「ねぇ、悪かったってば。ごめんって」
各自待機って先生が体育館から出て行った後、すぐにけたけた笑いながら、反省の色も見せないでマツリが寄って来た。私はそりゃあもうカチカチ山を通り越して大噴火も大噴火だったから、誰が見ても笑っちゃうような感じで、ふん!と顔をそっぽに向けて、マツリが来るたび背を向けた。
「ねぇねぇ、許してってばぁ。ほら、肩揉んであげるから」
そうやって私が何も言わないのをいい事に、マツリは私の脇をツンツンして来たり、お腹に手を軽く這わせてきた。思わず、ぷ、って笑っちゃった時だった。時計の事も含めて、怒ってるのが伝わってないっていう怒りと、私に恥をかかせた怒りと、馴れ馴れしいっていう怒りと…それからそれから。
とにかく、大噴火の上の超噴火っていう感じに、私は大声を上げた。
「ねぇ、ほんと、ふざけすぎじゃない!?何回やれば気がすむの!もう、話しかけないで!」
待機中の生徒に授業をする事も、かといって先生の車で送り届ける事も出来ないので、先生達は体育館を開けてくれたり、皆に卓球台を開いてくれたりしていた。そんな中だもの、大声を上げても誰も見ないし聞かない。私は渾身の叫びとともに、初めてしっかり人の顔を逃がさないように。マツリちゃんを睨んで、一歩大きく前に、ずいとマツリを威圧した。
次にもしもふざけた言葉が出るのなら、これ以降は絶対無視して存在すら忘れる…そんな私の固い意思を感じ取ったのか、マツリちゃんはふざけた顔を次第に戻して、私からしょんぼり目を逸らした。
「…あんた今、お母さん、家にいる?」
「…いないよ。だから、何?」
トーンを少し下げる私。マツリちゃんは一瞬不思議そうな顔をしたけど、すぐに続けた。
「そっか。じゃあ、家に迎えの人いないんだぁ。私はいるけど」
「あっ、そ」
「乗せてってあげる!それなら、文句ないでしょ」
うぅむ、
これでいいでしょ、って感じで開き直って、マツリちゃんは得意そうな顔で威張ってきた。ここにいてもどうせ何もないし、湿気った床にお尻をつけているのも、かといって皆みたいに上手く取り入って遊ぶ事も出来なかった。許す許さないの天秤をかけて、どうせこのテの子は許さなかったら面倒になりそうだなって惟た。
「ねぇねぇー、いいでしょー」
「…まぁ、それなら」
はぁ、と、短いため息を出してマツリちゃんに向かった。乗った乗った、みたいな顔で上機嫌になるマツリちゃん。でも、時計は戻ってこないし、この子は全く反省しないんだもの。私は仕方なく、マツリちゃんと一緒に職員室に向かった。
「もしもし、もしもしー?えーっ!?今、いいところ!?なんでよ!こらー!お母さん!」
わっかりやすい感じできっとその場でバタバタしたに違いない。静かにって声がドアの向こう側から聞こえてきた。マツリちゃんが職員室から出てくるまで、両手をうしろで組んで、窓に背をつけて、薄汚れたうわばきを見つめていた。
だんだん汚れが目立ってきたから、新しいの買おうかな。来年は中学生なのにみっともないし。あれ?中学生って、うわばき履くのかな?中学生。来年、私は向こうで中学生になる。なんだか大人の階段の一歩みたい。中学生になったら、きっと今と違って、たくさん新しい事が出来るのかな。
うわばきを見つめる目のピントがだんだん狭くなって、背中がずるると滑った時だった。がらがら、と、乱暴に音を立ててドアが開いた。ムスッとふくれた顔が私の目の前に現れた。いつもなら相手が言う前に気にしないでとか、ダメだったねってフォローを入れたかもしれないけど。
「ウソツキ」
私の一言は、意外にも憎まれ口だった。でも、がっかりだとか怒ってるとか、そういった感情から放ったってわけじゃなかった。ちょっとツンケンした感じで、口を尖らせてボソッと聞こえるようにマツリちゃんに言った。
「はぁ!?なにそれ、可愛くないわね。せっかく電話してあげたのに」
「電話するだけなら、誰にもできるもん」
そっぽを向いて、組んでた腕をポケットの中に入れた時だった。わしゃあっとした感触。放課後ゆうやけ隊のメモ。
「あ。入れっぱなしだった」
ついこの前の、友彦君と見つけた手紙。別にマツリちゃんの気を引こうとかそんなんじゃなくて、忘れてたって感じでもう一度手紙を眺めてた。そんな私を見て、マツリちゃんが近寄ってきた。
《大雨上がってぶよぶよ地面、くるぶしプールを作ってくれるよ。大きなかべはこえなくてヨシ、下からくぐれば問題ナシ!パイプの先ってどこなんだろね?世界を一望かんし台!》
だって。相変わらず、よくわかんない。
「うわ、なにこれ。あぁ、この前の?こんなガキ臭いことまだやってたの」
「い、入れてたの忘れてただけ。というかうるさい!まだ私、許してないんだから!」
そう言われると一気に自分を客観視出来た。そうだよ…こんな手紙まだ持ってたなんて。確かにちょっと子供くさくて、どこかわくわくしてた私だった。マツリちゃんがふーん、と、その手紙を覗いてくる。
「というか、前みたやつと違くない?なにこれ、また訳分かんない事書いてある」
「興味ないならいいですよーだっ」
体をねじってマツリちゃんに背中を向ける。そうするとマツリちゃんはムキになって、高く上げた私の手紙を取ろうとしてくる。
「ちょっと、見せなさいよ!この!こら!」
「やーだ。絶対やだ。ふふん、取ってみなよ」
「調子のんな、バカ饅頭!」
「やっ…いたぁい!」
ごち。私の頭に、風を切る音を出して、直角のげんこつが飛んできた。殴られたところを抑えて、キッとマツリちゃんを睨んだ。
「んー…訳わかんない。どーせ誰かのイタズラでしょ」
呆れた様子で、マツリちゃんが私に手紙を返した。
「イタズラなんかじゃないもん。ちゃんと、前の手紙からこの手紙見つけたもん」
「へえ?あんたみたいなバカに解けたんだ」
「じゃあマツリちゃんこの問題解いてみなよ、ぜーったいわかんないから」
そうやっていがみ合ってたら、ガラガラと、また職員室のドアが開いたから、私達はすぐに口を閉じた。頭から伸びた糸を一直線に引っ張られた感じで、お手本も負ける完璧な起立の姿勢になった。
「あっ…」
私達の方を見てすぐに、目の焦点をうろうろさせて踵を返そうとする男の子。オロオロした様子で、胸に抱えていた本をギュウッと抱きしめた。おどおどしてて、いつも気弱。ゴメンゴメンって、いつも謝っている子。
「ちょっと、カイソータじゃない。こら、無視すんな」
「ご、ごめん…」
まるで女の子みたいに、その場でもじもじして、内股ぎみで落ち着かないのはソータくんだ。なかなか私達と視線を合わせようとしない。口を開いて閉じて、開いて閉じて。何か言いたそうにしていたけれど、いつまでももじもじしているものだったから、イラッとしたマツリちゃんがとうとう口を開いた。
「あんたお迎えの電話してたの?乗せなさいよ」
「い、いや…僕んち共働きだから。僕は、図書室の鍵でも借りようかなって…今日、午後まで帰れなさそうだし」
「うわガリ勉。あ、そうだ」
私の手からゆうやけ隊の手紙を奪って、ソータくんにずいと近付くマツリちゃん。瞬間、ソータくんは逃げようとしたけど、むんずと茉莉ちゃんに首根っこを掴まれた。
「これ。あんたそんな勉強好きなら、こんぐらい解いてみなさいよ。これ」
「こ、これって…?あぁ、この間の続き?」
「そう。どーせ暇でしょ。ちょっと付き合いなさいよ」
私達はゆうやけ隊の手紙を読みながら学校を探検していた。オテンバヤマだとかもそうだったけど、この学校はピアノが廊下に置いてあったり、体育館の二階にベランダが付いてたり、私の学校と違って屋内も屋外も面白かった。ソータくんは夕焼け隊の手紙をじっと凝視しながら、首を傾げていた。
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