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スコフィールド家はなだらかな丘の上にあるが、坂道はさらにその先まで続く。
それを越えると、広大な草原帯がどこまでも続く景色を一望することができた。そして目当ての馬車は――――森近くを走る街道沿いを懸命に走っている。
「あれだ! くそ………もう追いつかれちまうぞ!」
急げ! シェインが先頭を切って進み、シェイン同様に実銃を持っているリベルがそれに続く。エオリオが最後尾となり、せめてもの武器のつもりなのか、牛追いで使う投げ縄を片手で掴んでいた。
馬車を引く馬は、長時間全速で走らされ続けたせいか、すっかり疲弊した様子で速度も下がっている。そこに、鈍重そうな胴体に似合わぬ猛速でイーストベアが迫る。
だが、駆け付けたシェインがその鼻面に2発発砲。イーストベアは驚いて速度を緩めた。
必死の形相で馬車を操っていた御者は、突然の「騎兵隊」の到着に驚いた様子で、
「お、お前たちは………?」
「俺たちは〝スコフィールド兄弟団〟だ! ここはいいから先に行け! 丘を越えて街に逃げ込むんだ!」
「す、すまん! 誰だか知らんが恩に着るぞ小僧共!」
土煙を立てながら、馬車が走り去っていく。
獲物を食い損ねたイーストベアは、まるで恨みがましそうな目でシェインたちを睨み、低く呻いた。
ウグルルル………という低い唸り声に、シェインとエオリオはびくり、と震える。
「ば、馬鹿にするなよ! 俺たちにはコイツがあるんだ。撃て!」
シェインとリベルはそれぞれ3発ずつ撃つ。シェインの弾は胴を、リベルの弾は頭に命中。
だがイーストベアは知性の無い獣の瞳を輝かせるばかりで、一向にダメージを受けた様子がなかった。
「き、効いてない!? くそ! やっぱり22口径の豆鉄砲じゃ………」
イーストベアは咆え、凄まじい速度で突進してきた。
「う、うわ!」
「逃げ………!」
逃げ出そうとするシェインとエオリオ。
だがそんな中でリベルは――――不安定な馬上から飛び降りて銃口を真っ直ぐイーストベアに向け、残りの3発を撃った。
それは迫るイーストベアの頭部にまたしても命中。常識的に考えれば、また分厚い肉と骨に阻まれるだけ………
だがイーストベアは次の瞬間、リベルの眼前に力なくその巨体を倒れ込ませ、そのままピクリとも動かなくなってしまった。
逃げ出そうとしていたシェインとエオリオは呆気にとられた様子で、
「え………死んだ? り、リベル。お前何を………」
「頭の同じ場所にもう一度弾を当てた。最初に撃った弾は後に撃たれた弾に押されて、イーストベアの頭蓋骨を砕いて脳に到達したんだ。脳を破壊されたら大抵の生き物は、死ぬ」
例外もある。スライムのように脳のような器官が無かったり、アンデッドのように脳以外の信号によって動かされていたり。それをリベルは魔杖士として学ぶ中で知識として知っていたが、余計なことなので黙っていた。
すげぇ……。シェインが呆然とした様子で言葉を漏らす。
「す、すげえよリベル! まるで漫画の主人公みたいじゃん!」
マンガ……、というのが何なのかリベルは知らなかったが、
「油断しない方がいい。あと1、2体いるはず」
「え………でもそいつはもう………」
その時、凄まじい咆え声が森の方から響き渡った。
「う、うわ………!」
驚いた馬が前脚を大きく跳ね上がらせ、バランスを崩したシェインが落馬する。
その時、森の茂みが激しく震え、そこから2体の大きな影――――イーストベアが2体、姿を現した。
イーストベアは、2~3体ほどの群れで行動する。
それに若干の知能もある。1体が馬車を襲っている間、残りは森の中で様子を伺っていたのだ。
そして〝銃〟という人間の道具が危険であることも知っている。同時に、それが何回か使われたら用を為さなくなることも………。
リベルは素早く動いた。
手持ちの銃〝タイプA〟の銃身を上に折り上げ、シリンダーを抜き捨てて、ガンベルトのホルダーに持っていた予備のシリンダーを差し込み直す。そして銃身を元に戻し、撃鉄を引く。
イーストベアはすぐそこまで迫っていた。
だがリベルも全ての準備を整えていた。
敵の頭部に狙いを定め、撃鉄が引かれれば、あとは引金を引くだけだ。
それを3回繰り返す。
凄まじい速さで連射された3発の22口径弾は、最初の1発はイーストベアの分厚い額肉に受け止められる。だが2発目がそれを力ずくで頭蓋骨にヒビを入れるほどに押し出し、そして最後の3発目が脳天への道を拓く。
撃たれたイーストベアは一瞬にして白目を剥き、リベルとすれ違うように地面へと崩れ落ちた。そして二度と動くことは無かった。
弾はあと3発。
イーストベアはあと、1体。
1発の乾いた銃声。リベルではない。もう1丁の銃を持つシェインのものだ。
だが――――たった1発だけだった。
シェインは予備のシリンダーを持っておらず、6発中5発を撃った時に、弾を再装填していなかったのだ。
「う、うわ―――――――――!!!!」
弾切れになった銃を取り落として逃げ出すシェイン。
だが遅かった。馬車にも迫れる速度を出せるイーストベアは悠々とシェインへと迫り、その太く鋭い鉤爪でシェインの背に一撃を与えてしまっていた。
激痛がもたらす絶叫。
リベルが素早く銃口をイーストベアに向け、2体目と同じようにピンポイントに頭部の1点に直撃させ、奴を倒した時には………もう手遅れだった。
どくどく、と傷口から血が地面へと流れ出る。
「シェイン!」
リベルはシェインのもとへと駆け付ける。
銃もなく、なす術なく見守るしかなかったエオリオも馬を降りて駆け寄り、
「し、シェイン。そんな………! 早く血を止めないと!」
「傷口が深い。俺たちが持っている布ぐらいじゃ、止められない」
そうしている間にもシェインの背に刻まれた傷口から血は溢れ、流れ、地面に滲む。
街に連れていけば医学の心得がある者がいるかもしれない。けれども馬でどれだけ走らせても街までは1時間近くはかかる。そこまで保つとは到底………
いや、シェインを助ける方法は、ある。
リベルは自分のシャツの胸あたりを、片手でギュッと握りしめた。
これからやることは〝魔力封印の焼印〟を押された者にとっては、あまりに危険だ。苦痛ならまだしも、心臓が焼かれて死ぬかもしれない。
それでも………
リベルは手近にあった木の枝を掴むと、シェインの身体の周りに円を描いて囲み始めた。
「り、リベル………?」
「下がって」
邪魔しないよう短くそう返すと、今度はシェインを囲った円の内側に複数の記号と紋様を素早く描く。
文字、記号、紋様の中にはそれだけで魔杖力を発現するものがある。それを組み合わせ、魔杖士がそれを制御することによって、思い思いの事象をこの世界に現すことができるのだ。
全てを描き切った瞬間、円や紋様、記号が光の粒子を帯び始める。
そして、唱えた。
「《世界の均衡ゆえに魔に命ず》――――――」
同時に、心臓を直接焼かれるような胸の激痛が、リベルに襲い掛かってきた。
「ぐ……あ………ッ!!」
「リベル!?」
「邪魔を……するな!」
近寄ってきたエオリオを突き飛ばし、歯を食いしばって激痛に耐え、リベルはこの場所に集められた魔杖力を制御しようと意識を集中した。
それだけで………胸が焼かれる。
比喩ではなく、本当に〝魔力封印の焼印〟が魔杖力に反応して力を帯び、焼印を押されたリベルを抑えるために凄まじい火の熱を発しているのだ。
ジュウ……という音と共に、胸の辺りのシャツが焼け焦げ始めた。
まだ11歳の少年に過ぎないリベルには到底受容できないはずの、大の大人でさえ絶叫や気絶すら免れないだろう程の、熱、激痛。
それは初めて、焼印を胸に押し当てられたあの瞬間と全く同じ痛みだった。
それでもリベルは必死に、魔杖力をたぐり寄せようとする。
――――――ほんの、少し。ほんの少しでいい。
――――――この身体の魔杖力を、ほんの少しだけでも絞りだすことができたら………!
「っ! ぐ………《その力の片鱗を以て》………ッ!」
熱量を増す焼印。
焼かれる心臓。
それでもリベルは耐えた。耐えて、リベル自身の中に秘められている魔杖力のほんの僅かを、焼印の封印を超えて絞り出すために………
「《傷を》……っ! 《傷を癒す》……《奇跡を為せ》!! う……ぐ……ぐ――――アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
シェインを取り囲む紋様、溢れ出る光の粒子が、次の瞬間激しく輝いた。
それはシェインの身体―――傷口へと集まると、刹那、その傷を塞ぎ始めた。
数秒後、ようやく光の乱舞はかき消される。
エオリオの視界がようやくハッキリした時、そこには信じられない光景が。
まず、重傷を負っていたシェインの傷が、まるで何も無かったかのようにかき消されてしまっていた。引き裂かれた上着とシャツの背だけが、そこで何があったかを物語っている。
「い、い、一体……今のって………!?」
「う………っ!」
倒れ、気絶していたシェインが一瞬顔をしかめ、目を開く。
そのままヨロヨロと起き上がろうと、
「お、俺………何が……」
「シェイン!」
「な、何が起こったんだ。俺、イーストベアに背中を………あれ?」
シェインは、自分の背中に傷一つついていないことに気がついた。背に残されたものといえば、引き裂かれた上着とシャツの背だけ。
「り、リベルが………」
エオリオは震える指先でリベルを指し示した。
リベルは、いつの間にか描かれていた円や紋様の側で、横になって倒れている。
「お、おいリベル! 大丈夫………ぁち!!」
腕を掴もうとしたシェインだったが、次の瞬間、まるで熱々のフライパンの上に手のひらを乗せたかのような熱痛に反射的に手を引っ込める。
そのわずかな接触に押され、リベルはぐらり、と仰向けになった。
リベルのベスト、それにシャツの胸の辺りが、まるで燃えたかのように焼け焦げている。
焼け焦げた先には素肌が見える。
そこにあったのは―――――――
「お、お前たち! 大丈夫か!?」
全力で走る馬の蹄の音。
その背にはスカイエルの姿が。
駆け付けたスカイエルは呆然と立ちすくむシェインとエオリオに呼びかけようと………
だが、その足元にリベルが倒れていた。
まさか………戦慄を覚えつつもスカイエルはリベルの所へと。
そしてスカイエルもまた、リベルの服の焼け焦げた胸辺。そして露わになった素肌に刻まれ、まるでつい先ほど焼き押されたかのように赤い熱をなおも放っている焼印を、目の当たりにした。
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