「私の中から黒瑪瑙の人格、記憶を、消去して頂きたいのです」
なんだって?
「理由を聞いても良いかな?
相手がプログラムだとしても、人格を一つ消すと言う事は殺人に等しい……と、僕は考えている。
余程の理由が無い限り、御免被りたいのだが?」
「私の覚醒時間に、彼女が割り込んで来るような事が度々起きるようになったのです。
このままでは、公務に支障を来たす恐れが有ります」
公務に支障……ね。
シティーの代表としては、確かに問題だろう。しかし……
「それだけかい? だとしたら僕は手を貸せない」
「パール、どうして! 彼女のお願いを聞かないとサファイアを治せないのよ?」
ルビー君が、理解出来ない! と言う表情で噛み付いて来る。まあ、だろうね。
「君の気持ちは分かる。でもね、だからと言って僕に人を殺せと?
さっきも言った通り人格を消す、と言う事は殺人に値するんだよ」
まあ、これは僕のエゴなんだけどね……
「……アタシはサファイアを助ける為なら人殺しだって、いとわない……」
唇を噛みしめ、絞り出す様な声でそんな事を言う。
「ルビー……」
悲しそうな視線を向け、ルビーの腕にすがり付くサファイア。
その目は『そんな事言わないで』と訴えている。
「ゴメンね、サファイア。でもアタシは本気よ。貴方の為なら何でもする」
言葉とは裏腹に、随分辛そうな顔をしているじゃないか。
強がるなら貫き通したまえよ。
「はー……分かった。負けたよ。
確かに今の君なら本当にやりかね無い」
「有難うパール。そしてゴメン、辛い役回りさせて」
「良いさ。僕も少し気掛かりな事が有るからね」
「有難う御座います、ドクターパール」
そう言って神妙な面持ちで、頭を下げるアマテラス。
そして顔を上げた時、その表情は全く違う物になっていた。
まるで今にも泣きそうな表情。
そして……
「いや! 私を消さないで!
あの人との思い出を奪わないで!」
そう、必死の形相で訴えかけて来るアマテラス……いや、これは黒瑪瑙か……
黒瑪瑙は一頻り叫んだ後、パタリと倒れ意識を失ってしまった。
強制的に介入して来た事による過負荷で、一時的に電子頭脳がダウンしたのだろう。
少しすれば再起動されるはず。
成る程。前言撤回だ。
これが頻繁に起きると言うのなら、確かに不味い。
別人格に強制介入は、義体に相当な負担をかけている。そんな事が続けば深刻なダメージ負いかねない。
元より二つの人格を並列処理させるような、そんな作りにはなっていないのだから義体、特に電子頭脳へのストレスは相当なものだ。
彼女の願い、聞き入れるしか無さそうだが……アマテラスと黒瑪瑙、どちらの願いを聞くべきだろうか?
そして、さっき僕が言った気掛かりな事。
昔会った彼女と今の彼女では性格が、かけ離れている。
僕の考えだと……
✳︎
「パール。随分落ち着いているけど、彼女大丈夫なの?」
目の前で突然豹変し、叫んだと思ったら意識を失ってしまったアマテラス。
アタシはどうして良いか分からず、ただ呆然とするしか無かった。
「落ち着きなよ。大丈夫、彼女はまだ壊れちゃいない」
「まだって……いずれは壊れるって言う事?」
彼女は街の代表。その彼女が居なくなってしまったら、この街はどうなってしまうのか。
普通の街なら、代表者の世代交代は当たり前に行われる。
だってそうでしょ? 皆、普通の人間なんだから。
でも、ここでは事情が違う。
今までの話を聞く限り、世代交代は行われていない。
正確には一度だけ、それすら同一人格なのでノーカンね。
つまり、200年以上同一人物が代表を務めて来たって事になる。
多分彼女は、ただの代表ってだけでは済まされない。
そんな物をとっくに超越した存在……
「アマテラス……か。上手い名前を付けたものだよ」
突然パールがそんな事を口走る。
「どう言う事?」
「アマテラスは地球に有った、ニホンと言う国の古い文献に出て来る神様の名前なんだ。そして漢字と言う文字で、こう書く」
パールは懐から取り出したメモ帳に『天照』と書いて見せてくれる。
「そして、アマノ船長の名前はこうだ」
『天野照美』
ああ、なるほど。それでアマテラス……
「自分の名前を捩っているのね。
それで?」
「最初にアマテラスを名乗ったのは、まあ名前を捩ったものだろう。それに、大半のニホン人が知る神話の神様だし、人々を導くには都合が良かったのかもね」
見ず知らずの未開の星に降り立って、人々を鼓舞しながら開拓し街を作る。それには、神様の名前を名乗って、自分を神格化する位が丁度良かったって事?
「そして今の彼女だが、その古い文献にはこう有る『アマテラスは太陽神の性格と巫女の性格を併せ持つ存在』ってね。
今の彼女の状態は正にそう見えないかい?」
「街の代表が太陽神のアマテラスで、巫女が黒瑪瑙って事?」
「まあ、そのものずばりでは無いが、イメージ的にはかなり近いと思うよ」
「でも、そのせいで彼女は苦しんでいるわ。
パール。アナタなら助けられるんでしょ?」
「そうだね。出来る……と思う」
腕を組み考え込んだ後、自信なさげに呟くパール。
「随分歯切れが悪いのね。いつもの自信はどうしたのさ」
「前例が無い事に対して、自信満々に『出来る』と言い切れる程、図太い神経はしていないさ。
ただ、このままにして置けば、近い将来間違い無く彼女は……だから、やれる事はやって見るつもりだよ」
「そう……」
意識を失ったアマテラスに目を向ける。
彼女はサファイアの膝に頭を預け、未だに動かない。
アマテラスの頭にはサファイアの手が添えられ、まるでその艶やかな黒髪を撫でているかの様にも見えるが、それは異常箇所が無いかの確認をしているのだそうな。
しかし、2人は良く似ている。
そうしている姿は、まるで仲の良い双子姉妹のようだ。
パールに言わせれば『同型義体なので似ているどころか、全く同じ』らしいけどね。
「内部スキャン完了。特に異常は検知出来ない。一時的過負荷による自己防衛反応と推測する」
「ふむ。僕の予想通りだ。安心したよ」
「システム安定。再起動を確認」
サファイアの言葉と共に、アマテラスが目を開ける。
暫し保ほけていたが、状況を飲み込むと途端に飛び起き、姿勢を正し頭を下げた。
「大変お見苦しい所を、お見せしました」
どうやら黒瑪瑙は引っ込んで、今はアマテラスのようね。
「簡易的なチェックだが異常は見られなかった。どうするね? 直ぐに処置を行っても良いが……」
アマテラスはコクリと首を縦に振り、静かに目を瞑る。
その表情は決心なのか、それとも後悔なのか。読み取ることは出来なかった。
「お願いします。メンテナンスルームへご案内します」
彼女はそう言うと立ち上がり、背後の壁へ近寄ると、首に掛けてあったマガタマネックレスを手に持ち、壁に押し当てる。
すると、そこを中心に壁の一部が左右に開き、入り口が姿を現した。
「どうぞ此方へ」
アマテラスの後を追い入り口を潜ると、そこには無機質な金属製の白い壁に囲まれた通路が、奥へ奥へと続いているのだった……
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