「えぇと、ウメ先生。この方はライトノベル事業部の編集長で、伏見編集長です。今日はオタク文化について色々と教えてもらう為に来てもらいました」
「よろしく。そうそう、今日はね。ウメ先生にもう一人紹介したい人がいるんだよ」
伏見編集長はそう言って立ち上がると、壁際でオムライスを食べている見るからにオタクなおっさん(メガネ×バンダナ×恰幅の良い体型)を手招いた。
……アレも仲間だったのかよ。
おっさんは頼んでいたオムライスの皿を持ちながら、こちらに歩いて来る。
「デュフフ、キミがウメタンだね。金髪ロリ。かっわいいなぁ。こぽぉ」
よほど衝撃的だったのだろう。
ウメタンはガチオタクを前に口を開いて固まっていた。
「こ、この人物は何故、ボクの名前にタンをつけるのだ? こぽぉとは何なんだ?」
「そういう病気なんです。気にしないでください」
「ふむ……厄介な病気だな。薬は飲んでいるのか?」
おいおい、本気にしちゃったよ。
「お薬でござるか? ビタミン剤を少々」
そして、何気に会話が進んじゃったぞ。
若干の罪悪感を感じつつ、話題を戻す為に咳払いする。
――さすがオタク文化の寵児が揃っただけあって、周囲に濃い空気が漂っていた。
というか、何で二人とも知り合いなのに別の席に座ってたんだよ。
気になることはあったが、俺はとりあえず気にしないことにして、自己紹介を始めることにした。
席は男三人が一列に並んで座り、対面にウメが一人で座るという構図だ。
正直、ウメ側に移動したい。
というか、何でこんなに狭いのに二人とも俺の隣に座るの?
俺のことが好きなの?
「まずは自己紹介から始めようか。私は伏見だ。丸川出版のライトノベル事業部で編集長をやっている。この格好からすると、週末はサバゲ―とかしてそうだろう? ふふふ、実はまったくもってのインドア派なんだ。軍事関係の知識も全くないから、突っ込んだことは聞かないでくれよ」
格好だけかよ!
「デュフフ、拙者はね、フシミンに見てもらってるラノベ作家で秋葉だよぉ。主に幼女ハーレムものが得意だよぉ」
フシミンとはつまり伏見編集長のことか。
編集長が担当を持つというのはあまり聞いたことがない。
余程、期待されているか、何かしら事情があるのかもしれない。
「ウメタンのことは以前から聞いてたから今日は楽しみにしてたんだ。ちゃんとボクが渡した着ぐるみも着てくれたんだねぇ。よろしくね。コポォ」
ウメが目を見開いて俺の方を見た。
そんなの聞いてないぞ!
ボクの可愛さを封殺する為の衣装じゃなかったのか!
一体全体どういうことだ!
――という顔だ。
しかし、ウメは何とか空気を読んで、吐き出したい言葉を飲み込んでくれた。
「ぐぅうう。ボクは田中ウメだ。作家名は光ノ院鏡花。純文学作家をやっている」
純文学のところをやたらと強調した自己紹介だが、二人ともまともに聞いていないのか、気にしている様子は微塵もない。
次は俺の自己紹介だ。
「ウメ先生の編集を担当している鈴木宗次郎です。今日は突然のお願いだったのに集まってくださってありがとうございました。よろしくお願いします。ちなみに私はよくある苗字なので宗次郎と名前で呼んでくださる方が多いです」
「では宗次郎君と呼ばせてもらうよ」
「コポォ」
伏見編集長と秋葉さんがそれぞれ首を縦に振ってリアクションする。
秋葉さんはちゃんと分かってくれたのか不安だ。
「ちなみにボクはライトノベルを書く気はないからな。あくまで説明を聞くだけだ」
「大丈夫だよ、ウメタン。ボクらの話を聞けば必ずオタク文化のとりこになって、自分からライトノベル書きたいですぅって懇願するようになるはずだから。デュフフ。そうしたら拙者は……はぁはぁ」
秋葉さんが息を荒くしているのを見た伏見編集長が、深刻そうな顔で立てかけていた黒くて長いケースを持ち上げた。
銃が入っていそうなケースだ。
まさかライフルか何かが?
「伏見編集長、今の秋葉さんは確かに気持ち悪かったですが、さすがにそれは……」
眉間にシワを寄せる伏見編集長をなだめるものの、その鍛え抜かれた筋肉が止まることはなかった。
ケースの中から取り出したのは――。
ライフル……ではなく、あれ?
ハンカチだった。
「ん? あぁ、これね、大きなハンカチケースなんだよ。おヒゲにクリームとかつくからね」
いやいや、空間ッ!
ライフルのケースにハンカチ一枚入れるてどんだけだよ!
銃を入れてたらそれはそれで色々と面倒くさいんだけれど。
勝手に心配しただけなんだけど……なかなか気が休まらない。
「そういえば、ウメ先生はSNSをしてたよね」
ハンカチを取り出した伏見編集長が、無駄に良い声で話を振る。
体格がいい伏見編集長が迷彩服姿で英単語を並べると、それだけで軍事用語のように聞こえるから不思議だ。
軍事関係には全く詳しくないらしいけど。
「あぁ、そうだとも。ボクにとってはSNSの交流だけが日々の疲れを癒す空間なのさ。文筆仲間やファンの人たちと日々、情報交換や交流をしているのだよ」
俺は持ってきたノートパソコンを開いて、ウメのプロフィールページを表示させた。
ウメは基本的にパソコンの扱いが苦手なので、登録だけでなく、ページレイアウトも写真も俺が設定した。
光ノ院鏡花と書かれたプロフィールページには、可愛らしい猫の画像が表示され、フレンドとのほのぼのとしたやり取りや、写真が掲載されていた。
「ふふん、こうやって毎日書き込みをして色んな人と交流を深めるのが楽しくてね」
ウメの書き込みを覗き込む伏見編集長と秋葉さんの二人は、中学生の日記交換のような可愛らしいやり取りに頬を緩めていた。
いつまでも、のほほんとした空気ではよろしくないと判断したのか、伏見編集長が声のトーンを落として話を切り出した。
「実はそのSNS、ラノベ界の大御所であり、丸川出版でも何冊か出版されている『俊三郎先生』も参加してるんだよね。今、流行りの情報も載ってるし、ファンの反応も参考になると思うから、時間がある時に是非見て欲しい」
伏見編集長、さすがラノベ部門の編集長だ。
見た目はアレだけど、しっかりアドバイスしてくれている。
俺はマウスを操作して、俊三郎先生の名前をクリックした。
カリカリと音を立て、華やかなページが上から徐々に表示されていく。
「俊三郎先生……。このアカウントですか。アニメ化三本……これ、知ってる作品だ。すごいですね。それに……応援アカウントまでできてます。フォロー人数八万八千人! すごいなぁ」
確かに俊三郎先生の名前や、携わった作品名も何度か聞いたことがある。
ラノベ初心者の俺でも知っているくらいなので、相当な知名度なのだろう。
「デュフ、挨拶がわりに何かコメントを残しておきましょうよ」
「うぅ、ボクはライトノベルのことをあまり知らないからな。予期せぬうちに失礼な内容になるかもしれない……」
「それじゃあ、現役ラノベ作家である拙者にお任せくだせぇ。こぽぉ」
「すまないな、秋葉氏。あとあれだ、ラノベデビューするとは書かないでくれよ。あくまで作家としての挨拶であって、ボクはラノベを書く気はないのだから」
秋葉さんは「了解、了解!」と歌うように口ずさみ、ノートパソコンを受け取った。
そして、キーボードに指を乗せた瞬間、秋葉さんはまるで別人のように鋭い目つきになった。
さすがプロの作家だ。
文章を書くとなると人が変わるのか、真剣なまなざしでキーボードの上に指を滑らせた。
カタカタと文章を打ち込み、最後の打鍵で「ターン」と小気味良い音を鳴らす。
「完成しますた」
「どれどれ……」
まずは同じ列に座る俺と伏見編集長が内容を確認する。
俊三郎。
ボクは純文学界で新鋭作家の光ノ院鏡花だ。
キミみたいな低俗なライトノベルというクソジャンルで大将をきどっている哀れな犬コロでも、純文学界の超新生と呼ばれ、高校生でデビューしたボクの名前くらいは知っているだろう。
今日はね、遊び半分でライトノベルという小分野にも手を出すことになったから、手頃な咬ませ犬に挨拶する為、わざわざこのコメントを書き込みに来てあげたのだよ。
ありがたいだろう。
遠慮などせず、思いっきり地面に頭をこすりつけて感謝するがいい。
聞いた話によると、どうやらキミはネットの投稿サイトで作品を公開して人気を集めたみたいだがね、その三日天下の蜃気楼も残念ながら霞となって消える日を迎えるようだ。
何故なら、ボクもネットでライトノベルを公開することにしたんだよ。
まぁ、負け犬俊三郎はアクセス数で勝負するとか怖くてできないだろうから、拒否権も与えてあげるが、もし勝負するのならしっかりその旨を返信してくれたまえ。
結果は目に見えているだろうし、尻尾を巻いて逃げるのも良いが、できればボクを盛り立てる為、咬ませ犬としてがんばって欲しいね!
よろしく頼むよ!
「――って何書いてるんですか!」
挨拶どころか、喧嘩を売ってるだけじゃん!
「デュフ、冗談に決まってるよぉ。この内容でエンター押したらウメタンの作家人生終わっちゃうからねぇ。でも、こういう攻撃的なウメタンもかわいいよね。罵って欲しいなぁって妄想してたらこうなったのさぁ……」
対面に座るウメからはノートパソコンのモニタが見えないので、何のことか分からず、頭上に大きなはてなマークを浮かべていた。
「それじゃあ、ふざけるのは止めてちゃんと書きましょうかね。デュフ」
「そうしてください。よろしく頼みますよ、秋葉先生」
秋葉さんが改めて体勢を整え、キーボードに指を添えた瞬間。
俺はその太い指が、軽くエンターに触れたのを見逃さなかった。
「「「!?」」」
俺だけでなく、両サイドに座る秋葉さんと伏見編集長も一斉に声を失う。
これまで「今日もお空が綺麗ですね」とか書き込んでいたウメのアカウントが、まさかの超絶挑発的な大暴言。
しかも、俊三郎先生のアカウントに直接、俊三郎先生を挑発しまくる超危険内容だ。
モニタが見えないウメは、何も知らない顔でメロンソーダのストローに口をつけている。
「どうしたのかね? 挨拶の文ができたのなら早く見せてくれたまえ。大丈夫だとは思うが、くれぐれもボクのイメージを崩すようなことはしないでくれよ。作家のイメージは大切だからね」
俺は穏やかなやり取りの中で異彩を放つ、ヒャッハーな文章から目を背けた。
あまり読みたくなかったが、既にファンのレスがついていたのが一瞬だけ見える。
コメントを消したとしても遅い。
てか、俊三郎先生人気過ぎ。
この状況は、もうアレだ。
笑うしかないな。
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