夏美に貰ったプレゼント。あたしが学校でつけたら、絶対なんか言われるもん。首からさげて、やっぱ少し渋くて…でも、なんだか落ち着いてる気分になる。不思議。
髪を分けたり、くるりと鏡の前で回転したりして、何回もおかしくないかなって確認する。ドレッサーから目を離して、ぼーっと天井を見つめる。友達にプレゼントもらったの、いつぶりだろ。鏡なんか見るの…いつぶりだろ。夏美のくれた木の葉のネックレスの、小さな鏡を覗いた。ちょっと強張ってる。緊張してるんだ、あたし。
ええい、決めたのよ茉莉。今更弱音吐くな、ぶつぞ。ドアノブに手をかける。今日は夏美のパパに会いに行く日。謝りに行く日。あの日から…モヤモヤと後悔が続いて。交換会しなきゃ良かったって。あたし、なんでいつも自分から首突っ込んでいくんだろ。
夏美のパパを待たせちゃいけない、そう思って、柄にもなく10分前から時津川で待っていた。キョロキョロしては腕時計、キョロキョロしては腕時計。慣れない腕時計。なんだか汗で蒸れてかゆくなってきた。
「あぁ、茉莉くん。久しぶりだね、あの時は…ありがとう」
のそっと、あたしの後ろから声がした。夏美のパパって、記事でも書く仕事の人なのかしら。普通の服着てても、一際目立つぐらいの「落ち着き」。感謝なのか皮肉なのか全然分からない言葉に、あたしは疑るような顔でパパをまじまじと見つめて、目を逸らしてあー、だとかいー、だとか言っていた。
でも、嫌な事はすぐ終わらせちゃおうと思った。あたしは一呼吸おいて、
「ごめん、パパ。この前、余計な事言っちゃって。怒らせてごめんなさい」
深々とお辞儀。
でも。あたしのいきなりの告白に、パパは面食らった顔した。そんな反応が返ってくるとは微塵も思ってなかったから、あたしもつい、え?って顔になっちゃった。きょとんとしてるパパ。
「怒った。私が。」
「え…だ、だって。この前、いい子じゃないって」
しばらく考えた後、あぁ、と、パパが閃いたような顔をした。パパがいきなり手を出すものだから、びっくりしたけど、あたしの頭をぽんぽんしてくれただけだった。
「あー…はは、すまない、確かに。言い方が悪かった。そういう意味ではないんだ」
「ど、どういう意味?怒ってたんじゃないの?」
「夏美の事を聞いて動揺はしていたが…違う違う。夏美が君の事を、『いい子』だとよく話していたんだ」
夏美のパパは、落胆じゃない、ほっとしたため息をついた。まだ含んだ言い方をしているんじゃないかって、あたしは右往左往としていた。
「…夏美の言う『いい子』、というのは、『どうでもいい』子の事なんだ。誰の大事にも邪魔にもならない子」
パパは、すっとあたしに手を差し出した。訳も分からず、手を握り返すあたし。パパは笑ってくれた。
「しかし君は違った。夏美を本当の友達として、私にああやって夏美の事を話してくれた。気にかけてくれていた。だから、言ったんだ」
「え、よ、よく分かんない。あたし…褒められてるの?」
「もちろんだ。君が私にその事情を話してくれて、私はこの上なく嬉しい。夏美に本当の友人が出来た、と。すまない、茉莉くん。悪気があった訳じゃないんだ」
「じゃ、じゃあ夏美とは!」
パパはまた黙ってしまった。パパと初めてあった日みたいに、交換会の最終日みたいに。パパが、とっても遣る瀬無い顔をしていた。
「どうしても…ダメだったんだ。私がどれだけ話しかけても、夏美は一向に。それどころか、話をする前にそんな事思ってない、と切られてしまうんだ」
「パパ…」
「こうなってしまったのは全て、私の責任だ。私が…ダメな父親だった。あんな風に夏美を育ててしまった」
「パパは、しっかり夏美の事、考えてくれてるよ!元気出して!」
「本当にすまない。全く情けない。私は…子供の君の助けを借りてすら、何も出来ない父親さ」
「…」
「母親がいない事ではなく、母親の代わりになる事…それが苦痛だった。それにすら、気が付けなかった…すまないね、茉莉くん。君を巻き込んでしまって」
「な、夏美にあたしが言うよ!パパ、こんなに夏美の事考えてくれてるって!だから…」
「いいんだ。もしかしたら…もう、夏美は私の事を父親だと思ってくれてないのかもな。私の言葉は…届かないのかもしれないな」
ふぅ、と、夏美のパパがため息をついた
「この事は…夏美には…絶対に、言わないでほしい。この通りだ」
パパは、直角ぐらいの深々としたお辞儀を、子供のあたしにした。あたしはすぐパパにやめさせた。
パパは、やつれた顔でそのまま帰っていった。あたしはその寂しい背中をただ見つめる事しか出来なかった。パパがあたしを怒ってなかったのは嬉しかった。力になれて嬉しかった。
だけれど…夏美、あたしに見せる顔とパパに見せる顔、違うみたい。それほど、あいつ…苦しいんだ。
学校での、あいつの間抜けづらが目に浮かぶ。学校じゃあんなに、子供というかガキというかバカというか…素直なのに。家じゃ、あたしの手の届かないオトナになっているんだ。これ以上は…あたし、もう手を出さない方がいいのかも。余計、夏美を押し込めちゃったんだ。引っ叩いても引き摺り回しても、余計夏美は自分を殺すだけ。
人の心って、全く分からない。一生わからない。
首の、あいつのネックレスの鏡を見つめる。結局、あたしは何も言えない顔になってしまった。
茉莉。あんた、誰一人だって…
救えないのね。
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