永年かけてやっと手にした軍人としての誇りも、信頼する仲間も、人としての生き甲斐も、もう何も残っていない。奪われたものは何一つとして戻ってはこない。
体中が痛む。ギリギリと締め付けられるようで息が苦しい。熱い。身体が無理やり捻じ曲げられているようだ。
誰か助けてくれ。
クリシアは夢うつつから次第に意識を取り戻した。
目を開けようとしたが、顔中に痛みが張り付き、自分のものではないようだ。瞼を開けるのも億劫で、だが自分がまだ生きているのか、それを知りたいがためだけに無理やり目をこじ開ける。
上からあの男が見下ろしていた。
虚ろな意識の中で、残忍なその顔にまた恐怖が甦る。男は汗みずくで息を荒げている。
何をしている。
背中に無理やり回され、手枷を嵌められた腕が痛くてたまらない。苦痛に歯を食いしばる。男の掌が彼女の首筋から胸へと降りていった。じっとりとした男の掌が生々しく感じられる。
なんだ。この男は何をしている。
彼女は痛む首筋を曲げ、自分の身体を見下ろした。彼女の眼に、白い山のような乳房と固く突き出した乳頭が見える。それを男の手が乱暴に揉み拉いていた。その向こうで、自分の両脚が高々と跳ねあげられ、男の下半身が密着し蠢いている。そこまで見たとき、彼女はやっと股間の鋭い痛みに気づいた。
男が動くたびに、身体に鉛でも突き入れられるような激痛が走る。固く重たく熱いものが、自分の腹の中で動いている。それが入ってくるたびに腰から力が抜け、胃の腑が突き上げられるような息苦しさを覚えた。
何が起きているんだ。
クリシアの脳裏でそれがやっと像を結んだ時、男の口から低いうめき声が漏れ、下腹の中に生暖かい感触が広がった。
やがて男が体を離した。股間から何かがずるりと引きずり出され、同時にクリシアの両脚も地面に投げ出される。
彼女はそのまま横たわっていた。身体中がばらばらになりそうなほどに痛み、疼く。その痛みに支配され、何も考えられなかった。一つの思いだけが、何の感傷もなくただ虚ろな事実として頭に浮かぶ。
抗うことも、やめるように懇願することもできず、されるがままに犯された。
眼の端に数人の男たちが映っている。首領が獲物を喰い終わるのを待っていたのだろう。入れ替わりに群がってくる。あばた面の男が、彼女の両脚を強引に開くと圧し掛かってきた。クリシアに拒む術はない。
いいのか。そこは、あの男が今吐き出したばかりだぞ。そんなことにはお構いなしか。
だが、すぐに股間に重たい痛みが加わり、彼女は喉の奥から呻き声を挙げた。
何本もの固くざらつく手が伸び、身体中をまさぐり、乳房を鷲づかみにし乳頭をつまみ上げる。あばた面は、ぎらつく眼で笑みを浮かべながらしばらく乱暴に動き、やがて叫び声と共に欲望の澱のような体液を迸らせて果てた。
その後も、男たちが先を争うように彼女の中に入ってくる。髭だらけの無数の顔が臭い息を吐きかけながら、顔と言わず身体と言わず舐まわし、しゃぶり、噛みつく。
クリシアは何もできず、ただ霞む目で虚空を見つめ、身体中に感じる痛みに耐えながらこの時が終わるのを待っていた。
いつまでそれが続いたのか、何人の男がいたのか、思い出せないほど長い時だった。
男たちは、何か月か、何年か、女に触れることさえなかった年月のすべてを取り戻そうと思うかの如く、散々彼女を犯し弄び、ありとあらゆる欲望を果たし尽くすと、やっとぼろきれのような彼女を残して出て行った。
あの森で数人が死んだはずだ。自分も三人斃した。仲間の仇討とばかりに散々私を辱め、弄んだのか。だがその思いは、まるで薄絹で遮られた先の話のように、奇妙に他人事として思い浮かんでいた。
だいぶ経ってから、彼女は、背中に回された腕の痛みに耐えかね、もぞもぞと身体を動かした。
顔と言わず身体と言わず、全てが男たちの放った異臭のする体液にまみれている。股間から太腿にぬるぬるとした感触がある。だが怖くて見られない。
彼女は横たわったまま舌を天に向けて突きだし、ゆっくりと歯で噛んでみた。このまま力を入れれば噛み切れる。出血して死ぬだろう。それとも、噛み切った弾みで残った舌根が喉を塞ぐのだったか。
咽喉を塞ぐ。あの男に首枷を吊り上げられた時の、あの苦しさが蘇ってくる。
そしてもう一つの思い。
今さら死んで何が守れる。
私の純潔は失われた。いや、もっと的確に言えば、いつかこうなることもあるかと想像しないではなかった。虜となった女が戦場でどう扱われるかは、彼女も知っている。ただ、万が一そうなったときも覚悟はできているはずだった。それを恐ろしいことと思ったことはなかった。
だが今のこの喪失感は、身体に加えられた凌辱のみのせいではない。
クリシアの心にあるのは、完膚なきまでに叩きのめされた敗北感だった。すべてを奪い取られた。自身が永年かけてやっと手にした軍人としての誇りも、信頼する仲間も、人としての生き甲斐も、もう何も残っていない。奪われたものは何一つとして戻ってはこない。そして今、彼女は生きることと死ぬことの意義すら見失っていた。
体からすべての力が抜けていく。
眠い。こんな境遇でありながら、眠くて仕方がない。そして、眠ることでこのすべてが忘れられることを祈りながら、ゆっくりと目を閉じた。
ああ、またあの声だ。すすり泣くような女の声。聞いていると、魂が蝕まれ削り取られていくような息苦しい声。頭を振り払ってもその声は消えない。気分が悪くて仕方がない。誰か止めてくれ。
またあの男の声がした。
――自分を見ろ。お前はまだ闘える。
それだけで心が落ち着く。不思議と癒されていく。
ぼんやりとした頭のどこかに、またも男たちの跫が聞こえ、彼女は我に返った。知らずに眠っていたのかも知れない。捕えられてからどれだけ経ったのか。その間に何度も男たちがやってきては、彼女を散々に弄んだ。
もう何をされても驚くことすらできない。
身体中が痛み、手足どころか瞼さえ開けるのが億劫だ。次第に記憶が戻り始め、目の焦点がやっと合ったと思った時、彼女の見たものは目の前にある頭目の男の顔だった。思わず身を引く。身体に痛みが走り彼女が呻く。
男は無言で彼女の眼を覗き込んでいる。
他の男達とは別格の存在。ただただ恐怖だった。いっそのこと殺されるのならばまだ諦めがつく。だがこの男は決して私を殺さない。その代り、死んだ方がましだと思わせるほどの心への、いや魂への苦痛を与える。
配下の男たちが、クリシアの身体を押さえつける。
「やめて!」
痛む身体をよじって必死に抵抗する。この男には何をされるか分からない。だがそれは、きっと途方もない苦しみに違いない。
男たちが首枷の鎖を引き上げ彼女を立たせる。四肢をがっちりと抑え込まれたクリシアは、何もできなかった。
手枷が外され、腕にまとわりついていた胴着と下着の残骸が綺麗に抜き取られる。足首に絡みついていた下穿きのくずも丹念に払われる。
彼女は文字通り一糸まとわぬ全裸にされた。身体にあるのは首枷だけだ。だが裸を見られている羞恥や屈辱よりも、これから何をされるか、その恐怖が先に立つ。
クリシアは意識を失う前のことを思い出した。便意を催した彼女を、男たちは壁に括り付け、立ったまま排便させた。決して他人に見せたことのない行為の一部始終を晒した彼女は、またも散々弄ばれ、彼らが立ち去った後も、そのまま羞恥に泣き暮れた。
これ以上、私に何をさせたい。
情けない声で、やめて、と叫び続ける。
私はどうなってしまった。なぜ泣きながら懇願している。男たちを罵倒することも、舌を噛んで死ぬこともできるじゃないか。なぜそうしない。
抑え込まれた手足を必死にばたつかせもがきながら、彼女にはなぜ自分がこんな無様な姿を晒しているのか、まるで理解できなかった。
突然、身体に冷たいものを浴びせられ、ぎょっとして動きを止める。瞬時に頭に浮かんだのは油だった。火をつけて焼き殺す気か。だが感触が違う。それにこのままでは男たちも巻き添えだ。二度三度と手桶から浴びせられるうち、それがただの水とわかった。次いで男たちがその水を手巾で拭い始める。
彼女の頭は混乱した。何をする気だ。彼女は頭を回し、自分が何をされているのかを見た。身体を洗われている。全身についた汚泥と血と、そして男たちに穢された股間は特に念入りに、指を突き入れ掻き回しながら男たちが奉仕している。
やがて、身体中の汚れをふき取られたクリシアから男たちが手を放した。なかば放心状態のままうずくまり思わず胸を隠す。男たちが無言で牢から出ていき、クリシアと頭目の男だけが残る。
クリシアが男を見上げた。これからどうなる。いったい何が起きている。
男の声が重く響く。
「立て」
絶対的な服従を強いる声だった。
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