ボクは死んでもラノベなんか書かないからな!

明里 灯
明里 灯

14社長の話

公開日時: 2020年9月13日(日) 21:00
更新日時: 2021年8月13日(金) 17:43
文字数:2,191

 社長室があるのは丸川ビル五階。

 存在自体は聞いたことがあるが、ペーペーの俺には縁がない場所だと思っていた。


 心理的な作用か、やけに長く感じる廊下を歩き、大きな扉が佇む社長室前に到着。

 俺は深呼吸した後、軽くノックをした。


「どうぞ」


 重い扉を開けて広がる風景は、想像していた「社長室」のイメージとは少し違った。

 無駄なものが置かれておらず、機能的で広々とした印象の部屋に、木製の作業机と応接セット。

 窓際には観葉植物、両壁には本棚が置かれているだけだった。


 もっと、こう……賞状やトロフィーが飾ってあったり、豪華な置物があったりしてると思っていた。

 社長机の背面は全面ガラス張りで、道路を挟んだ向こう側の景色が遠くまで見渡せる。


 広々とした空間が合わさり、開放的な部屋だ。

 その机の奥、社長椅子に社長は腰掛けていた。


「座りなさい」


 立ち上がった社長に促され、俺は応接セットのソファに腰かける。

 社長は向かい側のソファに座ると、身を乗り出して俺の目を真っ直ぐに見た。

 白髪交じりのオールバックに黒いスーツという出で立ちのせいか、いつ見ても威圧感がある。


「君に伝えなければならないことがある。本来は伏見君の仕事なのだが……。彼は入院中だからな」


「入院中?」


 そういえば今日は一度も見かけていない。

 そういうことだったのか。

 ……って、どういうことだ?


「ここ最近の光ノ院先生だが、数を追うごとに発行部数が減っているのは把握しているな」


 光ノ院先生――ウメのことだ。


「はい」


「分かっているだろうが、完全な赤だ。このままだと次回作を出すのは厳しい」


 ここまで聞けば、その後の展開は分かる。

 結論を言われる前に、血の気が引いていくのを感じた。


「今回の塩キャラメルの憂鬱が最後のチャンスだった」


「……それは、つまり……」


「光ノ院鏡花への投資期間は終了だ」


 あまりに突然の宣告で、うまく言葉が出てこない。


「……」


 めまいで目の前が歪み、手の中の汗が広がった。

 こう言う展開もあり得ると考えていたはずなのに、何一つとして言葉が出てこない。


 ウメへの投資期間が終了した?

 何を言ってるんだ。


 これからウメの作品は売れるんだ。

 その為にラノベ作家に転向までした。

 アイツがどれだけ頑張ってるのかも知らずに、何でそんな話になるんだ……!


 口を開こうとして、寸前で止める。

 沸騰するように沸く血の流れを抑えるように、小さく息を吐く。


 冷静になれ。

 社長が言ってることは間違っていない。


 どれだけ頑張ったって、結果が出なければ商売として成り立たない。

 売れない作家に勝算なく投資し続けることはできないのだ。


 しかも、売れない責任の一端がある編集担当の俺が異議を申し立てられる訳がない。

 今ここで俺がウメの為にできること。


 それはアイツが小説を書ける道を潰さないことだ。

 俺は事前に考えていたことを頭の中で反芻して口にする。


「鏡花先生は人物造形に強みがあります。ライトノベルへの転向は成功する可能性が高いと考えています……」


 頭を下げたところでどうにもならないことは分かってる。

 それでも、俺は頭を下げずにはいられなかった。


「宗次郎君、キミも分かっているだろうが、我々も遊びでやってる訳じゃないんだ。こればかりは簡単にどうにかなる問題じゃない」


 事前にこのケースも考えたとはいえ、明確な打開策を思いついた訳ではなかった。

 それほどに今の状況は難しい。


 だからこそ、俺の口から出たのは情けない言葉だった。


「そこをどうか!」


 ただの懇願。

 みじめでも、苦しくても、ウメの現状を考えれば、最後の手段として情に訴えかけるしかなかった。


 どんなに俺がみじめに見えたとしても――。

 ウメだけは救いたかった。


「時間をかけて見極めたつもりだ。担当を君にして欲しいっていう無理を聞いたのも、彼女に期待していたからだ」


 期待してたなら、簡単に見放さないでくれよ。


「今、俊三郎先生と対決という形で書いている小説がおもしろくて……」


「アクセス数で倍以上の差をつけられているらしいじゃないか」


 俺がどう話すかは予想済みで、返答は既に用意していたのだろう。

 何もかもが一枚上手。

 そんな想定された状況に、つい感情的になってしまう。


「……数字しか見ないんですかッ!」


 自分でも悪手と分かる一手。

 それでも、打たずにはいられなかった。

 微塵も上場を変えない冷静な社長は即答した。


「我々はその数字で食っているのだよ。それに出版物すべてに目を通すのが私の仕事ではない」


「……ッ!」


「キミたちへの投資は……失敗だったかな」


 まるで独り言のように呟かれたその言葉は、しかし、ハッキリと耳の奥に残った。

 確かにウメも俺も未熟かもしれない。


 それでも、ウメは人の感情を動かす文章が書ける才能がある。

 それを「投資」だなんて言葉で片づけるだなんて……。

 血が逆流して、自分でも止められない衝動が湧き上がる。


 でも、何も言えなかった。

 ここで俺が感情的になってどうする。


 俺自身が納得させられるだけの打開策を見出すことができなかった。

 それは紛れもない事実。


 ここで感情論を連ねたところで逆効果だ。


 俺だけじゃなく、編集長、更にはウメまで立場を悪くする。

 分かっている。

 カッコ悪くても、守らないといけないものは分かっている。


 俺は握った拳を開いた。

 社長が言っていることは冷たい。


 正論だけど、それだけじゃないはずだ。

 でも、結果を残していない俺が何を言ったところで説得力などないのだ。


「話は以上だ」

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