放課後ゆうやけ隊

-さよならのあった時代で-
マオっぺ
マオっぺ

十五没目 まるで人を、化け物みたいに①

公開日時: 2021年10月17日(日) 19:33
文字数:5,006

 クリスマスに奇跡は起こる、か。一体何の奇跡だろう。私の奇跡…そうだな、お母さんが生き返る事かな。でも、起こらないさ、奇跡なんて。それこそ、それに頼っちゃったらオシマイ。でも…オシマイだったからこそ、春香ちゃん…ああ書いたんだろうな。

 


 冷たく、けれど布団の中はあったかくて…学校のない、優雅な朝が来た。今日から冬休み。今日の、12月25日から。そして今日は…皆で、あの旅館に行く日。お父さんにお願いしたら頷いてくれた。あんま話したくなかったけど、お金持ってないし。

 

 楽しみだった。みんなで旅館。仲の良い友達と旅館。昼ごろに着いて、まずはスキーに行く。あぁ、早くやってみたい、スキー。やった事ないもん。面白そうだけど、滑れるかなぁ。それでそれで。夜は、6人の部屋でトランプやったりしりとりしたり、夜景を見ながら、飽きたら露天風呂行ったりして…たくさん遊ぶんだ。

 

 とっても待ち遠しかった。時計を見ると、出発まであと3時間もあった。昨日の夜からワクワクが止まらなくて。目覚まし時計よりも早く起きてしまった。けれど同時に…頭が痛くなった。そう。12月25日。私のお母さん…香織さんを、私が殺してしまった日なんだ。

 

 ウキウキみんなと会いたくて、楽しみたくて居ても立っても居られない。だけれど、同時に今日はお母さんを殺してしまった日。今日の今日まで、日を改めたいとは何度も思ってた。

 

 布団をえい、と、大きく被る。あぁ、どうすればいいの。もう…嫌なんだ。毎日毎日、一時も罪を忘れる事なく、十字架を背負って生きていくこの姿勢。私がこうやって1人だけ、楽しそうに外に出て行くのを見て、お母さんはどう思うのだろう。お父さんはどう思うのだろう。


決まってる。どう思うかなんて。今日、やっぱり、行かない方がいいのかな。

 

「おーい、夏美。夏美」

 

はぁ。


 この声。聞きたくない声だ。このまま寝てるフリしようかな。どーせ、娘の機嫌取りの朝ごはんでしょ。いいよ。私の機嫌取ってくれるなら、放っておいてくれた方が。どしどしと、下から階段を上ってくる足音。いやに急いでるな。やっぱり行くな、とかかな。



 

「おい、夏美。こら、起きなさい」


私の体を揺するお父さん。寝起きもあったけれども、私はイラッとして、お父さんと反対方向に寝返りを打った。しばらくして、大きくため息をついて…口を尖らせた。


「なに。何か、用?」


「茉莉くん来てるぞ、人を待たせるんじゃない」


「えっ?」

 

茉莉ちゃん?何で?


 一瞬訳がわからなかったけど、魔法の言葉、茉莉ちゃん。私はすんなりと起きて、お父さんにそっぽを向きながらパジャマ姿で階段を降りていった。玄関をガチャっと開けると、体を貫くような、まさにシバレル寒さ。一気に身体中が乾燥して、体温が奪われるような乾いた冷気。

 

そこに女の子が居た。というか、

 

「さささ、さむっ!閉めて茉莉ちゃん!」

 

茉莉ちゃんの肩をどしどし押して家に入れる。

 

「押すなバカ」

 

「何しに来たの。まだ、時間早いじゃん」


「朝のランニング。どーせ暇でしょ、いこーよ」

 

動きやすそうなロングスパッツに、ピンクと黒の襟付きウインドブレーカー。アップシューズみたいな底の厚い靴。ほっほっと出る白い息。

 

「えぇーっ?なんでぇ。やだよ、めんどくさい」

 

「いーの。行こ。準備して。はやく、はやく。タイムイズマネー」


「やだよ!私、眠るの邪魔されるの1番嫌なの」


「もー来ちゃったもん。ほら、早く」

 

「もー!また勝手なんだから!」

 

急いで階段を駆け上がって、タンスの中をぽいぽい漁ってゆく。私運動苦手っていうの、知ってるくせに。全然嬉しくなかった。


 あぁ、あった。先月、持久走大会で使った黒と水色のジャージ。お父さんに何回も来ないでって釘を刺していたのに、結局来ちゃって。のろのろ走ろうとしたのに、無駄に頑張らなきゃいけなくなった持久走大会。

 

 また腹立ってきた。はぁ、と、ため息をついて乱暴に袖を通す。もう、嫌だな。布団の方があったかくて、心地良くて、運動なんかよりずっといいのに。苦しいだけだよ。

 

「もう。待たせてごめんなんか言わないよ?茉莉ちゃんが勝手に来ただけだし」

 

「いいよ。あたしに追いついてこれなくて、待たせてごめんってどーせ言うから」

 

「ふん、うるさいバーカ。で、どこ行くの」

 

「んー。まだ3時間ぐらいあるから…そうね、時津川の土手らへん」

 

いしし、相変わらずの嫌味と意地悪。こんこん、と、つま先を地面に打ち付けて…ちらっと玄関を覗いて、行ってきます、は言わなかった。


 うっとうしいくらいの、目を3秒ほどギュッと瞑ってしまうほどの、鋭く、けどなんも暖かくない卵の黄身みたいな朝日。鼻の頭がとっても冷たくて、耳が痛くなってくる。準備運動を軽めに終えて、茉莉ちゃんの背中を追いかけてゆく。遅い私をからかうために、途中でくるっとターンしたり、私の前に来てバトンを受け取る仕草をする。うざっ。

 

「たんま、たんまっ、もう無理だって。茉莉ちゃん、茉莉ちゃんってば」

 

「なっさけない。まだ走りだしたばっかじゃん」

 

喉の前と後ろがひっつくように乾いて、歯が軋むように、肺に穴が開いたように息が苦しくなる。ぜぇぜぇと息を荒げて、茉莉ちゃんの袖を逃げられないように摘まむ。込み上げてくる溜飲を、必死に我慢する。かひゅー、かひゅー、と息も絶え絶えに荒ぶる五体を鎮撫する。溜飲がまさに下がった。だけれど、こんな無理矢理連れていかれてるものだから、すぐに上がってきた。

 

「もう、どうするの!これで体力無くなって、スキー出来なくなったら!私、楽しみにしてるのに!」

 

「でたでた。そういうの、杞憂、取り越し苦労っていうのよ。あんたの悪い癖」

 

「ふん。用心するに越した事はないんだ。バーカ」

 

「そうやっていつも失敗してんじゃん。もっと自由にすりゃいいのに」

 

「…また何か言いたそうだね。というか引っ掛けようとしてるね。ゼッタイ。もう引っかからないですよーだ」

 

わざとらしく、それこそ明くんみたいに指をパチンとする茉莉ちゃん。漫画みたいな表現を実際やられるとけっこー腹立つ。

 

「まーね。あたしめっちゃよくない奴だから。思い過ごしだったら悪いけど、心配だったんですぅー」

 

「…別に、何も思ってないよ」

 

「また嘘。さっき、めっちゃ不満そうだったもん」

 

とんがった口を、徐々に戻していく私。運動ってすごい。少しの間だけど、気分がサッパリするもの。


だからまた、そんな方法に乗せられて…言っちゃった。

 

「今日…クリスマスだもん」

 

さっきほどではないけど、また気分がずぅんと落ち込んだ。また白い息が出るものだから、あの日の事を更に思い出して、だんだんと暗愁に包まれてゆく。茉莉ちゃんは、はー、と短いため息を出した。

 

「まぁ、分かるよ。カナが死んじゃった時も、似たような気持ちだったし」

 

「…」

 

「その…あんたの場合複雑だから上手い事言えないけどさ。お母さんが天国で私の事を云々〜って思うんなら。その存在を信じるなら。妄想を信じるなら」


「あんたが死んだ後、いくらでも会って謝ればいいじゃない。死んだ後考えればいいのよ」

 

「死んだ後…」

 

「反省と後悔は別物でしょ。ゆうやけ隊の手紙も探すんだから、あんたがそうなってちゃ皆も気分落ち込むよ。今日だけ。今日一日だけ、忘れて。これはあたしのお願い」

 

死んだ後に謝る。


初めての言葉だ。初めて聞く言葉。そうか、そういう考え方もあるんだ。そう言われると、不思議と心強くなってくる。

 

「はい!茉莉条約。しっかり、結んで」

 

 そう言って、茉莉ちゃんは小指を差し出してきた。なんだろう。本当になんでだろう。今まで、色んな「友達」がいた。大人が居た。先生や親がいた。それでも、こんなに安心できる友達は初めてだった。いつも勇気をくれる友達。お母さんが生きてたら。お父さんとも普通だったら。私、きっと家に帰ったら茉莉ちゃんの話しかしない。

 

「…ありがとう。本当、いつも頼りにしてるんだ、茉莉ちゃんの事」

 

「そういうのいいから!キモッ!」

 

ぷっ、と笑って、そうだね、じゃあやだ!って茉莉ちゃんの手を弾く。怒った茉莉ちゃんがバシバシ殴ってくる。私はそれを躱しながら、家へと急いだ。茉莉ちゃんが最後までギャーギャー付いてくるから、ドアをがちゃんと閉めてやった。

 










「わっ、わわわっ。あっ、痛ー!!」

 

どっしゃーん。雪にダイブ。首から沢山の雪が入ってきて、冷たくて急いで首からパタパタ雪を出す。

 

初めてのスキー。奏太くんのお父さんとお母さんの車に乗せてもらって、いよいよ出発。車の中でナゾナゾとか引っ掛け問題とか出したりして、みんなで盛り上がった。


私、あんま雪みた事ないから。車から降りて、白銀の世界を見たときは、緑ちゃんや友彦くんの手を握って、見て見て、ってものすごくはしゃいでいた。

ざくっ、ただの霜柱じゃない、本物の…真っ白な、


雪。雪!


しっかり靴の裏の跡が付くだけで、私は大はしゃぎした。明くんや茉莉ちゃん達は困った顔でお互いを見ていた。


 それで早速、スキー準備をしたのだけれど…たくさんの発見。防寒具がこんなに重い事にもびっくりしたけど、一番びっくりしたのはスキー靴。重いしつま先痛いし、なによりスネらへんにごちごち固いのが当たって痛くなってくる。


 スキー板を履いてすぐ、わわ、わわわって。ツイーッと勝手に足が前へと滑って、そのまま加速して頭からずぼっ。


それで現在。へっぴり腰になりながら、ストックを握ってよいしょ、よいしょと前へ体を押し出す事からやってる。緑ちゃん達は大爆笑。雪だるまみたいに転がる私と友彦くんを見て、楽しそうに笑う。茉莉ちゃんなんて押してくるんだもの!

 

「夏美ィー、コツ分かったか?」

 

「いてて…分からないよ。友彦くんは?」

 

「んー、わからん」

 

 滑れない組の私と友彦くんは、全く恥ずかしい。周りが幼稚園児とか低学年の子が沢山いる、れんしゅうスペースみたいな場所で必死にやってた。


朝のお返し、教えるかバーカって、転んだ所を茉莉ちゃんに勢いよくブレーキで雪をざぁっとかけられる。覚えてろーって、私は叫ぶしかなかった。奏太くんのお父さんとお母さんはスキーやった事ないし付き添いだから、レストハウスで休んでた。緑ちゃんに、「ハノジにするのがコツ」ってそれだけ教えてもらって、2人で練習。


 スキーって転ぶだけで大慌てなの!スキー板が付いてて靴も重いし、どうやって起き上がればいいか全然わかんなかった。だからタスケテーってみっともなく友彦くんに頼んで、起き方から2人で見つけ合ってた。

 

「もー限界。一回やめようぜぇ、夏美ぃ」

 

「そ、そう、だね…だんだん足痛くなってきた…」

 

そう言って、私達はレンタルスペースの階段のところに腰掛けて、ごちごちうるさく踵を鳴らしていた。


 茉莉ちゃん達、どこ行ったんだろ。コツ聞きたいのに、誰が誰だか全然わかんない。よくみんな、あんな沢山の人が滑ってるのにぶつからないなぁ。遠くの方で、ガシャンガシャンと動いてるリフトに目が行った。なんだか膝カックンされてそのまま乗って、楽しそう。私はさっきからあれに乗りたくてしょうがなかった。

 

「それにしても…夏美ィ、随分明るくなったな。おいらと一緒に虫取った時と全然違う」

 

「え?そ、そうだったっけ?」

 

「別人みたい。だって夏美ィー、おいらが遊ぼうって言っても玉虫取ってって言っても嫌がってたじゃん。ひでーぞ。おいらの事嫌いなの?」

 

「だってあれ虫じゃん!友彦くんが嫌とかじゃなくて、あれは誰だって嫌だよ!…そ、そんなに変わったかな」

 

「うん。はじめは、つまんない奴だったのに」

 

感心したみたいに、友彦くんに面と向かって言われた。そうだったんだ。私…そんなに変わってたんだ。自分の中では、ちっとも変われてないって思ってたのに。


 奇跡。ハッと、私はその言葉が思い浮かんだ。分からない。春香ちゃんが思ってたのとは違うかもしれない。けれど、そうだ。奇跡って…「気付き」なんだ。気付く事。それだけでいつだって物事は奇跡になれるし、なるんだ。自分の中で、やけに納得してしまった。

 

「そっか…ある意味、私が変われたのも、奇跡、なのかな」


「?」


「うん、そうだ。気付く事なんだ。ありがとう、友彦くん!」

 

勢いよく立ち上がった私を、友彦くんはギョッとした目で見た。友彦くんの手を引っ張って、もう一回頑張ろうって、練習場へと友彦くんを連れていった。結局、茉莉ちゃん達とは合流する事なく終わっちゃった。

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