ぬまで」
彼女は魔力を腕に集め呟いた。
「炎剣」
彼女の手からは、私の雷剣とよく似たようなものが伸びていた。
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