「見事! これぞ余の騎士団にふさわしい技前。フェルゾン、大義であった」
フェルゾンが誇らしげに一礼する。
王立騎士団の設立が決定した。
「あの男は出自が知れませんでな、カリフィス王の側近が王に引き合わせたということでしたが、ヴェナードの歴代の貴族たちも誰一人として知らぬ男でしたな」
老アトロビスはそう語った。
ある日、王朝での閣議が終わった後、アトロビスたち主だった大臣はカリフィス王に呼ばれた。彼らが控えの一室に入りほどなくすると、痩せぎすの身体を大きめの皇衣で権威づけた年若い王が、一人の男を従え入ってきた。
五十過ぎと見えるその男は、大きな鼻に白髪交じりの太い眉、同じような白黒の髭を伸ばし放題にし、だが風貌に似合わず着衣はすこぶる高価なものを着ている。今まで会ったことの無い男で、皆は王家の親族かと思ったが、この歳の男であればもちろんどこかで披露目の機会があって良いはずだ。
不思議に思っている大臣たちに、王がやっと声変りが始まった声音で告げた。
「皆に紹介するぞ。アヴリード・フェルゾンだ」
初老の男が恭しく会釈する。大臣たちも挨拶を返したが、フェルゾンと言う名はヴェナード貴族の名跡になく、軍属の高家にも思い当らなかった。
何処の誰とも分からぬ男を前にした彼らに、王が告げる。
「王立の騎士団を結成することとした。この者に差配を任せる」
寝耳に水の言葉だった。それぞれの大臣も領地に戻れば騎士団を持っているが、王立となると話は違う。王家直轄の騎士団は、閣議を通さず王自らが指示を与えられる。大臣たちは皆、若輩の上にさして聡明でもないと分かり切っているこの王に武力を持たせる危うさを察知した。
「畏れながら陛下、お側に仕えます近衛隊もおりますれば、直轄の騎士団とはどのようなご下知に従う者どもでございましょうか?」
大臣筆頭のネルゲルが、真意を確かめようと王に問うた。
「決まっておろう。余の勅命に従い、敵を挫くための兵団だ」
居並ぶ大臣らが心の中で嘆息する。齢十五歳。ほとんど王宮を出ず、軍略はおろか局地戦の一戦術にすら疎い王が戦への命令なぞ出せるはずもない。だが、若いとはいえ、ここまで蒙昧なお方であったろうか。今でさえ傀儡の王が、どこの誰とも分からぬ怪しげな男の言いなりとなっている気がする。
ネルゲルが、諭すような口調で言葉を継いだ。
「陛下、ヴェナードの王たる者、御自らは戦場のような無粋な場に臨まれるものではございません。また、王立の騎士団ともなればヴェナード朝始まって以来の叙任。騎士の選定その他にはすこぶる入念な吟味が必要かと存じます」
暗に自分らも議決に加えるよう含めて言う。王はその意に気づいたか否か、ともあれ意見を求めるように脇の男を見た。
だがフェルゾンと言う男は大臣たちを前に、何ら臆することなく言い放った。
「ご心配なく。すでに騎士の選定は済んでおります」
大臣たちが驚く。
「なんと! このような重大事を評議もせず……」
「陛下のご下知に在らせられますか?」
騒ぐ臣下を、王が右手を挙げて制した。
「貴君らの日頃からの忠節、大義に思っておるぞ。だが、戦については別だ。何としても勝たねばならぬ。それが先王ブラトス二世の悲願でもある。然るに戦況は一進一退。我が国が優位に立つには、新たに力が必要なのだ」
大臣たちが顔を見合わせる。今まで評議会の言いなりだった王から聞けるような言葉ではない。やはりこのフェルゾンという男に、危なげな入れ知恵をされたとしか思えない。
たかが騎士団一つ。戦局を打開することなぞできるはずもなく、謂わば王の意のままに動き、自尊心を煽るための玩具のようなものだ。設立したとしても良くも悪くも影響はない。
だが、目の前の不審な男とともに持ち出された騎士団の件は、この先厄介ごとに発展しそうな匂いが強く漂っている。とはいえそれを面と向かって言うこともできない。諫めようにも、すでに騎士の選定まで終わっているとはいかなることか。
「このフェルゾン卿は、類稀なる力を持った騎士たちを配下としているそうな。彼らを余直轄の騎士団にしようということだ」
すると、大臣の一人レネゲイが質問した。
「陛下、はなはだ失礼ながら、フェルゾン卿のご配下とは、どのような名跡の騎士でございましょう?」
王がフェルゾンを促す。男は一礼すると口を開いた。
「我が騎士は、この地に古くから伝わる家柄の者ばかり。しかしながら、ヴェナード建国の折、任を解かれ永きにわたり領民として暮らしておりました。此度その者どもを再び王家に仕える騎士として集わせた次第」
つまりは土着の民と言うことだ。しかも建国の折と言えば三百年近くも昔。とても真に受けられる話ではない。仮に真実であったとしても、平民に下ろされたとは由緒正しき者どもとは思えなかった。皆困惑し、顔を見合わせる。
だがフェルゾンは、余裕の笑みを浮かべながら言葉を継いだ。
「陛下のご下知に合わせ、技量、忠節ともに当代一の騎士をそろえました。常の兵士では到底なし得ないほどの働きをお約束いたしましょう」
皆唖然とした。どう見ても、この男はいかさま師としか思えない。どのようにして王に取り入ったかは分からぬが、カリフィス王はすでにこの男に取り込まれている。だが、このような輩が王宮に出入りすること自体が後の厄となることは目に見えていた。
かろうじてネルゲルが口にする。
「陛下、フェルゾン卿の申される騎士団、謁見の折はございましょうか?」
「うむ。どうだ、フェルゾン卿?」
「教練が仕上がりましたら早速に」
大臣たちは考えた。王はこの男に傾注している。ここで反論しても聞かぬであろう。この上は、実際に騎士たちを謁見したのち、策とやらを吟味し、具体的な不安と懸念の理由を突き付け牽制する他はない。
王直轄と謂えど、戦は軍のものだ。このフェルゾンなる男がどれほどの信任を得ようと、実際の戦いの場では一騎士団も駒でしかない。そうやすやすと王の物言いを通すことはできないだろう。
だが、一月後に目にした騎士たちの姿は、彼らの想像をはるかに超えていた。
――――――――――――――――――――
謁見の日、王宮の演兵場には三人の騎士がいた。フェルゾンによれば、全員の拝謁を賜わずとも、この者どもの腕を見れば自分の言葉の証しになるという。
彼らは一様に古びた甲冑に身を包み、冑もかぶらず荒れ放題の蓬髪に、顔を布帯で幾重にも捲いている。その布帯の合い間から除く眼には何の情感も見えず、冷めた溶岩石を思わせた。常日頃からの激しい教練に顔身体とも傷だらけで、周囲が恐れぬよう配慮したと彼が告げる。
大臣たちは皆その異様な姿に眉を顰めたが、王は謁見台の座に着いたまま興味深げに彼らをご覧になっていた。
フェルゾンの号令に、一騎が進み出る。
演兵場の彼方には、予め用意された人の背丈ほどの太い丸太が数本、地面に穿たれていた。
騎士はゆったりとした歩調で馬を進めると、立てられた杭を見定め、一気に駆けた。直前で腰の剣を抜く。すり抜けざまに振ると、両手で抱えるほどの丸太が枯れ枝の如く両断され宙を飛ぶ。
皆眼を見はった。剣の切れ味もさることながら、まず人の力とは思えない。
演兵場の壁際まで走った騎士は、馬を返すと元来た道を戻るように駆け始めた。その騎士に向かい、仲間の一騎が手にした弩を無造作に撃つ。己れ目がけて一直線に飛んできた矢を、騎士は神業のように剣で打ちかえした。弾かれた矢が眼前の杭に突き立つ。次の瞬間、その丸太も切り飛ばされ、宙に大きく弧を描くや大臣たちの眼前へと堕ちた。
おののく彼らを見やったフェルゾンが、笑みを湛えた目を騎士らへと戻す。
二番手の騎士は斧を三振り、馬を駆りつつ立て続けに杭に命中させ、そのまま手に持った特大の戦斧で四本目を真っ二つに断ち切った。そして馬を返すと、杭の列を越え、最後の騎士に向かって一気に馬を走らせる。彼は戦斧を振りかぶると仲間めがけて投げつけた。大臣たちからどよめきが上がる。
だが対手の騎士は恐れもせず、己れを襲う斧を、手にした槍で一瞬にして弾き返した。投げた騎士の脇を掠め、斧が遠く一本だけ残った杭の正面に深々とめり込む。
そのまま二番手と入れ違いに杭めがけて走ると、騎士は槍を繰り出した。めり込んだ斧の下を貫き、穂先が丸太の後ろにまで飛び出す。柄から手を離してすり抜けると、取って返しざまに剣でやすやすと杭を両断した。斧と槍を突き立てた杭の頭が宙に飛ぶ。その槍の柄を中空で見事に掴むと、やがて馬の歩調を緩めゆっくりと仲間の下へと戻ってきた。
丸太から突き出た槍。大人四、五人でも引き抜くのは叶わぬと見えた。だが騎士は難なく引き抜くと、戦斧が刺さったまま隣の騎士に差し出す。その騎士も己の戦斧を造作もなく引き抜き、杭を馬の足元へと放り捨てた。
いずれも常人の技をはるかに凌いでいる。場に静寂が訪れた。
三騎がフェルゾンの傍らへと戻る。騎士たちが馬を降り、膝を付いてカリフィス王に拝礼した。大臣たちが王を見る。年若い王は無邪気な笑みを満面に浮かべ座から立ち上がると、大声で宣告うた。
「見事! これぞ余の騎士団にふさわしい技前。フェルゾン、大義であった」
フェルゾンが誇らしげに一礼する。
王立騎士団の設立が決定した。
およそ人とは思えぬ膂力と俊敏さで技を披露した騎士たちに、大臣たちもその力量には納得せざるを得なかった。だが、彼らの醸し出す気は、何より異妖で禍々しい。
こんな輩が、由緒正しきヴェナード王立の騎士団となるのか。
謁見が終了し王が退席あそばしたのち、大臣たちは改めてフェルゾンを呼びつけた。彼奴の真意を少しでも探らねばならない。
だが、その詰問の席も彼らの予想と反するものとなった。
「ご心配なく。私は陛下に取り入ろうとも、皆様や軍兵を蔑ろにしようとも考えておりません」
大臣に囲まれたフェルゾンは、不穏な気をまるで意に介さず、そう口にした。
「だが貴殿の行っておることは、このヴェナード王朝そのものに対するはなはだ不遜な行いぞ」
ネルゲルが、穏やかながら有無を言わせぬ口調で質す。
「陛下はともかく、我らは王立の騎士団なぞ欲しておらん。貴殿は彼らに何をさせるつもりか?」
その問いに、フェルゾンが大臣たち一人一人を見るようにしながら静かに返した。
「このヴェナードの国をお護りするため」
皆、その言葉の意味するところが分からず、アトロビスが訊く。
「騎士団一つで国を護るとは、いったいどのような策をお持ちか?」
フェルゾンが笑みを浮かべる。その問いを待っていたような顔つきだ。
「皆様が悩んでおられるのは、この戦に勝つことではなく、いかに自らの不利を招かず終焉させるかということでございますな」
大臣たちが言葉に詰まる。
是が非でも勝利をと願う王家に対して実に非礼な言葉だが、真実である以上、即座に言い返せる者はいない。
「このままでいれば、いずれ諸国は攻め入って参りましょう。と言って、今ここで和睦を持ち出しても、おそらく相当の賠償をせねば講和の実現には至りませんな。まさに、前王ブラトス陛下は悩みの種だけを残してお隠れあそばされた」
「無礼であるぞ!」
周囲から飛ぶ叱責をものともせず、フェルゾンはそのまま続けた。
「ですが、我が騎士団がいれば戦況は変わります。ご覧いただいたように史上最強の者ども。まさに一騎当千の働きをいたします」
「確かに、あの騎士どもの強さは認めよう。だが、戦とは所詮数と軍略とで決まるもの。どれほどの強者でも、大挙してくる軍勢には敵わぬ」
「確かに、戦場でまともに大軍と相対すればその通りですな」
「では、どうする?」
「敵の勝機を挫きます」
大臣たちが皆、いぶかしんで顔を見合わせる。
「元より、陛下に軍略に即したご下知が下せるとは思っておりません。あの騎士どもは、私が動かします。そして、どこに投ずるかは皆様からのご承諾を得る。これならばご不満はございますまい」
フェルゾンは続けた。
「天下無敵の騎士とはいえ、動かし方次第で生きも死にもいたします。我が騎士団は敵地の攪乱を主とし、なによりヴェナード国とカリフィス王の権威と強さの象徴として、諸国にその名を轟かせる。さすれば、諸国もおいそれとこの国への手出しもできなくなる。その折を見計らい、講和を有利に進めてはいかがでしょう」
場が鎮まった。確かに一応は理に適っている。あの一騎当千の騎士たちならば、フェルゾンが唱える通り、ほどなくして諸国にその存在が知れ渡るだろう。
軍略において、手に持つ力以上の風聞、流言はこの上ない追い風となる。敵が彼らに恐れをなせば、こちらの有利に傾く。しかし、この男の言葉を素直に信じてよいものか。
彼らは、フェルゾンとあの騎士たちが持つ、何とも言えない不気味さに躊躇していた。
「フェルゾン卿、あの騎士の差配に我らの承諾を得るとの言葉、偽りはあるまいな?」
ややあって、ネルゲルが重たい声で問うた。
「もちろんのこと」
フェルゾンがもったいぶった調子で頭を下げる。大臣たちにも、それ以上の追及はできなかった。それがヴェナード王立騎士団の誕生だった。
「なかなか興味深いお話ですな。しかし、ではなぜフェルゾムたちはあのような理不尽な行いをしたのです?」
ケイロンズの問いに、アトロビスが空を睨みつけるような眼差しをした。
「フェルゾンは、確かに騎士団の動きについては報告した。だがあの騎士団は、思った通りとんだ疫病神だったのだ」
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