ボクは死んでもラノベなんか書かないからな!

明里 灯
明里 灯

24エピローグ

公開日時: 2021年4月27日(火) 13:11
更新日時: 2021年8月13日(金) 17:54
文字数:4,213

「お疲れ様でしたー!」


 俺たちは始まりの場所――秋葉原のメイド喫茶「にゃんにゃん喫茶」で杯を交わした。

 そう、光ノ院鏡花、ラノベ作家デビューおめでとう会である。


 俺の右隣は伏見編集長。

 左隣は秋葉さんだ。


 二人ともビールをぐいぐいと飲んでいる。


 というか、何故この二人は未だに俺の隣に無理やり座ろうとするのだろうか?

 狭いし暑苦しいし何もいいことがない。


 俺のことが好きなの?

 ねぇ、そうなの?


 真向かいに座る光ノ院鏡花――もとい、田中ウメはコーラを飲み干すと、昔を懐かしむ老人の目でコップを眺めていた。


「そう、この場所が始まりだったな」


 今日のウメはブカブカのロングTに膝上のミニスカみたいなガウチョパンツ。

 スニーカーでボーイッシュな印象だ。


「そういえば、あの日も伏見編集長は迷彩服でしたよね」


 隣に座る伏見編集長を見る。

 今日もあの日のように迷彩服だ。


「ふふふ、そりゃ宗次郎君、これが普段着だからね。当然だよ」


 会社では普通の格好なので忘れていたが、伏見編集長もなかなかの変人である。


「それであの日、SNSの話になったのだな……」


「そうそう、伏見編集長がやたら良い声でSNSって言ってて軍事関係の言葉かと思っちゃいました」


 SNSのくだりで嫌なことを思い出したのか、隣に座る秋葉さんの顔がみるみる青くなっていた。

 背も曲がり、頭が机にくっつきそうだ。


「いかに月日が流れようと、拙者の罪が消えることは非ず。罪を償い、罰を受ける溜め、魂にこびりついた穢れとともに贖罪の旅に……」


「秋葉氏ッ! もういい! いいから!」


 立ち上がったのはウメだ。

 僅か五秒で極限まで負のオーラを集めた秋葉さんをなだめる。


「あ、あれがなければデビューできてなかったかもしれないですからね」


 災い転じて福となったのは間違いないし、俺も後押ししておく。


「許してくれるでござるか?」


 子犬のようなうるんだ瞳の上目遣いだが――三十を超えたボウズ頭のオッサンだと痛々しい。

 このボウズ頭も反省で丸めたんだったな。


「そうか……許してくれるでござるか……ありがとう……ありがとう」


 ウメはガチ泣きしだす秋葉さんを穏やかな目で見つめていた。


「そう、秋葉氏の穢れきった邪悪な魂は浄化されたのだ。だから涙を拭きたまえ」


 ちょっと言い過ぎのような気もしたが、秋葉さんは涙を拭き、顔を上げていた。

 先ほどまでの暗い表情はどこにいったのかと言うくらい朗らかな表情だ。


「そうでござるな、あれがなければデビューできなかったかもしれないでござるもんな。拙者、自分の才能が怖いでござる。もしかして……もう一度頼みたいまであったりする? 次はゲゲゲ文庫の佐竹先生とか、ウォーク文庫の剣次郎先生とか……」


「ある訳がないだろうッ!」


 調子に乗った秋葉さんが「ヒッ!」と悲鳴を上げて机の上に頭をこすりつけた。


「かくなる上は切腹でしか……!」


 極端すぎてコントみたいだな。

 俺は突っ込まないぞ。


「お待たせしました。手りゅう弾パフェの方?」


 気づくとメイドさんがパフェを持ってきてくれていた。

 お盆の上にはパイナップルがあしらわれたパフェが乗っている。


「お姉さん、誰の依頼か……分かるかい?」


 伏見編集長がやたらと良い声でメイドさんに話しかけている。


「もしかして、ご主人様の?」


 とメイドさんが伏見編集長にウインクし、編集長はニヤリと口角を上げた。


「正解ッ!」


 どんな茶番だ。


「ご主人様、五十回くらいこれ頼んでますもんね~」


 つか、五十回以上来てるのかよ。


 許され、調子に乗るを繰り返し、泣きながら平謝りする秋葉さん。

 隣でパイナップルパフェを頬張る伏見編集長。


「相変わらず、忙しいメンツですね」


 乾いた笑いしか出てこない。

 気づくと、コーラフロートを堪能したウメが、こちらをジッと見ていた。


「どうしました?」


「宗次郎、ボクはライトノベル作家になった。しかし、まだライトノベルというものを理解しきれた訳ではない」


 確かにライトノベルに触れてまだ四カ月だ。

 というか、まだ四カ月しか経っていないのか。

 なかなか濃密な四カ月だったな。 


「……だから、これからも勉強するぞッ!」


 やる気満々のウメが瞳を輝かせ、グッと拳を突き上げる。

 やる気が抑えきれないのか、足をブラブラさせている。


 つい数か月前までは、この先どうなるか全く分からずに心配ごとばかりだった。


 企画書を足蹴にされたり、ウメの作家人生が終わりかけたり。

 業界の大御所にケンカを売ったり、担当を降りないといけなくなりそうになったり……。


 こうして前向きに作家を続けられるのは、勿論、本人の努力が大きいけれど。

 左右のオジサンたちの尽力も小さくはない。


「そうですね。ライトノベルを勉強するなら、両サイドの先人の方々が最高の先生になってくれますよ」


 パイナップルを食べていた伏見編集長がピクリと反応した。


「それじゃあ、今年は冬コミとか行ってみるかい?」


 机に頭をこすりつけていた秋葉さんもだ。


「冬コミケッ! 同人誌! 拙者も今年は見に行きたいでござるなぁ」


 コミケを知らないウメが頭の上に大きなハテナを作る。


「何だ、その冬コミケというのは?」


「同人誌の大きなイベントなのですが……百聞は一見に如かず、というヤツですね。今年は行ってみましょう」


「うむ」


 ――と、会話を続けて編集長がパイナップルパフェを完食した頃。

 ウメが秋葉さんをチラ見しながらモジモジとしだした。


「おしっこでござるか?」


「乙女に向かっておしっことか言うんじゃないッ! そうではなくて、だな……」


 ウメはカバンからノートパソコンを取り出して開いた。


「俊三郎……ココアの件で失敗したし、他の有名作家への挨拶など言語道断であるが……。プロフィール更新をお願いしたい。自分ではできないのだ」


 なるほど。

 秋葉さんが失敗をひきずり、責任を感じ続けている姿は、ウメとしても気にしていたのだ。


 汚名返上の機会を用意したいのだろう。

 ウメの決断を後押しする為、俺も賛成しておく。


「いいじゃないですか。ウメはキーボード打つの遅いので、パソコン関係はたいてい私が対応しているのですが……一人では大変だと思っていました」


 顔を上げた秋葉さんは、眉が八の字に下がり、感涙しながらプルプルと震えていた。

 鼻水やよだれも出ているので、率直に言うと気持ち悪い。


「ウ……ウメたん……ッ!」


 表情が明るくなった秋葉さんは、袖で涙を拭いた。

 キッとした表情に決意がうかがえる。


 秋葉さんは腕まくりし、大きく息を吐いてノートパソコンに向かった。

 さすがプロの作家。


 一瞬でゾーンに入ったようだ。

 左右の指を巧みに使い、次々とテキストを打っていく。

 ウメがやれば数十分かかりそうな作業を僅か一分と経たずに終える。


 その表情は、真剣さと、嬉しさと、期待に応えようという意気込みが混じっていて、見ているこちらまで高揚してくる。

 がんばれ秋葉さん、そう心の中で念じていると――。


 ターン、という子気味良い音がメイド喫茶に響き渡った。


「完成しますた」


 あの日のデジャブのようなやり取り。

 でも、今回は違う。

 そう、内容が違うのだ。


「どれどれ……」


 俺と伏見編集長が覗いていると……。

 そこにはこう書かれていた。



 闇に呑まれ、穢れし現世に光のロリ戦士――光ノ院鏡花たん、参上ッ!


 ロリっ子作家として爆誕した鏡花たんは、流星のごとく地球に降り注ぎ、地上に直撃。

 ライトノベル界どころか、日本、否。

 地球の裏側ブラジルを突き抜け、各国を飛び回り「世界」を震撼させた!


 初陣となる巨匠「俊三郎」戦では、お腹が痛くて仕留め損ねたが、そのアクセス数は肉薄。

 肉薄って、ちょっとエッチでござるね、はぁはぁ。

 

 アクセス数を稼いだ「元ヤン転生」の書籍化は、できれば初版五億部刷って欲しい。

 それほどのおもしろさである。

 編集長、お願いしますよ!


 読めば分かる。

 腹が裂け、血みどろの沼も踊り出すほどにおもしろい。


 いや、それはおもしろいと言えるのだろうか?

 人類の認知を超えた存在。


 そう――。

 これからのライトノベル作業を背負うのは、光のロリ戦士――光ノ院鏡花たんなのだ。

 否、世界の平和を担う光のロリ戦士――それが光ノ院鏡花たんなのだッ!


 さあ、あなたも一緒に「鏡花たん! 鏡花たん! 鏡花たん! 鏡花たん!」

 声が小さいッ!


「鏡花たん、鏡花たん、鏡花たん、鏡花たん……」



 ――最後の方は熱を帯びた秋葉さんが小さく声に出して朗読していた。

 やり切った頬には恍惚の赤みが射している。


「……って、何ですかこれは!」


「え、インパクトを重視した渾身のプロフィールでござるが……」


 本人は真面目な顔できょとんとしている。


 まさか、真面目に書いてもヤバいテキストなのか。

 フザけてもヤバい、真面目でもヤバい。


 我々は初めからこの男を頼ってはいけなかったのだ。


 いや、でも、さすがラノベ作家である。

 おもしろいっちゃおもしろいし、すごいインパクトだが、書く場所を間違っている感がすごすぎる。


「秋葉君……。これはあれだな。プロフィールだから、作品を書くノリだとマズいかもね」


 伏見編集長のフォローに、秋葉さんの表情が曇った。


「拙者はまたマズったでござるか」


 秋葉さんは肩を落とし、唇を噛んでいた。

 顔面は一瞬で蒼白に染まり、今にも嗚咽を漏らしそうな表情だ。


「ま、まぁ、投稿してないですし、一旦消せば……」


 反対側に座り、ノートパソコンの画面が見えないウメは、不思議そうな顔でコーラのストローに口をつけている。


「分かっていると思うが、ボクの印象を損なわない内容にしてくれたまえ。特に俊三郎の件で評判が地に落ちているからな」


 どっかで見たやり取りだんぁと思いつつ答える。


「そ、そうですよねぇ」


 苦笑いしつつ、秋葉さんに修正を促す。

 落ち込んでいた秋葉さんもこのままではいけないと思ったのだろう。


 顔を上げ、手を上げるが――。

 その瞬間、秋葉さんの太い指がキーボードの「エンター」に触れたのを俺たちは見逃さなかった。



「「!?」」



 秋葉原のにゃんにゃん喫茶に、俺と伏見編集長と秋葉さんの悲鳴が上がったのは言うまでもない。

 ま、プロフィールだし、直ぐに修正すればいいんだろけどね。


 変わるものがあれば、変わらないものがある。

 俺たち四人――痛メンは、出会った時から一つも成長していない部分があるようだ。

 そういうことが、分かった何だか切ない打ち上げだった。


 ここまでくると、正直、笑いしか出てこないけれど――。

 それでも、こう願わずにはいられない。


 どうか、これからも変わらず、この四人が仲良くあれますように。




 つづく

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