《卒業しても一緒だぜ!シュン
よくここまできたね!おめでとう!アツシ
またみんなと逢いたいな ユイ
おれむてきまたあそぼう シンジ
シンジが負けますように ユキ
10年後、また会えるといいな!夕焼け隊 隊長 ソーヤ
ずっと一緒だ!》
最後の手紙。放課後ゆうやけ隊、最後の手紙だった。みんなで旅館に行って、早速710番の部屋に入った。みんなで色んな所を探したら、掛け軸の後ろにテープで手紙が張ってあった。もっと何か書いてあると思ったけど、それだけしか書いてなかったから、私達はえーって、不満を口に出した。寄せ書きなんかあっても、私達には関係ないもの。
そして…春香ちゃんの名前が無かった。
「おいおい、これだけかよ。つまんな!あっちゃん、奏太、飯いこーぜぇー」
「全く、景品ぐらい用意しておきなさいよ。あー、骨折り損ってやつね」
「でも、僕は楽しかった。みんなと色々遊べて」
「俺も何かあるかと思ってたけどよぉ。まぁいいじゃん、早く行こうぜ。腹減ってんだからよぉ」
「ま!いいじゃない、こうして思い出は作れたんだから!あとで写真とろーよ」
そういってみんなは、なんの後腐れもなく、カイセキリョウリを食べに行く支度をした。みんながあっさりしてた事に驚いたけど、そっか。みんなは友達と色々な所に行くの当たり前で、それこそ友達なんて山みたいに出来るからね。山。そう、山みたいに出来る。これが普通だったんだ。
また家の事を思い出した。あと数ヶ月の未来を思い浮かべた。私…しっかり、やれるの?この子達なしで…友達なんて作れるの。向こうにいる時は出来なかった、友達。まただ。また、恐怖が湧き上がってきた。1人になるという恐怖。家族に嫌なくらい味わわされた、孤独。だめだ、忘れろ、忘れろ忘れろ忘れろ、夏美。私は今楽しいんだ。楽しいんだ。邪魔するな、私の邪念。忘れて、お願い。忘れて、忘れて、忘れて…
「なに暗い顔してんのよ」
ドン、背中を平手打ちされた。何回も私を殴ったイケナイ手。だからこそ、そんな悩みが一瞬で外に出た気がした。
「行くっていってんでしょ。朝のこと、忘れてないでしょうね。ほら、行く」
「うん…」
そう、そうだ。茉莉ちゃん。この子がいる。もしかしたら、私がワガママ行ったら、この子も付いてきてくれるかもしれない。茉莉ちゃんなら、いつも一緒にいてくれる気がする。押されるがまま、はっきりしない終わりのまま、私は手紙を閉じてポケットにしまおうとした。
そして、その時に…裏の、小さな字に気付いた。
《12の時の友達は、2度と出来ないらしい。
よくわからないけど、友達を大切にな!》
二度と出来ない。二度と。私の忘却の鎖は、茉莉ちゃんの鼓舞が、一瞬で切れた。私の意識はそこにだけ集中した。本当に印象に残る言葉だった。二度とできない。誰かに言い聞かされたような気分だった。料理を食べに向かう途中の道でも食事をしていても、その言葉は私にこびりついて離れなかった。
「やったー!ここ、おいらの特等席!絶対譲らない!」
「おまえバッカヤロウ、そこは俺が座るんだよ!」
二度と友達は出来ない。出来ない、出来ない。
夜景がよく見える、ベランダ側の席を巡って争う明くん達を尻目に、私はいつまでも考えていた。時折緑ちゃんの恋バナに相槌を打ちながら、茉莉ちゃんの目線を気にしながら…考えていた。
たくさん遊んで、散々夜更かしして、布団に入って寝るだけなのに…朝から死ぬほど疲れてたのに、不思議と眠れなかった。パニック発作のように。交感神経が働いて、私はドキドキドキドキしていつまでも眠れなかった。
みんなが寝静まった後。いつまでも、いつまでも心臓が全身に血を巡らせる。苦しい。血管の断面積よりほんの少しだけ大きいスーパーボールが、血管を膨張させながら、いたぶるように私の体を循環しているよう。
収まらない胸のドキドキを抑えながら、弱った小鹿のように、夜景の見える椅子に座って、頭を落ち着かせようとした。体温があがって、汗が出てくる。起きているだけでも気持ち悪い。全身の倦怠感が私を眠らせようと体を引っ張るのに、目玉がそれを一人で拮抗させている。吐きそう。早く意識を飛ばしてしまいたい。
最悪なタイミングだった。そう思ってる時に…雪が見えてしまった。山奥の、しかも12月だから当たり前だったのだけれど。お母さんを思い出した。殺してしまった香織さん。
そうだ、二度と。二度と戻れない。二度と。私は最高の友達と別れ、そしてまたあの生活に戻る。代わりになる生活に。私はまた…
香織さんになる。
息が荒くなる。吐きたくなる。私は、音をたてないで、浴衣を引きずりながら、ドアを開けた。茉莉ちゃんに言われた事思い出した。こんな私を、もしみんなが見ちゃったら…嫌な気分になる。必死に廊下に這いずる。その先のトイレに向かおうとする。
暑い。苦しい。遠い。倒れる。アリと同じ目線になる。
「かっ、こほっ…は、はっ…」
息が…止まった。吐けなくなった。吸い込めなくなった。言葉が出ない。四つん這いの手足が、石のように固まった。
これは、夢?現実?
私は固まったまま、顔を思い切り床にぶつけて倒れた。体がいう事を聞かない。死ぬ...死んでしまう。意識が薄れてゆく。ざりっとした床の感触すら、感じなくなってくる。
助けて。助けて、誰か…
「夏美!夏美!」
女の子。私と同じくらい。必死の形相で、私の体を抱えている。唾がたくさん飛んできて、汚い。私を抱えて、辺りを見渡してキョロキョロしてる。かと思ったら、私をどすんと床に置いて、自分がやったくせに、あぁー!って焦って、すぐに加減を知らない心臓マッサージ…心臓潰し。
茉莉ちゃん。茉莉ちゃんだ。
本当に不思議だった。口が、スイッチを入れたままプラグを抜いた掃除機のように、ごぉぉと勢いよく酸素を吸い込んだ。
胸に過剰にのしかかる体重で、がふがふと息も吐けた。うるさいくらいに肺へ、肺から。大きく、早く酸素を消費する。私の中では数年だったけど、数分で呼吸が落ち着く。思考が出来てくる。乱れた服と髪に恥ずかしさを覚える。
「な、なにやってんのよ!な、なにがあったの!そ、奏太ん家のお父さんとお母さん呼んでくる!」
急いで走り出す茉莉ちゃん。私は必死に止める。
「ま、待って…茉莉ちゃん。いい、いいって…大丈夫だよ。うん、もう大丈夫。ほら」
「ほ、本当に?本当に大丈夫なの?」
「あ、ありがと…うん…ちょ、ちょっと…今後の事思ったら、不安になっちゃっただけ…」
「…」
落ち着け。落ち着け、日向夏美。まだ、まだ皆とはいられるんだ。私はいつも杞憂が過ぎるんだ。今は、一緒。一緒。茉莉ちゃんも目の前にいる。1人じゃないんだ、夏美。
いい加減、
忘れろ。
その呪文で、私はようやくはっきりした意識を取り戻した。その回復に、茉莉ちゃんがぎょっとする。半信半疑で、私をじとっと見る茉莉ちゃん。ありがとね、そう言って足を我慢させて私は立ち上がった。何か話題が欲しい。この雰囲気から抜け出る話題。
「大丈夫だから。あ、そうだ!温泉行こうよ。ちょっと汗かいちゃったし。ほんと、何でもないから」
「それは、いいけど…なによ、いきなり元気になって。ほ、本当に何もないんでしょうね」
「大丈夫だ!まだ一緒!ほら、行こう!」
茉莉ちゃんに心配かけないように。わざとテンションを上げて、茉莉ちゃんのどしどし背中を押して、私はエレベーターまで茉莉ちゃんを引っ張った。
エレベーターのボタンの1階を押す。カチャーンと音がなって、どわんと体が引っ張られる。しばらくの沈黙。茉莉ちゃんはまだはっきりしなさそうな顔で私を見ていた。
「なんか…ごめんなさい」
「…しょうがないとは思うけどさ。もう少し、頑張りなよ」
「そうだね…うん。茉莉ちゃん、ホント、迷惑ばっかかけてごめんね」
「忘れるって約束したのに。妄想ばっかして、いい加減にしなさいよ。皆だって、あたしだっているから」
「…うん」
友達。いつも不思議な魔法をかけてくれる。そう言われて、音を立てる心臓が、完全に平常に戻った。そうだ、茉莉ちゃんがいる。まだ、3ヶ月くらいある。まだ、そうだ。忘れる。お姉さんも言ってくれたじゃない。まだ、ギリギリまで忘れよう。
深夜の温泉。薄紅色のカーペットに、灯篭の暖かい黄色の光。誰とも遭わない、ほのぐらい長廊下。ヴーと微かな電子音を出す自販機にすら、風情を感じてしまうほどの静寂。
とてとてぱかぱか。サイズの合わないスリッパ4つ。大浴場の入り口に、ぽいぽいと投げ捨てられた。脱衣所には、私達以外のスリッパは一個も置いてなかった。だから茉莉ちゃんは大喜びで服をぽいぽい脱ぎ捨てて、タオルもしないでさっさと露天風呂へと駆けていった。
楽しそうに、ガラス戸を外側から叩いて催促するいたずらっ子。私もあれぐらいガサツなら、きっと人生楽しいのに。私は面倒くさそうにシャンプーボトルに手を伸ばした。そんなポジティブな茉莉ちゃんを見て、私は落ち着きをようやく取り戻してきた。そうだ。別れる。別れるけれど、私はこっちに来なかったら、こんな思い出すらなかったんだ。
じゃぶっと頭に桶を被った。
「わぁ!きれい!」
真夜中の…灯の何もない、寂寂たる山中の秘境から見るマチは、何とも形容し難い風景なのだろう。この寒さという危険の中、お湯に浸れる安心感。自然を感じる一体感。一番の友達の信頼感から生まれる解放。明日は何もないという余裕。雪の結晶。
その全てが組み合わさって、私の目という最高のカメラレンズは、色あせることのない絶景を永遠に私の胸に収めた。きれい。本当に、きれい。そんな、言葉を発さず、けれど新しいアイデアを描いて止まらない子供のようにしてる私を見て、茉莉ちゃんは仕方無さそうにため息をついた。
「…落ち着いた?」
「とっくだよ。とっく。茉莉ちゃんのおかげ。ありがとね。私は大丈夫。もう忘れたから」
「…」
口をお湯につけて、そのままぶくぶくする茉莉ちゃん。茉莉ちゃん、この前から様子が変だった。ネックレスあげた時から?なんか、私の家族の事が関わってくると…隠しているというか…もどかしそう。今度は私が疑いの眼差しを向ける。そうすると、茉莉ちゃんはわざとらしく、あからさまに目を逸らした。
「べ、別に。何でもない。夏美。その…が、頑張って。色々」
茉莉ちゃんが珍しく目を逸らして、私にそう言ってくれた。茉莉ちゃん…もしかして、私がトカイに行った後の事、心配してくれてるのかな。さっきもそうだった。そんな、いつまでも心配してくれる茉莉ちゃんを見て、私は勇気が湧いてきた。だから、心に想ってる事を伝えたくなった。私はゆっくり、口を開けた。
「明くんには、挑戦する勇気やノリを教えてもらった。緑ちゃんは、私にいつもキッカケをくれた」
一呼吸。
「奏太くんは人を繋いでくれたし、友彦くんには子供らしさを教えてもらえた。それで、茉莉ちゃんには…」
そう真面目に話し始めた私を見て、茉莉ちゃんがごくっと唾を飲み込む。私はそんな茉莉ちゃんを見返して、くすっ、と笑って、
「…意地の悪さ」
ばっしゃーん。ばしゃばしゃ。
怒った茉莉ちゃんが、バスタオルを二つに折って私を殴ってくる。ごめんごめん、って、茉莉ちゃんが殴ろうとする頭を笑いながら庇う。
「ふざけんな、人が心配してんのに!」
「あはは、やめてってば。…うそだよ。茉莉ちゃんからは…最高の思い出」
茉莉ちゃんがピタッと止まった。名状し難い顔で黙るものだったから、可笑しかった。いい事言ったもん。殴れるなら殴ってみろ、って顔で茉莉ちゃんを挑発する。茉莉ちゃんは、水面に叩きつけてすっかり濡れたタオルで胸を隠して、照れ臭そうにゴツゴツした岩に腰を下ろした。
「あたしは別に…ふん、あんたなんかカナの代わり、だもん。だから死んで欲しくなかっただけ」
「そういってくれるから、やっぱ嬉しいんだ。茉莉ちゃんの嘘、いつも本当なんだもん」
「…ふんっ」
完全にそっぽを向く茉莉ちゃん。茉莉ちゃんの向いた方を向いて、眼下に広がる色とりどりのネオンの街をうっとり見つめる。
「短い間だったけどね。少しの間…私、人生できっと忘れない、最高の思い出が出来たんだ」
「ちょっと、短い間ってどういう…」
そう茉莉ちゃんが言いかけた時だった。
ブツン。2人でビクッと、口を貝のように閉じた。いきなり視界が真っ暗になった。
ホー。ホー。
温泉を循環させる音と、水の音で気付かなかったけど。フクロウだ。この近くに、フクロウ住んでる。それだけじゃない。なんか、猫みたいな声も聴こえてきた。
「えっ。て、停電?」
温泉に、月明かりだけが映る。茉莉ちゃんの顔がみえない。体につく雪にすらビクッとしてしまうくらい、視覚以外が過敏になってしまう。奇跡って、まさかこれ?
じゃぶじゃぶ、パシャパシャ。水をかき分けながら、とりあえずは手探りで位置を把握する。復旧するのを待って、お湯に浸かってようとも思ったけど、時間がかかりそうだった。私は露天風呂の入り口の方を見た。
「停電みたいね。ちょっと早いけど、出よっか」
そう言って、湯船から上がろうとした時。ガシッと手を思い切り引っ張られて、私は水中にざぶーん。あんまりにも突然の出来事で、ちょうど息をしようとした時だったから尚更びっくり。顔をぶんぶん振って、ツーンとした鼻から水を出して、ごほごほ咳をした。
「なっ…なっ…なな、なっ…なつみ、待って」
微かな震え声。痛いくらいに握られる手。
「茉莉ちゃん?」
「…」
無言で、あの茉莉ちゃんが、ざぷざぷ、じゃなくて、すぃーって水面を静かに移動してくるものだから、一体なにかと。探るように目を細めて、茉莉ちゃんの顔を注視する。月明かりに照らされた顔が、自信なさそうにしょげてる。怖がってる。ちょっと得意げになる私。
「怖いのぉ?」
初めてみる茉莉ちゃんの顔。怒った顔も、すねた顔も、ひねくれた顔だって想像できるのに。こんなに、鬼みたいに角が生えてそうな子が、こんな顔できるんだなって。ニヤニヤしながら、茉莉ちゃんをつんつんつつく。返ってくるビンタが返ってこない。だから私は意地悪く、お化けが出たー!なんて驚かして。一目散に逃げてやった。
震えと怒りが混じった声で、茉莉ちゃんが追いかけてきた。おかしかった。楽しかった。茉莉ちゃんがあんまりにも急かすものだから、まだ体が濡れてるのに私は大浴場の外に出てしまった。
「それにしても。茉莉ちゃんにも、怖いものってあるんだね。意外」
ニンマリした顔で、茉莉ちゃんを茶化す。
「意外って何よ。まるで、人を化け物みたいに」
「私からしたら十分。むしろ、お化けにもビンタしそうって思ってたのに」
「…誰だって、怖いものはあるの。だから、こうやって誰かに頼んで、ちょっとでも克服するの。勇気を持つの」
全然克服出来てなかったじゃんって茉莉ちゃんをバカにして、結局私はぶたれた。怒る茉莉ちゃんの後を付いてゆく。茉莉ちゃんを追いかけながら、私はずっと自分の中で反芻していた。誰かに頼って。とても、1年前には出来なかった事だ。
そう考えながら、私達は短い冬休みを終えた。
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