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新興国ユンベーラ共和国。
ワイアット郡。
それがこの辺りの土地の名前らしい。
リベルのかつての故郷ハイヴェイン王国から、国を3つも4つも跨いだ先にある辺境国家で、国としてはまだ貧しい。魔杖士も、魔杖具もまともに存在していない程だ。
けれども活気のある国で、主に蒸気機関などの機械を取り入れることで発展を目指している――――スカイエルから与えられた本や地図にはそう書かれていた。
スカイエルの家は、この辺りではほとんど唯一の街である〝ビーバータウン〟を見下ろせる丘の上にあり、広大な草地の中にポツン、と1軒だけ立っているのだ。
射的場にできる庭はいくらでもある。
「さて。早速手ほどきしてやろう。ガンベルト、ホルスターの位置はどうだ? 取り出しやすいか?」
スカイエルにそう問われ、ホルスターからおもちゃの銃を取り出したリベルは、ホルスターが少し下であることに気が付いた。ベルトの位置を調整して、しっかり締め直す。
「いいよ」
「よろしい。銃を持つ前に銃を使う者としての4大ルールを教えておこう。
一つ。『銃はいつも、弾が込められていると思っておくこと』
銃を使わない時、手入れをしている時も銃がいつでも使える状態にあると考えておくことで、銃口を自分や危害を加えたくない他人を間違って傷つけることを防ぐことができる。
一つ。『危害を加えたくない者には絶対に銃口を向けないこと』
銃を使う者として、銃口の向きは絶えず意識しなければならん。引金を引く以外にも、事故で銃弾が発射されることがある。もしワシやお前がうっかり銃口をその時ファーラに向けてしまっておったら、取り返しのつかんことになるからな。
一つ。『撃つと決める瞬間まで、引き金には触れないこと』
銃というのは危険な武器だ。剣や、弓と同じくな。引き金を引けば容易に誰かを傷つけることができる。目標を撃つと決意し、最後の準備が整うまで引き金に触れてはいかん。
一つ。『目標の背後に何があるか、常に意識すること』
銃という武器は、目標を撃つだけでなく、場合によっては撃ち抜くこともできる。目標を外したり貫通した時、その弾がどこにいくのか、考えながら撃たねばならん。そうでなければ危害を加えたくない人や物すら傷つけることになるからな。
………まあ、一度に言っても分かるまい。このことは練習を始める前に何度も――――」
「大丈夫。記憶した。
『銃はいつも、弾が込められていると思っておくこと』
『危害を加えたくない者には絶対に銃口を向けないこと』
『撃つと決める瞬間まで、引き金には触れないこと』
『目標の背後に何があるか、常に意識すること』」
「………そ、そうじゃったの。リベル。お前さんは………」
思い出したくない過去。もうハッキリと思い出すことすらできない過去。
けれども、リベルは自分が、幼い頃から父や家庭教師によって魔杖士となるための訓練を積んだことを覚えていた。
魔杖術。それは世界を構成する『聖』と『魔』の力のうち、『魔』の力に訴えてその力を引き出し、変換して思い通りの事象を編み出す術。
人が『魔』に訴える方法はいくつかある。太古の昔には薬草や、動物や虫の死骸をかきあわせたものが使われたが、現在では『魔』に干渉することができる特殊な文字や図形、記号を組み合わせた『紋様』を『魔杖』で刻み描くことによって超常の力を編み出すことができる。時には薬品も使われる。
魔杖士に求められるのは、何百もの魔文字、図形、記号を記憶し、どれをどう組み合わせたらどの事象が起こるのか、膨大な情報を記憶し続け、処理する能力。リベルはそれを、幼い頃から徹底的に叩き込まれていた。
言葉を覚えるだけなら、今のリベルには造作もないことだ。
「コホン。では続けるぞ。ではワシのように銃を抜いてみろ。まずグリップをしっかり………」
そこからリベルは、スカイエルに実戦的な銃の撃ち方を教わった。銃の持ち方、狙い方、ホルスターからの抜き方、引き金を引くときにどのような点に注意したらいいか、リロード(再装填)のやり方。
リベルはそれを、頭の中にメモするように叩き込んでいき、一つ一つを確実に覚え込んでいった。
そして、
「………よし! では実際に撃ってみるとしよう。この銃を使ってみろ。W&S〝タイプA〟リボルバー拳銃。装弾数は6発。22口径と小ぶりで、あまり威力は無いが、こういう練習には最適だ」
スカイエルはテーブルの上に置かれていた、スカイエルの銃よりやや小さいリボルバー銃を指し示した。リベルはそれを取り、チップアップ構造に沿って銃身を上に折り曲げ、6発が入るシリンダー(回転式弾倉)を取り出して、教わった通りに1発ずつ弾を込めた。
そして、既に用意されていた目標の空き瓶に狙いを定め、空き瓶の背後に何もないことをしっかり確認。撃鉄を下ろして―――引き金を引き絞る。
パン! という軽く乾いた銃声。
次の瞬間、目標となっていた空き瓶は、右側部分を抉られるように撃ち抜かれ、その反動で台から跳ね落ちた。
スカイエルは「ほほお!」と感心した様子で、
「生まれて初めての初弾を当てるとは大したものだ」
「でも、俺、ちゃんと狙ったのに………」
「銃にはな、モノごとに一種の『癖』みたいなものがあってな、そう思った通りに真っ直ぐ撃てないことがある。その『癖』を理解してやるのも大切なことだ」
リベルは、また撃ち、どれだけ狙いを調整すれば思った通りの場所に命中させられるか、持っている銃の『癖』を理解しようと努めた。
撃つ。当たるがまだズレる。調整。
撃つ。今度は外れる。調整。
撃つ。またズレる。調整。
それを何度も何度も繰り返し、銃が手にしっかり馴染んでくるうち――――
用意された2つの空き瓶、1つの空き缶。
リベルは3発。銃を連射してそれは次々に命中。空き瓶はど真ん中に当たって粉々になり、空き缶は真ん中に風穴を空けて吹き飛んだ。
「ほほう! こりゃあすごい。お前さんの歳でこれだけできるとは大したもんだ。これなら………」
その時、馬の蹄の音が聞こえてきた。1頭じゃない。複数だ。
見れば2頭の馬がこちらに近づいてきていた。乗っているのは2人の………リベルと同い年ぐらいの少年たち。
「銃声が聞こえるって来てみたら、スカイエルの親父じゃねえか!」
「おお! シェインにエリオットじゃないか!」
「………エオリオリオットです」
リベルよりもやや年上そうな、利発そうなシェイン。
控えめそうな様子な、エオリオリオット。………〝エオリオ〟と略した方がいいのだろうか?
馬から降りる2人。スカイエルはそれぞれの髪を掻き撫でてやりながら、
「紹介しよう。ワシの不肖の弟子たちだ。アルベッジ農場の息子、シェイン・アルベッジに………」
「違うぜ親父。俺はシェイン・〝スコフィールド〟だ。俺たちは〝スコフィールド兄弟〟そう名乗ることにしたんだ!」
何だってぇ? スカイエルはポカンとした様子だったが、当のシェインは得意そうに鼻を鳴らしながら、
「スコフィールドって名前は親父のおかげで威力があるからな! 将来、この辺りを守ることになる俺たちの名前に相応しいぜ」
「郡を守るのは保安官の仕事じゃろうが」
「じょ、冗談だろ親父!? あのクソデブ老害保安官もどきのオッサン、朝から晩までズーッと酒盛りしてるんだぜ? 保安官代理の兄ちゃんは前は大学生だったとかいう確実に使えねえヒョロヒョロだし………」
「なんと。あの保安官、また仕事をさぼっとるのか………」
「サボってるって次元じゃねえよ! 通報があっても片っ端から追い返してるんだぜ? あのオッサンに比べたら神奈川県警の方がまだ仕事してるっつの!」
「は? カナガワ?」
「い、いや。こっちの話………とにかく! あの使えねえオッサンに代わってこの辺りの安全を守るのが俺たちの役目だからな。スコフィールドって名前を名乗る権利があると思うぞ!」
ううむ。困り果てた様子でスカイエルはこめかみを押さえた。
エオリオは耳打ちするように、
「ね、ねえ。あまりスカイエルさんを困らせない方が………」
「少し黙っててくれ、エ……エリエリエリット」
「………エオリオリオットです」
「ん? そういえば親父、そっちの奴、誰だ?」
ふいにリベルとシェインの視線が合った。
おおそうだ。とスカイエルはリベルの肩に手を置いて、
「喜べ。ワシの新しい不肖の弟子だぞ。名前はリベルだ。この家には去年ぐらいからいるんだが………」
「し、知ってる! ほ、ほらシェイン。前にこの家に幽霊がいるって噂になってた………」
「げ!? ゆ、幽霊!?」
「馬鹿もん。生きた人間じゃ」
スカイエルはポンポンとリベルの肩を叩いた。
それで、2人は一応は納得した様子で、
「それじゃあ、俺たちの弟弟子ってことになるな。よろしく頼むぜ。シェイン・スコフィールドだ! こっちはエリオリオット・スコフィールドな」
「………エオリオリオットです。よろしく」
差し出される手。
だがリベルは「………リベル」と答えただけで、一歩下がってしまった。握手が空を切るだけになってしまったシェインは戸惑った様子で、
「………あー、親父。もしかしてそいつ、スゴい潔癖症とか? コロウイルスとか気にするタイプ?」
「話せば長い。ちょっと事情があってな。まあ、温かく見守ってくれ」
ふぅん。シェインはそれ以上聞くことなく、特に気分を害した様子もなく手を下ろした。
「まあいいや。親父がそういうなら。………じゃあ親父! せっかく戻ってきたんだし俺たちに早撃ちを教えてくれよ!」
「馬鹿もん。お前らに早撃ちはまだ早いわい。まずは思った通りに的に当たるようにならんとな。じゃあこっちに来い。ワシがおらなんだ間に練習をサボってなかったか見てやるわい」
それから昼時前まで、スコフィールド家の辺りで銃声が鳴りやむことは無かった。
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