朝なのに、すでにかなりの暑さを感じる九月初頭、着の身着のままのスウェット姿でスコップを使い、庭の片隅に穴を掘っていく。傍らには、今朝亡くなった愛猫のアメリカンショートヘア、アメリの亡骸。
定期検診では異常は見つからなかったし、昨日までは普通の様子だったのに、朝起きたら彼女はすでに冷たくなっていた。十四歳だったから、天寿を全うしたのだろう。それでも、悲しくて悲しくて、さっきまで大人気なく、わんわん泣いていたのだ。ひとしきり泣いて落ち込んだあと、多少冷静さを取り戻して、アメリを弔うことにした。
私がもっときちんと気付いていれば、アメリはもう少し長生きできたのかもしれない。でも、きっとこういう後悔は、生き物を飼っていれば必ず訪れるのだろう。人は、なんだかんだでどこか楽天的だ。今日と同じ日が、明日も続くと信じ込んで生きている。そう考えなければ、きっと生きていけないから。そして、別れを迎えたとき、それが幻想に過ぎなかったことを思い知る。
穴の大きさも十分になったので、愛しのアメリを埋葬する。土をかけるときに、「虹の橋の向こうで元気でね」と最後の別れを告げる。
虹の橋の向こうというのは、ペットが死後向かうと言われている場所。これを最初に言い出したのは、誰なのだろう。
死後の安寧を祈り、静かに土をかけていく。さようなら。ごめんね。
◆ ◆ ◆
アメリのいない家。持ち主を失った寝床。なんて寂しい光景なのだろうか。仕事用デスクに腰掛け、液晶タブレットに突っ伏す。私の職業は漫画家で、猫漫画専門誌「ねこきっく」に連載を持っている。猫の日常を描いた漫画はありがたいことに好評で、こうしてそこそこ広いペット可の一軒家 (貸家だけど)に住めるぐらいの収入を得ている。
しかし、こんな状態で仕事に身が入るのだろうか。ペットロス、話に聞いていた以上にきつい。
ぐう、とお腹が鳴る。時計を見ると、正午に差し掛かろうとしていた。そういえば、朝起きてから何も食べていなかったな。でも、お腹は減ってるけど食欲は全然ない。牛乳ぐらいなら喉を通りそうだったので、それをコップ一杯流し込み、ベッドに潜り込む。辛い時は寝逃げに限る。眠気なんか全然ないけど、横になるだけでも随分違うだろう。
◆ ◆ ◆
ドアを勢いよく叩く音が聞こえる。その音で、だんだん意識がはっきりしてくる。なんだかんだで、眠り込んでしまったらしい。何か宅配とか頼んでたっけ? インタホンの呼び鈴、鳴らせばいいのに。ていうか、門閉め忘れてた……? 新聞とか宗教の勧誘だったら面倒くさいなあ。あ、スウェットのままだ。まあ、いいか。
「どちら様でしょう?」
不用心かもしれないが、ドアをそのまま開けてしまった。どうも、まだ頭が回らないらしい。
ドアの向こうには、ア○プスの少女ハ○ジが着てるような白いシミーズをまとった、ショートカットの小さな女の子が、夕焼けを背に笑顔で立っていた。
ただその女の子、何の冗談か猫耳なんか着けている。あれ、まだハロウィンには早いよね?
「ご主人様ー! 帰ってきたよ!」
いきなり幼女に抱きつかれる。え? ご主人様? 何のプレイ? 頭に疑問符が十個ぐらい付く。
わけのわからないまま彼女を見て、ぎょっとした。この猫耳、カチューシャではなくて、どう見ても直に生えている! しかも、何やらしっぽのようなものまで、ちらちらとシミーズの先から見える。
「ご主人様……アメリのこと忘れちゃったの?」
は!? アメリ!? ええ? ちょっと冗談きついよ、この子!
「ええとね、お嬢ちゃん。私の飼い猫は確かにアメリだけど、今朝天国に行っちゃったの」
屈んで目線を彼女の高さに落とし、話しかける。
「だーかーらー! アメリなの! アメリがアメリなの!」
話が通じないといわんばかりに、子供っぽいわかりやすい地団駄を踏む。って、しっぽがぶんぶん横に振れてるんですけど!? 動いてるよ、これ!
まさか、夢かメルヘンかファンタジーか。まさかのまさか!?
「あなた……アメリなの?」
「そーいってるでしょー!」
仏頂面の彼女。
「ちょっとごめんね」
再度立ち上がり、この子の耳を軽く引っ張ってみる。「にゃあ!」と変な声を上げるが、やはり付け耳ではない。それに、髪の色もアメショ独特の、灰と黒のシルバータビー模様だ。染めてるにしては、手が込みすぎている。
急いで寝室に戻り、ある物を持ってくる。
「これ、なんだかわかる?」
「がぶがぶするやつ!」
私が手に持っているのは、チンアナゴのぬいぐるみ。アメリが、よくかじって遊んでいたものだ。
チンアナゴとか、ぬいぐるみではなく、「がぶがぶするやつ」と答えた! もう疑いようがない!
「お帰り、アメリ……!」
彼女、いやアメリをぎゅっと抱きしめる。理屈とか、もうどうでもいい! 最愛のアメリが帰ってきた!!
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