放課後ゆうやけ隊

-さよならのあった時代で-
マオっぺ
マオっぺ

五没目 行かないよ。行かない。③

公開日時: 2021年8月30日(月) 19:52
更新日時: 2021年8月30日(月) 19:53
文字数:3,742

 とうとう何にも起きないで午後になり、ようやく雨が止んだ。これなら帰れそうって期待したのも束の間。警報が解除されていないからって、私達はまた学校に拘束されるハメになった。午前中は歩き回って疲れたし、まだ時間もかかりそうだったから、私達は先生のくれたトランプをやりながら、暇つぶしにさっきの手紙の事について話し始めた。

 

「プールの事じゃないの?壁がフェンスって考えれば、全部繋がるじゃない。プール、壁、監視台でしょ?パイプだってあるだろうし」

 

「でも、プール全体を探さなきゃいけないのは嫌だよ。前の手紙はそんな大雑把じゃなかったし、第一フェンスなんて下からくぐり抜けられる?」

 

 マツリちゃんが私のババを引いたから、私はぷって笑った。そしたらそれにムキになったマツリちゃんが、刺々しく吐き捨てた。

 

「じゃあプールってあそこ以外でどこにあんのよ?ないでしょ、あたしが正解よ」

 

今度はソータくんがババを取ったから、マツリちゃんはバーカってソータくんをからかった。

 

「えぇー…じゃあ、プール?帰りに見に行く?」

 

「嫌。そんなただでさえ中身の無いナゾナゾの上に、プール全体を探せっていうの?あんた一人でやればいいじゃん、ばーか。結局イタズラよ。はい、あがり」

 

「あっ、ずる。私の目見て選んだ」

 

 私からスペードの7を取って、カードを投げ捨てて後ろにばったーんとくつろぐマツリちゃん。ソータくんの方を見てさぁどれだって言ったら、ソータくんはカードで口を隠して自信が無さそうに話し始めた。

 

「ぶよぶよ地面ってのはよくわからないけど…くるぶしプールって、くるぶしくらいの浅さの、水たまりみたいな事を言ってるんじゃないかな…間違ってたらごめん…」

 

目を逸らしながら私からカードを引くソータくん。ババは引かなかった。

 

「それで壁っていうのは、比喩的なものだと思う…普通だと絶対に行けないから、別の道を探せって事じゃないかな…」

 

「絶対にいけない場所?学校に?」

 

「はぁ?学校で絶対行けない場所なんかある?全部いけるじゃない」

 

「あぅ…ごめん。えと…じゃあ、その、行き止まりぶつかったとしても、必ず他の手はあるって意味にしておいて…」

 

「行き止まり?行き止まり…」

 

 つい最近、そんな状況に親近感あるなって、私はしみじみとノスタルジーに浸かった。そう、あれはまさに伝説として語り継がれるぐらいに、私はその絶体絶命の危機を間一髪で切り抜けたのだ。あ、そうだ。これ、まだ友彦くん以外に話してなかったんだ。私はふふん、と、得意げに、

 

「ふふふ。ねぇ、聞いて。そういえばなんだけどね。行き止まりって聞いて思い出したんだけど」

 

 そう話し始めた途端。なんだか、電撃のような、鋭い電流が私に流れた。行き止まり。行き止まり…そうだ。そうだった。怒髪天が追いかけてきた時に、そういえば上の階のシャッターが閉じてたから、私はその側の女子トイレに駆け込んだのだった。それで行き止まりにあって、私は板の打ち付けてあるトイレに入って、上を見たら…

 

「あっ、屋上!」

 

 頭の中でキラッと光った点と点が直線を描くように繋がって、真っ暗闇の世界がぼうっと白い閃光に包まれた気がした。その白い閃光は大きな回路へと変化して、私の喉から外へと飛び出ていった。そうだ。シャッターが大きな壁なら、私が逃げたあの穴は…もしかして、屋上に続いている?だとしたら、あれがあの手紙のいう別の道って事かも。

 

 ぶよぶよ地面だとかプールだとか監視台とかの事は頭に無かった。ただ、壁のハナシの事が繋がっただけだったけど、私は幾分単純なものだったから。頭の妙な爽やかさだけをバネに、勢いよく立ち上がり、カードを吹き飛ばしながら廊下を駆けていった。ぎょっとしたマツリちゃんとソータくんが、私を急いで追いかけてくる。

 

 はぁはぁと、持久走もそんな早く走ってよ、と、自分を叱りたくなるほど、私は一番でゴールに辿り着いた。後を追ってきたマツリちゃんとソータくんは、やや不機嫌そうな顔で、何なの、って膝に手をついて呼吸を整えていた。ごくり。唾を飲み込んで、ふぅー、と、深呼吸をして、トイレの1番奥の個室の前に立つ。

 

「何、まさかトイレ行きたかったの?はぁっ。しかもここ…《出る》っていうウワサの、最上階のトイレじゃない」

 

「こ、ここ女子トイレじゃないかぁ。僕、入れないよ。怒られちゃう」

 

「いいからカイソータも来なさいよ。で!こっちのあんたは聞いてんの?そろそろ戻らないと、まずいわよ」


 マツリちゃんを無視して、私はえいっと、またトイレットペーパーの金具の所に足をかけて、スカートも気にせずに衝立のてっぺんに跨った。ソータくんは顔を両手で隠して、必死に後ろを向いていた。

 

「はぁー?何してんの、ちょっと。何する気?」

 

 マツリちゃんが怪訝そうな声色で尋ねてくるものだから、私はふんすと得意そうに鼻を鳴らして、かしかし天井の凹みに指を入れた。


パカッ。


 今度は埃をまぶさないで、その秘密のトビラが開いた。マツリちゃんとソータくんは目をぎょろっと、口をあんぐりと開けて、目を疑った。開いた口が塞がらないとはまさにこの事。

 

「うっそ!そこ、開くの!?じゃあ、女子トイレ壊したのってあんただったの!」

 

「こ、壊してないよ、ここに逃げただけ。あの怒髪…先生が大げさなだけ」

 

「女子トイレ怖い…」

 

 私はよっと、て、お世話になった足の短いハシゴに手をかけて、奥を覗き込んだ。この前は電気が無くて暗かったのと焦っていたせいで、よく見えなかったけど、奥にはまだスペースがあった。興味深々になったマツリちゃんが、興奮を抑えきれずに登ってくるものだから、私は仕方なく場所を代わった。

 

「うっそ…ほんとじゃない。ここ、天井裏?くさっ。暗っ」

 

「ちょっと、見つけたの私なんだから、早く代わってよ」

 

「んー。あっ?なんか、光漏れてる。上。すぐそこ」

 

マツリちゃんが、わざとらしく、へー!へー!ってはしゃぐものだから、私も好奇心を隠せずに、早く早くってマツリちゃんのズボンを引っ張った。マツリちゃんを降ろした後、ワクワクを隠せないままに、ハシゴに登った。目を凝らして覗いてみると、ホントだ。


 天井裏へと続いていた足の短いハシゴ。実は長かった。上の空間、二人分くらいのゆとりがあった。四角の切れ込みから、光が僅かに漏れている。カビ臭さが鼻をツンと刺激したけど、私の心は冒険気分で、そんな事など微塵も気にしなかった。その光に手を伸ばそうとした。

 

そんな、物語の主人公のように、ヒロイックに冒険している最中だった。


 ピン、ポン、パン、ポン。終わりを告げる無機質なチャイムが、私達の耳に飛び込んできた。

 

「えー、暴風警報が、ただ今解除されました。生徒のみなさんは、下校の準備をして下さい。えー、繰り返します。生徒の皆さんは…」

 

私のトキメキが一瞬で冷めた。あと数cmで届きそうだった手のひらを、爪が食い込むほどに握りしめて、名残惜しそうに、手を引っ込めた。…なに、浮かれてんだ、私。ほら、さっさと、オトナに従って、体育館に戻らなきゃ。迷惑かけないように、しなきゃ。

 

 

「ちょっ、やば、早く、行きなさいよ!」

 

そう、いつもの私に戻ろうとした時だった。また、蛹になろうと目を閉じた時だった。いきなり、ずるっと引っ張り出された気がした。早く帰ろうよ。じゃなかった。早く、行きなさいよ。行きなさい?

 

「え…い、行っていいの?」

 

「いーわけあるか!だから急かしてるんでしょ!」

 

「え?え?」

 

キョトンとしてる私を気にも留めず、マツリちゃんは気弱そうな男の子にも怒鳴っていた。

 

「ソータは!来るの、来ないの!はっきりしてよ、時間ないんだから!」

 

「あっ…え、僕は…」


たじろぐソータくん。マツリちゃんに完全に怯えていた。

 

「また、ぶつぞ!早く決めなさいよ!」

 

「あっ…あっ…」


「ちょっ、ちょっとマツリちゃんってば」

 

 怯えるソータくんと怒鳴るマツリちゃん。ソータくんは分かりやすいぐらいにビクビクし始めて、口を閉じた。それに畳みかけようとマツリちゃんが怒っていた。そんな状態を見て、私は…一瞬、カオリさんになった。

 

「大丈夫だよ、ソータくん。マツリちゃんが言いたいのは、自分をしっかり持って、っていうだけだから。自分に従えばいいだけだよ。それが人を待たせる事にもなっちゃうんだから。そうだから茉莉ちゃんは怒ってるだけだよ」

 

無意識に、自分に言って欲しいような言葉がスラスラと出た。自分でもビックリした。

 

「ちょっ…は、はぁ!?何言ってんの、バカ転校生!勝手な解釈すんな!」

 

狼狽るマツリちゃん。八の字になった顔をぱっと上げるソータくん。


「だって、本当にソータくんの事嫌いなら…嫌なら、こうやって、一緒になんか遊ばないよ。マツリちゃんなりの優しさだよ」


「なっ、なわけあるか!このバカ転校生!」


 茉莉ちゃんは何か言いたそうだったけど、それ以上言葉が出てこなかったのか、とうとうぷいっとそっぽを向いた。ソータくんはそんなマツリちゃんの方を向く。

 

「あ…その。ごめん、じゃあ僕は…行かないよ。行かない。茉莉さん、夏美さん…ごめんね。ありがとう」

 

 少し自信がついたような顔で、私達にお辞儀をして去ってゆくソータくん。マツリちゃんはギャーギャーなんか言ってたけど、私は適当に流した。

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