人に非ざる者が終わりを迎えるとき、そこに何を見るのか。
その夜遅く、初日の損害状況がやっと判明し本陣で軍議が開かれた。
先陣を切った攻城部隊のうち、城内に入った百名はクリムラント以下全員が戦死と判断された。城壁内と城門前の崩落による死者、行方不明を合わせると四百名に近い。第一陣の歩兵部隊長アントルクは崖に埋もれたまま発見されていない。
第二陣の攻撃では、城から行われた人肉の投擲による死者五十余名。城外に攻めてきたフェルゾムとの戦いと爆発により、アーデン騎士団の十三名が死亡。八名が重傷。馬も二十頭以上失った。その他の負傷者も合わせると、アーデン騎士団はほぼ壊滅と言ってよい。
歩兵部隊の損害は、死者だけで約百名、その他、戦闘行動に支障ありと思われる傷を負った者も五十名を超える。
フェルゾムの騎士一人と引き換えに六百名以上の死傷者を出し、一日目の戦いは終わった。
中央の卓には、豆粒ほどの小さな鉛球が置かれている。フェルゾムの爆発に巻き込まれた兵士の身体から取り出したものだ。フェルゾムは火薬と共にこの小さな鉛球を大量に身にまとっていた。爆風でこれが飛散し、辺り一面の兵を道連れにしたのだ。
しかも、体内に入った鉛は次第に毒性を帯びる。一命を取り留めた者も、じきに死に至るだろう。
フェルゾムの戦闘力は予想を、いや人に考えられる常識をはるかに超えていた。
仕留められたのも城外に一騎で出てきたからで、もし城内に攻め入っても、フェルゾムが複数で待ち構えていた場合の損害は計り知れない。
静まり返った陣幕の中、バレルトは彼方の一点を凝視するかのように目を見開いたまま動かない。他の将軍たちもみな目を伏せ、打開策はないかと考えていた。
その中でササーンは、今日の戦いに何か腑に落ちないものを感じていた。
陣幕にドレモントが入って来る。傷の手当の後、明日の先頭に備え戦死した隊長たちの後任選びと部隊の再編成を行っていたのだ。
一礼するといつもの定位置に立つ。バレルトが声をかけた。
「兵たちの様子はどうだ?」
ドレモントが布帯を巻いた頭で答える。
「フェルゾムを迎え撃った部隊は、やはり戦意に影響が出ております。後方の隊と入れ替えました」
居並ぶ皆から嘆息が漏れる。
自爆した敵の報告は、フェルゾムを殺すと爆発するという噂となってたちまちのうちに広がり、士気の低下が著しい。あの力と、敵もろとも自爆する姿を見せつけられては、無理もない。
「それにしても、死んでまで道連れを作るとは、憎らしいまでの念の入り様ですな。奴らの顔を見たいという欲望を逆手に取られました」
ドレモントが戦士らしい口調で言う。
「自分たちの死体を敵に渡さずに消し去る。それも兼ねてのことでしょう」
ムートルが答える。
スヴォルトの将軍ハビロフが言った。
「しかし、奴ら、常日頃からあれだけの威力の火薬を身に着けておるのか?へたをすると仲間も道連れにするぞ」
「いえ、あれは今日の戦いに臨んでのものでしょう。それに、我らの殺害も目論んでいたと思われます。もしフェルゾムの死体をこの本陣に持ち込み面頬を外していたら……」
皆の顔が青ざめ、唇を噛む。
ムートルのその言葉が、ササーンの脳裏で何かと符合する。
そうだ。敵を道連れにするための自爆だからこそ、あれだけの大爆発を起こせた。とすると、あのフェルゾムは自ら望んで出撃してきたことになる。何のためだ。囮になるわけでもなく逃亡でもなく、ただ一騎で挑んできたのはなぜだ。
城壁内にいたフェルゾムは、兵士を防いだが城外には出ていない。あえて騎馬のフェルゾムだけが出撃した。
ササーンは、初め仲間への見せしめかとも考えた。あのフェルゾムは、敵前逃亡などの重罪を犯し、罰としてただ一騎で我らと戦うように強いられた。しかも大量の火薬を身に着けて。
筋は通っている。だが、あの戦いぶりと造反の見立てとがどうにもしっくりこない。
やはりあのフェルゾムは自ら望んで戦いを挑んだのだ。そしてそこには、単に騎士一人の問題ではない何かの考えが潜んでいるはず。
ササーンの目的は、フェルゾムを滅ぼすことから、彼らが一体何者なのか、それを探りたいという渇望へと次第に変わってきていた。
――――――――――――――――――――
二日目。
日の出とともに攻撃が始まった。攻城塔が城の西側に集結する。投石が始まり、城壁の亀裂が少しずつ広がっていく。
ほどなくして、城壁の穴は一度に十名ほどの兵士が侵入できるまでになった。穴の下に木材でにわか作りの足場が造られる。攻城塔から弓兵の射撃が始まり、城壁内をけん制すると同時にオラードとスヴォルトの歩兵が次々と突入する。
そこはかつて城門から左へと続いていた通路の真上だった。昨日の崩落で大量の瓦礫に埋まり、他の通路にも城内の郭にも出入りできない。
立ち往生となった部隊が工兵隊を呼び、歩兵とともに瓦礫を撤去し始める。正昼を過ぎた頃、彼らは埋もれていた郭への入り口を確保し、歩兵たちが先を争うように中へとなだれ込む。
そこに、またしても血染めの騎士が待ち構えていた。
弩弓兵がすかさず騎士を狙う。だが騎士は身をひるがえしたとみるや、あっという間に兵士に肉薄した。手に持った禍々しい刃形の斧槍を振るい、兵士たちを甲冑ごと切り裂き、叩き潰し、突き殺していく。
その身のこなし、斧槍の動きは千変万化だった。得物の一振りで三人四人の兵士がまとめて屠られる。
状況が分からず次々と乗りこんでくる兵たちは、郭に入った途端たちまち餌食となった。逃げようにも後ろからは見方が続々となだれ込んでくる。
押し合いへし合いする兵士を悉く血肉の山へと変えながら騎士は悠然と進み、通路へと後退する兵士を追って城壁へ出た。やっと事態をのみこんだ兵士が城外へと退くまでにはすでに数十名が犠牲となっていた。
騎士を狙い攻城塔から弓兵が一斉に射る。だが暗い城壁内に狙いが定まらない。斉射に本のひと時が開いた瞬間、馬に乗った騎士が城外へと飛び出して来た。昨日の戦いの再来だ。急斜面を駆け下りると縦横無尽に斧槍を振るう。
騎士はそのまま麓の歩兵部隊を相手にさんざんと暴れまわり、ついに攻城塔の弓兵に射られて動けなくなると、最後の力で手近にいた兵士の一団に飛び込み、周囲もろとも自爆して果てた。
昨日に続くフェルゾムの強さと、最後まで誰かを道連れに死のうとする執念を見せつけられ、寄せ手は気勢をそがれていった。城内に攻め入ることが、死地に飛び込むことと同じと思えてきている。
その兵士たちを叱咤し、歩兵隊長が先頭となってスヴォルト軍が再び城内に入ったとき、またも爆発が起き、西の城壁最上階が彼らの上に崩落した。
「莫迦な!」
報告を聞いた本陣が色めき立つ。
城側が自ら城壁を崩すなどあり得ない。城の西側は、二度の崩落でもはや外壁の一部を残すのみだ。昨日の崩落には攻め込んだ軍勢の撃退という意味があったとしても、今回の爆破で外から攻め込むことはさらに容易となり、城側の不利は明らかだ。
だが、三国軍にとってこれは新たな難題の出現でもあった。
攻め込むたびに爆発があるのではうかつに侵入できない。城攻めは膠着状態となり、兵士たちの士気も著しく低下したまま、その日の戦いは終わった。
夜、本陣が昨日に引き続き重苦しい沈黙に支配される。
今日の損害はオラードとスヴォルトの歩兵合わせて約五百。うち二百名以上がフェルゾムによる死傷者だ。スヴォルト軍は、歴戦の勇士であった歩兵隊の隊長三名を崩落で失った。
昨日の騎士は騎馬で戦いを挑み、騎士団と歩兵とに挟撃されたため、直接の死傷者は爆発に巻き込まれたものを含めて百名ほどだった。今日の騎士は狭い城内で突入してきた兵を待ち構え、いわば自分の縄張りで戦ったといえる。もし自ら城外に撃って出てこなければ、倒すまでに相当の犠牲を重ねたことだろう。
そしてあの崩落。
城壁を占拠したとしても、先に進むたびに罠が仕掛けられていれば、フェルゾムをすべて掃討するためにどれだけの時と犠牲がかかるのか。
誰の頭にも名案はなく、重苦しい沈黙が続く。
同じころ、ササーンは献策のためにと自ら崩れた西の城壁の視察を行っていた。
目の前に広がる軍団ではそこかしこに篝火が焚かれ、兵士たちが夜通し交代での警戒だ。夜間に攻撃される惧れは低いとはいえ、おそらく今夜は誰もが眠れないだろう。
そしてササーンは、城の巨大な影に圧倒されながら、この中にいる者たちは今何を考え、何をしているのだろうかと考えていた。
城を崩落させ、籠城を不利にしつつ一人ずつ出てくる騎士。彼らの求める行く末とは何か。
彼は、フェルゾムに心を同調させたいと思った。悪鬼と恐れられ、その通りに慈悲も躊躇もなくすべてを根絶やしにするための戦士。どのようにすればそのような者が生まれるのか。
ササーンは戦いの結末よりも、フェルゾム自体に俄然興味を覚え始めている。
今までの永い年月、この城でいったい何が起こっていたのか。そして今、終焉を迎えたヴェナードにおいて彼らは何を望むのか。
彼らの心が知りたい。
人に非ざる者が終わりを迎えるとき、そこに何を見るのか。それが知りたい。
そしてササーンは、その思いから一つの結論を導き出すと、本陣へと戻っていった。
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