夢を見ていた。
長い旅路の末、たどり着いた星に降り立つ。
未開ながらも、人の手によって汚されていない美しい星。
豊かな自然に囲まれ、数々の見たことも無い動植物に囲まれ、思う存分研究に励む。
そんな『夢の様な夢』
そんな幸せな眠りから唐突に覚まされる。
夢の続きは現実世界で……果たしてどんな現実が待っているのやら。
『蘇生処置が完了しました』
冷凍睡眠カプセルから無機質な声が流れ、移民船が無事、人類居住可能惑星に到着した事を伝える。
目を開けると、先ず視界に飛び込んで来たのは、僕を見下ろすCFMSの無表情な顔。
ふむ、わざわざ寝起きを出迎えるような、プログラムをした記憶は無いんだがね。
「ルビー。蘇生は無事完了。
状態はオールグリーン」
CFMSが何者かに伝えている。
他にも誰か居るらしい。
CFMSが居ると言う事は船長かな?
眠りに着く前のブリーフィングでは、目覚めた後は、勝手に自分の持ち場に着く事になっていた筈なんだが……
船長自らお出迎えとは、何か有ったのかな?
取り敢えず起きて状況確認するとしよう。
「CFMS。ストレージから僕の私物を出してくれ」
冷凍睡眠カプセルには、必要最低限の私物を入れておく為の、ストレージボックスが付いている。
しかし僕の言葉に何故か従わないCFMSは、ただじっと見つめ返して来るだけだ。
「サファイア、ストレージボックスって?」
「個人の私物を入れて保管する場所。カプセルに備わっている」
ふむ、もう一人の人物は女性らしい。
しかも、ストレージボックスの意味すら解らない人物のようだが……何者だ?
「良いわ、出してあげて」
「了解。ルビー」
さっきから何度か耳にする“ルビー”と言うのが、謎の人物の名前……なのかな?
変わった名前だ。
そしてCFMSは“サファイア”と呼ばれているらしい。
サファイアと呼ばれるCFMSが、僕に私物のメガネを渡して来る。
それを掛け、改めて辺りを見渡す。
何処だ? 宇宙船の内部にはとても見えないが……
無数に並んでいるはずのカプセルも見当たらない。
謎の人物と目が合うと、何やら警戒されている様子。
睨み付ける、までは行かないがそれに近い表情だ。
時代錯誤な格好をしているが、顔立ちは凛々しく美しい。
赤い髪の毛が、とても良く似合っている。
ふむ、悪くない。
CFMS……あぁもう、サファイアで良いか。
サファイアは酷い格好だ。破損している箇所も有るじゃないか。
もしや、何らかの虐待を受けているのか?
だとしたら許せないな……
「気分はどうかしら?」
ルビーと呼ばれる女性が……うん、彼女もルビーで構わないだろう。
「悪くは無いね。冷凍睡眠による後遺症も、特に出ていないようだ」
身体の節々を触診し、特に問題無い事を確かめ、カプセルの生体データを確認する。
……生体データに異常値も見られないが……
ふむ、随分長い間眠っていたようだ。
地球を飛び立って、こんなに経っているのか……
「サファイア君……で、良いのかな?
君は、第六世代のCFMSで間違い無いかい?」
「……」
僕の問いには相変わらず答えないか……
どうやら、何をするにもルビー君の許可が必要のようだね。
僕が寝ている間に、誰かがプログラムを弄ったのか?
いや、それは無いね。
誰にでも弄れるような簡単な物じゃ無い。
何せ、僕の自信作なんだから。
「サファイア、平気よ。彼女の質問に答えたげて」
「了解ルビー。
貴方の言う通り。私は第六世代CFMS」
「どうも。これでやっと話を進められそうだよ。
地球を出発して何年経ったんだい?」
「538年と9ヶ月、14日」
成る程。カプセルでカウントアップを続けるタイマーは、狂っていなかったと言うわけだ。
「ここは移住可能惑星、で間違い無いね?
この星に到着してから、どの位経ったんだい?」
「225年と9ヶ月、03日」
「現在の文明レベルは?」
ルビー君の格好がただのファッションでは無いとすると……
「おおよそ1860年代」
まあ、その辺りだろうね。
つまり高水準の文明を維持出来ない、何らかの要因が有る訳だ。
どうやら、恵まれた星では無さそうだね。
「ところでアナタは何者?」
ルビー君が、僕に当然の質問を投げかけて来る。
「僕は科学者だよ。メカトロニクス専門のね。
サファイア君を設計したのも僕だ」
「何ですって! アナタがサファイアの、生みの親だって言うの!」
何をそんなに興奮しているんだい?
「生みの親、と言うのはどうかな?
あくまで設計しただけで有って……」
「治せるの?」
ふむ、発言中に割り込まれるのは、余り好きでは無いのだが……
「サファイア君の腕の事かい?
それ相応の設備と資材が有れば、まあ直せるよ」
「やったわ! サファイア聞いた?
アナタを治せるって!」
ルビー君は、大はしゃぎでサファイア君に抱き付いている。
随分愛されているようだね……
あの感じからして、少なくともサファイア君に、虐待じみた事はしていなさそうだね、安心したよ。
しかし、喜んでいる所に、水を差すようで悪いけど……
「落ち着いてくれ。まだ喜ぶのは早いよ。
言っただろう? それ相応の設備と資材が必要って。
それが有る場所を、君は知っているのかな?」
✳︎
治せると聞いて浮かれていたアタシだったが、彼女の言葉で一気に冷静さを取り戻した。
確かに心当たりは無い……
大体、この星にそんな物が有るのかも解らない。
でも、少なくともそれさえ有れば、治せるんだ。
サファイアの生みの親なら、例の自壊プログラムも消せるかも知れない。
うん……
「心当たりは無い。けど、絶対見付けて見せる! だから見付けた時は、必ずサファイアを助けるって約束して!」
アタシは、彼女の小さな両肩を掴みじっと目を見る。
「あ、ああ。解った。約束しよう」
アタシの勢いに若干気圧されたのか、引き攣った顔で了承してくれた。
少し強引だったかな?
ん? ちょっと待って……
「ねえ、アレ、どう思う?」
アタシは倒れているアルジーを指差し聞いてみる。
「ふむ。これは……機械化手術だね」
うーん、死体を見ても全然動じ無い。
それどころか、服を捲ったり、あちこち弄ったりしながら、詳細に調べ始めちゃった。
見せたアタシが言うのも何だけど、どんな神経してるんだろう……
「ふむ、ルビー君の考えは予想出来るが、期待しない方が良いね」
「どうして! アイツが使ってた設備や材料がここに有るってのに!」
彼女は一つ大きなため息をついてから説明を始めた。
「良いかい? 君のサファイア君は第六世代と言って、この世で最も優れた義体を持っている。
この鉄屑とは比べ物にならない位のね。
もし設備が有ったとしても、パーツ類に互換性が無ければ、交換は出来ない。
設備にしたって、そんじょそこらの安物じゃあ、お話しにならない。
僕の見立てだと、コレに使われている技術は、何世代も前のものだ。
つまり、ここに有る設備もパーツも使い物にはならない。
理解したかね?」
早口で一気に捲し立てられ、話しの半分も理解出来なかったけど、ここじゃ治せないって事は理解出来た。
ガックリと肩を落としたアタシの手を、サファイアが握り締めてくる。
そんなサファイアの頭を撫でながら、
「ごめんね、良い考えだと思ったんだけど」
「私は平気。ルビーを信じてるから」
必ず見付けてあげるからね……
アタシを見上げる、サファイアの澄んだ青い瞳。
その瞳を見つめていると、吸い込まれそうな感覚に落ち入る。
そっと顔を近付けて……
「盛り上がっている所悪いのだが……」
「えっ! あっ、ごめんなさいね。放ったらかしで」
一瞬、彼女の存在を忘れる所だったわ。
って言うか、今何しようとしてた!?
「出来れば、何か着るものが欲しいのだが……」
そう言えば、彼女素っ裸だったわ……
余りにも堂々としてるんで、すっかり失念してたけど……
彼女、いくつなのかしら。
科学者とは言ってたけど、見た目で言えばサファイアより小さい……
12、3歳? 位に見える。
体型も華奢で、お世辞にも女性らしい体付きとは言えない。
ソバカスの残る小さな顔に、不釣り合いな程大きい丸メガネ。
髪の毛は真っ白な、プラチナブロンドを肩の下辺りまで伸ばしている。
しかも結構な癖っ毛ね、アタシ以上だわ……
「ふむ、なにか失礼な事を考えているのは、何と無く解るけどね、同性とは言え、まじまじと裸を見られるは、僕としても多少の抵抗は有るのだが?」
「あっ! ごめんね。つい」
アタシは慌ててコートを脱ぎ、彼女の肩に掛けてあげる。
う〜ん、当然だけど、サイズが全く合っていない。
まあ、無いよりマシか……
「気にする事は無いよ。その手の視線には慣れている。
僕はこう見えても21歳だ。眠りに付いた時の年齢だから、今は559歳って事になるのかな?」
何が面白いのか、クックッと笑う彼女。
それより21歳って……とてもそうは見えない。
「おっと、科学的ジョークはお気に召さなかったか。
21と言うのは本当だよ。見た目がこんななのは、そう言う病気なんだ」
「そうだったの……ごめ」
「謝らなくて良い。
言ったろ? 慣れてるって」
そう言って少し寂しげな笑顔を向けられると、アタシはもう何も言えなくなる。
そして、つい。その小さな身体を抱きしめてしまった。
「何だか照れるね……でも、悪い気分じゃ無いよ……」
アタシの胸に顔を埋め、安らいだ表情の彼女。
目覚めたら500年以上経ってて、見知らぬ星に一人ぼっち。
不安じゃ無い訳無いよね。
ジーーー……
背中に突き刺さるような視線を感じる……
首だけギギギっと振り返ると、サファイアがいつも以上の無表情で、アタシの事を見ていた……
あ、あれ? おかしいな〜さっきまでの澄んだ瞳が、今は何だか燻んでるように見える。
ちょっと怖い……
「ち、違うのよ! これはそう言うんじゃ無いのよ!」
すぐ様サファイアに駆け寄り、抱き着こうとするが、ヒョイと避けられてしまった。
「ルビーが何を言っているか解らない。
そろそろ、ここから出る事を提案する」
そそそ、そうね。そうしましょう!
「っと、その前に」
彼女を振り向き、
「アナタの名前、教えてくれる?」
彼女はアタシとサファイアを順に見て、自分の髪の毛を少し弄り。
ふむ、と何か納得した表情をすると、
「じゃあ、僕の事はパールと呼んで貰おうかな」
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