メルロドスの杖

―血を纏う騎士―
うろはしめ
うろはしめ

第二章 朱の狂宴

第八話 血と肉が舞う

公開日時: 2021年1月5日(火) 10:33
更新日時: 2021年8月12日(木) 22:22
文字数:5,909

取り囲んで見下ろした兵士たちは、それが自分らと同じ歩兵の切り落とされた頭部だと知った。

 ソルヴィグの草原を覆い尽くす将兵たちの全てが、いま同じ思いに急き立てられている。

 

 城内には、先陣を切ったオラードの突撃部隊が取り残されたままだ。早く救わねば、彼らの命も全て潰える。

 もちろん、城攻めの初手はもっとも危うい。第一等の武勲、戦功を賜われるやも知れぬ代わりに、命を失うことも多い。だが、今城内に孤立している彼らを救うことは、常とはまるで違う意味を持つものと全軍が感じていた。

 憎むべき悪鬼どもの手中に堕ちた部隊。彼らをむざむざ殺されることは、己らの無力さを痛感せしめる以外の何ものでもない。これだけの軍勢が、何ら策も講じられず手をこまねいて見ているべきものではない。

 

 本陣では軍議が続いている。バレルト自身にとっては捨て駒であっても、救うそぶりを見せねば軍勢の士気に、いや何より自身の風評に影響を及ぼす。

 だが三軍の将官たちにとっては、自軍の損害を慮るがゆえの駆け引きもまた重要な問題だ。しばし埒の明かぬ議論が続き、詰まるところはバレルトの決断により、改めて全軍での城壁突破となった。

 

 城門前の崩落で城が孤立したため、どこから攻めても大差はない。傾斜のきつい北側を除き、どこを突破口とするかについては、ムートルが城壁内の崩落した西側がよいと提案した。

 城門から続く一階がつぶされたということは、上階が落ち、西側の城壁内部がなくなっていると考えられる。ならば、投石を集中させて崩せるかもしれない。

 三軍が用意した投石器を西側に移動し、城壁を破壊する方向でまとまった。

 

 振り子式やねじりばね式の投石器、合わせて二十二機が分厚い車輪の音を響かせ、本陣前を横切っていく。

 丘の麓の限界にまで近づけ固定すると、石弾の装填にかかる。

 ほどなくして命が下り、投石が始まった。

 

 留め金を外された腕木がうなりを挙げ、石弾が風を切って次々と宙を飛ぶ。目標を城の西側城壁の中ほどに定め、着弾を集中させる。

 石弾は二人がかりでやっと持ち上げられるほどの重さだが、打ち込まれても外壁を削る程度で大方が砕けた破片とともに下へと落ちた。壁の厚みと、使われている岩の大きさや質によるものだろう。

 

「なかなか破れんな……」

 本陣で見守っているリュージュが呟く。提案したムートルも攻撃の行方を見守っている。

 

 陽が傾き始めていた。夜の攻撃は寄せ手に不利なため、日没までに城が陥ちなければ攻撃は中断せねばならない。城を囲む兵士すべてが、投石器の攻撃に注目していた。

 

 と、石弾のうちの一つが着弾の轟音とともに消えた。それを皮切りにいくつかの石弾が同じように吸い込まれる。貫通したのだ。本陣からも、おおっという声が漏れる。投擲隊が開いた穴に着弾を集中させると、やがてひときわ大きな土煙とともに壁が崩れ落ち、大きな亀裂が入った。

「よし、兵を前進させろ」

 待機していた軍団が、まるで一陣の風にたなびく草のように動き始めた。それはみるみるうちに大きな波となり、兵士たちの雄たけびとともに、オラードとスヴォルトの歩兵部隊二千名が、石弾の飛ぶ下を城に向かって進軍した。

 

 城へと続くごつごつとした岩肌の坂に、兵士たちが押し寄せる。

 そのとき、彼らの耳に風を切る音が聞こえてきた。すかさず見上げると、小さな丸いものが弧を描き空に上がっている。城内から投石器で飛ばしたらしい。反撃か。兵士たちに緊張が走る。みな城の崩落に火薬が使われたことを知っていた。爆裂弾かもしれない。

 弧の頂点に達したそれは、速度を落とすと一瞬の静止の後に落下し始めた。着地点と思われる方角の兵士たちが足早に散らばる。

 夕暮れ時の空を背景に、宙を仰いでいた兵士の頬に、赤いしずくが一つぶ降った。

 

 その丸い影は、麓の草むらに鈍い音とともに落下し、不思議なことに弾みも転がりもせず、そのまま大地に縫い付けられたように静止した。

 周囲の兵士が確かめに行く。

 大きさは両手で持ちあげられるほど。鈍色に黒と赤が入り混じったような不思議な色で、棒のようなものが数本突き出している。

 ゆっくりと近づき、取り囲んで見下ろした兵士たちは、それが自分らと同じ歩兵の切り落とされた頭部だと知った。

 顔を真っ二つに断ち割られ血で汚れた生首に、尖った鉄棒が数本、対角線上に突き立っている。弾まなかったのは、その一本が大地に突き立ったためだ。

 フェルゾムは、切り落とした生首に鋭利な鉄串を突き立て飛ばしてきた。

 

 兵士たちは無言で顔を見合わせた。周りの雄たけびが何か遠いもののように聞こえる。赤い陽に照らされた大地に、鉄串の突き立った生首の虚ろな両目だけが、城へと向けられていた。

 

 突如、動きの止まっていた兵士たちの耳に、今度はいくつもの風を切る音が飛び込んできた。思わず振り仰いだ空から、大量の何かが降ってくる。

 それは足元の生首と同様、切り落とされ鉄串を仕込まれた無数の兵士の首、腕や脚、血をまき散らす臓物など解体された人体の雨だった。

 

 人肉の投擲は、坂を上っていた部隊を越え、後ろに続く軽装の突撃兵たちを直撃した。小さな破片でも落下してくる勢いで、体に当たれば凄まじい衝撃だ。しかも麓は軍勢で埋め尽くされ逃げ場がない。得体のしれない臓物の直撃を受けた兵士がもんどりうって倒れる。後ろにいた兵士の胸に、飛んできた脚に生えた鉄串が突き刺さる。

 切り刻まれ、血をまき散らしながら振ってくる腕や脚の鉄串が、小型の盾しか持たない兵士たちの身体に次々と突き立った。

 鉄串付きの頭部が一人の頭に命中する。兵士は、頭の上にもう一つの頭を載せたままぐるぐるとその場を回り出し、やがて足をもつれさせ顔から地面に突っ伏した。

 皆、盾をかざしこの悪趣味な投擲から逃げ惑う。初めは何が起こっているのか分からなかった周囲の軍勢も、兵士たちの反応にやっと事態が分かり始める。

 城からの投擲がやんだころには、その地点だけが穢れた地のようにぽっかりと無人になっていた。

 

 斃れた兵士たちとともに、草叢一帯におびただしい数の人体の一部が転がっている。

 その中に、尖兵隊長のクリムラントの首があった。左頬に傷跡の走る老兵の首があった。右目が半眼となった古参兵の首があった。そして、額に孔の空いた若い兵士の首もあった。

 

 投擲の報告は本陣にも伝えられた。だが、本陣の将軍たちも城を攻めている前線の兵士たちも、それで怯むような心胆の者たちではない。一時の混乱が収まると、兵士たちが再び雄たけびを挙げながら城壁に開いた穴へと向かう。

 第一陣が城壁の下へとたどり着き、先頭の兵士たちが崩れた穴の中へと躍り込んだとき、彼らはそこに馬上の騎士の姿を見た。

 

 もとは白一色であったであろう甲冑。背に垂れた暗い外套。真っ赤な仮面。そして全身を覆う赤黒い不気味な模様。

 城外の兵士が初めて見たフェルゾムの騎士だ。

 彼らの動きが止まる。

 騎士は一瞬で静から動へと変化した。

 鎧で覆われた馬とともに、兵士たちを撥ね除け踏み潰し、亀裂から外へと飛び出す。槍を携え、巧みに岩の急斜面を駆け降りる。騎馬に撥ねられ、槍で突かれた兵士たちが、周囲を巻き添えにしながら次々と転がり落ちていく。

 本陣の全員もが思わず身を乗り出した。

「フェルゾムか!」

「あの坂を馬で降りるとは、信じられん」

「なんだ、あの甲冑は?」

 

 初めてみたフェルゾムの騎士に、ササーンもムートルも釘づけだった。騎士は瞬く間に麓に達すると、馬防杭の群れをやすやすと突破した。おののく兵士たちを槍で一閃し、隙をついて駆け抜けつつ明らかにこの本陣を目指してくる。


「なるほど。あれがフェルゾムか」

 バレルトが騎士を見据えたまま命令した。

「ドレモント、前線で指揮を執りあの騎士を捕えよ。一騎打ちはするな。集団でかかれ」

 ドレモントが走り去る。ササーンが進み出て言った。

「閣下、私も参ります」

 一礼すると馬に飛び乗る。ササーンはバレルトの横顔に不敵な笑みが浮かぶのを見逃さなかった。フェルゾムの腕をみるのに腹心を当てるとは。

 死んだら所詮それまでの者ということか。


――――――――――――――――――――――――

 

 フェルゾムは、人馬一体ともいえる手綱さばきで前線の兵士たちを翻弄していた。槍で左右を突き払いながら、数千の兵士の中を我が物顔に駆け抜ける。挑むように戦列に攻撃しては隙をつくり、着実に本陣へと近づいていく。

 騎士がついに攻撃部隊の戦列を抜けた。第二陣の重装歩兵隊が盾を構え、一斉に槍を突き出して防御する。と、その馬は寸前で神業のように左に転じ、瞬時に横切って駆け抜けた。同時に騎士の腕から黒い幕のようなものが投げつけられる。鎖で編まれた網だった。あっというまに数本の槍をからめ捕ると、一気に引きずる。馬の力が重なったその力に耐えきれず、槍を持った兵士たちの身体がはじかれ地面に叩きつけられる。

 

 騎士がすかさず網を捨て、馬を切り返すと一気に歩兵に向かう。起き上がろうとする歩兵を踏み潰し、槍を投げつけ、大剣を抜き放つや隊列に躍り込んだ。

 背後に回り込まれた兵士たちは、長槍がつかえて応戦できない。その兵士の群れが、すり抜けざまに右に左にと薙ぎ払われていく。

 歩兵たちが後退し、槍を構えて寄せ付けまいと応戦するが、騎士は隊列の隙を見つけては裏へ裏へと回り込み、縦横無尽に剣をふるう。

 全身を血に染めた一人の騎士に、部隊は大混乱だった。駆け抜けた後には、血にまみれた兵士が累々と横たわっている。

 

 その騎士の行く手に、オラード最強と謡われるアーデン騎士団が立ちはだかった。

 

 フェルゾムが馬を止め、横一列に並んだ騎士団を値踏みするように悠然と首を回す。

 隊列から一騎が進み出る。中央の騎士団長が合図をすると、騎士はフェルゾム目掛けて馬を駆った。

 一直線にアーデンの騎士が走る。相手は動かず、ただ剣を払って一騎打ちに応じる意を伝えたのみだ。騎士は槍を構えると、フェルゾムへと突っ込んだ。絶妙の間合いで槍を繰り出す。だが突いたと見た瞬間、穂先はフェルゾムにかわされていた。

 騎士とフェルゾムの馬が重なり、剣が閃く。騎士はなおも走っていく。やがてその身体が揺れ、落馬するとそのまま動かなくなった。

 

 アーデンの隊列からざわめきが起こる。

 何が起こったのか誰にも見えなかった。だが、仲間が一騎打ちに敗れたことだけは事実だ。団長が再び号令する。隊列からさらに一騎が進み出ると、剣を抜き駆け出した。

「待てっ、一騎打ちは禁ずる!」

 彼方からドレモントの声が響く。騎士たちが駆けてくるドレモントとササーンを向く。だが団長は、何も聞こえぬかのように第二の配下を目で追ったままだ。

 騎士がフェルゾムの目前で切っ先を前に構えると、すりぬけざまにひねりを加えつつフェルゾムを襲う。

 フェルゾムの馬がわずかに左によけたと見えたときには、耳を打つ金属音と共にアーデンの騎士の剣が空高く舞い上がっていた。

 今度の騎士もフェルゾムの後方で落馬する。

 

 ドレモントが騎士団長の前に馬を進めた。

「バレルト閣下の命だ。一騎打ちはお控えいただく」

「我々は、一騎に多勢でかかるような真似はせん」

 だがドレモントも退かない。

「フェルゾムは騎士ではない。ここでの戦はすべて三国の盟約に基づき決められている。従っていただきますぞ」

 

 そのころ、攻城部隊は飛び出したフェルゾムを後方に任せ、再度城内に侵入しようとしていた。先頭の突撃兵が亀裂から城内へと入る。厚い城壁を抜け、まだ土埃が残るその中を一歩前に出たとき、何かがきらめき兵士の首が宙を飛んだ。隣の兵士が人影を見たと思った瞬間、その首も落ちた。

 薄闇からゆっくりと、第二の騎士が現れる。

 

「敵だっ!」

「フェルゾムがいるぞ!」

 城壁に続く兵士たちは亀裂の下でごった返し、先がつかえて動かない。その彼らに悲鳴が聞こえ、切断された仲間の身体が降ってくる。

 一人が壁を上り中を覗く。そこに生きている味方はいなかった。おびただしい死体の中にただ一人、黒い刀身の湾刀を下げた騎士が佇んでいる。

 狭い亀裂から少人数で入るのは死にに行くようなものだ。兵が後退し、石弾の投擲が再開する。壁もろともフェルゾムまで潰してしまえと言わんばかりに。

 

 唸りを挙げて飛ぶ石弾の下、平原ではアーデン騎士団と騎馬のフェルゾムが戦っていた。

 彼らを取り巻くように、歩兵が幾重にも包囲している。フェルゾムにもう逃げ場はない。だが、取り囲んだアーデン騎士団も敵のあまりの強さに攻めあぐねていた。選りすぐりの騎士がすでに六名斃されている。

 騎士団長にも焦りが見え始めたとき、太鼓の音が鳴り響いた。ドレモントからの引けの合図だ。このままでは騎士団として恥辱の限りだが、仕方なく歩兵の開けた道を退く。その後ろにフェルゾムが迫る。

 が、騎士団と入れ替わりに現れたのは、何十という弩級兵の隊列だった。一斉に射撃する。

 

 さしものフェルゾムもかわしきれなかった。立て続けに矢が命中し、馬もろとも大地に倒れ込む。

 怒涛のような歓声が本陣にまで響く。それでも立ち上がったフェルゾム目がけて、引き返したアーデンの騎士が殺到する。

 相手は先頭の槍をかわし、二人目の片脚を切り飛ばした。だが、その後に続く騎士たちの剣と槍を受け、ついにフェルゾムががっくりと膝をつく。手から剣が堕ちた。

 包囲した軍勢が注視する中、フェルゾムはゆっくり天を仰ぐとそのまま後ろへ倒れ、やがて動かなくなった。

 

「やった……」

 誰かの声がした。

 その声は次第に増え、さらに大きくなり瞬く間に軍全体に広がった。本陣で見ていたバレルトが立ち上がる。

 彼らがついに手に入れたフェルゾムの死だ。

 とどめを刺した騎士が馬を降り、用心深く近づいていく。横たわる甲冑に、周りの騎士や歩兵たちもが集まってくる。誰もが城攻めを忘れ、悪鬼と恐れられたフェルゾムの姿を一目見ようと押し寄せてきた。

 騎士が、赤い面頬を固定している皮帯を短剣で切った。

 周囲には、騎馬と歩兵たちで厚い人垣ができている。皆が押し合いながら我先にと首を伸ばして覗き込む。

 

 騎士の手が赤い仮面を剥いだその時、フェルゾムの身体が轟音と共に爆発した。

 

 後方から様子を伺っていたササーンは、驚いた馬から放り出されそうになった。悪戦苦闘の末にようやく馬を鎮め、煙の立ち込める中を進むと、額から血を流すドレモントが立っていた。

「なんて奴だ。体に火薬を仕掛けていたな!」

 吐き出すように言う。

 吹き飛ばされた兵士たちの残骸に、まだ息のある者たちの呻き声が辺り一面を覆っている。フェルゾムの身体は跡形もなくなり、面頬を取った騎士は両足を残して消し飛んでいた。

 ササーンが苦悶の表情を浮かべ、城と寄せ手の軍勢を仰ぎ見る。

 このままでは危うい。やはり攻城の策を練り直さねば。


 やがて陽が落ちた。

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