神奈さんとアメリちゃん

退会したユーザー ?
退会したユーザー

第一話 アメリが帰ってきた!

公開日時: 2021年4月15日(木) 07:01
更新日時: 2022年5月23日(月) 01:58
文字数:1,938

 朝なのに、すでにかなりの暑さを感じる九月初頭、着の身着のままのスウェット姿でスコップを使い、庭の片隅に穴を掘っていく。傍らには、今朝亡くなった愛猫のアメリカンショートヘア、アメリの亡骸。


 定期検診では異常は見つからなかったし、昨日までは普通の様子だったのに、朝起きたら彼女はすでに冷たくなっていた。十四歳だったから、天寿を全うしたのだろう。それでも、悲しくて悲しくて、さっきまで大人気おとなげなく、わんわん泣いていたのだ。ひとしきり泣いて落ち込んだあと、多少冷静さを取り戻して、アメリを弔うことにした。


 私がもっときちんと気付いていれば、アメリはもう少し長生きできたのかもしれない。でも、きっとこういう後悔は、生き物を飼っていれば必ず訪れるのだろう。人は、なんだかんだでどこか楽天的だ。今日と同じ日が、明日も続くと信じ込んで生きている。そう考えなければ、きっと生きていけないから。そして、別れを迎えたとき、それが幻想に過ぎなかったことを思い知る。


 穴の大きさも十分になったので、愛しのアメリを埋葬する。土をかけるときに、「虹の橋の向こうで元気でね」と最後の別れを告げる。


 虹の橋の向こうというのは、ペットが死後向かうと言われている場所。これを最初に言い出したのは、誰なのだろう。


 死後の安寧を祈り、静かに土をかけていく。さようなら。ごめんね。



 ◆ ◆ ◆



 アメリのいない家。持ち主を失った寝床。なんて寂しい光景なのだろうか。仕事用デスクに腰掛け、液晶タブレットに突っ伏す。私の職業は漫画家で、猫漫画専門誌「ねこきっく」に連載を持っている。猫の日常を描いた漫画はありがたいことに好評で、こうしてそこそこ広いペット可の一軒家 (貸家だけど)に住めるぐらいの収入を得ている。


 しかし、こんな状態で仕事に身が入るのだろうか。ペットロス、話に聞いていた以上にきつい。


 ぐう、とお腹が鳴る。時計を見ると、正午に差し掛かろうとしていた。そういえば、朝起きてから何も食べていなかったな。でも、お腹は減ってるけど食欲は全然ない。牛乳ぐらいなら喉を通りそうだったので、それをコップ一杯流し込み、ベッドに潜り込む。辛い時は寝逃げ・・・に限る。眠気なんか全然ないけど、横になるだけでも随分違うだろう。



 ◆ ◆ ◆



 ドアを勢いよく叩く音が聞こえる。その音で、だんだん意識がはっきりしてくる。なんだかんだで、眠り込んでしまったらしい。何か宅配とか頼んでたっけ? インタホンの呼び鈴、鳴らせばいいのに。ていうか、門閉め忘れてた……? 新聞とか宗教の勧誘だったら面倒くさいなあ。あ、スウェットのままだ。まあ、いいか。


「どちら様でしょう?」


 不用心かもしれないが、ドアをそのまま開けてしまった。どうも、まだ頭が回らないらしい。


 ドアの向こうには、ア○プスの少女ハ○ジが着てるような白いシミーズをまとった、ショートカットの小さな女の子が、夕焼けを背に笑顔で立っていた。


 ただその女の子、何の冗談か猫耳なんか着けている。あれ、まだハロウィンには早いよね?


「ご主人様ー! 帰ってきたよ!」


 いきなり幼女に抱きつかれる。え? ご主人様? 何のプレイ? 頭に疑問符が十個ぐらい付く。


 わけのわからないまま彼女を見て、ぎょっとした。この猫耳、カチューシャではなくて、どう見ても直に生えている! しかも、何やらしっぽのようなものまで、ちらちらとシミーズの先から見える。


「ご主人様……アメリのこと忘れちゃったの?」


 は!? アメリ!? ええ? ちょっと冗談きついよ、この子!


「ええとね、お嬢ちゃん。私の飼い猫は確かにアメリだけど、今朝天国に行っちゃったの」


 屈んで目線を彼女の高さに落とし、話しかける。


「だーかーらー! アメリなの! アメリがアメリなの!」


 話が通じないといわんばかりに、子供っぽいわかりやすい地団駄を踏む。って、しっぽがぶんぶん横に振れてるんですけど!? 動いてるよ、これ!


 まさか、夢かメルヘンかファンタジーか。まさかのまさか!?


「あなた……アメリなの?」


「そーいってるでしょー!」


 仏頂面の彼女。


「ちょっとごめんね」


 再度立ち上がり、この子の耳を軽く引っ張ってみる。「にゃあ!」と変な声を上げるが、やはり付け耳ではない。それに、髪の色もアメショ独特の、灰と黒のシルバータビー模様だ。染めてるにしては、手が込みすぎている。


 急いで寝室に戻り、ある物・・・を持ってくる。


「これ、なんだかわかる?」


「がぶがぶするやつ!」


 私が手に持っているのは、チンアナゴのぬいぐるみ。アメリが、よくかじって遊んでいたものだ。


 チンアナゴとか、ぬいぐるみではなく、「がぶがぶするやつ」と答えた! もう疑いようがない!


「お帰り、アメリ……!」


 彼女、いやアメリをぎゅっと抱きしめる。理屈とか、もうどうでもいい! 最愛のアメリが帰ってきた!!

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート