ボクは死んでもラノベなんか書かないからな!

明里 灯
明里 灯

第一部 三章 勝負の行方

12二週目の結果

公開日時: 2020年9月11日(金) 21:00
更新日時: 2021年8月13日(金) 17:42
文字数:4,089

 次の日も、そのまた次の日もウメは上機嫌だった。

 一週目の勝負で勝ったのが良い弾みになったのだろう。


 昼間に訪れると、歓迎してくれた上にソーメンまでご馳走してくれた。

 お土産に買ってきたたこ焼きと一緒に食べることにする。


 ウメの家はリノベーションされているとはいえ、築三十年を超える木造アパートだ。

 悪い言い方をするとオンボロだが、キッチンや風呂、トイレに日本の古き良き風情を感じられる。


 キッチンの窓に備え付けられた風鈴が鳴る中、俺たちはテレビを見ながらソーメンをすすった。


「やはり夏はソーメンだな!」


「ソーメンですね」


 同意したところで何故かウメが箸を止め、こちらをジッと見ていた。

 どうしたのだろうか? つられて俺も箸を止める。


「今は仕事中じゃないんだから敬語は止めてくれないか?」


「ついクセで……どんな話し方してましたっけ?」


「知るか」


「それに……話し方を戻しちゃうと敬語に戻すが難しそうで……」


「キミは出会ったときから不器用でマジメだなぁ」


 呆れたように息を吐き出すウメが箸を再開する。

 ズズズ、というソーメンをすする音が夏の空気に響く。


「不器用は分かりますが……マジメでしたっけ?」


 不良のときに出会ったはずだけど。



 そんな感じで食事を済ませた後は仕事モードだ。

 こう言っては何だが、ウメは仕事熱心だ。


 あまりにも仕事熱心で、止めないと一日中机に向かっていそうだ。

 少し心配になるが、楽しそうなので無理はしていないのだろう。


 むしろ書いている時が一番イキイキしているまである。

 小さな背中を見ていると、小さな鼻歌が聞こえてきた。


「る~るる、るるるる~るる~♪」


 徹子の部屋で流れている音楽だ! 何故に!

 俺は作業するウメの上機嫌な背中を見届けながら言った。


「調子もよさそうですし、今日は帰りますね」


「次週は盛り上がるシーンだからなぁ。まぁ、期待したまえ」


 ウメの指は軽快に鉛筆を走らせる。

 高校の時の緑のジャージを羽織ったウメは、身体が小さいこともあって受験勉強中の学生に見えなくもない。

 微笑ましい光景を母の気持ちで眺めつつ帰り支度をしていると、ポケットの中でスマートフォンが震えた。


「ん、電話か……」


 俺はスマートフォンを取り出し、通話ボタンを押して耳に押し当てた。


「宗次郎君、やっほー!」


 突然の高い声が耳に突き刺さり、俺は反射的にスマートフォンを耳から遠ざける。

 この少し甘ったるい声は……。


「もしかしてココア先生ですか?」


 俺は二度目の秋葉原探索で偶然出会った、ウメの作家仲間だというココアさんを思い出した。

 否が応でもココア先生の大人の色気を思い出してしまう。


 ほのかに香る香水、モデルのようにすらりと伸びた細い手足、強調された胸元、ウェーブがかった長い髪。

 一つ一つが思い出され、テンションと一緒に背筋も伸びていく。


「宗次郎、鼻の下が伸びているぞ」


 執筆中だったはずのウメに視線を向けると、ブリザードなジト目がこちらを捉えていた。

 俺は軽く咳払いして、こちらが見えないよう角度を変えて座りなおす。


「そうよぉ! 覚えててくれたのね。嬉しいわっていうか先生とか止めてよ!」


「先生は先生です。それより、どうしたんですか?」


 ん? でも、俺、ココアさんに携帯の番号教えたっけ?

 絶対教えてないぞ。どこで俺の携帯の電話番号を知ったんだ?


「どうしたも何も編集担当の件よ、編集担当の件」


 編集担当。

 そういえば、秋葉原で会った時、今の編集者が変わると言っていたな。


「いやぁ、いいんですか? それじゃあ、やらせて……」


 そこまで口にした瞬間、背後で鉛筆が折れる音が聞こえ、俺は声のトーンを落とした。


「……と思っていたのですが、忙しいので無理ですね」


「えー冷たぁ~い。ちょっとだけならいいじゃない。ねぇ?」


「担当編集はちょっとでできる仕事じゃないですからね。すみませんが用件それだけなら切りますよ?」


「あぁあん! 冷たい! けどそれもいい!」


 俺はココアさんのテンションが上がりきる前にスマートフォンの電源を切った。

 この人、会う度に素が出て行っておかしくなって行くタイプの人だ。

 間違いない。


 三度目の会話では更にテンションが高くなるんじゃないかと考えると悪寒が走る。

 見る分には目の保養になるから良いのだが。

 そんなことを考えながら、机の上にスマホを置いて顔を上げると、筆を止めたウメが半目でこちらを見ていた。


「キミは人気者だな。不人気作家のボクには羨ましくて妬ましいよ」


「その不人気作家の担当者なんですけどね。私」


「不人気作家言うな!」


「今、自分で言ったゃないですか!」


 俺はカリカリし出した大先生ウメの機嫌を直す為、台所備え付けの冷蔵庫へ牛乳を取りに行く。

 冷蔵庫から一.五リットルの紙パックを取り出すと、それを開けてクマさんがプリントされたマグカップに傾ける。


 俺は決して「やれやれ系」のラノベ主人公ではないが、最近の出来事を思い出すと、つい「やれやれ」とこぼしたくなってしまう。

 これも、まぁ、担当編集の仕事か、と考えて自分を納得させようとしたが、並々注がれた牛乳を見ていてハッと気づかされた。

 どう考えても担当編集の仕事じゃないだろ、コレ。



 そんな感じであっと言う間に訪れた週末。

 二週目のアクセス集計結果が出る日曜日は、先週に引き続き痛メン全員集合となっていた。

 このおっさんたちは休日の予定とか存在しないのかよ、と一瞬考えたが、仲良さそうに並んでアニメを見ている背中を見て妙に納得させたれた。


 さすが渋いオジサマたち! 哀愁漂う背中だけで語るとか熱いです!

 絶対お二人にはついていきません!


「デュフフ、ウメタンまた勝っちゃうの?」


 アニメに飽きたのか、秋葉さんがウメに視線を送った。


「ふん、当然だろう! このまま二週目の結果も圧勝して逃げ切るつもりだよ!」


 そろそろ時間か。

 俺がノートパソコンを広げた瞬間、その場にいた全員がこちらに顔を向けた。


 二週目の結果発表とはいえ緊張しているのか、秋葉さんの鼻息が異様に荒い。

 ……ていうか近い。ちょっと顔が近いです。


 俺は気づかれないよう徐々に鼻息吐息から距離を取りつつ、十二時きっかりにアクセス数集計ページリンクをクリックした。

 パソコンがカタカタと音を立てながら内部処理を行い、モニタに新たなページを表示させる。


「え?」


 表示された数字が目に入った瞬間、声が漏れた。

 9362アクセス……。

 ……四桁?


 先週一週間で三万を超えたアクセスが何故、今週はこんなに落ちている?

 何かの間違いなのか?


 俺は冷や汗で体温が低くなるのを感じながら何度も指でモニタをなぞった。

 しかし、その四桁の数字の表示がモニタ上で変わることはなかった。


「ど、どゆこと?」


 秋葉さんが巨体を乗り出す。

 伏見編集長は何も言わずに表示された数字を睨んでいた。

 ウメも何が起こったのか分からないといった顔で何度もまばたきをしている。


「俊三郎先生は?」


 俊三郎先生の作品のアクセス数を確認する。

 もしかしたら、何かの事情があって俊三郎先生のアクセス数も少ないのかもしれない。

 そんな淡い期待は……。


 36902アクセス――。


 五桁の数字に一瞬で粉砕された。

 俊三郎先生のアクセス数は、先週より一万以上伸びていた。


「ど、どういうことですかね、これは……」


 まさかの大敗。

 しかし、何故、こんな大きな差になったのか分からない。

 俺の疑問に答えるように、伏見編集長が身を捩って唸り声を出す。


「先週は『一話くらいは読んで比べてみよう』という人が多かったのだろう」


「先週の結果は俊三郎先生の人気に乗っかった結果だった……ということですね」


 自分で言っておいて、拳に爪が食い込んでいた。

 油断した。


 そもそもライトノベル作家としてのウメにファンはいない。

 デビューすらしていないのだから当然だ。


 その中でアクセス数を稼げたのは「作家バトル」という企画のけん引力。

 俊三郎先生のファンが「双方の作品」を気にするのは当然だ。


 だが、もともと俊三郎先生のファンなのだから、俊三郎先生に分がある。

 そんなことも分からず、先週末はぬか喜びしていたのだ。

 だが、ウメの見解は違った。


「先週は読んではくれたのだろう? 続きを読まなかったのは、作品の力不足だったということだ」


 そんなことは!

 そう口にしようとして止めた。


 今ここで慰めあったってどうにもならない。

 目の前の景色が少しだけ揺らいだ。


 先週の大喜びはどこへやら。

 室内の空気は僅か数十秒、一つのホームページのアクセス数の表示で一気に重くなった。


「この数字じゃ、勝つの無理じゃね?」


 空調の音が聞こえるほど静まり返った部屋の中、秋葉さんがかすれた声をこぼす。

 勝負は累計のアクセス数で決まるし、まだ五週間中の二週間目だ。


 だが、連載物のアクセス数は余程のことがない限り、基本的に回を重ねるごとに「減って」いく。

 初動が大事ということだ。


 漫画だって初動が悪ければ十週で打ち切りになることがある。

 漫画関係で仕事をしている編集者も「人気・不人気は五話までの推移で大抵分かる」と言っていた。


 現時点でこれだけ大きな差がついたということは、今後はもっと大きな差がつく可能性が大きいということだ。

 それだけの差というのは、目の前の数字を見れば、計算が苦手な小学生にだって分かるだろう。

 ウメはうつむいていた。

 その姿を見て胸が痛んだが、ウメは直ぐに顔を上げた。


「まだ……二週目の結果が出ただけじゃないか。ボクはこれくらいじゃ動揺なんてしないぞ」


 絶望的な数字の前で、ウメはまだ諦めていなかった。

 彼女が本音ではどう思っているのか分からない。

 だが、少なくとも、その瞳には闘志の炎を宿しているように見えた。


 俺の気持ちは――。

 正直、これだけの差を見せつけられては、戦意を失わずにはいられなかった。


 その感情が無責任だとは分かっていても、どうしても拭えない素直な気持ちだった。

 ウメが今、どんな気持ちで筆を握り直しているのか、その気持ちが想像できない。


 たかが二週間目の集計結果が出ただけとはいえ、この差は決定的だ。

 どれだけ認めたくなかったとしても、作家としての実力差は歴然だ。


 ウメだって分かっているはずなのだ。

 残り三週間でこの差を埋めるのは……難しい――と。

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