この数日間で受けたショックの大きさは尋常でないだろうに、落ち込んだ様子を見せないのは大したものだ。相当な無理をしているのだろうが、前向きに動く姿は痛々しくない。
「なに? 悟」
「いや……そういや、門真義さんは、どうしたかな」
「門真義さんなら、奥の部屋にこもったきりな気がする」
「行ってみるか」
俺と沙希はほとんど片付いた部屋を出て、奥の部屋へと向かう。一番奥の部屋は、沙希の母親になりすました呪霊が使っていた部屋だ。いつまでも出てこないということは、何かあったんだろう。そう思っていたら、案の定、門真義さんは押し入れに入ったまま、ゴソゴソと体を動かしている。
「門真義さん、なんかありましたか?」
俺が問いかけると、門真義さんは押し入れの奥から顔を出した。
「すごいものが出てきたよ。呪破の秘伝書とカセットテープがね」
俺は沙希と顔を見合わせ、なんだそりゃ、と思う。それが顔に出ていたのか、門真義さんは「向こうで説明しよう」と言って、俺達は居間へ移動した。コタツに入り、門真義さんは分厚い書物と古いカセットテープをコタツテーブルに置く。
「呪破というのは、オカルト界で有名な一族の一つでね。その名の通り、呪いを祓うスペシャリストの家系で、プライドが高いのも有名だ。それでさっき、僕のスマホに入ってるオカルト界の一族に関するデータを見直していたんだが、沙希さんのつけているその指輪に入ってる家紋が、この呪破の一族のものと一致したよ」
「それって、つまり沙希の実家は、そこってことですか?」
と、俺が問うと、門真義さんは首を横に振る。
「まだそうとは言い切れない。沙希さんの母親を装っていた呪霊が、呪破の秘伝書とセットでどこからか盗んだものかもしれないしね」
それから……と、門真義さんは、古いカセットテープを指差し、
「沙希さん。このテープから何かを感じるんだ。一旦、持って帰って、会社で再生させてみてもいいかな。中に入ってる何かが、気になるんだ」
「あ、はい。問題ないです。よろしくお願いします。それで、あの、私、呪破の一族に興味があります。一度、家に行って話をしてみたいと思うんですけど……」
しかし門真義さんは、難しい顔をするだけだった。
「それは、ちょっと待ってくれ。もう少し調べてからの方がいいと思う。オカルト界の一族は、どこも気難しいところがある。それまでの間、ここを引き払ったら、社宅に入るまでの間、僕の家に来てくれて構わないから」
「そうですか……わかりました」
沙希は特に残念そうにするでもなく、納得して頷いている。門真義さんは呪破の秘伝書と古いカセットテープを自分の鞄にしまうと、
「それじゃ、今日はこれで。後は廃品回収業者を呼んで片付けるぐらいだね。それから大家さんに連絡を取って、ここを引き払うだけかな。高校は、冬休み明け、残り三ヶ月ぐらいか。三ヶ月の研修後、卒業したら、本格的に働いてもらうことになっているから」
沙希は頷いて「就職は、確定なんですよね?」と、少し不安げな表情を見せた。
「確定だよ。沙希さんは呪体だ。社長は、強い興味を示しているし、それにもし、呪破の一族出身ともなれば、本当に心強い社員だ」
「嬉しいです! ありがとうございます!」
「門真義さん。俺のバイトの話は、覚えてますか?」
門真義さんは俺の方を向くと、
「もちろんだよ。君は、百呪夜行だからね。即戦力になる。採用は、確実だ。これからたくさん働いてもらうよ。――さて、じゃぁ僕は、会社に戻って、自宅にも戻らないと」
立ち上がり、帰り支度を始めていく。鞄を肩から下げ、
「じゃぁ、ふたりとも、また連絡するよ。それじゃ」
俺は軽く頭を下げ、沙希は立ち上がってお辞儀をする。
「はい。引越しの手伝い、ありがとうございました」
「いやいや。また何かあったら、呼んでくれて構わないからね」
そしてこの場を後にした門真義さんを見送った後、沙希は忙しそうに電話を始めた。廃品業者へ電話をし、見積もりを取り、業者は早速、明後日、この家を見に来るようだ。大家さんの方は、「今月末に出ていきたい」と話すと、急すぎると断られていた。確かに、今月はもう数日で終わる。出るのは、引っ越す旨を伝えてから二ヶ月後になるらしい。つまり沙希の場合は、二月末に出られるということか。
電話のやり取りを聞きながら、家賃は大丈夫なのだろうかと心配していたら、電話を終えた沙希は、大丈夫だと通帳を取り出しながら言った。ここの家賃は、月六万円なのだと言う。八十万入っているから、廃品業者の方も問題ないと言って立ち上がり、俺と沙希は神園神社へ向かった。
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