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―――――老義賊スカイエルに、救い出された。
「………ッ!!!」
リベルは、柔らかいベッドから跳ね起きた。
心臓の鼓動で身体全体すら震えるような感覚。息も荒く、目には涙が溜まっている。
リベルは周囲を見回した。
質素で狭い部屋。だけど綺麗に掃除されており、柔らかいベッドと机、ランプ。机の上には数冊の本。
リベルはベッドから降りた。裸足で感じるのは、木の床の感触。ベッドのすぐ側に、革でできたブーツが転がっている。着替えは、いつもクローゼットの中。
これは夢じゃない………いつも、あちこち触れて確かめる。床の感触、ベッドの感触、壁や机、本の感触。どれもハッキリと感じられる。
けれども、リベルが焼印を押されたこと。奴隷として落とされたことも、夢じゃなかった。
朝起きるといつも、ズキリと胸が痛む。
寝間着から着替えるため上を脱ぐとそこには………全身に鞭打たれた跡、そして胸には、複雑な紋様をした円の焼印。
リベルは着替え、少しくだびれたシャツにベスト、ズボン、靴下にブーツ。首に洗いたてのバンダナを巻く。
そして、まだ夜が明けきる前。いつもの朝の仕事に出かけた。
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スコフィールド家の娘、ファーラ・スコフィールドの部屋には、朝日が良く差し込む。
朝日に照らされる感触にファーラは「んん………」と目覚め、大きく伸びをする。
「ん………よしっ! 今日もいい天気!」
お気に入りの服に着替えると、ファーラは窓を開け、朝日と新鮮な空気をふんだんに浴びた。天気がいいと気分がいい。年に数回ある雨季がようやく明けた空は、雲一つなく、ファーラはすっかり気分が良くなった。
「よーし! 今日も1日頑張ろっ!」
そしてドアを開け、通路の向かいにあるドアをコンコンと叩いた。
「リベルー! 起きてる? ………あ、そうか」
ファーラは軽い調子で階段を降り、1階にある居間の窓を開けた。
するとコン、コン、と薪を割る音が聞こえてくるのだ。
ファーラは窓から顔を出し、庭先で薪割りをする弟…リベルの姿を見つけた。
「リベルっ! おはよ!」
そう呼びかけるとリベルはようやく薪を割る手を止めて、「………はよ」と小さく返事するのだ。拗ねたような低くて小さい声だが、それがリベルにとって精一杯の返事であることをファーラはよく知っていた。
「そんなに朝早くから薪割りしなくていいんだよ?」
「………うん」
「朝ごはんすぐ作るから、入って待っててね!」
「………うん」
リベルは大人しく、薪割りの斧を納屋に片付けると、部屋に入り………部屋の隅で立っていた。
これもよくあることだ。
「リベル。ソファで座って待っててね!」
「ここでいい」
ファーラは、リベルに気づかれないようこっそりと小さく嘆息した。
この家に来てからもうそろそろ1年。ずっとこんな調子だ。いつも誰よりも朝早く起き、薪割りや馬の世話など子供でもできる仕事をこなし、誰よりも遅く寝る。外で遊んだり、子供らしいことをした所を、ファーラは一度も見たことが無かった。
まるで………そうしないと酷い目に遭わされると思い込んでいるかのような。
やがて、パンや目玉焼き、スープが出来上がるとリベルは食器棚に行って人数分の皿やフォークなどの食器を出す。そしてまた部屋の隅に戻る。
と、ファーラはテーブルの上の食器が〝3人分〟用意されていることに気が付いた。もう一人はまだ………
「ねえ、リベル――――」
だが問いかける前に、パン! パン! という乾いた銃声がファーラの耳に飛び込んできた。常識であれば強盗か何かを疑う所だが、この家に強盗に入ろうという剛毅な者はそういない。
なぜなら、
「………お父さんっ!? 帰ってきてたの!?」
ファーラが慌てて玄関の扉を開けると、庭先はちょっとした射的場のようになっており、台の上に空き缶やら酒の空き瓶やらが並べられていた。そしてうち2つが粉々に砕け散っている。
的に向かって突き出していた――確か〝W&S タイプC〟とかいう――大型リボルバー拳銃を、クルリとスピンさせてホルスターに収めた老人……この家の空けがちな主でもあるスカイエル・スコフィールドは「よお」と軽く片手を挙げた。
「帰ってきたのが夜更けでなぁ。起こすのも悪いと思ってな。まあリベルは起きて出迎えてくれたが」
「ちょっとぉリベル! お父さんが帰ってきたならそう………」
反射的に弟に文句を言ってやろうと振り返ったファーラだったが、目の当たりにしたのは身を震わせ、ギュッと目をつぶってうずくまるリベルの姿だった。
「ちょ、ちょっと大丈夫よリベル。別にぶったりとかそんな………」
「そう怒ってやるな、ファーラよ。別に大したことじゃないだろう? あんなに怯えさせおって」
「ご、ゴメンってリベル! ほら、元気出して朝ごはん………」
髪でも撫でてやろうとファーラは自然に手を差し出したが、リベルは「っ!」と怖がるような仕草を見せて、後ずさった。
………そう。リベルは他人に触られることを極端に嫌がるのだ。ファーラはこの1年、リベルに触れたことなどほとんど一度もなかった。
これでも、最初に出会った去年に比べたら見違えるような進歩なのだ。
なにせ初めてファーラが、父スカイエルによって奴隷商人から助け出されたというリベルをここに連れてきた時―――怯えるばかりで皿に乗せられた食事にすら手を付けず、床に置かれたものを動物のように貪り食っていた。
ベッドで寝ていい、ということすら理解できなかったようで、何ヶ月も床で、毛布も使わずにうずくまるようにしていたのをファーラはよく覚えている。ようやくベッドを使い始めたのも、ここ2、3ヶ月ほどのことなのだ。
「おお! もう朝食ができておるのか、では、早速いただくとしよう」
「う、うん。おいでリベル」
リベルはこくり、と頷くと既に座っていたスカイエルの隣の椅子にちょこん、と腰を下ろした。
朝日が窓に差し込む中、しばらく3人は黙って朝食を口にしていたが、
「………おお、そうだ! 2人にお土産があるぞ」
スカイエルは、ほとんど空になったコーヒーカップをテーブルに置き、コートのポケットから何やら取り出し始めた。
まず出てきたのは、綺麗な装飾のブレスレット。
「どうだファーラ。リアギエラ王国のブレスレットだぞ。何とか、という女性に人気の装飾屋のものでな」
「綺麗………」
ファーラはそれを受け取り、自分の腕につけてみた。こういったお洒落なものはこの辺りではほとんど売ってない。きっと女子友達に自慢できるだろう。
「ありがと、お父さん」
「仕事柄、あちこち飛び回ってるからな。もちろん、リベルのもあるぞ。そこのソファにある背負い袋を持ってきてくれんか?」
スカイエルがそう言うとリベルはすぐに立ち上がり、ソファからちょっと汚い背負い袋を取って戻ってきた。
それを受け取ったスカイエルは背負い袋の口紐を緩めて、中から………ガンベルトを取り出した。
だが、スカイエルがいつも腰に巻いているものと比べると、幾分か小さい気がする。まるで子供向けのような………
「お父さん、それ………」
「なんでも中西部のカウボーイ連中には人気のブランドらしいぞ。頑丈で、素材と仕立てがいいから長持ちするらしい」
「ちょ、ちょっと盗品じゃないでしょうね?」
「失礼なことを言うな。ワシは義賊であれど盗賊じゃないぞ。きちんと店に行き、値切りもせずに購入したとも。金も………まあ、悪徳商人の持ち金だったものが幾分か含まれておるかもしれんが」
まあ、着けてみろ。スカイエルはリベルにそう促し、リベルはズボンの上にガンベルトを巻き始めた。右膝部にはホルスター。後はカウボーイハットさえあればカウボーイに見えるだろう。
「まあ、かっこいいわよリベル」
「お前さんも、この辺りで暮らすならそろそろ銃の撃ち方ぐらい覚えておいていいと思ってな。だが、最初はコレで銃の持ち方を覚えねば」
そう言ってスカイエルはまた背負い袋に手を突っ込み、今度は銃……本物ではなく木でできたおもちゃの銃、を取り出し、リベルに差し出した。それを受け取ったリベルはホルスターにそれを収める。
「日頃からそれをよく触って、きちんとホルスターから抜いたり構えられるように練習するといい。ワシが手ほどきしてやろう」
「うん……」
リベルは少し戸惑った様子で、自分に与えられたガンベルトやおもちゃの銃を見下ろしていた。
ファーラはふふ、と笑って、
「我が家の頼りになる用心棒ね」
「実際、ここ最近あちこちキナ臭くてかなわん。ワシも2~3日したらまた発つのでな。それまでに多少なりとも慣れてもらうぞ」
「分かった」
その答えは、いつもよりハッキリしたもののようにファーラには聞こえた。やっぱり男の子なのかな、と微笑みつつ、
「さ。パンもスープも卵も冷めちゃうわよ。食べて食べて!」
ファーラと、各地で〝義賊〟として名を馳せるスカイエル。それに小さな用心棒のリベルは、賑やかな朝食を再開した。
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