ホークはアタシの頭に狙いを付けていた。
つまりホークの放った弾丸は、正確にアタシの頭目掛け飛んで来るはず。
どこに飛んで来るかが解っていれば、避ける事は出来る。
実際撃ち合ったアタシは確信している。
ホークの腕は一級品、信用してるよ!
アタシは首を傾け、弾道の予想経路から頭を逸らす。
高速で回転し、周りの空気を切り裂きながら飛来する弾丸。
ほんの僅かに避け切れず、額を掠めた弾丸に皮膚を裂かれ、鮮血が飛び散り視界を赤く染める。
アタシの撃った弾はホークの胸に着弾し、バキン! と、人に撃ったとは思えない金属音を立て、その身体を後方へ吹っ飛ばした。
地面に倒れ伏したホークに、スピンコックで次弾を装填しながら慎重に近付く。
胸から血を流して横たわるホークはピクリとも動かないが、その手にはまだしっかりと銃が握られていた。
「死んじゃいないだろ?」
「……スラッグの中空弾か……死ぬ程いてーが死んじゃいない……」
ショットガンスラッグの中空弾は、硬い物に着弾した際に弾頭が潰れるようになっている。
貫通力は無いに等しいが、エネルギーを余す事なく衝撃として伝える。
アイアンホークの噂が本当だった時用に準備していた物だけど、まさか使う事になるとはね……
「これでおあいこさ」
アタシはホークに一発もらった脇腹をさすりながら言う。
「違い無い……俺の負けだ、好きにしな」
負けたにも関わらず、何処か満足そうな笑みを浮かべるホーク。
「じゃあ悪いけど、積荷は頂いていくよ」
ホーク達三人は、装甲馬車の方に固めて拘束しておく。
デニスとリーザ、だっけ? この二人は意識を失っているだけで、怪我自体はかすり傷みたいな物。
ホークには包帯を傷口に巻き付け、応急処置を施しておいた。
まあ、ほっといても死にはしないだろうけど、一応ね。
自分の額に触れ、怪我の度合いをを確認する。
出血の割に傷は浅い。
流れ出る血が鬱陶しいので、頭に包帯を巻きハットを目深にかぶり直す。
こんな顔、サファイアには見せられないね……
積荷を乗せた馬車へ向かい荷台を確認すると、奥の方で運送会社の人間が、肩を寄せ合い身を縮めていた。
アタシは今更と思いつつも覆面で顔を隠し、銃をチラつかせながら、
「積荷は頂く。降りな!」
と、ややドスの効いた声で宣言してやると、血相を変え我先にと荷台から飛び出して行く。
装甲馬車から二頭のウマを幌馬車に繋ぎ直し、4頭立てにする。
更に二頭は野に放ち、これで装甲馬車の速度は激減する。
もしホーク達が追いかけてきたとしても、相当時間が掛かるはず。
サファイア待ってて! 今行くからね。
アタシは幌馬車をスリーパー教団本部へと走らせた。
✳︎
答えの出ない無限ループの様な自問自答を繰り返す内に、気が付けば10時間が経過していた。
随分時間を無駄にした。これ以上無意味に時間を浪費しては駄目。
私は再びカプセルのハッチに手を触れ、少し力を込めて押し上げるが、当然びくともしない。
そのまま徐々に掛ける力を強めて行くと、頭の中に私じゃ無い私の声が響く。
『警告。左右上腕部にパラメーター異常検知。ストレス過多』
「警告は無視」
私は更に力を込める。
『警告。左右上腕部、及び肩甲上部にパラメーター異常検知……』
「うるさい」
リミッターの限界ギリギリまで力を掛ける。
『警告。左上腕部に筋繊維断裂を検知。右前腕部に骨格変形を検知。これ以上のストレスは深刻な機能障害の恐れが有ります』
カプセルの中に、ミシミシと言う耳障りな音が響く。
その音がハッチからなのか自分の身体からなのか、もう区別も付かない。
「もっと。もっと!」
ついにリミッターの限界値を超えた力が加わり、耳障りな音もいよいよ大きく鳴り響く。
『警告。左上腕部に機能障害発生。原始プログラムに従い義体の強制シャットダウンを行います』
「駄目! そんな事させない!
私の身体よ、私の指示に従いなさい!」
『原始プログラムにアクセス。自己防衛違反に該当。人格プログラムの命令は却下されます』
「うるさい! 私は違反なんかしていない!
これは順位付けの問題。私はルビーの命令に従い、ルビーを助ける。その為に自己防衛の順位を一番下に設定しただけ!
さあ、私の命令に従いなさい!」
肩から腕、指の先にまで焼ける様な痛覚信号がフィードバックされる。
許容を超えた感覚が『痛み』として検知され、警告等聞かずとも、義体が限界を迎えようとしている事を、否が応でも認識させられる。
「私はルビーを助けるの。ルビーの隣に居たいの! ルビーにもう一度会うの!」
焦げ付く匂いが辺りに立ち込め鼻を突く。
関節に埋め込まれたモーターが異常加熱し、人工皮膚に焦げ跡を作り始める。
メキメキ……バキッ!
何かが崩壊する音がカプセル内に鈍く響く。
カプセルのハッチがゆっくりとずり落ち、傍にガラン、と音を立て転がった。
構造限界を超えた力が加わり、とうとうハッチをこじ開ける事に成功したのだ。
『加熱部の緊急冷却を開始』
体内に蓄えられた余剰水分を循環させ、異常加熱した駆動部を冷やして行く。
私の身体からは水蒸気が立ち昇り、辺りを濡らす。
髪が顔に貼り付く。鬱陶しい……
身体を起こし周囲を見渡すが、部屋の中に人の気配は無い。
この下らない儀式の間、人は立ち入らない事にでもなっているらしい。
カプセルの縁に左手を掛け起き上がろうとし、自らの異常に気が付く。
左腕は肩から肘に掛け人工皮膚が裂け、筋繊維や信号配線が飛び出している。
右腕はまだ、見た目は正常だが、肘と手首を繋ぐ骨格が歪み、僅かに湾曲していた。
「左腕は動かない。右腕はまだ大丈夫」
まだルビーの為に動く事が出来る……
今の私を見てルビーはどう思うかな?
怒る?
悲しむ?
違う、きっと自分を責める。
あの人はそう言う人……
部屋の一角に私が着てきた服が、無造作に置かれているのを見付けた。
すっかり汚れてボロボロになった青いワンピース。
私はそれに袖を通し身に付ける。
どんな形になろうと、ルビーが買ってくれた大切なモノ。
「こんなにしちゃって……ごめん。ルビー」
……ルビーに連絡しないと。
『ルビー。カプセルから脱出した。私は大丈夫』
『……』
相変わらずルビーからの応答は無い。
電波が届いているかも解らない。
ルビーの声が聞きたい……
ドアまで近付き寄り掛かる。
ルビー……会いたいよ……
ザリ……サ……
! 今一瞬……
『……ファイ……』
間違い無い!
『ルビー!』
『……サ……イア!』
ルビーの声が聞こえる。
ルビーが近くに来ている。
ルビールビールビー!
『ルビー!』
『サファイア!』
はっきりと聞こえた。
間違い無い、愛しいあの人の声。
硬く閉ざされたドアの向こうにルビーがいる!
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