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〝銃義賊スカイエル〟。
銃に関わる者であれば誰でも知っている、今となっては伝説的な男。
東に行けば、奴隷を解放するべく奮戦する義勇軍に助太刀して、悪徳領主や奴隷商人を殺して回り、西に行けば凶悪な盗賊団を一人で殲滅。
その所業から各地の貴族や大商人、国王の恨みを買い5000万ギュレルもの賞金が掛けられ、無数の賞金稼ぎが彼を襲ったが―――1人として生きて帰ってきたものはいない。
新興国であるユンベーラ共和国の成立にも深く関わっていると言われており、スカイエルのこの国での肩書きは〝初代大統領〟〝人民の英雄〟〝名誉元帥〟………と数知れない。
しかしながら彼は、片田舎に1軒の家を求めただけでその名誉に見合った莫大な富や名声を求めることなく、養老院に押し込められてもおかしくない年齢であるにも関わらず、今も正義を為すために大陸中を駆け回っている。
スカイエルが一時の休息を得るためにワイアット郡の家に戻ってから3日。本来であればそろそろ出発する予定だったのだが、養子であるリベルの銃使いとしての予想外の急成長や、ビーバータウンの悪童たち…シェインと〝エオリオット〟とリベルの交流が微笑ましく、しばらくここに留まることにした。
今、スコフィールド家の庭には、粉々になったガラス瓶や空き缶などが無数に転がり、もう家にそういったものが残ってない程だ。
ここ何日かの〝訓練〟でリベルとシェイン、〝エリオオット〟の悪ガキ3人組がすっかり射的の的を撃ち尽くしてしまったのだ。
「………やれやれ。的になりそうなものが、もう何も残ってないわい。酒場で仕入れてくるかの」
「あ! じゃあ俺たちも行こうぜ!」
シェインは意気揚々とついて来ようとしたが、スカイエルはペチン、とその額を指先で弾いてやり、
「馬鹿もん。ガキが行く所じゃないぞ」
「で、でも雑貨屋の隣だろ!? 俺だって何回もソーダ水を買いに行ってるさ!」
「お前さんらがもう少し成長したらな。ちょっと大人しく待っておれ」
ちぇー。とシェインはぶすくれたが「じゃあソーダ水でも買ってきてやろう」と一言言ってやり、スカイエルは厩舎にある自分の愛馬に飛び乗った。
そして目指すは、眼下に見えるこじんまりとした街―――ビーバータウン。
酒場はポツポツと立ち並ぶ建物の通り、その角に建っており、中は食料を買い出しにきた農家の男や近くの小さな鉱山で働く鉱夫たち、大都市まで牛を売りに行く途中であろう見慣れぬカウボーイの一団など、で昼間からごった返していた。
忙しくカウンターで酔客相手に酒を振舞っていたバーテンだが、スイングドアから入ってくるスカイエルの姿を見るとニッと笑いかけて、
「よお、有名人。半年ぶりぐらいのご帰還だな。あんたの噂はここまでしっかり届いてるぜ」
「最近のはどうだ? 東の方で奴隷商人をまた懲らしめてやった話はここまで来とるかの?」
「ああ。バッチリな。爺さん、いつものでいいか?」
「いや、軽く葡萄酒ぐらいにしておこう。それと荷馬車を1台貸してくれんか? それと捨てる空き瓶があれば積めるだけ。それにソーダ水も1本頼む」
「大統領閣下のご用命とあらば」
バーテンはキャビネットから、スカイエルお気に入りの葡萄酒を取り出すと、小さなグラスに注ぐ。
スカイエルは、自分の前まで滑ってきたグラスを受け取ると一気に煽り、
「ふぅ。また夜にも寄るからな。その時はバーボンだ」
「あいよ。そういや爺さん、東の方じゃまた、大暴れしたそうじゃないか」
バーテンや顔なじみの客たちは、スカイエルの武勇伝を聞きたくてたまらないらしい。自然とスカイエルがいるカウンターの近くに陣取り始めていた。
さて………、スカイエルは唇を湿らす。
「大陸東にある大国、ハイヴェイン王国のことは皆知ってるな?」
「ああ。〝魔杖と奴隷の国〟だ」
「左様。魔杖術と魔杖具によって栄え、人々は豊かで恵まれた生活を享受しておる。その王都は、ユンベーラの首都みたいな田舎町なんぞとは比べ物にならん。まさに絢爛の華都だ。
だが、光ある所は闇もまた深い………。ハイヴェインの繁栄は、数え切れぬほどの奴隷の犠牲によって成り立っておる。奴隷は人間ではなく家畜、いやそれ以下の消耗品。それがハイヴェインの人間の考えだ」
スカイエルは語る。
ハイヴェインで、人間がどのようにして奴隷へと落とされるか。そして、彼らに待ち受ける過酷な運命を。男、老人、女子供の区別なく、悲惨だ。
「………それは到底、人間が人間にしてよい所業ではない。ワシはそれを許すことができなかった。大勢のために奴隷制が必要、という者もいるだろう。だが、今は魔杖の力であれ科学であれ、文明が人々の生活をかつてないほど豊かにしている時代だ。
このような時代においてなお奴隷を求めることは、自らの下卑た欲望を満足させようとする卑劣な行いに過ぎぬ。ゆえに、ワシは一生をかけるべき事業として、ハイヴェインにおける奴隷解放運動を助けることにしたのだ」
奴隷の、筆舌に尽くしがたい残酷な生。
そしてその苦痛の連鎖を断ち切ろうとするスカイエルの言葉を、酒場の誰もが黙って耳を傾けていた。
スカイエルは続ける。
「今、ハイヴェインでは国の政治が乱れておる。ギリアル王は希代の暗君、暴君で国の繁栄にあぐらをかいて贅沢の限りを尽くしておる。そのおこぼれにあずかろうとする貴族や役人、商人どももな。今や国の隅々まで政治は腐敗し、奴隷のみならず地方の民もまた国から課せられる重税や賦役に苦しんでおる。街道は荒れ、盗賊が跋扈し、地方の村々は襲われてそこから………奴隷が作られる。そして奴隷は………都の人々の鬱憤のはけ口にされるのだ」
「ひでえ………とんだドクズ野郎じゃねえかそのギリアルって野郎は。俺が王様になった方がまだマシな政治ができるぜ」
農夫の1人が毒づく。スカイエルはその男の方を向いた。
「そうだな。だが今や王だけではない。貴族も、王都の連中も、すっかり性根が腐っておる。あれでは国が滅ぶのも時間の問題であろう。
だが国が荒れ、滅ぶときに最も苦しむのは、最も弱い者…奴隷たちじゃ。彼らがハイヴェインにおける暴虐の報いを、一番先に、そして最も受けてしまうのだ。
ワシにはそれがどうしても許せぬ、耐えられぬ。だから―――――」
スカイエルは、ハイヴェインでの奴隷商人の存在。そして彼らを討ち、奴隷たちを解放し、今王国に反旗を翻している辺境での奴隷解放運動について語った。今はまだ、吹けば飛ぶような小勢に過ぎないが、その活動は少しずつ実を結びつつあるのだ。
スカイエルが、ハイヴェインの奴隷商人がいかにして奴隷を調教するかを語ると、群衆の間からは呻き声が漏れる。
そしてスカイエルがいかにして奴隷商人や百人はくだらないだろう手勢を討ち、奴隷を解放したかを語ると、誰もがワッと歓声を上げた。
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