ボクは死んでもラノベなんか書かないからな!

明里 灯
明里 灯

11初週の結果は?

公開日時: 2021年5月31日(月) 23:53
更新日時: 2021年8月13日(金) 17:40
文字数:5,644

 思い返せば、秋葉さんのヤバい挑発コメント誤送信事件が起こったのは初夏だった。

 あれから三か月――今は九月に入ろうとしていた。


 暦の上では秋目前だが、まだまだ気温は猛暑が続いている。

 ウメと俊三郎先生の「アクセス数勝負」最初の投稿は、冷房を効かせた俺の部屋で行った。


 こういうのは初めてなので、多少緊張しつつ管理ページで投稿ボタンを押す。

 マウスのカチリという音とともに、ウメの作品「元ヤン転生」が「小説家になれるのかもしれない」のトップページに表示された。


「おぉ、おぉおおおおおおッ! 宗次郎! 表示されたぞ!」


 隣で立ち上がったウメは興奮しすぎだが――まぁ、気持ちは分からないでもない。

 俺もパソコンでの小説投稿は初めてなので、内心興奮していた。


 とはいっても「新着投稿」として表示されただけであり、投稿すれば誰もが載る場所だ。

 興奮は直ぐに止み、大役を終えた安堵感で満たされた。


 いずれ慣れるのだろうが、初めてのクリックは緊張するものなんだな。

 俺が書いた小説ではないのだけれど。


「これで結果を待つだけですね」


 パーカーに短パン、頭の上に黒いリボンをつけた通常スタイルのウメが鼻を鳴らす。


「ふん、どうせボクが勝つだろうし、どっしり構えて待つさ」


 言葉とは裏腹に部屋をグルグルと回っている。

 どっしりどころか小物感がハンパないぞ。


 ちなみに「元ヤン転生」の一話目は、不良の主人公が子供を助けようと車道に飛び込み、トラックにひかれて異世界に飛ばされた直後までの話だ。

 オーソドックスな展開ではあるが、主人公の不良としての反応がおもしろく、ぐいぐい読まされる。


 同時に俊三郎先生の作品が投稿され、お互いのSNSで宣伝が行われた。

 対戦の火ぶたがぬるりと切られたのだ。


 しばらくすると掲示板やSNSで話題になりはじめる。

 エゴサすると「とっかかりはおもしろいね」「元純文作家とは思えんw」などの反応が引っかかった。


「こんなに反応が早いのか!」


 俺の部屋で投稿を見守るウメが感嘆の声を漏らした。


「インターネットですからね」


「出して直ぐ反応があるというのは……紙出版とはまた少し違った感触だな」


「そうですね」


 そんな感じで初投稿を見守ったのだが――。

 それ以降、会話が途切れてしまった。


 そりゃそうだ。

 ぶっちゃけそれ以上にやることはもうない。


「家で続きを書くかな」


 ウメはそう言って立ち上がった。


「じゃあ送りますよ」


「夕ご飯を食べに行くぞ」


「そうしますか」


 マンションを出ると周囲は暗くなり始めていた。

 静かな住宅街をカラスの鳴く声が響く。


 住宅街を歩いて十分ほど。

 高田馬場の駅ビルはウメのお気に入りだ。

 行きなれたレストランに入り、席に就くとウメがメニューを開いて言った


「今日はボクのおごりだッ!」


「私を殺す気ですか?」


「どういう発想だッ!」


「いえ、おごるなんて珍しいので……」


「それだったら明日は雨が降るとか、もっといい言葉があるだろう。まったく物騒な男だ」


「でも、急にどうしたんですか?」


 ウメは珍しく視線を外し、唇を尖らせて言った。


「いつもパソコン操作してもらっているからな。今日も休みなのにすまなかった」


 そういうことか。

 気にしなくていいんだけど……ウメは昔から律儀なところがあるからな。


 それで言えば俺の方が助けられてばかりなのだけれど……。

 ――と、思ったが、結構全集持っていかれてるからこれくらいの見返りは享受しておこう。


「集計結果は一週ごとに行うので、次は来週ですね。結果発表の時は伏見編集長や秋葉さんも呼んでいます」


「二人にも世話になっている」


「結果で返せるといいですね」


 そんな会話をしていると、二人分の唐揚げ定食が届いた。

 このレストランの唐揚げ定食は安いながらなかなかの味でコスパ最強なのだ。


「いつかここの刺身天ぷら定食食べられるくらい稼ぎたいですね」


「夢が小さいぞ、宗次郎。夢は大きく! 全メニューをこの机の上に並べてもらうのだッ!」


「逆に中途半端に感じるのですが……」


 そんな感じでたわいのない会話を続ける。

 ウメは幸せそうな顔で和定食の唐揚げにかぶりついていた。


 喜怒哀楽が分かりやすいし、表情もコロコロ変わるヤツだ。

 見ていて飽きないし、つられて笑ってしまう。

 そんなことを考えつつ、俺もコスパのいい特大唐揚げにかぶりつくのだった。



 そして、アッと言う間に一週間。

 そう、今日は「一週目の集計結果」が出る日だ。

 スタートダッシュを決める上でも一週目の集計は勝っておきたい。


 ウメは自信マンマンに「ボクが負ける訳がない」と断言していた。

 良い作品を用意できた手ごたえはあるし、公開された俊三郎先生の作品と比べても遜色はない。


 俺だって「勝つ」と思いたいが、相手はライトノベル界では知らない者などいない大御所だ。

 そもそものファン数が違うし、心配は絶えない。


 俺自身、正午のユニークアクセス数発表に向けて既にそわそわし始めていたが、痛メンも同様の気持ちだったのだろう。

 呼んでもいないおっさん二人組みが、何故か「祝賀会用」と言ってビール瓶が入ったコンビニ袋を引っさげて現われた。


 ていうかまだ朝の七時なのだが、このおっさんたちは遠慮というものを知らないのだろうか。

 伏見編集長と秋葉さんは部屋に上がると、持参したDVDをパソコンにセットイン、つまみのポテチ袋や柿の種の袋を広げてビールで宴会を始めた。


「かんぱぁ~い!」


 ……って、そのビール祝賀会用じゃねぇのかよ。

 まだ発表すら始まってねぇぞ。

 頭が痛い。


「秋葉君、ちょっと話があるんだけどいいかい?」


 既にほろよいの伏見編集長が、ポテチに手をつけていた秋葉さんを呼び止める。


「デュフ、オススメの円盤の話デュフか?」


「この前、秋葉君が出した企画書あるじゃん。十個くらいん」


「渾身の企画書デュフね」


「誠に言いにくいんだけれどね。全部通すことはできないね」


「何だ、そんなこと……って、えぇええええええッ! 全部?」


「そう、全部、難しいと思う」


「嘘でしょ? 嘘って言ってよ」


「ホ・ン・ト」


「もう……三年くらい企画書通ってないコポォ」


 意外とハードな会話が繰り広げられていた。

 こんなところで話していい内容なのか?


「三年間、企画通ってないってことは印税も入ってないんですよね。どうやって生計立ててるんですか?」


「バイトぷぅ……」


 最早、作家と名乗っていいのか分からないレベルのブランクである。

 しかし、それじゃあ、何故、伏見編集長は秋葉さんを推して、ウメに会わせたのか――話だけ聞くと決して売れっ子ではない。

 色々と謎が深まる。


「秋葉さんの企画書、何がよろしくないのですか?」


 後学の為と思い、尋ねてみる。

 ――が、伏見編集長ではなく秋葉さんが答えた。


「フシミンは……ボクのことが嫌いなんだよきっと。前回の企画書だって渾身のロリもので……」


「うーん、原因は分かっているんだけれどね……」


 ――と話が核心を突きそうになった瞬間、チャイムの音がして時計を見た。

 十一時。ウメが来る時間だ。

 ドアを開けると緑ジャージを羽織ったウメが玄関に立っていた。

 一時間も早く来たということは、ウメも多少緊張しているのかもしれない。


「何だね! この酒臭い部屋は!」


 鼻を摘んで登場したウメにおっさん二人が歓声を上げる。


「おぉ! 主役登場!」


「デュフ、ウメタン勝利の祝賀会だよぉ」


「気が早いんじゃないかい? ボクはまだ勝ってないよ。まぁ時間の問題だろうけどね」


 やはり自信たっぷりのウメは「祝賀会用」と言って持って来たコーラをうちに置けるウメ専用のコップ……うさぎのイラストがプリントされたコップに注いでいた。


 考えていることはおっさん二人とほぼ同じである。

 何気に仲間はずれは嫌なので、俺もビールを用意しておく。


 ちなみに勝敗の判断基準となるアクセス数のカウントは、読者側からは見えない仕様になっている。その為、それぞれの管理画面でスクリーンショットを撮影してSNSで公開するルールに決まった。


「ルールをおさらいしよう」


 伏見編集長が編集長らしく説明をはじめた。


「双方のライトノベル作品を『小説家になれるかもしれない』で五週間分に分けて毎日連載し、累計のユニークアクセス数で勝負。ちなみにアクセス数は毎週一度お互いのSNSを使い、画像で公開する」


「これって勝ったらどうなるくぽぉ?」


「勝てば売り上げの見込みアリと考え、紙書籍の出版を検討する!」


「そ、そんなことが可能くぽか!」


「ふふふ、私を誰だと思っているのか!」


「さすが編集長くぽぉ……。でも、逆に負けたら……」


「負けたらどうなるという約束はしていない。だが、大御所に喧嘩を売って負けたレッテルは残る。負け方にも依るけれど、デビューは絶望的になるだろうな」


 ことの発端は秋葉さんにある。

 なので顔を真っ青にし、ウメに頭を下げていた。


「もしそうなれば、ウメたんは何も悪くないことを拙者が必ず弁明しますです……はい……」


「もう良いと言っただろう。顔を上げてくれたまえ」


 時計の針は十二時三分前を指していた。

 俺は顔を上げて皆にも伝える。


「いよいよですね……」


 残り三分で結果が出るとなると、嫌でも緊張してしまう。 

 それは他のメンバーも一緒なのか、時間が経つに連れ、徐々に口数が減っていった。


 管理ページを開き、アクセス数分析ページを確認する。

 俺は若干震える右手でマウスを操作し、青いリンク文字をクリックした。

 カチリ、というクリック音とともにページが切り替わる。


「一週間の累計は……33406アクセス……」


 俺の言葉に誰かが喉を鳴らす。

 光ノ院鏡花が書いたライトノベル第一作目。

 「元ヤン転生」の最初の一週間のアクセス数は……。


 33406――。


 この数字だけでは勝っているのか負けているのか、すごい数字なのかヤバい数字なのか何も分からない。

 キャプチャしてSNSに添付する。

 俊三郎先生サイドもアクセス数を撮影したらしい。

 SNSが更新された。

 俊三郎先生の書いた「隣の変態紳士の憂鬱」が稼いだアクセス数をウメの声がなぞる。

 ねぇ、憂鬱って流行ってるの?


「33402アクセス……」


 33406と33402……僅か4アクセスの差。


「これって……ウメ先生の勝ちってことですか?」


 俺の言葉にウメがコクコクとうなづく。

 勝負はまだ一週目、今勝っていたとしても残り四週間ある。


 それでも、一週目の勝負に勝てば強いアドバンテージを得ることになる。

 ウメはあれだけ強気なことを言っていたにも関わらず、信じられないという顔をモニタに張り付いていた。


「デュフハっ! ウメタン勝ったぁあああああッ!」


 秋葉さんの言葉に、伏見編集長が無言で両の手を天に伸ばす。

 パチンというハイタッチの音が鳴り響いた。


「やったな」


「デュフ、まだ戦いは終わりじゃないよ。こ・れ・か・ら、だよぉ」


 何だか気持ち悪いやり取りが真隣で繰り広げられているが、まるで自分たちのことのように喜んでくれているので、口は挟まないことにする。


 俺だって嬉しかった。

 あれだけ頑張ってアイディアを出して、何度も書き直して、ようやくできたものなのだから。

 ウメも飛び跳ねて喜んでいた。

 その後は言うまでもない。

 祝賀会を再開することになったのだが、コンビニに買出しに行っていた秋葉さんが、妙な足取りで帰って来た。


「うぃいいいい!」


 千鳥足というのを初めて見た。

 両手にはビール瓶の詰め込まれたコンビニ袋。

 というかおっさん二人は朝からずっと飲み続けているだけじゃん。

 いい加減帰って欲しい。


「ボクはね……」


 神妙な顔で手のひらを見つめるウメは、震える手を握りこぶしにした。


「ボクは天才なのかもしれない……自分の才能が怖い」


「デュフフフフハッ! 天才! ウメ先生は間違いなく天才だよぉ! 可愛さの天才! コポォ」


 盛り上がり過ぎである。それから更に一時間経過する頃には――。

 ポテチの袋や飲み物の缶、ペットボトルで部屋が埋め尽くされていた。


「ボクはれぇ、新『鈍』作家なんらよ」


 コーラを飲んでいたウメも、何故か酔っ払っていて呂律が回っていない。

 まさか間違えて酒を飲んだりしてないよな?


「はいはい、新鋭ですよね」


「新鋭じゃらい! ボクは新鈍だぁ。キミはワザと間違えてるんだろう?」


「間違ってるのはウメ先生ですよ。鈍くて良いんですか? あ、こら、顔近づけないでください。コーラ臭いです」


「ぎゃはははは!」


 うん、この人にコーラを飲ませちゃダメなんだな。メモメモ。


「何メモってんだおぉ宗次郎は!」


 絡み酒かよ、さっきから死ぬほどウザい。


「今日のアクセス勝負の結果ですよ。次の週に活かさないといけないですから」


「なぁ……。キミは……キミは何で……」


 言葉が途切れたので、俺はメモ帳を置いて振り返った。

 ウメは俺のベッドの上に寝転がって目を細めていた。

 今にも眠ってしまいそうな瞳で睫毛を上下させる。


「何で……ボクに敬語を使うようになったんだい……」


「……」


 うまく説明したところで納得できないだろうと思うと言葉が詰まる。

 口を開けたままでいると……いつの間にかウメは眠っていた。


 小さな寝息が聞こえ始める。

 俺は床の上でいびきを立てるおっさん二人を踏まないよう気を付けながら、金色の絹のような髪が広がるベッドに近寄り、細い身体にタオルケットをかけた。


 ウメは強い。

 本当は「負けるかもしれない」という不安があったくせに。

 少しも態度に出さずに初めてのライトノベルに挑戦している。


 何枚も書き直して、何回もややり直して、これでも負けるかもしれないと思って必死に書き続けた。

 ペンだこやネコ柄の絆創膏を見れば直ぐに分かる。


 ウメは一度鉛筆で紙に書かないと小説を書けない。

 いきなりパソコンで執筆をする作家に比べれば、手間が一つ増えるということになる。

 慣れないパソコン操作で疲れも溜まっているだろう。

 まぁ、だから、今日は少しくらいはしゃいで部屋を汚しても、後の掃除は気持ちよくやらせてもらおうじゃないか。


 今日だけはな。

 ドンチャン騒ぎの末、床にビールをぶちまけたり、壁や襖に頭から突っ込んで大きな穴を残したおっさん二人組は、未来永劫絶対に許さないけどな。

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