放課後ゆうやけ隊

-さよならのあった時代で-
マオっぺ
マオっぺ

十七没目 自分を赦せ、夏美①

公開日時: 2021年10月20日(水) 12:56
文字数:2,804

 気がついたら、トンネルにいた。苔が生い茂って、今にも崩れ落ちそうなトンネル。炭鉱のように、多少の明かりはあるけれど、薄暗く、湿っていた。ツルまで垂れてて、不気味。入ると、ヒヤッとしていて、寒気を覚えた。




 

やっぱり怖い。





 私は、踵を返した。帰らなきゃ。そう思って後ろを振り向いた。そしたら、ファンタジーの世界でもうんざりするぐらい…わざとらしさを感じるくらいに。敷き詰められた…お花畑があった。マーガレットもチューリップも、アネモネもバラもコスモスも…私の大好きな、サンカヨウもあった。サンカヨウ。普段は白いのに、雨に濡れると、透明になる花。

 

 わぁ、と、私は、そっちに駆けてゆく。あっちは怖いもん。えいっと、思いっきりダイブをすると、柔らかい。地面がゼリーになってて、ぽよんと私を跳ね返した。虫もいない。いばらも無い。花の香りだけがただ、鼻に入ってきていい気分。洗濯の香りじゃない。本物の、混じり気のない、自然そのものの心地の良い香り。楽園。

 

 柔らかい。お餅みたい。その感触がたまらなくて、何度もぼよんぼよんと跳ねてしまう。でも、何度も跳ねていると。返ってくる力が大きく感じて、その力以上に自分が跳ねてる気がして、跳ねるのをやめる。すると…

 

濁ったゼリーの中。


 なんだか、ゼリーの内側から、ぼやけた何かが、上にいる私をどんどんと叩いてくる。やめてよ、今楽しいんだから。そう言って、私はゼリーを殴る。でも、ゼリーの中の何かは、それでもどんどんと私を叩く。私ももっとムキになって、叩き返してしまう。だけれども。殴っていくうちに、なんだか、人の形をしてるって分かってくる。


 人。人だ。下にいたの、人だった。おさげで、弱そうで、なんかおまんじゅうみたいな人。必死になんか叫んでる。本当は助けなきゃいけないのに、私は何故だか楽しくなって、上からぼんぼん叩いてしまう。


 ゼリーの子はとっても嫌がってるのに、何故だかやめられない。泣いて叫んでるのに、必死に助けを求めているのに、私は何故か…ゾクゾクして、何度も何度も叩いてしまう。叩いてる事に不思議な快感を覚える。そうやって、だんだんゼリーの子が弱って、何にも反応が無くなった時だった。





 

夏美。





 

脳をびりりと突き抜ける響き。電撃が走ったように、私の頭は固まった。いつの日にか聞いた…何度も聴いた、何度も探し求めた、何度も求めていた…


声。


口をぽかんと開けたまま、一度手を止めて、私は耳を澄ました。さっきのトンネルの方。薄暗くてよく見えないけど、誰か立ってる。両手を広げて、こっちを手招きしていた。

 




夏美、夏美。夏美、おいで。




 

瞬間、私は目を疑った。夢だと思って醒めようとした。でも、いくら頬をつねっても目が醒めない。それどころか、しっかり痛みも苦しさも感じた。目を細めて、もう一度暗闇のトンネルを覗いた。気のせいなんかじゃない。また、声。私を呼ぶ、声。

 

ぱぁっ!!!!!

 

私は、初めて本当の笑顔を創れた。初めて笑えた。初めて幸せになれた。初めて嬉し涙が出て、初めて子供に戻れて、初めて感動する事が出来て、初めて自分の罪を忘れる事が出来た。そう、






 



お母さん!!







 

視界がぼやけた。涙が出た。全身に鳥肌が立った。胸に沢山の風船が詰まってきた。お母さん、お母さん!!お母さん、お母さん!!



私は狂ったように、涙で顔を一杯にして、がむしゃらに走り出そうとした時だった。

 

がしっ、ごろん、ずてん。

 

私の世界が90度反転した。がぁん、と、思いっきり鼻を地面にぶつけた。私は何かに足を掴まれて、思いっきり転んでしまった。叩きつけられた顔を手で拭うと…べっちょりと、赤黒くて、生臭い鼻血が出てきた。


怒った私は、思いっきり、ゼリーから両手だけを出して私を掴んだ…そいつの手を何回も踏みつけた。踏んで、踏んで、踏んで…何十回も踏んだ。ジャンプして、思いっきり踏みつけた。

 

そうすると、ゼリーの汚い手は、とうとう動かなくなった。虫の息だった。ボキボキに折れた手を痛そうに引っ込めて、ゼリーのやつはもがき苦しんで…ぴくりとも動かなくなった。私は満足気にお母さんの方を向いた。






お母さん。






やっとだ、やっと会える。邪魔が入ったけど、私はとうとうお母さんに会える。夢じゃないんだ。明日が、向こうから来てくれた。希望が、向こうから勝手に歩いてきてくれた。

 

私はトンネルに、何の迷いもなく入ってゆく。地面を蹴り上げ、靴が脱げても、お母さんを目掛けて走った。ジャンプで思いっきり、胸の中に飛び込もうかな。それとも、そのまま抱きつこうかな。そう思って、私は足に力をこめて、あれっ。


ずる、ごろ、ぐしゃ。再び、私は地面に鼻をぶつけた。いけない、今度は普通に転んじゃった。そう思って、腕に力を込めて、ぼきっと腕がもげた。

 

あれ。

 

私はもげた腕を見た。石膏のように、面白い形にもげていた。もげた手を、もう片方の手で拾おうとした。


もう片方も取れた。


ももに力を込めた。ももが、折れて、また地面に顔を叩きつけた。ぐるりと仰向けになって、足を見たら、足も両方、なくなっていた。


目を大きく見開いて、目玉が落ちた。あっ、そう言ったと同時に、喉が塞がった。腰を捻ろうとしたら、腰がバキッと散らばって、どっかにいっちゃった。同時に、地面にうつ伏せになって、完全に動けなくなった。

 





お母さん。助けて。




 

出したベロも、よだれをつけたまま地面に転がっていた。言葉が出ない。歩けない。見えない。息ができない。動けない。

 

かつ、かつ。


お母さんが、近づいてくる。表情を作れない。だけれど、胸は喜びで一杯だった。お母さんが来てくれてる。動けなくなった私を、助けに。綻ぶ顔も作れなかったけど、私は本当に幸せだった。

 

かつ。

 

お母さんが目の前にきた。私は喜んで、精一杯顔を上げた。上げた。上げた。そしたら、


どすっ。


胸が冷たくなった。音が何も聞こえなくなった。言葉も出せず、あえっ、と口からどばどばと…血が流れていった。


体の鼓動が無くなった。お母さんの手が、私の胸を貫いて…私の心臓が、どくどく、と、お母さんの手に握られていた。



 

なんで。どうして。



 

抜け殻になった私を、お母さんはゴミのように、ぽいと投げた。私を捨てた。体温がなくなってゆく。感情の一切が、わからなくなってゆく。

 

あぁ、私…そうだ、私のせいでお母さんが死んだんだった。お母さん。そうだよね。お母さん、今まで、本当にごめんね。お母さん。でも、いいんだ。私の心臓…お母さんのものになったもの。これからは、私の心臓で、お母さんが生きてゆくのだから。


これで、お父さんに会いに行けるね。どんなに嬉しいんだろう。お母さんがお父さんと会ったら、二人とも大喜び。二人で、いつまでも時間を忘れて、暖かい空間に死ぬまで居るんだ、きっと。


良かったね、お母さん。お父さんの顔、見れて。これが、私の夢だったんだよ。願いだったんだよ。叶えられて、よかった。







でも私…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで、寂しいのかな。








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